21 カラーコンタクト

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 12:47 ID:pLE41mQM
21 カラーコンタクト
2 名前:21 カラーコンタクト 投稿日:2007/07/08(日) 12:47 ID:pLE41mQM
「なんだ、やっぱりきたんだ、青色さん」

やっぱりというのはどこか違っていた。
私は、彼女が来るのを少しは待っていたのかもしれない。
でないと、雨上がりにわざわざこんなところまでやってこない。
駅前の広場の脇にあるベンチ。
ベンチには座らず、その隣の花壇のレンガに私は腰掛けている。

「やっぱり青……ですか?」
「うん、青だね。全然変わらない青。まだ決心できてないんでしょ?」

私の言葉に、青色が少し濃くなる。
動揺しているのが丸わかり。
決心できていたら、青色ではなくなるんだから。
わざわざ青色と言ってあげているのに、動揺する彼女が少しわからなかった。

ううん、最初からこうだったね。

最初から青だった。
青といっても青空のように澄んだ青ではなくて、光を通さないような紺色。
そういえば、青色さんの名前も紺だっけ?
3 名前:21 カラーコンタクト 投稿日:2007/07/08(日) 12:47 ID:pLE41mQM
「……まだ、返事はしていません」

消えそうな声で青色さんは言うと、下を向いたまま、私の左隣に座った。
視界の隅に青が広がった。

「ふぅん……まぁ、私がとやかく言う問題じゃないけどね」

青色が揺れた。
その揺れは、私に何を期待していたのだろうか。
こうしろと言って欲しい?
それは違う。

今まで、20年そこそこの人生だけど、悩んでいる人には大きく分けて2種類いることを知っている。
一つは、すでに答えを決めているんだけど、誰かにそれを正当化して欲しい人。
もう一つは、今回の彼女のように、本当にわからない人だった。

その証拠に、どちらの答えを提案しても、彼女の青は揺れてしまう。
もしも、すでにどちらかに決めているのなら、どちらかの答えを提案すると青がすっと晴れてしまうのに。
彼女の悩みに、Yesと答えると、それは少しだけ黄色が混じって明るい色になるだけで。
Noと答えると、今度は青色が少し澄んだようになったのだ。
4 名前:21 カラーコンタクト 投稿日:2007/07/08(日) 12:48 ID:pLE41mQM
「後藤さんは、どうしてここに?」
「ん……人間観察、かな?」

帰宅時間が近づいているせいか、駅の広場はにわかに人通りが多くなっていく。
誰一人、足を止めることなく、せっせと駅へと向かっていく。

騒がしい学生のグループ、脱いだスーツを腕にかけて歩くサラリーマン。
携帯とにらめっこをしながら歩く女性。

それは、誰が見てもそう認識できる風景。
何の変哲もない、平凡な平日の帰宅時の様子。

たぶん、私を除いては、そう見えるはずなんだ。

「今日は何色の人が多いですか?」
「ん……白かな。割と」
「白、ですか」
「たぶんみんなラッキーだと思ってるんじゃない?あれだけの土砂降りの雨が帰る頃には止んでるんだから」

目に映るのは、白色の人間が大半で。あとはぽつぽつ赤の人間が見えていた。
赤の人間は、傘を手にしていない人が多いことから、きっと周りが傘を持っている姿を見て、傘を忘れたことに気づいたからだろう。
5 名前:21 カラーコンタクト 投稿日:2007/07/08(日) 12:48 ID:pLE41mQM
「そんなことまでわかるって、後藤さん、すごいですね」
「別に……大したことないよ」

そう、本当に大したことはない。
私は人の心を色として視ることができるのだ。
不安を持っていたり、落ち込んでいる人は青。
怒っていたり、興奮している人は赤。
警戒や怯えは黄、といった風に。

どうやらこれは、他の人はわからないらしいということを、私は幼稚園の頃に気づいた。
周りの大人は、何をバカなことを言ってと、みんながみんな、赤色をして言っているのをよく覚えている。
それから、これはいけないことなんだと自分に言い聞かせ、この力は人に言うことはなかった。

青色さんに言ってしまったのはちょっとした気まぐれなのかもしれない。
なぜか、ふと目に付いたのだ。
1週間ほど前、こうやって何気なくここにいた時に、隣のベンチに座っていた彼女に、なぜか私は声をかけてしまったんだ。
「何を悩んでるの?」って。
6 名前:21 カラーコンタクト 投稿日:2007/07/08(日) 12:48 ID:pLE41mQM
くりくりした大きな目を更に開いて、青色さんは黄色を交えて私を見た。
相談事に乗ることは、何度か経験があった。
世の中には自分の決定への他人の後押しが欲しくて悩んでる人が多かったから。
色の反応をみることで、その人が一番私に言って欲しい答えを簡単に探し出すことができたのだから。
半ば無責任に、その人の望む答えを後押しし、ありがとうといって去っていく後姿ばかりを見ていた。

ところが、青色さんは純粋に悩んでいる人だったらしく。
その日以来、こうしてここにやってきては、少し会話をして日が沈む頃に帰っていくといったことを繰り返していた。

「……視えたらいいのに」
「え?」

青色さんは不意にそう言った。
「視えたら」が誰のを指すかはわからなかったが、何を視たいのかは理解できた。

「ほんとに、見えないんだね。人間って」

自嘲気味に言った。
改めていわれると自分が化け物みたいでカチンときたから。
7 名前:21 カラーコンタクト 投稿日:2007/07/08(日) 12:49 ID:pLE41mQM
「視えないです。でも、視えたらきっと便利ですよね」
「そうかな……別に人間関係が少しだけ円滑に進むくらいじゃないの?」
「それだけでも、十分です……私は知りたいです。みんながどう思っているのか……」

ぽつりと青色さんが言った。
そこで、私は彼女が本当に悩んでいる部分がわかった気がした。

みんなというのは、きっと彼女のチームメイトになるべき人のことだ。
女子サッカー日本代表候補。
それが彼女の肩書きで、それが彼女の悩みだった。

U-20女子サッカー日本代表の正GKだったという青色さん。
彼女たちは黄金世代とも言われ、ついに決勝戦まで辿り着いた。
もちろんそれは初めての快挙だったから。
勝ち上がるごとに増して行った注目は、決勝戦の時にピークを迎えた。
新聞にもとりあげられ、時差の関係上、夜中に始まるとはいえ、地上波でTV中継までされることとなった。
けれども、結果は3−0の惨敗。
開始直後の失点のショックを引きづったまま、20分間に3点を入れられたチームは、そこで崩壊していた。
8 名前:21 カラーコンタクト 投稿日:2007/07/08(日) 12:49 ID:pLE41mQM
簡単なプレーだったそうだ。
あたりそこねて、真正面にゆっくりと転がってきた相手のシュート。
簡単に手を伸ばせば取れるものだったらしい。
だからこそ、浮き足立った青色さんは手だけを伸ばした。
GKとしての基本を守っていれば、大丈夫だったらしい。
腰をきちんと落としていれば、すりぬけたボールは足や体に当たっていた。
でも、手だけ伸ばしたその間を、ボールはするりと抜けていき、そのまま足の間すり抜けた。

完全なミスといえる失点。
サッカーにはタイムがないらしい。
そのままわけのわからぬままに、簡単に2点を追加された青色さんは、始まって20分で交代を告げられた。

注目の高さはバッシングの強さへとすぐに変わっていく。
素人目にみてもわかるミス。
自分たちの力不足だったと擁護する監督とチームメイトの言葉も、彼女にとっては攻めの言葉でしかなかった。
彼女はそれ以来、大学の中だけでサッカーを続けていた。
注目を浴びないように浴びないようにと、公式戦にもほとんど出ることなく、それでも好きなサッカーをやめることはできずに……

そんな彼女に舞い込んできた女子サッカー日本代表候補の話。
彼女が公式戦から姿を消した後、正GKとなっていた人間が、突然の妊娠でプレーを続けることができずに、その空きで名前が挙がった形だった。
9 名前:21 カラーコンタクト 投稿日:2007/07/08(日) 12:50 ID:pLE41mQM
そして、彼女は悩んでいるんだ。
それを受けていいものか、どうなのか。

受けたい気持ちと、受けた時に再び浴びせられるであろう周りの言葉。
彼女を思いとどまらせているのは結局、そこだった。
確かに、私が視ればいまだに怒りをもっているかどうか、すぐに答えは出るだろう。

だけど……

「それは、卑怯だよ……」
「え?」
「だって、ズルじゃん。そんなときだけ相手の心を見てしまうなんて」
「……後藤さんはどうなんですか?後藤さんはズルしていないっていうんですか?」
「そう思う?みんなの心を見れて、その人の機嫌通りに行動して、人間関係円満でさ。
みんなに好かれて……楽しくて……そう思う?この力が、そんなことに使えると思う?」

そう、視えないでいたほうがいいことだってたくさんある。
小学生の時、教科書がなくなったことがあった。
周りの人間は、みんな白と黄色の混じった色で。
それを教師に言うことで、黄色と青色が強くなる。
犯人探しをしようとする教師は、茶色まじりのダルそうな色。
それ以来、過激になっていく虐めも、周りは赤色、遠くから見ている人間は黄色ばかり。

それからも。友達は、心配の言葉をかけているが、心の色は正反対なこともたくさんあった。
祝福の言葉も、黄色や赤色とともに紡がれて。
もちろん、それは親も同じで。
10 名前:21 カラーコンタクト 投稿日:2007/07/08(日) 12:50 ID:pLE41mQM
そして、そんな自分の気持ちすら周りに見えているのかもしれないという不安を持つこともあった。
視えなくていい、わからなくていい。
サングラスをかけてみたりもしたけれど、何の効果も得られなくて。
目を突こうと思ったことも何度もあった。

結局、自分の周りから人を遠ざけることが一番の防衛策だと知り……
でも、それでも私は人が視ていたくてここに毎日のようにやってくる……
友達と楽しそうに話して、白い光がぽっと咲いている人を眺めて、自分がそうである気分になって。
それだけ……たったそんな普通のことすら、私はこの目のせいでできなかった。

「でも……私は後藤さんが羨ましい。後藤さんの力があるなら、きっと私はもう一度みんなのところにいける」
「だから……何?力がないからできない?馬鹿じゃない?自分だけそんな都合のいい力もって何になるのさ……
こんな力、ないのが当たり前でしょ?そうやって、ずっと生きてきたんでしょ?私の力がないから不幸みたいな顔してさ……
ちゃんとあなたはプレーできるんでしょ?体も動くし、能力もある。その力、それだけのことができるのに、他の力を求めるの、間違ってる。
そんな、自分にありもしない力を願って不幸ぶる暇があったら、自分に力があるのに使わない不幸を考えなさいよ!」

それは、自分にも言えることだった。
力がなかったらいいのに。
そんなことを考え続けて、この力を不幸のせいにして。
でも、それでも遠くからこの目で人を視ることをやめなくて……
だから、この子には遠くから見ていてほしくなかったのかもしれない……
11 名前:21 カラーコンタクト 投稿日:2007/07/08(日) 12:50 ID:pLE41mQM
濃い青色。
それは変わらないまま。
でも、どこか紫色に近くなっていく。
その変化が何であるか、私はわからなかった。
何度か、ここに座っていて見たことがあるけれども。
それが、どんな心理の変化なのか、本人たちではないからつかめなかった色だった。

「後藤さん……」
「何?」

ぱぁっと色が薄くなった。
まるで蕾が花開いたかのように、薄い紫色が彼女の奥から広がった。

「もう、ここには来ませんから」
「ふぅん、そう……いいけど?別に青色さんを待っててここにいるわけじゃないし」
「……そうですか」

色に陰りが見えた。
つかめない。まったくつかめない変化だった。
12 名前:21 カラーコンタクト 投稿日:2007/07/08(日) 12:50 ID:pLE41mQM
「ありがとうございました」
「別に、何もしてないし」
「そんなことないですよ」

ふわっと彼女は目を潤ませて笑った。

「ありがとうございました」ともう一度そういって去っていく彼女。
青色が少しずつ濃くなっていく背中が、心配ではあったから。
それから数日間、それとなく彼女の姿を探していた。
けれども、彼女は現れなかった。

それから更に数週間経って、私はようやく彼女の姿をみることになる。
駅前に捨てられてちらかったスポーツ新聞の中。
ボールを片手に彼女は黒いユニフォームを着て立っていた。
13 名前:21 カラーコンタクト 投稿日:2007/07/08(日) 12:51 ID:pLE41mQM
<FIN>
14 名前:21 カラーコンタクト 投稿日:2007/07/08(日) 12:51 ID:pLE41mQM
15 名前:21 カラーコンタクト 投稿日:2007/07/08(日) 12:51 ID:pLE41mQM
16 名前:21 カラーコンタクト 投稿日:2007/07/08(日) 12:51 ID:pLE41mQM

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