17 僕が欲しい肌色
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:09 ID:CJOXYyHA
- 17 僕が欲しい肌色
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:10 ID:CJOXYyHA
- 吉澤ひとみちゃんは肌の白い、とても綺麗な女の子だった。
初めて沼のほとりで彼女を見た時、私は本当に幽霊が現れたのかと思った。
怖くはなかった。ただ、あまりにも綺麗で、この世のものには見えなかっただけ。
月明かりに照らされ、ほの青い光の粒子を纏った肌。
美しく、繊細で、ひどく脆そうに映った。
白い肌。降り積もった粉雪のように、白い。
私はひとみちゃんの肌の色が好きだった。
大好きで、焦がれていて、そして――うらやんだ。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:10 ID:CJOXYyHA
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「ただいま」が広い家の奥へと木霊していく。応える声はない。
後ろ手に玄関の鍵をかけて靴を脱ぐと、私はランドセルを背負ったままリビングへ向かった。
リビングのテーブルには一行だけの書き置きと、くしゃくしゃの一万円札が乗っていた。
書き置きは握りつぶしてゴミ箱へ。お札だけスカートのポケットに無造作に突っ込む。
冷蔵庫を開ける。オレンジジュースを取り出すと、パックに直接口をつけて少しだけ飲んだ。
お行儀の悪い私を叱る人はいない。
お母さんが東京の家を出て行ってから、長い年月が経った。
この街の大きな病院の偉い人をしているお父さんは、あまり家に帰ってこない。
さびしいという気持ちがどういうものなのか、私はずいぶん前に忘れてしまった。
私はランドセルをソファーの上に投げ出して、玄関を出た。
この街に引っ越してきて半年。
東北地方に位置するここの冬は寒くて、夏場の今はすごく助かる。
日が沈んだこの時間になっても涼しいだけで、凍えたりはしない。
そういう気候の土地だからか、ひとみちゃんほどではないにせよこの街の人たちはみんな肌が白い。
けれど私は両親が南の地方の出身なせいで肌が黒い。
私たち子供の社会で、みんなと違うということは罪だ。
だから私は、学校で断罪を受けている。
最初に教科書や体操服が無くなり、煙を上げる焼却炉の中で見つかった。
次に机が「死ね」という、無数の蟻のような細かな文字でびっしりと埋め尽くされた。
先生に相談すると学級会の議題になった。
その翌日、うちの庭でこっそり飼っていた野良猫の首にハサミが刺さっていた。
お父さんに何とかしてもらおうと病院を訪ねたけど、忙しいからと会ってもらえなかった。
ひとみちゃんに初めて会ったのはその日だ。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:11 ID:CJOXYyHA
- お父さんの病院の裏、黒々とした葉の欝蒼と茂る木々が立ち並ぶ道を歩いて行くと、
しばらくして学校のグラウンドの半分ほどの広さを持つ沼に出る。
森の中にぽっかりと口を開けた空間は月明かりに晒され、青白く浮かび上がっている。
沼は底なしで、前に男の子が一人行方不明になったとかで、幽霊の出る噂があった。
そんな物騒な沼のほとりに、ひとみちゃんは今夜もぼんやりと佇んでいた。
私が近づいていくのに気がつくと、うっすらと笑みを浮かべて「梨華ちゃん」と呟いた。
途中のコンビニで買ってきたおにぎりを渡すと嬉しそうに頬張る。
外見は大人びて私と同じか年上くらいに見えるのに、ひとみちゃんはひどく幼い。
私は毎日ここに来て学校であったいろいろなことを話すけど、
ひとみちゃんはわかってくれているのかどうか、判らない反応しか返さない。
時には聞こえていないんじゃないかと思うことさえある。
ただ私が「ひとみちゃんの肌がうらやましい」と言った時だけは、
決まって「梨華ちゃんの肌のほうがうらやましい」と返してくる。
私はこの肌のせいで断罪を受けているというのに、やっぱりひとみちゃんはそれを理解してくれていない。
けどそれでも良かった。
私の話を疑うそぶりも見せずに最後まで黙って聞いてくれるのは、ひとみちゃんだけだ。
ひとみちゃんはいつもカーキ色の短パンと水色のタンクトップという、男の子みたいに活動的な恰好をしている。
露出した手足は痩せ細っていて青白い。
やっぱり幽霊みたいだ。
そういえばひとみちゃんには夜にしか会ったことがない。
例の噂は間違いで、本当に行方不明になったのは男の子じゃなく男の子みたいな恰好をしたひとみちゃんだったのかもしれない。
朝日に焼かれて消えてしまう幽霊。
私の味方は幽霊のひとみちゃんだけだ。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:11 ID:CJOXYyHA
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トイレの個室の戸が大きな音をたてて、軋んだ。
何人分かの甲高い笑い声が響く。
戸にぶつけられた肩が痛んだ。
けっして目線は合わさないよう、私は肩を押さえてトイレの床にうずくまる。
私の反応が小さいのが気に食わないらしく、いくつもの罵声を浴びせられた。
それでも私はきゅっと服の袖を掴んで縮こまる。
地震と同じ。
じっと耐えていればささくれだった声の嵐も通り過ぎる。
いつもそうだ。今日だってそう。
ところが、今日は相手の虫の居所がいつもより悪かったらしい。
リーダー格の一人が掃除用具入れに歩み寄って、中からモップを一本取り出した。
壊れたモップには掃除のための布がついていない。
金属の部品が凶々しくむき出しにされていた。
私の怯えた表情をみて、モップを持った子は嬉しそうに近づいてくる。
ひょっとして剣道でも習っていたんだろうか。
振り上げられた細長い凶器は銀色の軌跡を描き、私のこめかみを横合いから鋭く殴りつけた。
モップのへし折れる音がした。
鈍い、礫が頭に食い込むような、中で何かが破裂するような感触が、私の頭の奥に轟いた。
私は手をつく暇もなく倒れ、床のタイルへしたたかに頬を打ちつけた。
頭の上、洗面台のところで何かが割れる音がして、折れたモップと砕けた鏡の破片が落ちてきた。
鏡の破片は私の手の甲に突き立った。
赤黒いものが私の浅黒い皮膚の下から湧き出した。
じわりと、頭の下からも赤黒いものが染み出し始める。
みるみる内、赤黒いものは滑るように広がっていく。
遠くで焦った声が聞こえた。足音が足早に遠ざかっていく。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:12 ID:CJOXYyHA
- 手の甲に突き立った鏡は私を映し続けている。
浅黒い、みんなとは違う、罪悪の肌色。
……欲しい。欲しいと思った。
私は殺される。誰も助けてはくれない。きっといつか殺される。嫌だ。すごく嫌だった。
だから欲しい。殺されない理由が欲しい。――白くて綺麗な、ひとみちゃんの肌が欲しい。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:13 ID:CJOXYyHA
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目的の本はお父さんの書斎でちゃんと見つけることができた。
分厚くて立派な、難しい漢字ばかりの本を、隣に辞書を並べて少しずつ読み解いていく。
何時間も読み続けた。
夜中に一度、ひとみちゃんと沼の様子を下見に行った以外はずっと、本やインターネットの文章を読みふけった。
朝になると学校を休んで少しだけ眠る。
起きたら昨夜買っておいたコンビニのおにぎりをかじりながらまた読み続けて、
昼過ぎまでには必要な道具や実行の手順をジャポニカ学習帳にぜんぶ書きまとめた。
手の油を吸ってひとまわり膨らんだ学習帳を片手に、私は家を出た。
今夜までにぜんぶ用意しなくちゃいけない。
学校を休み続けたらあの子たちはそのうち家へやって来てしまう。
そうなったら今度こそ私はおしまいなんだ。
だから今夜。今夜中に私は手に入れる。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:13 ID:CJOXYyHA
- お父さんの病院はその周囲を、緑のペンキで塗った網のフェンスに覆われている。
沼へ向かう道から十歩ほど行ったところで、私は下側が少しめくれ上がっているフェンスの前にしゃがみこんだ。
地面には雨水を流すためコンクリートで固められた溝があって、
それがフェンスの下を通って病院の建物まで続いている。
溝は子供の私が体を入れればなんとかフェンスをくぐれるくらいの深さがあった。
前に悪戯で忍び込んだときと同じ要領で、私は溝に体を潜らせた。今度は遊びじゃないけれど。
病院の裏庭には背の高い草が茂っていて、地面に伏せながら進めば誰かに見つかることはなかった。
地面の砂利や草の葉っぱで手を切りながら、なんとか裏口の見える位置まで近づく。
ところどころ黒く汚れた建物の一部にぽっかりと長方形の口が開いていて、
通路を入ってすぐの場所にカウンターと、その奥で書き物をする老眼鏡のお爺さんが見えた。
入口の横には眠そうな顔をしたお巡さんみたいな恰好のお兄さんが立っている。
しばらくじっと、息を潜めて待った。
北国でも夏のこの時間はじりじりとお日さまに照らされて暑い。
汗がにじみ、葉っぱで切った傷口と包帯に覆われた昨日の傷口にしみた。
三十分。一時間。もっとだったかもしれない。長い時間待つと、ようやくお兄さんが動いた。
カウンター越しにお爺さんに二言三言告げて、足早に通路の奥へと駈けていく。きっとトイレだろう。
私はすばやく、だけど音を立てないよう静かに動いた。
身を低くしたままパッと中庭から建物の間を駆けて、
カウンターの窓から死角になる位置…カウンターから張り出した机の下に体を滑り込ませた。
頬に当たる通路の床がひやりと冷たい。
呼吸を必死に抑え込んで、じっと耳を澄ませる。
頭の上からは一定のペースで鉛筆が机をひっかくような音が聞こえた。
通路の方から足音はしない。
私は一気に、通路の奥へと入り込んでいった。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:14 ID:CJOXYyHA
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目的のものはあっけなく手に入った。
お父さんの書斎から持ち出した鍵は問題なく鍵穴にはまったし、
倉庫室の中には探し物が不足なく揃っていた。
行きと同じルートを逆に辿って病院を出て、
家に帰った私はお父さんの洋服ダンスを漁った。
お父さんの靴下の中でも特に丈夫そうなものを選ぶ。
私のでは布が薄くて心もとない。
それに自分のショウコを残しちゃいけないというのを前に見たドラマで言っていた。
鏡と浮き輪は持って帰ってくるからいいとして、
ハサミは前にあの猫に刺さっていたのを持っていくことにする。
病院で手に入れたものと一緒にいつものコンビニの袋にぜんぶ詰めるて外を見ると、
窓の外はもう真っ黒に染まっていた。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:15 ID:CJOXYyHA
- コンビニ袋を片手に家を出た。
ジャポニカ学習帳は用意が済んだ時点で学校の焼却炉にくべてある。
手順はもう頭に入っているので大丈夫だった。
フェンスの少しめくれ上がった部分を横目に、草の臭いが溢れるいつもの道を歩く。
途中で手頃な大きさの小石を二十個ほど拾ってスカートのポケットに入れておいた。
ひとみちゃんは今日もそこにいた。
ぼんやりと、月を見上げている。
横顔は白くなめらかに、一層の輝きを放って見えた。
舌舐めずりをするような気持ちを隠し、
私はいつもの調子でひとみちゃんに話かける。
「あ。幽霊」ころ合いを見計らって私がひとみちゃんの背後遠くを指さすと、
ひとみちゃんはゆっくりとそちらを振り返り、私の目の前に後頭部を晒した。
私はすばやくお父さんの靴下を取り出すと、中にさっき拾った小石をぜんぶ詰め込んだ。
靴下の口を握り、ひとみちゃんの頭めがけて力いっぱい振り回す。
硬く膨らんだ靴下のつま先が空気を裂く音。
一瞬遅れて、ボーリング玉を石の地面に落したような重い音と、
卵が割れたみたいなあっけない感触が掌に届いた。
ひとみちゃんの体がびくんと震えて、膝から地面に引かれるように崩れ落ちた。
うつ伏せに倒れたひとみちゃんの頭から赤いものと、それに白っぽいものが覗いている。
赤いものがひとみちゃんの顔を伝う前に、私は脇の下に腕を入れてひとみちゃんの態勢を仰向けに変えた。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:16 ID:CJOXYyHA
- 赤い水たまりの上に頭を乗せたひとみちゃんは、眠っているように見えた。
その白く細長い手足に指を這わせてみる。
なめらかな感触。
月明かりを映す白。
欲しい。たまらなく欲しいと思った。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:16 ID:CJOXYyHA
- コンビニ袋に手を入れて、病院から持ってきた注射器と、液状の薬の入った瓶を取り出す。
決まった量を注射器で吸い上げ、少しだけピストンを押して中身を出した。
消毒は別にいらないと思う。
唾を飲み込み、私は自分の腕…「静脈」という場所に針を刺す。
ピストンを押しこむとひんやりしたものが自分の肌の中に潜り込んでいくのがわかった。
針を抜いて、今度は長いピンセットと刃先が細くて鋭い、病院から持ってきた方のハサミを取り出す。
ひとみちゃんの二の腕、肌の一部をピンセットでつまんで持ち上げてみる。
少し力をこめて真上に向けて引っ張ると、ひとみちゃんの皮膚がぺりぺりと中で剥がれる手ごたえがあった。
円すいの形になるくらいまで皮を引っ張ったまま、円すいの底の部分にハサミを入れてチョキチョキと一周させる。
ひとみちゃんの肌はひとみちゃんの腕を離れて、ピンセットにつままれたまま空中でくしゃりと形を崩した。
本には「つまみあげ移植」と書いてあった。
あまり複雑な技術は要らなそうだったので選んだやり方だけど、本当に簡単に出来てしまった。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:17 ID:CJOXYyHA
- ふと、私は自分の手の感覚がおかしいことに気づいた。
動かすことは普通にできるけど、指がハサミを握っている感触が遠いというか、変な感じだ。
ハサミの先で腕を強めにつついてみる。
痛くない。
もっと強く、勢いよくつつくと、ハサミの先端が腕に潜りこんで血が溢れた。
麻酔はちゃんと効いたみたいだった。
これなら遠慮は要らない。
私はメスを取り出すと、左腕の皮をリンゴを剥くのと同じ要領でべりべり剥がし始めた。
力の加減を間違えて深く肉をえぐってしまうこともあったけど、気にせずに作業する。
左が終わったらメスを持ちかえて右腕。手の甲も忘れない。
掌や前腕の裏側は割と白いので必要なかった。
黒い、汚れた部分だけを取り除けばいい。
腕と脚が終わると、いよいよ顔から胸元にかけての皮を剥いでいく。
人間は皮膚をいっぱい失うと死んでしまうらしいから今は服の外に出る部分だけでいい。
剥き残しがあるとまずいので鏡を見ながら丁寧に。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:17 ID:CJOXYyHA
- ピンク色の肉が剥き出しになった顔は気持ちが悪かった。
さっきのピンセットとひとみちゃんの皮をつまみ上げる。
円い皮のシートを皺のないように伸ばして自分の頬に貼りつけた。
白い。
白い肌だ。
達成感がにわかに胸の奥にひらめいた。
貼りつけた肌のふちを透明な瞬間接着剤で固めれば完璧。
私は興奮し、ピンセットとハサミを手にしてひとみちゃんの肌を次々に採取した。
ひとみちゃんの皮膚をつまみ、切り取って、自分の肉に貼りつける。
腕の皮膚はあまり皺がなく、顔に貼るならむしろこっちの方が好ましかった。
ひとみちゃんの手足や顔が円いピンクの穴だらけになると、
猫のハサミを出してひとみちゃんの服を切り裂いた。
お腹や胸、背中の肌はまばゆいくらいに白く、張りがあって素晴らしい。
私は作業に没頭した。
何時間も。時間を忘れて。
夢にまで焦がれたひとみちゃんの白い肌を奪い、自分のものにしていった。
やがて私は念願の、白くて綺麗なひとみちゃんの肌を手に入れた。
殺されない理由を手に入れた。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:18 ID:CJOXYyHA
- 残りは後始末だけだった。
コンビニの袋に鏡と浮き輪以外の使った道具と大きな石を詰めて、口を堅く縛る。
ハサミやメスは刃先で袋を破ったりしないよう、お父さんの靴下でしっかりくるんでおいた。
大きく振りかぶると、沼の中心に向けて思いきり放り投げた。
どぽんっ、と水柱を上げて、白い袋は泡を残して水中に消えていった。
次はひとみちゃんだ。
ひとみちゃんの手足は血ですべるので髪の毛を掴み、沼の方へ引っ張っていく。
ずたずたになった服は沈める場所まで私が抱えていく。
私は服を脱いで、膨らませた浮き輪に体を通し沼の中に足を入れた。
沼の水は濁っていて汚い。
足の裏で触れた底もぬるぬるとぬめっていて気色が悪かった。
けどここは我慢だ。
ひとみちゃんの髪を掴んで沼の中まで引き入れようとした時、不意に思い出した。
『梨華ちゃんの肌のほうがうらやましい』
剥き散らかしておが屑のように山になっているさっきまでの私の肌に目を向ける。
私にとっては用済みだけど、ひとみちゃんがああ言うのならと、取ってきて抱えさせてあげた。
心なしかひとみちゃんの唇が笑んだように見えた。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:18 ID:CJOXYyHA
- 沼の中では両脇の下に腕を入れてひとみちゃんを引きずるように泳いだ。
ひとみちゃんの服は浮き輪と体の間に挟むようにして運んでいる。
ひとみちゃんに持たせた私の皮は、沼中に散ってしまったかもしれないけどどうでもいい。
沼の中心まで来ると、急にひとみちゃんの体が重くなった。
ぐいぐい底の方に引っ張られる感じで、すぐに私の腕を離れてそのまま沈んでいってしまう。
あっけない。
沼は濁っているので底の様子はまるで見えない。
そうでなくてもまだ夜だから……と、ちょうど空が白み始めた。
朝日が昇る。
脱皮して生まれ変わった私の迎える最初の朝だ。
まばゆい朝の日射しが肌を照らして、
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:18 ID:CJOXYyHA
-
――瞬間、私は絶叫した。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:19 ID:CJOXYyHA
- 熱い。途轍もなく熱い。
体が燃えるような。
違う。
肌だ。肌が燃えている。
私の肌が、ひとみちゃんの肌が焼けるように熱い。
いくら肌を水にひたしても肌を焼く業火は止まらない。
なんで。どうして。
せっかく手に入れたのに。
せっかく、せっかく助かったと思ったのに。
私はもう正常な思考ができる状態になかった。
麻酔が切れたのだという単純な事実に気づく常識も、
ひとみちゃんを殺してしまったことを嘆く理性も、
きっとあの掃除用モップの一撃が吹き飛ばしてしまった。
正常な思考ができない私は、正常でない結論を導いた。
『梨華ちゃんの肌のほうがうらやましい』
ひとみちゃん。
ひとみちゃんは幽霊だった。
幽霊は朝日に焼かれて消えてしまう。
ああ、だから。
だからひとみちゃん、私の肌を――。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:19 ID:CJOXYyHA
- 熱い熱い朝日を浴びて、私の意識は薄れ始める。
途切れる寸前の意識の中で、私は底へと沈んでいった。
――知らない誰かに、足を引かれて。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:20 ID:CJOXYyHA
- *
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:20 ID:CJOXYyHA
- (以下、某全国紙の三面記事より抜粋)
○○県▲▲市にある××沼から、同市在住の医師石川一郎さん(42)の
長女で梨華さん(11)と、石川さんの勤務先でもある私立病院に入院中だ
った同市在住の会社員で吉澤憲二さん(45)の長女ひとみさん(11)と思わ
れる遺体が13日、見つかった。正式な発表はまだだが遺体には不可解な
点が多数散見、二人の遺体の沈んでいた地点の数メートル近くで医療器
具なども発見されたため、地元県警は事件、事故の両面から捜査を開始
するとしている。
ひとみさんは色素性乾皮症の治療のために先月上旬より同病院に入院。
一部関係者によると夜中に病室を抜け出す傾向があったという。見つか
った医療器具が同病院で使われているものと一致する点もあり、病院の
管理体制に何らかの問題があったのではないかとする声が上がっている。
またこれは現場を取材した本紙の記者の証言であり警察の発表はまだ
だが、引き上げられた二人の遺体の足元には二人の足首を掴むような恰
好で倒れる、既に白骨化した小柄な遺体が見受けられたという。昨年末
に現場付近で行方がわからなくなっていた児童の遺体ではないかとも推
測されるが、確認は取れていない。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:21 ID:CJOXYyHA
- E
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:21 ID:CJOXYyHA
- N
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/07(土) 03:21 ID:CJOXYyHA
- D
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