19 朱の畢生

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:19 ID:JeuLXCkI
19 朱の畢生
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:20 ID:JeuLXCkI
 
 "それ"がなくなったのは、青空が広がる真昼間の某吉日。突然の出来事に、信者はみんな大慌て。そりゃそうだ。我らがお姫様には欠かせないアレがなくなったんだから。


 「ねぇーねぇー」
ぽんぽんと肩をつつかれる。あたしは半分ため息をつきながら声がしたほうを振り返る。
「きゃはは!ひっかかったー」
思った通りというか、いつも通りというか。案の定の位置に、さゆの手があたしの肩にのっかって。その人差し指が気持ちよさそうにあたしのほっぺを指していた。
 今どきまだこんなことしてるのは、さゆぐらいだっつーの。
 あたしはもう一回大きなため息をつきながら、満面の笑みでこちらを見下ろしている彼女に聞いてみた。
 「こんなとこで遊んでていーの?お姫様」
「ねぇーねぇー、今日は何するー?」
「いやだから…今はれいなと遊んでる場合じゃないんやないん?」
「んー。何でー?」
 いつもみたいにあどけない顔で人差し指を口元に当てながら首を傾げる。あたしはそのさゆの手を乱暴にとって、引っ張った。
 「れいな、いたいのー」
「もう、いいから。いつまでも誤魔化さんでよ。アレ、探しに行くんでしょ?」
「えー、もう知ってたんだー」
「当たり前やん。研究室中、もう大騒ぎ」
「つまんないのー」
「もう、何でそんな他人事なん?アレがなくなって、さゆは心配じゃなかと?」
 するとずっとおとぼけ顔を装っていたさゆの顔が一瞬真顔になって、なったかと思うと今度は口元を緩めて微笑むだけで何もいわなくなった。そんなさゆが気持ち悪かったので、あたしは取り合えず握ってる手を離して、さゆの研究室へ向かった。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:21 ID:JeuLXCkI
 あたしの担当してる"黒"の部屋からはだいぶ歩く。突然あんな大事件が起きたのに、さゆは毎朝欠かさずあたしの部屋にやってきてあたしの寝起きの顔を見るっていう習慣を貫き通したらしい。この距離を歩いて。事件の当事者ともいえるのに。その神経の図太さに相変わらず呆れるも、少し羨ましく思ってしまう自分がいたりする。
 あたしが握っていた手を離したからか、さゆは少し不服そうな顔で、もう見慣れてしまったこの研究所の中庭を歩く。この施設の中で唯一空が見渡せる場所でもあり、唯一他の色が観察できる場所。別に他の担当者の研究室に行けばいくらでも他の色は観察できるし、行ってはいけないという規則はない。ただ、他の研究者とはほとんど面識がないし、接する機会もないから、わざわざ覗きにいったりする必要もないから行かないだけ。なんだかんだいって、別に個別に隔離するつもりはないんだろうけど、形としてはそうなってしまっているのが、この研究施設だと思った。それともただあたしに社交性がないだけ?
 「あ、しげさんおっはー!アレ、なくなったとか聞いたけど、マジ?あ、それともこんなとこでうろうろしてるってことは、もう見つかったとか?」
 中庭をもう抜けるっていう時に、さゆが声をかけられた。顔は見たことあるけど、あたしはそれが誰だか分からない。でも身につけているものから、その人が"水"の担当者だってことだけは分かった。
「ガキさんまたねなのー」
 ガキさん?あの人はガキさんっていうのか…。あたしはまた一人、この施設で数人目になる名前を心に刻む。相変わらず、さゆはあたしと違って、社交的だ。それでいてきっと、人気者なんだろう。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:21 ID:JeuLXCkI

 中庭を過ぎてまた暫く歩いて、あたしたちはさゆの研究室の前で足を止めた。そこはもう、さゆの担当している色が充満している。四方八方からその色は現れ、現れては消えていく。他の研究室の周りも、どこも同じようになっている。でも心なしか、ドア周りに溢れているその色が、昔見た時より少なくなっている気がする。といっても、ここにくるのは二回目で、この施設に入って以来だから、本当に久しぶりなんだけど。
 「ねぇーれいなードアあけてー」
「は?自分であけろってー」
「やだー。れいなあけてー」
 もう、本当にお姫様きどり?まぁ、ある意味お姫様か…。
「仕方ないなー、もう」
 あたしは久しぶりに手にするそのドアに少し緊張しながら、眩しい何かに身を包まれる印象を受けながらそれを押し開いた。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:21 ID:JeuLXCkI
―――
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:22 ID:JeuLXCkI
 「ほんとにさゆのアレ、どこいっちゃったんだろうねー」
研究室から立ち退いて早1時間が経過するところ。あたしたちは取り合えず食堂なんかにいた。そろそろお昼だし。まぁアレを探しがてらに。
 さゆの研究室のつくりはあたしのとことほとんど変わらなくて。それでもやっぱりあんなに緊張したのは決定的に違うそれに、部屋全体が包まれていたからだけど。きっとどの研究室に入っても、あたしは同じように動悸が激しくなって呼吸困難に陥りそうになるんだろう。それでもきっとさゆの部屋は格別かもしれない。だってあの色が、あの色素が、そしてそれがかもし出す雰囲気が、そこに漂っているから。
 その眩い色に包まれながら、さゆの助手たちなのか、はたまたどっかから集められた部隊なのか、沢山の人が忙しそうにあたしの前を右往左往していた。どうやらアレを探してるらしい。
 「しげ様!どこに行っておられたのですか!この非常時に!」
 おとぎ話にそのまま出てきそうな台詞と顔の胡散臭いおやじがさゆの肩をがっしりつかんで、そのまま離さなそうな勢いで叫んでいた。あたしのとこにもいる似たような人。あたしたちが仕事をさぼらないように見張ってる番人。まぁあたしたちを管理してるっていうお偉い方の忠犬。何人かいるみたいで、さゆはあっという間にその人達に囲まれてしまった。
 あたしたちがやっとそこを抜け出せたのは、散々されたお説教が一区切りついて、どうやら研究室内にはアレがないっていう事実がはっきり下されてからだった。
 中にないなら外。駆り出された捜査員たちが早々に部屋を出て行ったから、あたしたちもアレを探すという建前を申し出て(まぁ本当に探してるけど)便乗した。
 でも探すといっても、この施設はバカに広い上に謎が多くて、正直なんのためにあるのか分からない部屋とか場所が山のようにあって。最初から他人事みたいにして自分の気になること以外は興味がないさゆとか、めんどくさがり屋のあたしなんかに手が負える事件じゃなかった。
 と、いうわけで、アレ探しは熱心な捜査員の方々に任せることに勝手に結論付けて、あたしたちはランチを食することにした。
 今日は事件のおかげで、みんな仕事どころじゃないから、久しぶりにゆっくりできそうだ。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:22 ID:JeuLXCkI
 「ねぇー次どこ探しにいくー?七不思議の場所みてまわるー?」
「へぇー、アレに興味なんてないって感じのくせにまだ探したいんだ」
 「探すのー。だってアレさゆにとって大事なものだもん。れいな知ってる?アレないとね、さゆ死んじゃうんだって」
 「え」
 いつも通りのどこか抜けてそうな顔で、飄々と言ってのけた。あぁそうだ。いつもそうだった。この子は実は全て確信犯で行動していて、あたしの一挙一動に心の中ではゲラゲラ笑ってる。
「何言ってん。そんなのあるはずないやん。大体それ、どういう理屈で?人の生死とアレがどう関わってるんよ」
「嘘じゃないよ。れいなの部屋にも浮かんでるでしょ、黒いの」
いきなりあたしの話になって、つい箸が止まってしまう。あたしはアレがあんまり好きじゃない。だってアレは、さゆのとは違う。
「あの黒いのがれいなの生命維持装置になってるんだよ。アレがなくなると、れいなは死ぬの。さゆのやつ、なくなったから、もうすぐ死ぬの」
「生命維持装置って、そんな話初めてやし。大体、さゆのアレはもうないから、それならさゆは既に死んでるんやないの?」
「すぐじゃないんだって。部屋の中に漂ってる色素が完全に消えたら。さゆの色が完全に消えたらさゆも死んじゃうんだって」
「まじで…」
 あたしはさゆの顔をじっと見つめた。この、今喋ってる顔が動かなくなる。動いてる腕が動かなくなる。喋ってる口が開かなくなる。
 さゆが死ぬ、とはそういうことなんだと思った。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:22 ID:JeuLXCkI

 人見知りするからかこんな性格のせいか、全然友達もできないこの施設で唯一心許して話せるさゆと出会ったのは一体いつだっただろう。
 それはとても遠い頃な気がする。
 それでもあたしが覚えてるさゆの印象といえば、ぼけっとしているようで実はそうじゃないような、いつも自分が一番だと思って特にあたしを見下しているような、そんなイメージばかりだ。今ともほとんど変わらない。そもそも、あたしたちは物心ついた頃からこの施設にいたんだ。

9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:22 ID:JeuLXCkI

 どうしてここにいたのかも、ここがどこなのかも。ここが何のためにあるのか、世界はなんなのか。何も知らずに、何も知ろうとせずにいつの間にか大人になった。きっとここで育った子達はみんなそうだろう。
 ただ何も分からないあたしたちにも一つだけ確実に分かることがあった。
 それは、あたしたちの存在意義。

10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:23 ID:JeuLXCkI
 あたしたちが色に触れるようになったのはいつの頃からだったか。それこそ生まれてからずっとかもしれない。生まれてからここにいたとかは覚えていないけど、色とはずっと、それくらいから、いや、もしかしたらもっと前から一緒にいたような気がする。
 色とはなにか。
 色とは波長だ。
 目に見えるのに目で見えない波長。それが色。
 あたしが何でその波長に触れられるかは分からない。見えるけど触れないもの。感じれるけどつかめないもの。
 なのにあたしやさゆを含めたこの施設にいるそれぞれの色の担当者たちだけが触れられる。しかも、自分の色だけを。
 理由とかは分からないけど、取り合えずそれがあたしの唯一分かることで、存在意義でもある。
 そこには何の自由もない。選択肢もない。あたしたちは何も選べないけど、あたしたちは勝手に選ばれた。
 この施設にいること。自分の色を割り当てられること。その色と同調すること。
 ここは研究所とも呼ばれる。沢山の研究生と呼ばれる助手がいる。あたしたち以外の"普通の人"らしい。他にもきっといろんな人がここにいるんだろうけど、よく知らない。
 でも"普通の人"は色には触れないこととあたしたちは触れることは分かってるから、あたしたちはきっと"普通の人"ではないんだろうってことも分かる。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:23 ID:JeuLXCkI

 そんな"特別"な存在の中でさゆとはずっと一緒に生きてきた。きっと生まれる前は同じところにいたんだろう。なんとなくそう思う。
 なのに、何であたしはできない子でさゆはできる子なのか。
 いや、きっとできるもできないもないと思うけど、それでもあたしはいつもさゆが羨ましかった。いろんなことが羨ましかった。

12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:23 ID:JeuLXCkI

 そんなさゆが死ぬ、とは寂しいことだと思った。死んでほしくない。いくらその容姿が、憎らしいほど可愛くても。
 「ぷー。れいな、やっぱり信じたのー。すぐだまされるのー」
「へ」
「きゃははー」
ため息をついて肩を落としたあたしとは対照的に、さゆはアハハと大爆笑した。
 あー…やっぱり、ね。
 あたしは、やっぱり憎らしいくらい、羨ましいほど可愛いその顔を呆れた顔で睨みつけた。

13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:23 ID:JeuLXCkI
―――
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:23 ID:JeuLXCkI

 それからどれだけ捜査員が導入されても、さゆのアレは見つからなかった。
 研究所内は前代未聞の出来事にひどい騒ぎぶりで、仕事どころではなかった。
 さゆの研究室にある色素の数も日に日に減っていき、色も薄くなってきている。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:23 ID:JeuLXCkI

 あたしはというと、最近とても調子がいい。気分がいいし、爽快。
 他の研究室も覗きにいって初対面の人とも気軽に話せるようになったし、友達もさゆ以外に沢山できた。
 毎日がとても楽しい。わくわくする。
 さゆはというと、最近見ないけど、この前ちらっと見かけたときは、前みたいに可愛いと思えるような容姿ではなかった。どこが薄汚くて、肩が落ちていて、それこそ人生に絶望してそうな。まるで昔のあたし、ってそんなこといっちゃったらおしまいだけど。
 とりあえず、あたしは気分が良かった。
 この上ない幸せを感じていた。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:24 ID:JeuLXCkI


 そんな毎日が続いて、あたしはまたどんどん気分がよくなって、あたしの黒もどんどん薄くなってきていたけど、気にしなかった。たとえ管理職のおやじに毎日注意されようとも。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:24 ID:JeuLXCkI


 楽しかった。

 そんなある日。

 さゆのアレが見つかった。

18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:24 ID:JeuLXCkI
―――
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:24 ID:JeuLXCkI

 おかしい―…なんで―…!

 その夜、あたしは支度をした。さゆの研究室に忍び込むために。アレを消さなくてはいけない。アレがある限り、あたしはさゆに勝てない。

 あたしは焦っていた。
 それまでの幸せが嘘のように焦っていた。
 部屋の中にある色素がだいぶなくなっているということにも気づかないくらい、動揺していて、アレが見つかったことが許せなかった。

 だからあたしはバッグを持って、部屋のドアをあけたけど、そんなあたしの思考を見透かすように、そこには勝ち誇ったような笑みと、昔の美しさを取り戻したさゆがそこに立っていた。

20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:25 ID:JeuLXCkI

 さゆのアレが無くなった日――。

 部屋に忍び込むのは簡単だった。この限られた空間にある施設の中で盗みを働こうと思う人なんていなかったから。
 多分、この研究所に入り込むには相当なセキュリティをくぐらないといけないんだろうけど、中の人間が、中の人間の何かを盗むなんてことは普通ない。みんな望んだものが与えられていたから。
 でも、あたしには与えられていない。あたしのほしいものなんて誰も知らない。でも、あたしはずっと嫌だった。あたしは黒が嫌いで、さゆのピンクが好きだった。

21 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:26 ID:JeuLXCkI

 「どんな道具を使っても、今のセキュリティの中には絶対入り込めないよ」
「さゆ…どいて」
「ねぇ、れいな」
その尖ったようなさゆの声は、昔からあたしをバカにするときに出していた色とよく似ていた。あたしの大嫌いな波長だ。
「少しの間、偽お姫様になれて、楽しかった?」
 高鳴る鼓動。
 偽…お姫様。
 背中から冷や汗が出てくるのを感じる。顔も妙に熱い。きっと真っ赤な色をしているんだろう。
 あたしは動揺が悟られないように、でも俊敏に、そっと、顔をあげた。
 さゆの憎らしいほど可愛い笑顔がそこにあった。

 勝ち誇ったさゆの顔を見た時、あたしは膝をつき、床に向かって嗚咽をあげてすすり泣くことしかできなかった。
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:26 ID:JeuLXCkI

 さゆのアレを手に入れたとき、初めて自分が生きているように感じたのだ。血が通い、体中を脈打つ。見えるもの全てが新鮮で、光り輝いている。自分は、女神にでもなったのか、そんな錯覚さえあった。
 アレが正式にはどう呼ばれているのかは知らない。でもみんなはアレを錐体と呼んでいる。
 錐体はある特定の場所に設置されていて、そこがその色の研究室となり、あたしたちはそこで仕事をしている。錐体を唯一触れる担当者であるあたしたちは、毎日錐体と同化するのが仕事だ。言葉で言うと簡単だけど、あたしはこの仕事が楽なものじゃないのを知っている。錐体が衰えないように常にエネルギーを放出しないといけないし、錐体自身を受け入れて錐体が受ける運動をあたしたちもこなさなくてはいけない。時にはハードだったり、時にはソフトだったり。あたしたちの仕事はその日によって量も質も違う。
 あたしは毎日、あたしの担当色である黒と同化するのが嫌だった。自分がどんどん前よりもいっそう汚くなっていくようで。
 あたしはさゆが羨ましかった。さゆの綺麗なピンクが。お姫様とはやしたてられる彼女が。しげピンクというあだ名までついていたさゆが、どうしようもなく妬ましかった。

23 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:26 ID:JeuLXCkI

 「まぁでも今回は、上の偉い人たちにも内緒にしといてあげるよ」
頭からさゆの声がする。
「…いつ、から?」
「ん?」
「いつから、気づいてたん?あたしが盗ったって、気づいてたんやろ?」
さゆは少し間を空けてから嘲笑するように、「はじめっからなのー」とふざけた口調で言い放った。
 はじめから…。あたしは一生、さゆには勝てない気がして、とても情けない気持ちになった。
「今回ね、内緒にしといてあげるのはね、昔さゆも、れいなに悪いことしちゃったからー。もう時効だと思うけど」
 さゆがおもむろに髪をかきあげる。少しけだるそうに。
「れいな覚えてる?あたしたちの担当色が決まる前のとき。最終審査段階のときのこと」
 あたしは頷いた。今でもよく覚えている。
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:27 ID:JeuLXCkI

 あれはあたしたちがまだ子供のとき、みんな自分に一番合ってると思う色に申請をして、本当にその色が適色なのか審査を受ける。みんな生まれつき自分の色を知っていて、それが間違っていることは滅多にない。あるとしても、青と水色、緑と黄緑のようにとても近いものだ。
 あたしはその頃、赤色が自分の適色だと信じて生きていた。赤こそが情熱で、あたし、れいなにふさわしい色だと。
 さゆは隣のピンク色にいた。部屋も近かったし、あたしたちは近い色だねとか言い合ったりして、それなりに楽しかった。その頃は、今ほどさゆが眩しく見えたりしていなかった気がする。
 そして運命の発表の日。
 といっても、みんな自分がどこの担当色になるか分かっているようなもんだったから、誰も特に緊張したりしなかった。あたしも、自分が赤だと信じて疑わなかったし。
 ところが、結果は黒だった。赤はあたし以外の誰かの方がふさわしいと出ていた。黒に最もふさわしいのはあたしだと。あたしはショックでその事実を受け止められなかった。その時さゆが励ましの言葉をよくかけてくれていたけど、どれもバカにしたようにしか聞こえなくて、周りがみんな敵に見えた。実際、黒は混ざってしまえばみんな黒になってしまうから、敬遠される存在だった。
 あの時からあたしの人生は変わってのかもしれない。
「あの時、れいな赤に申請してたでしょ。実はさゆね、ずっとずーっと、れいなが羨ましかったんだ。だって、赤ってピンクよりはっきりしてて、目立つじゃん?さゆより目立つなんて、許せないーって思ったの。だって、お姫様になるのは、さゆ一人で充分だったし。他の人が赤になっても、お姫様になんてなれないって思ったけど。でもさゆね、れいなが赤になったら、なれると思ったの。あの時のれいな、可愛かったから」
 初めて聞く言葉にあたしは思わず顔を上げた。さゆと目が合う。相変わらず、綺麗な瞳。
「だからさゆね、交換したんだ。れいなと黒の人のデータを。結構いい加減だよねー、管理職って。さゆがこっそりデータの場所移動しただけで、なんも気づいてないの。それほど機械的なんだろうね、さゆたちのことって」
「……っえ?」
暫くして、あたしはやっと声が出せた。
 何?交換?どういうことか分からない。あたしは赤じゃなくて黒が適色だったんじゃないの?だって、あたしはそう思うことで、毎日生きてこれたんだから…。自分を納得させないと、生きてこれなかったし。
「ま、まって。あたしの本当の適色は赤なの…?じゃぁなんで、あたしが黒の錐体と融合できるの?」
「あれー、やっぱり知らなかったんだー。絶対違和感あるから気づいてると思ってたのー。やっぱりれいなって、だまされやすいね」
眼を細めてくすっと笑うさゆが見えた。
「ま、って…。なんで、赤なのに…黒と…」
「そもそも、適色審査なんて、いい加減なんだよ?さすがに白と黒はまずいみたいだけど、黒が明らかに混ざってる赤なんかだと、別に黒の錐体に入っても問題ないみたい。そりゃ少し、"色盲"になっちゃうかもしれないけど、そんなのさゆたちには関係ないしー」
「色盲…?」
「もー、れいな本当に何にも知らないのー。さゆたちは眼なんだよ?色を認知する大事な錐体細胞が集まってる場所」
「眼…?何で…そんなこと…一度も…聞いて…」
「確かに誰からも習うことじゃないけどねー。ここにいる人はみんな知ってることなのー。あ、そっか、でも」
さゆはゆっくりとその表情を変え、心からおかしそうに顔を歪めた。可愛いけど憎らしい笑顔でもなんでもない。ただの歪んだ顔に見えた。
「れいな、さゆ以外友達いないもんねー。聞いたことないはずなのー」
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:27 ID:JeuLXCkI

 突然。

26 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:27 ID:JeuLXCkI

 全てが、黒くなった。
 黒と同化しているときのとはまた違う。
 全てが黒い。
 あたしの心の中も。目に見えてるものも。さゆさえも。全てが。

27 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:27 ID:JeuLXCkI


 「あれー、れいなもう動かなくなっちゃったのー?早いのー。つまんないのー」
 遠くでさゆの声が聞こえるけど、それすら黒で染まっている。
 あたし、あたしはどこにいるんだろう。
 吐く息さえも黒く感じる。
 こんな感覚は初めて…あたしは…。
 「もー、せっかくだから教えてあげるの。ずっと前、アレがないとさゆ死んじゃうって言ってたでしょ?実はあれ、本当だったの。だからさゆ、死ぬ直前までれいなに天国を味あわせてあげたの。えらい?」
 死…天国…。さゆの単語が途切れ途切れに頭に響く。
 「でもね、さゆは死ぬ前にれいなからアレ取り返せたからいいけど、れいなはずっとさゆのアレと同化していて、黒のアレとは同化しなかったでしょ?それはよくないことだったのー。さゆ、れいな知ってると思ってたの。自分の錐体と同化しないのを続けると、死んじゃうってこと」
 さゆ…羨ましくて、妬ましい存在…それでも、ずっとそばにいてくれた、唯一の、とも、だ、ち…。
 「常識だと思ってたのー。でも良く考えたらね、れいな、友達いなかったから、さゆが教えてあげればよかったのー。きゃはっ」
 そういって、あたしの友達の、さゆの笑い声が聞こえた。
 
 「ばいばい、哀れな細胞さん」


28 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:28 ID:JeuLXCkI
29 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:28 ID:JeuLXCkI
 
30 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 06:28 ID:JeuLXCkI
 

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