06. 東京純恋旅歌
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/01(日) 23:59 ID:.MW8Sv0A
- 06. 東京純恋旅歌
中澤裕子:モーニング娘。初代リーダー。仕方なく与えられたキャラを演じている。三十四歳。
飯田圭織:モーニング娘。二代目リーダー。リーダーになると同時にキャラを捨てた。二十五歳。
安倍なつみ:モーニング娘。初期メンバー。かつてはマザーシップと呼ばれていた。二十五歳。
保田圭:モーニング娘。二期メンバー。たまに自分がなにをしているか、わからなくなる。二十六歳。
矢口真里:モーニング娘。二期メンバー。ゴミ。二十三歳。
後藤真希:モーニング娘。三期メンバー。おっぱいが大きい。二十一歳。
石川梨華:モーニング娘。四期メンバー。美勇伝というユニットで細々と肉体労働をしている。二十二歳。
吉澤ひとみ:モーニング娘。三代目リーダー。デビュー直後から模索を続けている。二十二歳。
加護亜依:モーニング娘。四期メンバー。謹慎中におっさんと一泊旅行して解雇される。十九歳。
辻希美:モーニング娘。四期メンバー。後先考えない妊娠で、アイドル時代のバカを貫徹する。二十歳。
高橋愛:モーニング娘。五代目リーダー。リーダー就任と同時に、世捨て願望が強くなる。二十歳。
新垣里沙:モーニング娘。五期メンバー。最近、こんこんがリーダーだったら、ということをよく考える。十八歳。
紺野あさ美:モーニング娘。五期メンバー。慶応大学に通う。二十歳。
小川麻琴:モーニング娘。五期メンバー。ほぼ失踪状態にある。十九歳。
藤本美貴:モーニング娘。四代目リーダー。脱退後、お客様相談室に配属される。二十二歳。
亀井絵里:モーニング娘。六期メンバー。すぐ泣く。十八歳。
道重さゆみ:モーニング娘。六期メンバー。脂好きをカムアウトしてかわいいキャラを忘れる。
田中れいな:モーニング娘。六期メンバー。最近になって元気だった自分を思い出す。
久住小春:モーニング娘。七期メンバー。いい気になっている。十四歳。
光井愛佳:モーニング娘。八期メンバー。久住小春のおもちゃ。十四歳。
ジュンジュン:モーニング娘。八期メンバー。日本語を話せない。十九歳。
リンリン:モーニング娘。八期メンバー。すぐ謝る謙虚な中国人。十六歳。
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/01(日) 23:59 ID:.MW8Sv0A
- 清水佐紀:Berryz工房のキャプテン。人望に耐え切れなくなってきている。高校一年。
嗣永桃子:Berryz工房のメンバー。最近ジムに通っている。高校一年。
夏焼雅:Berryz工房のメンバー。なにかをどうにかしたい。中学三年。
須藤茉麻:Berryz工房のメンバー。ママキャラが転じて、乱暴キャラになる。中学三年。
徳永千奈美:Berryz工房のメンバー。手足が長い。中学三年。
熊井友理奈:Berryz工房のメンバー。一日四十時間で生きている。中学二年。
菅谷梨沙子:Berryz工房のメンバー。甘えられるものには限界以上に甘える。中学一年。
矢島舞美:℃-uteのリーダー。バカ。高校一年。
梅田えりか:℃-ute最年長。舞美の愛人。ファッション誌の暗記が特技。高校一年。
中島早貴:℃-uteメンバー。なかさきちゃんというニックネームを憎んでいる。中学二年。
鈴木愛理:℃-uteのエース。ぶりっこ。英検五級。中学一年。
岡井千聖:℃-uteメンバー。お姉さんのおもちゃ。イモリとヤモリの区別ができる。中学一年。
萩原舞:℃-ute最年少。誰からも愛されるかわいらしさを持つ。小学六年。
有原栞菜:ハロプロエッグ出身の℃-uteメンバー。すぐに笑う、元気娘。中学二年。
あっきゃん:The ポッシボー所属。特技は握手会で前屈み。中学三年。
はしもん:The ポッシボー所属。りんねに似ている。眼鏡キャラだが眼鏡が似合わない。中学三年。
もろりん:The ポッシボー所属。電車のドアに髪を挟まれたことがある。高校三年。
ロビン・ストューカス:The ポッシボーの二期メンバー。ボストン生まれのハーフ。中学三年。
かえぴょん:The ポッシボーの二期メンバー。感激屋ですぐ泣く。高校一年。
ごとぅー:The ポッシボーの二期メンバー。ロビンに相方と呼ばれる。中学二年。
是永美記:ガッタス所属。アイドルフットサルの実力者だが、やけっぱちアイドルもこなす。大学四年。
武藤水華:ガッタス所属。通称ムッチぃ。本人は幸薄キャラだと思っているが、周囲の注目を集めている。とブログで自慢する。高校一年。
真野恵里菜:ガッタス所属。通称まのえり。最近になってハロプロに入った変わり者。高校一年。
和田彩花:通称DAWA。捨て犬を飼っている。中学一年生。
福田花音:通称かにょん。安倍なつみを崇拝しているが、安倍に似ず気持ち悪いくらい謙虚。小学六年。
岡井明日菜:℃-uteの岡井千聖の妹。モーニング娘。に入りたい。小学五年。
前田彩里:通称いろりん。誰よりも張り切るが、すぐに疲れる。小学三年。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/02(月) 00:00 ID:02aHVrVA
-
3月11日 港区南麻布
ぽん。
気持ちいいくらいに声が破裂した。
「なんで矢口はそうやって自分中心の考えしかできないのさっ!」
とんでもない剣幕で安倍が叫んで席を立った。酔いに飽和したような雰囲気が凍る。近くにいた店員がアクシデントに身構え、他の客は何事かと声を潜めた。
癇癪の矛先となった矢口はシュンと顔を曇らせたが、中澤と飯田と保田はクスリと笑った。
中澤は、お前が言うな、と。
飯田は、怒っても笑ってもエロ目になる、と。
保田は、まったく別のことを思い出して笑った。
罵声を浴びせて睨んでも、安倍の情動はおさまらない。矢口の申し訳なさそうな顔がまたうそ臭いと、過去のあれこれをほじくり返し、なんでもいいからとにかく矢口が悪いと、安倍は次々と怒りを連鎖させてしまう。
「このーっ!」
椀に残っていたしじみの殻を掴んで投げつけ、その勢いを駆って店を飛び出した。たぶん誰かが追いかけてきてくれるだろう、と。
肩をすくめて安倍を視線だけで追った飯田が、グラスを両手で抱えて口元に運ぶ。そして何か言いかける前に、矢口が切り出した。
「じゃあ、わたしも帰るわ。明日仕事あるし」
「あんま気にすんなや」
声をかけた中澤に、弱々しく笑顔を見せた。
「じゃあ、また」
矢口は、飯田と保田の表情を確かめて、店を出て行った。
線を引いているわけではないが、こういった集まりでは安倍が外れてしまうことが多い。安倍がまだリリースとコンサートとミュージカルの年間スケジュールが組まれていたり、飲み会向きのキャラクターじゃないからだが、あまりそういった話はしない。
「ねえ、もしかしてなっちってまだ矢口の子と赦してないの?」
偶然会社で会い、そのまま安倍を連れてきた保田が呟いた。
「見ての通りじゃない」
なんで今さらそんな説明しなきゃいけないのかと、飯田がそっけなく返した。
「ああなると、なっち長いからなあ」
中澤のぼやきに、保田が頭を抱える。
「圭織との時って、何年くらいやった?」
「今も仲悪いし」
飯田のそっけなさに、保田がぐいと杯を呷った。面倒くさそうに笑った中澤が、あーあと息を吐いた。
「あんな仲良かったのになあ……」
「なんかずっと仲良くしてるから、大丈夫だと思ってた」
「そりゃ仕事中はなあ」中澤が言う。
「でも……」
「だってなっちやぞ?」
そこまで言われて、保田は、そうか、とさみしそうな顔をした。当時、安倍はかなり怒っていた。飯田は聞きたくないのだろう、下を向いたまま無表情になっている。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/02(月) 00:02 ID:02aHVrVA
- 中澤は心を痛めながらも微笑を作り、飯田を眺めた。グラスを抱えたまま外部を遮断し自分の世界を作っていることを確認した。やや非難めいた表情と声色で、保田を向く。
「なんであんた知らんかったのー」
「知らなかったわけじゃないって」
「じゃあ、なんなの」
「忘れてただけだってば」
「忘れんなアホ」
「ひどーい」
中澤は一瞬間を作り、保田を窺う。そして、恐る恐る訊ねた。
「…で、あんたはどっちなん?」
なにが、保田は眉をひそめた。
「……矢口となっち、どっちなん?」
飯田がむくりと顔を上げた。
「わたしはなっちかな」
「なんやあんた聞いとったんかい」
「そりゃ聞いてるよ」
味方にならないほうの敵じゃないからね、そう前置きして飯田が言う。
「なっちの気持ちはよくわかるけど、矢口の気持ちはわからないから」
そう言われてしまうと、中澤も保田もそれ以上言えることがなくなってしまう。矢口に対しての怒りは理解できても、噴飯ものの独善的な行動は、矢口本人じゃないと理解できない。
飯田はなおも続ける。
「勝手にやめちゃってさ、それは何を守ったわけでもなく、わけのわかんない自己満足でしょ? わたしは、みんなもそうだと思うんだけど、矢口だから付き合ってるわけだけどさ、これがまた別の子だったら全然ちがう話で、絶対にゆるさなかったかもしれないし……。たとえば藤本とか」
冗談のつもりだった。圭織は笑うが、二人は笑えない。最初の一言で、結論は出てしまっている。
「わたし達は矢口を赦すし、よっすぃは美貴ちゃんを赦すし。どう転ぼうと、たぶんね」
あの動揺が続けば解散だってあったかもしれない、飯田はそう考えている。しっかりしていた後輩を頼もしく思ったし、自分の教育をちょっとは褒めたりもした。そして、矢口がいなくなっても何ともなかったことに、ちょっとだけ寂しくなったりもした。
話すだけ話して、飯田は鞄から携帯を出した。
「あ、なっち? 矢口帰ったから、戻っておいで」
当たり前のように安倍を呼び戻す飯田を見て、中澤は悲しくなる。店のすぐ側で待っているであろう安倍を思うと、さらに。あの頃はあんな仲良かったのに。これが今、自分たちが娘。でなくてよかったと考え、ふと思う。そういや娘。のこと、あんま考えなくなったなあ。
もうすでに、言われて思い出す程度だ。モーニング娘。に在籍していたのは三年ほどで、離れてから六年以上経っている。そうなると、Helloのリーダーという立場にあって忘れているいろいろを思い浮かべ、不安になる。
自分が残してきたものは風化し、残っているにせよ霧散しかかっているのではないか、と。思えば、自分が直接なにかを伝えようとしたのは、石川や辻で、もしかしたら吉澤だ。そして、もし、知ってくれているならば、道重くらいだろう。
だが、自分が荒々しかった頃、つまりモーニング娘。在籍時が最もストレートに大事なことを伝えていたかもしれない。後輩に伝えるべきことは、それほど多くないのかもしれない。最近はそう思うようになっていたが、惜しくなってきた。それは、ぞろ目だからかもしれない。走り出したくなるような情動が波立ち、中澤は酒を飲んで、静かに息を吐いた。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/02(月) 00:04 ID:02aHVrVA
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4月21日 新宿区 厚生年金会館
けっ、なんだよ。わたしにだって、あれくらい……。
最後の曲で客席を出た雅は、東京厚生年金会館の階段を降りながら何度も心で舌を打つ。ステージから漏れ聞こえる℃-uteの歌声が、背後からはっきりとした感触を持って迫ってくる。客の声が古びた館内を震わせている。
関係者以外立ち入り禁止の仕切りを抜ける頃、後ろの千奈美が追いついてきた。ちらと目を合わせただけで、千奈美は何も言ってこない。前のほうで、友理奈がのほほんとした笑顔で茉麻に話しかけている。
「すごかったねえ、みんな」
友理奈は本当にそう思っていて、それをそのまま声にしているのだろう。だからこそ、茉麻は困ったような複雑な笑みを浮かべている。
そういうことになっていたので、雅は当たり前のように℃-uteのコンサートに来た。仕事のあった梨沙子以外、みんな、Berryz工房で。圧倒された。自信に満ちているからなのか、メンバーの顔つきが以前とは全然ちがった。リズムに乗って楽しんでいるフリをしなければ、見ていられなかった。実際楽しかったが、それはすぐに危機感となって襲いかかってくる。負けたくなかったから、負けていないと思おうとした。
客席から出るとき、近くにいた客はほとんどステージを放棄して、自分たちを見ていた。雅にはそれにムッとした。℃-uteを見ていない客も嫌だったし、そこに自尊心を擽られている自分を認めたくなかった。
ステージが終わったのだろう。会場を壊してしまいそうなほどだった熱気が、ゆるゆると下がっていくのが、ステージ裏にいてもわかる。しばらくして、℃-uteのメンバーが湯気を立たせて戻ってきた。℃-ute最高! というお決まりのシュプレヒコールが耳に障る。
「みや、梨沙子に電話した?」
飛び上がるようにして舞美とハイタッチしていた佐紀が、いつのまにか隣にいた。けっこう本気でむくれていた梨沙子は、最後は泣き出しそうになっていた。
「メールでいいよ」
雅が開いた携帯を、佐紀が爪先立ちで覗き込む。きゅーとさいこー! と叫ぶえりかと舞美と栞菜の甲高い声が遠ざかっていく。
「なんて入れんの?」
「てきとーでいいよ。なに言っても拗ねるんだし」
「がんばってね、とかは?」
「じゃあ、それにしよう」
雅はにやにやしている。
「あ、まちがって送っちゃった」
「なにが?」
「がわばってね、って送っちゃった」
「そこぜったい指摘されるよ」
新しい言葉を使ってみた佐紀は、雅の顔を見て、そうなんだ、とにやけた。たぶん、梨沙子につっこませるために間違えたんだろう。雅が、バレたか、みたいな顔で頬をゆるめた。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/02(月) 00:04 ID:02aHVrVA
- Berryzに素直な子はいない。年不相応にひねくれていたり、負けん気が強かったり、どこかが硬く渇いている。そうしないと生きてこれなかった。幼少の頃から、矢面に立ってマーケットを切り拓いてきた。
Berryz工房の発足当初はキッズに対する反発は強く、彼女たちは悔しさや惨めさではない、癒しようのない闇を抱えている。ふとしたきっかけで芽生えたり回復したりする自信とはわけがちがう。それは消耗に近い。
雅は、もうすでに自分はすれ涸らしで何も残っていないのではと恐ろしくなる。Berryzにも、今の℃-uteのようになにをしても楽しい時期が、たしかにあった。Berryz工房にはまだまだ先があるし、このまま先細りじゃいけないと自覚している。だが何をしていいのか、それがわからない。
走れぇ!
どこからか、そんな声が聞こえた。だから、走った。
「ちょっと、みや!」
佐紀が伸ばして指先をするりと抜けて、桃子や千奈美や茉麻や友理奈を追い抜いた。きゅーと最高! 万歳三唱をしている ℃-uteメンバーの楽屋に顔をつっこみ、叫んだ。
「おつかれ!!!!!」
そして再び疾走する。どこまで続いていく道のりを、どこまでも進んでいこうと。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/02(月) 00:07 ID:02aHVrVA
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5月10日 神奈川県 高津区
あ、先に行ってるね。
友達が立ちはだかる男子生徒の脇をすり抜けていった。本当は、ちょっと待っててと言うつもりだった。友達も慣れたもので、本当に自分に男が話しかけたのか確認している間に行ってしまった。
放課後の普通に生徒の多い、玄関から校門へ続く道。鼻息荒い男子生徒を目の前に、真野恵里菜は誰にもバレないようこっそり息を吐いた。これで何人目だろう。
「あの、なんでしょうか」
「ちょっとこっちへいいですか」
真野恵里菜は男子生徒の顔を見る。見たことのない顔だ。余裕がないのか、男子生徒はさっさと目立たないところ、校舎の隅に進んでいく。
「……あの」
男子生徒は気付かない。気付いているかもしれないが、足は止まらない。
「あの!」
「あ、はい」
「友達が先に行ってるんで、ここでいいですか?」
そう言って真野恵里菜は、あなたにとっては何回もあるステージの一つかもしれないけど、お客さんにとってはたった一回のステージなんだよ、とダンスの先生に言われたことを思い出す。その時はかのんちゃんが、みんな何回も来るって呟いて周りの何人かは笑ったっけ。
恵里菜はゆるみそうになる頬を噛んで、下を向いた。面倒だからってこっぴどく振ると、噂で返り討ちにあう。
「あの、ちょっとここじゃ……」
男子生徒の勢いが弱くなる。
「ちなみに、どういった用で……」
愛の告白ならお断りです、と先回りできないことに本気で腹が立つ。友達はさっさと駅に着き、電車に乗ってしまう。携帯あるんだから後からでも合流できるでしょ。
今回の相手は、それほどバカでもなさそうだ。
「あの、噂で聞いたんですけど、本当に今は誰とも付き合う気がないんですか?」
「はい」
恵里菜は心の中で感謝しながら答えた。
中学三年の時、付き合っていた彼がいた。彼はとにかく恵里菜のことを好いていて、恵里菜は彼が普通に好きだった。夏休み、彼に親は夜まで帰らないからと部屋に招かれた。キスでも勃起していた彼は、それ以上は踏み込みたがるくせに不能になった。冷めてしまった。彼はただ一度きりの失敗でコンプレックスを抱えてしまったようで、恵里菜のほうからギクシャクしてしまった関係を修復しようとは思えなかったし、秋が来る前、自然消滅の寸前に別れ話を切り出した。
それ以来、ふわふわしたなにもない日々を過ごしていたが、ハロプロの新人公演のときだった。あまりの人数の多さにレッスン時間は大してあてがわれず、ほとんどを個人練習でこなした。苦手なダンスを個人の努力で身につけるのは本当に大変だったが、それでもどうにか乗り切った。
夜公演では、一箇所まちがえかけただけだった。会場中から、自分たちのいるステージに降ってきた拍手と歓声に濡れた。それ以来、恵里菜はライブに飢えている。
男子生徒は、結局なにもできずに去っていった。先に行った友達と連絡を取ろうと、制服のポケットから携帯を出した。メールが入っていた。知らないアドレスからだったが、内容でどこからのものか、すぐにわかった。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/02(月) 00:08 ID:02aHVrVA
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5月22日 杉並区 永福
飲んでも飲んでも飲み足りない。愛理は残り少なになった1リットルのペットボトルを大事に飲もうと思った。しかし、ボトルを口につけると、渇きがボトルを逆向けてしまう。一気にボトルを飲み干してしまった。
愛理は、自制のできない自分に反省する。
「おいしかった?」
舞美がニコニコと愛理に笑みを投げている。こいつがボトルを……、滅多なことでは怒らない愛理だが、ちょっとイラっとした。
「わたしのあげるよ」
舞台の稽古はとうに終わったというのに、舞美はまだ汗をかいている。頬を真っ赤に火照らせた舞美を見て、愛理は優しい気持ちになる。舞美だってまだまだ水を飲みたいはずなのに。
愛理がチョビチョビ口をつけていると、舞美は興味深そうに覗き込んでくる。
「……な、なに?」
「愛理さ、今度の休み、なにしたい?」
「今度の休み? そうなだなあ……」
本当になにをしようか考えて、ふと我に返る。今度の休み、いつだ?
まず、学校があり、六月の半ばに舞台があり、それと平行して夏のHelloのリハーサルがある。夏のHelloとほぼ同時に新曲のプロモーションがあって、夏休みに入るとキューティーサーキット、ツアー、運動会、それらの宣伝。他にも細かな仕事が山積みになっている。
「休み、ないじゃん」
えへへ、と舞美は笑って、じゃあさ、と顔を近寄せてくる。
「じゃあ。もし休みがあったらどうする?」
「あったら?」
「そう、あったら」
「もし休みがあったら、夜更かしして、次の日はもう寝たくなくなるくらい、寝る」
そっかあ、舞美は嬉しそうに頷き、なにかを想像してまたさらに嬉しそうな顔になる。
「わたしもそこにいる?」
愛理は、心の中で、眉をひそめて首を傾げた。
「……まあ、そうかもしれないね」
「だよねー」
「ははは」
「そのときさ、焼そば作ってあげるね! 最近、練習してるの!」
「あはは、そうなんだ、ありがとう」
よくわからないが愛理は、幸福そうな表情の舞美を見て、まあいいか、と思った。ちょうだい? と舞美が愛理の手元からボトルを戻し、おいしそうに飲む。舞美の笑顔に、引き攣れた愛理の笑顔もやわらかくほぐれていく。
栞菜が眉間に皺を寄せ、影からその様子を眺めている。悪い顔をしている。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/02(月) 23:05 ID:5mIBHoGU
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5月24日 江東区 新木場
二人で出す新曲の振りは今になって覚えることもなく、中途半端に長い休憩をもらった。歌やダンスや演技の技術が要求されるような舞台に何度か立ったことのあるごとぅーとロビンにとって、誰にでもマネできるようなダンスではない振り付けは簡単で、物足りないものでしかない。
二人はロビンの携帯を持ち、大人のいない場所をさがした。静まり返った一階下の、階段からの明るみに視界がかろうじて確保できる暗がりを選んだ。
「どうする? 誰にする?」ロビンの声は弾んでいる。
「どうしよう、誰にしよっか」
ごとぅーは話はちゃんと聞くが、あまり考えようとはしない。面倒だからだ。ロビンが携帯のアドレス帳を呼び出しながら、うーん、と首を傾げる。
「できるだけエッグがいいんだよね」
「うん」
「でも、あんま多くてもさー、逆にやりづらくなるっていうか」
「うんうん」
「かのんちゃんとムッチぃは絶対でしょ?」
「だね」
「ちょっとごとぅー! ちゃんと考えてよ!」
ロビンが、返事だけはいいごとぅーの肩を叩く。ごとぅーは気にする風でもなく、考えてるよ、と笑った。
「あとブログ持ってるのって、あと誰だっけ」
「うーんとね……、のっちと、みれーと」
「ダメだよ、みれーは。エッグ辞めるらしいから」
「ほんとに?」
ごとぅーが目を丸くした。
「言っちゃいけないのかな。お母さんが誰かから聞いたって」
ふとごとぅーが遠くを見るような目になる。このまま休憩時間が終わってしまいそうだと判断したロビンが、修正する。
「まあ、それはいいとして」
「あ、なんかそれ冷たーい」
「そう、冷たいの。岡田翔子は冷たい女なの」
キリっとした口調で話の腰を折り、自分のしたい話をする。
「あんまり人は増やさないほうがいいと思うの」
「でも、外された人かわいそうじゃない?」
「どっかから話が漏れたら、わたしたちのほうがかわいそうなことになるから」
「そうだけどさー」
ごとぅーは納得いかない顔をしている。
「でもロビンさ、そんなみんなの連絡先知ってたら、逆に迷っちゃうよ」
この前の新人公演のとき、ロビンは路上キャッチのようにメンバーの連絡先を集めていた。ロビンには、相手に嫌な思いをさせずに我を通す、不思議な引力を持っている。周囲を省みないような強引さも、なぜかロビンなら許される。
あ、と思い出したようにごとぅーが声を潜め、ちょっともったいぶってロビンに耳打ちする。
「Berryzの人とかダメかな」
「なんで」
「なんか強そうじゃん」
「℃-uteは?」
「もいいけど、Berryz」
「意味わかんない。ろん、栞菜ちゃんのメールしか知らない」
階上で、複数の足音が行ったり来たりしている。二人を探しているのだろう。
「もう! 休憩終わっちゃったじゃん!」
「レッスン終わってからでいいよ」
「親とかスタッフさんとかいるもん」
「じゃあ、帰ってから電話」
そう言って、ごとぅーが立ち上がる。せっかちなロビンと、ペースの狂わないごとぅー。どういうわけかはわからないが、二人はとてもよく気が合う。
折れそうなくらいに細い二つの影が、小気味よく階段を上がっていく。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/02(月) 23:06 ID:5mIBHoGU
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6月4日 港区 港南
異文化コミュニケーション。新垣里沙は、高橋愛と話すたびにこの言葉の深さを痛感していた。理解しようとするからだ。だから、日本語を話せないメンバーが入ってきても、なんとかなると楽観的に構えていた。
だが、言葉を持たない相手とのコミュニケーションは、予想以上に難しかった。新垣は泣いている亀井を追いかけ、トイレに行き、自販機に行き、喫茶コーナーに行った。
なぜあるのかわからない、建物の隅の茶色いビニールの長椅子に亀井は、いた。
「かめ……」
ひっくひっくしゃくりあげている亀井の肩に、そっと手を置いた。後輩に泣かされんなよ、新垣は亀井を愛しく思うのと同時に、心の底で苦笑した。
リンリンは腰が低く、礼儀正しい。自己主張も少ないし、おかしな自己正当化もないし、日本語も話せる。しかし、ジュンジュンは典型的な中国人だった。言葉を覚えるに連れ、それは顕著になっていった。決して悪い子ではないのだが、まるでちがう前提で生きている。
タイミング悪く、亀井が落ちている時期だった。新垣は亀井の隣に腰を下ろし、困っているとでもいう風に深くため息。
疲れていた。
泣きやまない亀井の膝に、寝転がった。
声が止まった。
新垣が目を開けると、きょとんとした亀井の泣き濡れた顔が目の前にあった。
「吉澤さんがいなくなったと思ったらさあ、なんか藤本さんもいなくなってない?」
「がきさん、なにそれぇ」
亀井の甘たるい声が、今の新垣の救いになっている。
「戻ろう?」
簡単に、それだけ言った。いくら亀井がバカでてきとーでも、ここまですれば新垣の気持ちはわかるだろう。本当に疲れている。そう口にするのは恥ずかしかった。
楽屋のドアの隙間から、高橋の甲高い声が聞こえてくる。
「うっせーよおめえらよお! わかったよ! あぁしがちゃんとしてないのが、いけねんだろ? 責任取るよ、取りゃあいいんだろっ!」
「どう責任取るんですか」道重のつっこみが聞こえる。
「辞めるよ! 責任取って辞めてやるよ!!」
笑い声が聞こえる。新垣が深く項垂れ、泣きそうな顔になる。さっきまで泣いていた亀井が、心配そうに新垣の肩を抱く。モーニング娘。は自由になったような気がする。
藤本の脱退が決定する少し前、新垣は真顔でメンバーを集めた。あの、みんなは大丈夫だよね?
みんな、とりあえず大丈夫だと言った。それだけで、ずいぶんと楽になった。
「辞めてやる辞めてやる辞めてやるぅぅぅうううううう!!!!!」
高橋がわめいている。そっと入ってきた新垣に気付いた。
「おう、がきさん。アンタモやめれぇ?」
よくわからないけど、これで丸くおさまってるなら、それでいいと思う。亀井も、ちゃんとフォローをすれば、次の日にはすっきりした顔で仕事に来る。
問題を先送りにしているだけのような気がしているが、そうするしかないのかもしれない。今、モーニング娘。が抱えている問題は、時間が解決してくれるものなのかもしれないのだから。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/04(水) 00:05 ID:spqzBd/6
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6月17日 千代田区 石丸電気Soft2
「紺野さん復帰だって」
握手会なのかライブなのかイベントなのかよくわからない、日曜の昼の秋葉原の電気屋の屋上のステージ脇の楽屋のような部屋で、携帯をタカタカさせながら、はしもんが呟いた。ポッシボーのメンバーは弁当を食べる手を休めて、顔を上げた。そしてまたごはんを食べ始める。
「なに情報?」
あっきゃんが聞いた。
「会社の人」
個人ではエッグに所属しながら、TNXというつんくが社長の会社にいるポッシボーは、アップフロントを会社、TNXを事務所と言い分けている。
「いつ?」と再びあっきゃん。
「夏じゃない? 知らないけど」
はしもんは携帯を打つ手を休めない。あっきゃんはどうでもいったように、それちょーだい、とにこにこしているロビンの開いた口にピーナッツチョコを放り込んだ。メールが着たわけじゃないのか、ともろりんは憂鬱そうに垂れた前髪を指で払った。
「なかまた状況が変わっちゃうね」
「ほんと、どうしよう」
携帯を打ち続けているはしもんは、それほど深刻に考えているようには見えない。
「それってさー、やばくない?」
今発見したとでもいうように、ロビンが声をあげた。お菓子をもらうことに夢中で、ほとんど話を聞いていなかった。
「うん。その話をしてたんだ、今」
「それちがうだろ、はしもとー!」
はしもんの柔らかいつっこみに、ロビンが声を大きくする。ロビンは状況が変わってしまうという言葉に対して反応したつもりではない。あくまでも紺野の再加入について、やばいと言ったつもりだった。はしもんは、紺野が再加入して状況が変わってしまうことを話した。ちょっとした言葉のニュアンスの行き違いだ。
「揉めないでー」
もろりんが弁当を食べながらロビンを宥めた。
「揉めてないよ」
真顔で言ったロビンの口調は、どこか強く聞こえる。ロビン自身は攻撃しているつもりはないのだが、元気で率直な物言いのせいか、周囲にそういった印象を与えてしまうことが多い。
「どっちだっていいじゃーん」
あっきゃんが笑った。目がすっと細くなり、まるくほころんだ頬が周囲を穏やかな雰囲気にする。
「それより、どうするかだよ」
ふと全員が押し黙る。初めから会話に参加していないごとぅーやかえぴょんも、その沈黙に引きずられた。ポッシボーにはリーダーがいない。常にイベントや舞台があるため、その都合に合わせてメンバーが集まって活動してきた。フルメンバーが揃わなくても、イベントや舞台は動き続ける。リーダーを決める余裕も必要もなかった。
今までは問題にぶち当たったときでも、それぞれがなにをすべきかわかっていた。着地はステージでの成功だという共通の認識があったからだ。本人達が成功した顔をしていれば、客は勝手に喜び、満足して帰っていく。
だが、今回の件は、なにをどうしていいのか、なにかをしたにしてもそれがどういった結果に繋がるのか、全くわからないし、やっていいことなのかもわからない。踏み出すことにすら躊躇してしまうような未知の領域を、想像しながら進んでいくしかない。
「大丈夫だよ」
ちんたら弁当を食べていたごとぅーが、へらへら笑って沈黙を破った。プレッシャーを感じていないどころか、なにも考えていないようにも見える。
「なにそれ、どんだけ〜」
やはりロビンの声は強く聞こえる。大人しい子なら、その場で詰まるか、引き下がってしまいそうだ。しかし、ごとぅーは物静かな印象ではあるが、変わらずに笑っている。頬に、えくぼのようなかわいらしい線が浮かび上がる。
「大丈夫だって。ただ、わたし達はちがうって宣言するだけなんだから」
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/04(水) 00:09 ID:spqzBd/6
- 先ほどまでの沈黙が、ため息に塗り替えられた。その簡単なことが、どんなに難しくて、恐ろしいことだろうと。
誰が言い始めたのかは、誰も覚えていない。本当はごとぅーなのだが、本人も覚えていない。わたし達は恋愛しないってステージとかで言ったらおもしろくない? そんなどうでもいい、少し卑屈な雑談が、いつのまにか全員の意志になっていた。
ハロプロエッグとして入ったポッシボーの六人は現在、ガールズ♀ギャラリーという時東ぁみを筆頭とした、ハロプロを模したプロジェクトに属している。初めはエッグとして、時東のサポートとしてステージに立っていた。仕事があるのは素直に嬉しかったし、痛ましいくらいに本気で取り組んできた。
それが時を経、新プロジェクトの中核に組み込まれていた。これから大きくなっていくらしいプロジェクトの立ち上げに魅力を感じてもいる。ただ、ほぼ間違いなく売れないであろう予感がしているだけだ。
売れないアイドルをするために、ハロプロのオーディションを受けたわけではない。いつまでも売れずに近くにいてください、といったことを平気で言う客もいる。モーニング娘。や松浦亜弥のようになりたいし、なろうと思っていた。
しかし現実は、秋葉原の電気屋の最上階にある粗末なステージで200人に満たない客を相手に歌い、握手をしている。客は200人に満たないのに、握手は350回ほどする。昨年の発足当初よりもずっと、好意的な客は増え、満足もある。
が、このままではいけない、漠然とした苦悩があったところで、ハロプロでたて続けにスキャンダルがあった。
アイドルは恋愛をしてはいけない。本当は誰もそう思っていないのだが、そういった暗黙の了解がある。それが崩れ、崩れた状態が普通になりつつある。
尊敬する、雲の上のような存在の先輩を貶める。ただの悪者にされてしまうような気もするが、そうではないかもしれない。語トゥーの言う区別は、自分たちはもっと売れるべきで、それには上が邪魔だから排除する、といった傲慢さからの言葉ではない。
この人が次に来なかったら、自分たちには次の次はない。ギリギリのところでステージに立っているから、できることはすべてやっておきたかった。媚びでもなんでもいい、好かれなければ、次の次の次はない。
弁当をきれいに食べ終えたごとぅーが、満足そうに息を吐いた。もう話は終わったとばかりに、弁当殻を片付け始める。
「そろそろ準備しないと」
もろりんが、ごとぅーに続いた。
外では女の子の声がわっと大きくなり、ポッシボーの楽屋を圧迫する。キャナァーリ倶楽部が準備を始めたのだろう。まだデビューして間もないが、ポッシボーは仲のいい彼女たちにも危機感を抱く。初期からのモーニング娘。をそのまま再現しようというのは、誰の目にも明らかだ。自分たちのこれまでは、このグループの結成のためにあったのではないかとすら思えてくる。
これまで積み上げてきた、あるひとつの結果がガールズ♀ギャラリーだ。それを捨てようとは思えない。だがポッシボーは、ハロプロにこだわる。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/05(木) 00:28 ID:BzEIiehM
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6月19日 江東区 Zepp東京
誕生日に浮かれていたわけでは絶対にない。なにか考えていたような気がする。リハを終えた中澤は、派手に擦り剥いた膝にドライヤーで冷風を当てている。車から降りたとき、バランスを崩して膝から落ちてしまった。
三十四という年齢が笑えなくなったので、皆あまり笑わなくなった。今のところ、笑おうとしてくれたのは辻だけだった。幸せになってほしいと、中澤は心から思う。
ステージではどのメンバーの話をしようか、携帯を操り、一番手の飯田から順に見返す。傍らには、安倍から届いた嫌みとしか思えないペアグラスが置いてある。安倍の、残酷にも純真そうにも見える笑顔が思い浮かんだ。保田からのメールも、矢口からのメールも、ある。
あれきり、みんなで集まっていない。個々では会うが、人数を増やしてはいけないような気まずさが残った。
「なかざわ〜、おまえ今年で34だって? 来年、四捨五入で四十路じゃーん」
センスのない格子柄の装飾が入った眼鏡をかけた中年の男が、頭の悪い喋り方で楽屋に入ってきた。本人は、それで若いつもりなのだ。
「そんな会うなりやめてくださいよ〜、わたし全然まだイケてますから!」
「ほんとかよ、もう関節が固まってきてるって噂で聞いたぞ?」
昔からの知り合いで、世話になった相手でなければ、睨みつけて無視しているだろう。
「そんなことないですって」
「あはは、まあ、いいんだけど、誕生日おめでとう」
「ありがとうございますぅ、今日は最後まで見ていかれるんですか?」
「軽くね。夜は打ち合わせがあるから」
じゃあ、と男が長話にならないよう楽屋を出て行く。こいつはなにをしにきたんだろうと、中澤は嫌な気分になる。その昔、あの男の労いにモーニング娘。全員で肩を叩いて喜び合ったことが嘘のようだ。
ほとんど意識の外だったが矢口と男が重なり、そう遠くない未来、軋んだ関係になるのだろうかとため息を飲み込んだ。
中澤自身は、自分も、周囲との関係性もずっと変わらないだろうと思っている。三十四になってしまえば、三十五も三十六も三十七もそう変わらないように。ただ、自分に変化はなくても、どんどん離れていくものがあるような気がする。それを過去のものとして割り切ってしまうのか、まだ手元に置いて、次に伝えていくのか、迷っている風を装っている。
若い子達に話したいことはたくさんある。だが、説教だったり、余計なお世話で終わってしまう話なのだろうと諦めてしまう。正月のHelloで、キッズの萩原と岡井が話を聞きに来たときに感じたことだ。二人は最初は真剣に頷いて聞いていたが、途中から飽きてしまっていた。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/05(木) 00:28 ID:BzEIiehM
- ちょっとよろしいでしょうか? あまり見たことのない若い女が、楽屋のドアにあたりに立っている。雰囲気からすると、会社の人間のようだ。その女のかわいらしさが無駄なもののように思えた。
「はい、どうぞ」
側にいたマネージャーが、「ポッシボー、ほら、今日出てくれる子」と言った。軽くはない足取りで、今回のツアーのTシャツを着た少女が四人、入ってきた。自己紹介と、ステージに立たせてもらえて感謝してるといったことを一人ずつ言い、中澤は立ち上がり、一人ひとりに丁寧に返事をした。
「よかったねえ、中澤さんが優しいときに出会えて」
冗談ぽくではあったが、微かな怒気を含ませた。後藤と名乗った少女の挨拶が、ひどくてきとーだった。三人は曖昧に笑って状況が流れるのを待ったが、後藤という少女だけは知らん顔をしていた。
ほう、と中澤は視点を変えた。なかなか好きなふてぶてしさだ。
「後藤ちゃん、だっけ?」
「ごとぅーです」
「は?」
思わず眉間に皺が寄った。すかさず、隣にいた一番きれいな顔立ちの少女がフォローする。
「あ、そういう呼び方なんです。つんくさんにつけてもらいました」
この子は、Helloでだろうが、見覚えがある。自己紹介で言ったロビンという名を合わせて、インプットした。ごとぅーは、ロビンのフォローは当然といったようにニコニコしている。
「あ、そうなんや。今日は本当にありがとうな。よろしくお願いします」
話すことがなくなりそうだったので、終わらせた。
マネージャーに連れられて出て行く四人を見送り、砕けるように座った。
「なんかすごいな。アップフロント?」
中澤は、自分のマネージャーに話しかけた。
「あの子達?」
「いや、引率の人。あ、引率とか言っちゃった。あんな子いた?」
「あの人はTNXじゃないのかな」
「つんくさんの会社? あの子達も?」
「あんまり突っ込んでは聞いてないけど、どうなんですかね」
「どうなんやろな」
「でも、頑張ってるみたいですよ、彼女たち」中澤のマネージャーが言った。
「売れてきてんの?」
「そういうわけじゃないんだけど、入ってる仕事の数が半端じゃないって……」
そういえば、あの四人はキッズにありがちなふわふわした感じがしなかった。穿いていた赤いタータンチェックのスカートも何度も使っている衣装なのか、落ちない汚れや小さなしみ、ほつれなどが多くはないが、あった。
いろいろと思うところはあったが、中澤はそれを停止させた。あまり勝手なことは考えなくない。ライブに集中していった。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/05(木) 00:29 ID:BzEIiehM
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6月21日 港区東麻布
「で、なんすか、これ」
以前は会議室として使われていた部屋に、藤本は招き入れられた。ビルを建てる際、どうしても余ってしまったスペースを無理に部屋にしたと聞いたことがある。元々いらないスペースで、会議するには小さすぎるので、ほとんど使われていなかった。
六畳ほどの部屋には粗末なスチールのデスクが三つ、それぞれに電話とヘッドセットが据えられている。裏が白の廃紙が束になっていて、やけに細くて短いボールペンが置いてあるだけだ。
「だから、なんなの」
「お客様相談室です」
入って一年にも満たない、若い男の社員が面倒そうに答えた。ライブでは常に意味なく走り回っていて、話したこともないような社員だ。亀井がこの社員を「ランナー」と呼んで、ひとり笑っていたのを覚えている。
「まあ……言ってたんですけどね、これからはお客様の声も聞かなきゃいけないって」
主語は省いているが、会長のことだろう。
「はあ?」
「まだオープンにはしてないんですけど、問い合わせのあったお客さんに、ちょっとずつ伝えていくみたいで」
「美貴がその話を聞くの?」
「まあ、そういうことです」
「なんでよー!」
「加護さんはもう退社されてますし、辻さんは産休ですし」
「で、わたし?」
「はい」
「いつまで?」
「とりあえず、仕事のない日はここに入っていただくことになります」
「そういうことじゃなくて、いつまでこれやらなきゃなんないの?」
「まだはっきりとは……」
眩暈がした。遠のく意識を引き戻すように叫んだ。
「矢口さんとか亜弥ちゃんは!」
「古い話はなんとも……」
「あ! めぐは? 村上愛ちゃん!」
男社員は気まずそうに言う。
「……村上さんも退社されてます」
藤本はキレた。あまりにも理不尽すぎる。どうしてわたしだけ。
「なんでなんでなんでー!!!!」
混乱しているのだろう、驚くほど言葉が出てこなかった。しかしその分、もし光井がいたら泣き出してしまうのではないかというくらい恐ろしい声が出た。
「うるせえよ! 俺だって知らねんだよ! 俺に文句言うな! 知らねんだよっ!」
「なんで今さらこういうことすんのよ! しかも美貴の番になって!」
「だいたい! この会社が! そんな早く対応できると思うのか! 今さらもなにもねえよ! つーか対応自体も俺もわかんねえの!」
激昂する男を前に、素に戻った藤本は思った。ああ、こいつ辞めるな。
ずっと溜まっていたのだろう怒りを吐き出し、哀れなくらいに萎んでしまった男は一言謝り、電話の使い方と報告書の作成法を簡単に藤本に教え、お客様相談室を出て行った。
それと入れ替わるように、やつれきった男女が入ってきて、藤本の姿に目を丸くした。一週間前からお客様相談室はスタートしているらしい。話を聞いて、それを紙に書くだけだから簡単だと言われた。
二人は両端のデスクに座り、諦めたような顔でヘッドセットをかけた。藤本は真ん中のデスク、二人に挟まれるようにして座った。二人とも、割と最近になって入った社員だった。古くからいるだけのダメ人間が選考した人間だから、さらにダメだ。ニート以下のダメ選抜と密かに笑っていた無能と机を並べることになるとは思わなかった。
はい、えー、そうですね、おっしゃるとおりです、もうしわけございません、しか聞こえてこない。ほとんど電話は鳴らず、それも二人で取ってしまうため、藤本はボーっとマニュアルを見ていた。マニュアルといっても、表裏の一枚しかない。表と裏の上部に、概要や業務内容などが書いてあるが、無理に難しい言葉を使おうとしているので日本語として成立していなく、読めない。裏の最後に、部署の正式名称「アップフロントグループ リスクマネッジメントセクション」と、03から始まる電話番号が書かれている。
藤本は、フリーダイヤルじゃないのかー、と最後の空白に添えられた、「ここから下の空白は君が作るんだ、リスクマネッジメントの歴史を組み上げよう!」とわけのわからないことが書いてあるマニュアルをビリビリに破いて暇を潰した。大きなあくびをして、たまった目脂を指で掻き出した。仕事がラジオとライブくらいしかないから、眠くて仕方がない。人間、することがないと眠くなるものだ。
こういうときこそ、なにかずっと心の底に溜めておいた物事の整理をすればいいのだが、めんどーだ、めんどーだと全てを放り出していたからか、なにも考えられない。だから、帰った。誰にも引き留められなかった。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/06(金) 23:45 ID:SV4pdF3Y
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6月25日 目黒区上目黒
乾杯してから、会話がなくなってしまった。後藤はやや真剣にメニューを眺めている。
石川は酒を干すかわりにため息を吐いている。吉澤は、知らない顔でボーっと中空を見つめている。
たっぷり間を持った後藤が呟く。
「このメンバーって……初めてだよね」
遠いようで、本当に遠かった。三人は、初めて会った三人以上に緊張している。
「つーか、ずっと一緒にいたでしょ」
吉澤が冗談とも本気ともつかない微妙な口調で、持っていたグラスを置いた。氷がとけるような速度で、三人の間で滞っていた空気が溶けていく。後藤が料理を頼み、吉澤は持っていたグラスを手放した。石川が倦怠を抜くように息を吐いた。
「たまにはほら、こうやて三人で集まろうよ」
吉澤が笑みともつかない表情を貼り付けた。
「そんなこと言ったら、あと五年は集まらなさそうじゃない」
言いだしっぺがいないから、と後藤は言いたかった。伝わっているのかどうか、そんなの関係ないような口調で石川が言う。
「次はモーニング娘。がなくなったときかな?」
「笑えねーよ」
吉澤が、石川を小突いた。いつもならこういった屈辱を、たとえ吉澤にだって怒るような石川でも、笑っている。
「この三人で飲むなんてね」
後藤は薄い緑色のカクテルを舐めながら呟いた。感慨深そうに吉澤が相好を崩す・
「たまにはこうやって集まろうよ」
「無理だね」
「なんでよー」
「言いだしっぺになりそうな人いないもん」
石川はわからないといった顔をしているが、吉澤には、後藤の言葉はやけに説得力を持って面倒なことを思い出させた。保田だ。
二十歳になったら飲みに行こうという何年越しかわからないが、おそらく五年くらい前からの約束も果たしていない。そういえば、保田が作曲し、後藤と吉澤が作詞で歌おうといった約束もしていた。詞をつけてと言われた保田が作った曲は、まだ家にあるのだろうか。引っ越しのときに失くしてしまったような気がする。
「でも、ごっちんとこうやってプライベートで会うなんて、娘。にいたときは想像つかなかったなあ」
石川が、氷がとけて透けたサワーの上端の見つめながら言う。その気取った表情に、後藤はサディスティックな笑みを浮かべる。
「梨華ちゃんも偉くなったもんだねえ」
「だよねぇ、前は、」
吉澤はここで一息入れて、鼻にかかった極端に高い声色を作る。
「ごっちん、梨華と一緒に飲んでくれるのかなー? とかだったよね」
「そうそう!」
笑いあう二人に、石川がむくれる。
吉澤はグラスの中身を義務のように飲み干し、石川と後藤にもそうさせる。石川は素直に、後藤はなんでよと文句を言いながら、グラスを空けた。
話したいことはたくさんある。けれど、本当に話したいことは、今日は話せないだろう。苦痛を伴う現状よりも、この三人でしか話せない、輝かしかった時代に浸るほうが、愚痴っぽい話をするよりもずっと楽しい。二人を呼んだ理由を今日は忘れようと、吉澤は思った。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/06(金) 23:47 ID:SV4pdF3Y
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6月26日 渋谷区宇田川町
「なんでわたしなんですか?」
もろりんは、刺々しい恵里菜の視線を真正面から受け止めた。死にたくなるくらい綺麗な顔だと思った。美しい顔立ちは、それだけで異様な迫力を持つ。それが、楚々であればあるほど。
舞台を終えたばかりの高揚感が一瞬で冷えた。
ずっと恵里菜と話をしようと思っていたし、そうメンバーにも急かされていた。仕事や舞台の稽古で時間を取れず、一ヶ月経ってやっと、こうして会うことができた。レッスン帰りの恵里菜はメイクをしていない。そのせいもあって、センター街のバーガーショップでは極端に目立つ。
じっと見つめてくる恵里菜の瞳の揺れに気付いた。真剣な表情をしているのは、不安だからだ。
「他に誰もいなかったのよ」
正確にいえば、信用できそうなメンバーはいなかった。だが、それを言うには、少し気恥ずかしかった。エッグでは年長組、ポッシボーでは最年長のもろりんでも、まだ十八歳だ。
協力者は、個人でブログを持っているメンバーにしようと、まず最初に話が出た。知名度も経験もそれなりにあるはずだから、効果があるし、ミスも起こりにくいだろうと。それはそのまま決定され、誰が誰に連絡を取るのか、どう誘おうかというところで、あっきゃんの、「でもかのんとか普通にチクりそうじゃない?」で状況が一変した。
かのんはそれがいいことだと疑わずに、笑顔で会社の人間に言うかもしれない。それがきっかけで、ブログ持ちメンバーには声をかけるのはやめた。他のエッグよりも扱いのいいメンバーは危険だと。
「でも、水華ちゃんは大丈夫だと思うよ?」
剣狼という舞台で一緒だったごとぅーが話を混ぜっかえす。
「なんで?」ロビンがすぐさま返した。
「わかるから」
「なにそれ」
「おもしろがって一緒にやってくれそうだよ」
「でもムッチぃ普通に彼氏いそうじゃない?」
「別れてもらえばいいじゃん」
他のエッグメンバーが嫌いなわけでも信用できないわけでもない。ただ、いつも一緒にいるポッシボーのメンバーへのそれには遠く及ばない。
このとき、もろりんは、もしかすると自分たちは事務所に牙を剥くようなとんでもないことをしようとしているのではないかと恐ろしくなったが、すぐにその考えを打ち消した。
恐らく、ポッシボーは今のところどのエッグよりも恩恵を受けている。だからこそ、限界が見えてきている。エッグに入った頃の根拠のない楽観的な夢物語は、もうほとんど見えていない。メンバーを信頼しているように、自然と出てきたこの決断を信じようと思った。叱られたって構わない。この六人でなら、どこにいても一緒にやっていけそうな気がしている。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/06(金) 23:48 ID:SV4pdF3Y
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「普通にクビになりますよ?」
面倒なことに巻き込まれそうになっていると、恵里菜は重苦しい顔をしている。余裕なくストローを吸い、中身がないことを思い出し、買い足しに行った。
もろりんは背の力を抜いて椅子にもたれる。そうだよなー、と息を吐いた。こんなバカなことを真剣にやろうとしている自分たちのほうがおかしいのかもしれない。だが、このままでは先がないと、現状を認識した上での結論だ。それをどう伝えるのが一番効果的なのか、一切考えてなかった。緊張した面持ちで、おもしろそうですねと賛同する恵里菜しか想像していなかった。
ワンサイズ大きなドリンクを持ち戻ってきて恵里菜に、逃げ出すように帰ってしまうような子じゃなくてよかったともろりんは思った。
「どういうことか聞かせてください」
「まあ、いろいろありまして……」
「はい」
まっすぐに自分を見てくる恵里菜に、もろりんはパニックに陥りそうになる。綺麗な顔を磁力のある目をしているし、なにを話せばいいのか全くわからない。説得をしたことがないからだ。意味からは程遠い言葉が口をついて出てしまう。
「この話が出たのも自然な流れだったんだけど、まのえりちゃんが候補に出てきたのも自然な流れだったのよ。誰だったかな、たしかかえぴょんがまのえりちゃんがいいんじゃない? って言って、みんな、ああ、いいね、ってなって、誰も反対しなくて。で、連絡したの。まさか、あのときはガッタスにエッグが入るなんて思いもしなかったし」
「仕事とか貰っちゃうと、たしかにやりづらいですよね」
「そうなの」
「他には……」
「え?」
「あ、他は誰に声をかけてるんですか?」
「ポッシボーは全員、そこで話が出たのが、まのえりちゃんと、あとムッチぃ。他はみんなそれぞれ、信頼できそうな人にって」
恵里菜が驚いたような顔をしている。小鼻が少しふくらんだ。計画のてきとーさにか、自分が信頼されているということなのにか、もろりんは不思議に思ったが聞かなかった。
「要は、みんなでバーってステージに出て、宣言しちゃうだけなんだからさ」
「でも、どのタイミングかってのは難しいですよね。変更多いですし」
「わたし達が歌い終わった直後が一番いいんじゃないかって話はしてるんだけどね」
篭っていた空気が開いて、遠のいていた喧騒がふっと大きくなった。原色の服を着た小麦色の塊が複数は入ってきた。恵里菜は冷めた目でその一団を見ている。もろりんは諦めに近い心境で恵里菜の反応を待っている。意志だけが先走っていて、人に説明できるような計画ではなかった。ポッシボーというユニットの中でだけ通じるようなものだったのかもしれない。
「そういえば、なんでこんなことしようと思ったんですか?」
「はっきりさせたかったから」
「そうですか……」
「ごめん、今は言えない。もったいぶってるとか、そういうことじゃなくて、伝えられるほどしっかりしてない。こういうことをするのは当然みたいな感じになってたから、それをどう説明していいのか、全然わかんない」
恵里菜が暗い顔をしている。Helloに入ってそれほど経っていない。出遅れていることを気にしているのかもしれないともろりんは思った。
「エッグのみんなに言っても、たぶんわかんないと思う。わたし達だからわかってることなのかもしれない。偉そうだけど」
「わかりました。やります」
「え?」
虚をつかれた。
「普通にしてたんじゃ目立てませんし、会社にお膳立てしてもらわなきゃなにもできないって、保護されてるみたいで不細工じゃないですか」
抽んでた容姿と、どこか一線引いたような大人しげな雰囲気にわかりづらくなっているが、この子はほんとうはバカなんじゃないか。今日初めて見せた恵里菜の笑顔に、もろりんはそんな思いを抱いた。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/06(金) 23:49 ID:SV4pdF3Y
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7月1日 港区東麻布
日曜に仕事入れんなや。価値観そのものが変わってしまった中澤は、日曜の仕事を極端に嫌うようになった、日曜に仕事をすると、世間との距離がどんどん遠くなっていく。
十六時に仕事は終わったが、なにをするにも面倒な時間帯だった。帰るのもバカバカしく、誘われていた友達に会いに行くのも中途半端で、飲みに行こうにも店は開いていない。放り出したままの誕生日プレゼントを取りに行こうと、会社に寄った。
先月のライブで、ステージに出てた子がいた。顔は覚えているが、名前は出てこない、存在そのものを忘れていた。
「おう!」
「おつかれさまでーす」
思わず抱きしめたくなるような甘たるい笑顔だった。それほど多くのことを知らないから、幸福そうな顔をしているのだろうと、それが妙に懐かしく、鈍い痛みに胸が疼いた。中澤にはこういった純粋さはなかったが、目の前の子と同じような時期はあった。
「どしたのー」
「ちょっと用事があったんです」
なんて名前だったろうか、間が開いた。先回りするかのように、自己紹介がきた。
「ごとぅーです」
「おう、知ってる」
「ほんとですか〜?」
疑わしげな態度を取りながらも、ごとぅーはうれしそうにしている。まだ誰にも否定されたことのないようなほんのりした雰囲気に、中澤は心地いい気持ちになる。
話すことがなくなり、ごとぅーがふと目線を別の場所に移した。このまま、おつかれさまですと別れてしまいそうで、中澤は慌てて話を紡いだ。
「ごとぅーちゃんって歳いくつなの?」
「十四歳です」
「ほんとに?」
言われてみれば納得だが、年齢に似つかわしくない落ち着きを感じる。投げ遣りだといってもいいかもしれない。
「はい、中二です」
「誕生日過ぎた、のか?」
「六月です。十二日」
「一週間ちがい」
「そうなんですよ」
「そっか。学校にはちゃんと行けてんの?」
ごとぅーが不思議そうな顔で、はいと頷いた。
昔は、辻も加護も後藤も吉澤も、ほとんど学校に行く時間はなかった。そんなような話をしようと思ったが、ウザがられるだろうと思ってやめた。
「学校楽しい?」
「楽しくはないけど、楽しいときもあります」
「そっか。ごとぅーちゃんモテるやろ」
「もてますよ、彼氏もいますし」
頬を張られた程度の衝撃だったが、それでも中澤はうろたえた。ごとぅーはニコニコと中澤がなにかを話すのを待っている。試されているような気がして、中澤は、近くにあった椅子を引き寄せて座った。ごとぅーの椅子も引き出す。
「ちょっと座ろか。時間大丈夫?」
「はい」
その笑顔を見て、ごとぅーのペースに嵌っていると中澤は思った。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/06(金) 23:50 ID:SV4pdF3Y
- 「なにごとぅーちゃん、彼氏いんの?」
「はい」
「いつから?」
ごとぅーは少し探るように首を傾げた。
「……去年の夏、ですかね」
「ダメやないか」
そう言って、すごくおかしなことを言ってしまったことに気付いた。恋人を作って、なんの問題があるのだ。
「嘘です」
「は?」
「彼氏。本当はいません」
悪びれもせずにごとぅーはまっすぐに言う。中澤は本気で腹が立って、口調が荒くなった。
「なんでそんな嘘つくん?」
「そういうの、よくわかんないんです。中澤さんはどうなのかなって知りたくて。ごめんなさい。アイドルだからダメだってごとぅーは思うんですけど、ダメっていう感じは全然しませんし、でも実際それで何人かは……。でも、そういうのって直接なにか言われてるわけじゃないので本当はダメなのかどうなのか、会社の人は聞いても教えてくれませんし」
なにをどう話していいのか。中澤は困惑と緊張に、肩のあたりが熱くなり汗の滲みを感じた。うやむやになってしまっている今、ごとぅーの疑問は当然のことのように思えた。モーニング娘。が始まった頃は、恋人はいないと強調していたような気がする。そう話す機会も、聞かれる回数も多かった。それが当たり前になっていた。
だが、その前提が崩れきっている今、なにをどう再設定すればいいのか。本来、暗黙の了解に関して議論はされない。特にスキャンダルと区分されるだけあって、皆、解決を見ないまま終わったことにしようとしている。個人の問題を、全体の問題として捉えようとしていない。
アイドルに恋人がいてもいいのかどうか。ひどく頭の悪い、どうでもいいことだが、少なくとも、ハロプロにとっては重要な問題だ。それは会社の指示はあったものの、誰に決められたわけではなく、中澤たちが作ってきた空気だ。
私たちには恋人なんかよりも、ステージに立って、みなさんの前にいることが何よりの幸福です。そう媚びてきた。パフォーマンスを第一に考えているが、それだけで人がついてくるなんて傲慢な考えは、中澤にはできない。
なにも話せない中澤に、ごとぅーが焦れたように言葉を重ねた。もう笑っていない。切実なくらいに真剣な顔をしている。
「どうして誰も、そういうことを言わないのかが不思議です」
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/06(金) 23:51 ID:SV4pdF3Y
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7月4日 品川区東品川 天王洲スタジオ
久々にハロモニ。のスタジオライブで訪れたら、楽屋が遠く離れた場所に変わっていた。数を押さえられなくてハロモニ。がスタジオを追い出されたのは本当だったんだ、栞菜は疲れた気分が自分の中でふくらんで洞窟を圧迫しているような感覚が嫌で、何度も息を吐いた。
慣れてきたわけではないが、前よりは余裕が出てきたような気がする。℃-uteに入って一年半くらいが経つ。加入したときはちょうど小学生から中学生になる時期ということもあって、ただただ大変だったという記憶以外はほとんどない。最近になって、℃-uteのメンバーになっていることに驚いた。
そのせいなのか、本を読む時間が増えた。以前は二十四時前には眠くなって、そのまま寝ていたが、最近は二十六時くらいまで本を読むようになった。それは、スタッフの話す二十八時や二十九時がすぐにどれくらいの時間か理解できるようになったのと重なる。
スコーンと頭を叩かれた。ガクンと首が折れる。不思議と痛くはなかったが、叫んだ。
「いったい!」
栞菜はえりかだと思って声を荒げたが、すぐ近くにいたのはまいまいだった。えりかがまいまいのせいにしようと栞菜の死角に入ったのだろうと辺りを見まわしたが、くすぐったそうに笑っているまいまいしかいない。
「怒った?」
「そんなことないよ」
「痛かった?」
「痛かった!」
「だよね」
それだけ確認すると、まいまいは満足そうに千聖に駆け寄って言った。最近、よくこうやってまいまいに絡まれる。この前は屈んだまいまいに両手で膝カックンされたし、その前はすぐ近くにいるというのに五回もワン切りされた。もっと前は、舞台の昼公演と夜公演の合間、口を開けて寝ているところにベビースターラーメンを二袋流し込まれた。舞美ちゃんのマネをしたかった、とからだをくねらせてまいまいは言っていた。
おもしろがられてるのか、嫌われているのかはわからないが、距離は近くなったような気がする。いや、そんなことはないかもしれない。栞菜が首を傾げながら楽屋に向かっていると、今度ははっきりと、まちがえようのない、えりかの気配が近づいてきた。
「よっ!」
豪快にスイングされたえりかの長い腕をすっとかわす。
「かわさないでよ」
「だって痛いのやだもん」
「まいまいの心はもっと痛いんだよ!」
芝居がかった声のえりかが、ニヤニヤと栞菜の肩にからだを預ける。
「なんでよ」
「まいちゃんは栞菜のことが気になって仕方ないんだから」
「なんで!」
「わかんないけど、あれ珍しいんだよ、まいちゃんから絡んでくのって。昔っからまいちゃんっているだけでみんな寄ってくから、自分から動いたことってほとんどないんじゃないかな」
「まーたそうやって栞菜いなかった頃の話するー」
栞菜が遅れて℃-uteに入ったことをネガティブに話すのをえりかは本気で嫌がり、悲しむ。でも栞菜はそういうことを言いたい。そんなことないと言ってほしい甘えではなく、本当にそうだからだ。だから、最近はちょっと拗ねたように明るく言うようにしている。
「知らないなら教えてあげる」
「うん!」
「まいちゃんがなんか仕掛けてきたタイミングで、手をつないであげるの」
「で?」
「で? ってそれだけ」
「そんなんで喜ぶの?」
「喜ぶよー!」
「そうなんだー!!」
意味はないけど、大きな声を出したえりかよりも大きな声を出した。栞菜は元気だねー、えりかが楽しそうにしているから、栞菜も楽しくなってくる。
「ほら、栞菜もあれくらいやらないと、まいちゃんのハートは掴めないぞぉ!」
銃のように構えた人差し指で栞菜に狙いを定め、ウィンクしたえりかがテンション高く叫んだ。そのすぐ脇を、舞美が暴れる愛理をお姫様だっこして奇声をあげて走り抜けていく。ひぃーおひゅーおふゅーお! 愛理のたわんでは伸びるあーおあーおあーお。その二つが重なり、100匹の猫の発情と100頭の犬の遠吠えがザリザリ擦れあっているような淫猥で不快なウェイブが天王洲スタジオに響き渡っている。
「まいちゃん、なんか言いたいことあるんじゃないかなあ」
「好きだって言いたいんだって!」
「もういいよ! えりかっちゃん!!」
栞菜はえりかを置き去りにしてまいまいに追いつこうとしたが、愛理を得意そうに抱えた舞美が、千聖との間に顔を入れた。まいまいはまだしも、千聖がひどく驚いていて、珍しいと栞菜は思った。栞菜の視線を追ったえりかも、千聖の様子に首を傾げていた。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/06(金) 23:52 ID:SV4pdF3Y
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7月4日 神奈川県逗子市
中澤が舌打ちして睨むが、飯田は大して申し訳なさそうでもなく、困り顔を作った。飯田が気に入ったと自信を持って予約したホテルは、学生が泊まるような安ホテルだった。電車の中で見せてきた写真で諦めていたものの、実際に見ると腹が立った。黄ばんだ外壁は雨に晒され黒い汚れの幾筋も垂れ、松飾りのある玄関を入ると、擦り切れ、ところどころ捲れた赤絨毯で躓いた。
「ここのどこにファーストインプレッションが揺さぶられたんよ」
「素泊まり一泊1890円」
「なんでまた」
「ワイン一本分くらいで泊まれるんだよ?」
陽はまだ高い。イメージとの違いにてっきり別のホテルを探そうと言うにちがいないと中澤は思っていたが、飯田は意外にも乗り気でフロントへ向かっている。
「ちょっと待ってカオ、別のとこ探そう」
「なんで?」
「なんか鎌倉に戻りたくなってきた」
「べつにいいじゃん」
「知らんことは悪いことじゃないから。な?」
「やだ。ここがいい」
一番こういうの嫌いそうなクセに、どうしてこんな意地になっているのだろうと中澤は飯田の腕を掴んだまま涙に目がゆるんでしまう。中澤が負けを認めてしまうくらい、飯田は強い目をしていた。飯田は勝ち誇った笑顔で、一回こういうボロい安ホテルに泊まってみたかったんだよね、とさっさと受付を済ませてしまう。
案内された部屋は、想像以上のクオリティだった。やけに新しい壁紙と、よれきって下の畳が浮き出ている灰色のカーペットとのコントラストが目に痛い。ベッドには蒲団が敷いてあり、暖色の模様の強い自己主張が、東京の煩わしい生活と共に今日は海に来たのだということを忘れさせてくれる。
中澤は冷蔵庫からビールを取り出して一息に半分ほど飲んだ。肌に痛いくらいに冷房の効いた部屋の中から見る、外の焼けつきそうな強い陽射しは格別だ。できるだけ窓から離れて、二口目をすっと喉に流し込む。
「ほどほどにしといてよ」
「かおは飲まんの?」
「うん、今日はいいや。せっかくだし」
「こんなボロでせっかくもなにもないやろ」
「一回でいいから、こういうボロに泊まってみたかったんだよね」
「さっき聞いた。つーかデビュー当初はこんな感じやったやろ」
「自分で選んだわけじゃないじゃん」
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/06(金) 23:54 ID:SV4pdF3Y
- それほど楽しそうではないが、飯田は薄く笑んでソファに座っている。ビールに鳴る喉の音さえ聞こえてしまいそうな静けさに、中澤は居心地悪そうに二本目のビールをわざと音を立てて取り出した。冷蔵庫が巻き起こした風音も、シュッとガスの抜ける音も、無理に何口もビールを流し込んだ中澤の吐息も、すーっとどこかに吸い込まれてしまう。
酔いに投げ遣りになってきた中澤は、ベッドに仰向けて目を閉じた。リズムの悪い拍動と血流に混じったアルコールが加速していく。
「かおも飲もうや」
「いいよ、わたしは」
寝転がっている中澤のほうが、飯田よりもずっと視線が低い。慈しむような飯田の表情に、今この場になにがあるのか探そうとした。ごとぅーの顔が浮かんだ。どうしてか、惹かれてしまう。脳裏に強く再生された寂しいのか甘えているのかわからないような笑顔が、どういう意味を持つのか中澤は自分でもわからない。
「なあ、かお」
「ん?」
名前を出すのが恥ずかしかった。新人で思い出したんだけどな、と言い置き、飯田が自分を見ていないのを確認し、中澤はさらに視線を逸らした。
「後藤夕貴ちゃんって知ってる?」
飯田は眉を皺よせ、口の中で呟いた。
「……ごとうゆき? あー! ああ、知ってるよ」
「マジで?」
「うん、ごとぅーちゃんでしょ?」
「なんで知っとん?」
「え? ああ、まあね……」
「なに言いよどんでんねん」
「そんなのどうだっていいじゃん。で、ごとぅーちゃんがなに?」
「あ、ごとぅーがな、なんか言いよるんよ」
「つーか、なんで知り合いなの?」
「この前、ライブに来てくれてな」
「そうなんだ」
「けっこうなんでも話したりしてくれるんだけど、」
「そうなんだ。で、わたし、結婚することになったんだ」
そっか。中澤は今作った無表情が剥がれたら、笑顔になるのか、強張ってしまうのか、どちらにしても白けてしまうような気がして飯田を睨んだ。
「驚かないの?」
「驚いてる」
「もうちょっとしたら発表するけどね、裕ちゃんには一番先にと思って」
「おう」
「祝福してくれないの?」
「アホか! 祝福するに決まっとるやないか」
「なんで怒んのよ」
「もうちょっと時期選べや、このバカ」
「ひどーい」
飯田は笑っている。中澤は不思議に思う。喜びを隠し切れない表情になっているのだろうか。
「もう帰ってくんな。お前は向こうで幸せになれ」
おかしなことを口走っている。向こうとはどこだろう、言って気になった。ただ、今のような関係が変化してしまうことは、これまでの経験からわかっている。飯田は下腹に掌をそっと這わせ、幸せを噛み締めるようにしている。もう飯田は自分のためではなく、腹の中にいる子のために歌い、満たされるのだろう。中澤は歌が好きだと叫びたくなった。今は誰もそういったことを言わない。この前ごとぅーと話して、思い出したことがいくつもある。おめでとうと声だけ出した。飯田は涙を流してありがとうと何度もくり返している。母親の自信には誰も敵わない。ごとぅーに一番欠けているのは自信なのだろうと思った。中澤を惹きつけたあの表情はプライドへの飢えで、それをどう満たしていいのかわからないのだ。それはただの卑屈にしかならないが、とてつもないパワーになることが、ごく稀にある。ちょうどいつかの自分たちのように。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 01:16 ID:WFGFAMpU
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7月6日 中央区八丁堀
高橋が気の毒なほど落ち込んでいて、体が痛いがそれがどこなのかわからないといったように縮こまっている。新垣はそんな高橋の様子に、こっちが泣きたいくらいだと慰めたかった。10年記念隊での活動がまた増えてきた。
なにか言ってあげたかったが、それは傷の舐めあいになってしまうし、どう注意深く離していても最終的には先輩メンバーの悪口になってしまう。新垣は、悪意はなくても話していると自然と誰かの悪口になってしまう、自分の中にもある女の部分が嫌いだった。
唾を飲み込むのも辛そうな高橋に対し、道重はどことなく気まずそうな亀井と久住の間に入って、荒っぽい言葉でなにか話している。ほとんどすべてが弱い子だが、本当に強いなあ、と新垣は道重を改めて評価する。それを察したのか、高橋が面倒そうに声を出した。
「さゆは知らんから、あんな元気なんや」
「藤本さん辞めた後に入ったじゃない」
「あれで終わりちがう」
「もうさすがにないでしょ」
「同じ話を何回も何回もくり返されるんや」
「大袈裟な」
「十五年前の話をふつーにするんやで!」
ここ四ヶ月くらい、ヤンタンのある日は朝起きるのも、布団から出るのも、家を出る準備をするのも、家を出るのもなにもかも嫌だと高橋がこぼしていた。加護に始まり辻、藤本、そして今度は飯田だ。容赦なく、芸能記者のような下品さで執拗なまでにつっ込まれる。九十分間、逃げ場がない。それがいつまでも続いていくのだ。
「それにあぁしにまでつっこまれるんやで?」
「わたしいませんって言えばいいじゃん」
「それは言えん」
「なんで」
「悪口みたいやろ」
「べつに悪口じゃないと思うけどなー」
今じゃ雑誌の取材でも会社の人間が神経質なまでに睨みを聞かせているから、恋の話はもちろん、いつごろ結婚したいかやどんな男性がタイプかなど、アイドルへの定番の質問も禁止となっている。そんな状況だからこそ、ラジオで、いないと言ってしまえばいいのにと新垣は思うのだが、高橋は頑として譲らない。それが高橋のモーニング娘。に対する愛情のようなもので、新垣の考えとは少し違う。新垣にとって、守られるべきは今のモーニング娘。であって、これまでのモーニング娘。や先輩メンバーではない。吉澤の卒業で思いをぶちまけて、それから自分たちが一番上になって、そう考えるようになった。
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 01:16 ID:WFGFAMpU
- 愛ちゃーん、行きましょー、と道重に連れられてラジオの収録に向かう高橋の背中は、死にに行くような悲愴感を漂わせていた。高橋に声をかける。恋愛の話をつっこまれる機会なんてないんだから、挽回のためにも、なんでもいいから彼氏いませんって言ってきなさい。
二人が出て行くと、亀井と田中と久住しか残らない。光井は学校で、ジュンジュンとリンリンはいつもどこにいるのかわからない。久住は朝からテレビに出て、コンビを組んでいる萩原が学校へ行くのを見送って娘。に合流した。
ガキさーんと亀井がすり寄ってくる。もじもじと下を向く亀井に、もうなーにー、と顔をしかめた。また絶対おもしろくもないことをおもしろがれと言われたり、変なお願いごとをされるに決まっている。
「あのぉ、がきさん」
「なに」
「……ビルを」
「ビル? またかよっ!」
新垣の大声に、久住がすっと寂しそうな顔をしてどこかに消えてしまった。亀井が申し訳なさそうな顔をする。
「かめ、小春のことはもういいよ。ただ拗ねてるだけだから」
「でも……」
「何回も言うけど、でもとかいらない」
「うん。……でも、小春、本当に藤本さんが好きだったんだなーって」
なにかがひとつ解決しても、その瞬間にべつのなにかが始まっている。結局、決別できたのは自分たちだけだったのではないか。現にメンバーである久住ですら、未だに釈然としない思いを抱えているのだ。藤本の発表のみでファンの人にはなにも発表していないし、これからもすることはないだろう。
もう終わったことだと忘れかけていたが、自分たちが迷ったままでお客さんにもそれが伝わってしまうだろうから、あんなことをしたのだ。楽しんでいなければ、楽しませられないように。藤本もそう望んでいたように思う。けどそれはメンバー内のニュアンスで、外に伝わるようなものではないんじゃないか。
頭を抱えてしまいそうな新垣に亀井が、ちょっと待ってちょっと待って、と慌てて声をかける。
「なにー」
「がきさん崩れちゃったら、絵里はどうすればいいんですか」
「じゃあ、わたしはどうすりゃいいのさ」
「絵里がだめじゃないときに、がきさんがだめにならなきゃ」
「それバランス悪くない? かめ、大体いっつも落ち込んでんじゃん」
「最近はそうでもないですよー」
ぼーっとしていたれいなが出て行く。小春を追いかけたのだろうか、最近田中は変わったと新垣は思う。やけっぱちの空元気のようだったが、そうでもないみたいだ。
「がきさーん、絵里けっこうたくましくなったでしょ?」
体格だけな、と危うく口走りそうになった。亀井はずっと変わらないでいてほしいと願っているが、そうもいかない。なんだかいろいろとやらなきゃいけないことが多い。だが、それは漠然としたものの集合体のようで、新垣はなにをどうしていいのか、わからない。
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 01:18 ID:WFGFAMpU
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7月10日 港区東麻布
お客様相談室に入って二週間ほど、藤本はすっかり業務にも慣れ、黙々と電話を取るようになっていた。これがアイドルすることなのかと最初は不貞腐れ気味だったが、もうアイドルを辞めたのだということを認識するようになると、そういったことも気にならなくなってきた。
電話の相手が藤本美貴だということは、まだ気付かれていない。今のところ、土日はライブで出払っているからか、ハロプロに関する問い合わせはほとんどない。多いのは、暇を持て余した老人からの電話だ。いじわるな嫁にせっかく買ったテープを隠されてしまった場合、どういった保障が受けられるのか聞かれたときは本当に困った。その老婆は嫁の悪口から始まり、自分を守ってくれない息子の愚痴をたっぷり一時間話し、いつの間にか時代や日本の政治が悪いという話をしていたが、藤本はてきとーに相槌を打ちながら雑誌を読んでいたので詳しくは知らない。最後には泣き出した老婆のしゃがれた声を聞きながら、なんとも嫌な気分になって電話を切った。
今日は電話が少なく、CDケースの開け方がわからないという老人と、薄いセロファンを剥がしてケースを開けるのはわかったがどっちの面を下向きするのかわからないという老人の二度目の電話、もうひとつはハロプロに関する問い合わせで、ボクはギャッツビーの制汗剤を使っていて、すごくいい匂いだと思うんだけど夏焼雅ちゃんはどう思うのだろうかという酔っ払いからの問い合わせだった。もちろん藤本美貴だということは気付かれなかった。
定時の少し前に席を立って帰ろうとすると、松浦が待ち構えていて、藤本の姿を見るなり大爆笑でのけぞった。
「みきたん、マジでやってんだ」
「なによ、仕事の邪魔だからさっさと帰れよ」
「え? もう終わったんじゃないの?」
「終わってねーし」
「もう帰る準備、万端じゃん」
藤本の少し後に出てきた社員の女のほうが、もう終わりましたよ、と余計なことを言って二人の脇を抜けていった。そうですよねぇ、と満面の笑みで松浦は礼を言い、藤本に中途半端なサイズの冊子を手渡した。大判のコミックスよりもひとまわり大きく、「ニコニコWORK」と大きく書いてある。ファッション誌を意識したらしい表紙は、小太りのモデルとへたくそな配色のせいで見事に安っぽい仕上がりだ。
「なにこれ」
「いま友達が上京してきててさ、なんかこれ持ってたから貰ってきちゃった」
「だからなによ、これ」
「求人誌。みきたん新しい仕事探してるんでしょ?」
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 01:18 ID:WFGFAMpU
- 松浦の大きな声に、側にいた社員が一斉に二人を見た。藤本は、もうどうでもいい矢と投げ遣りな気持ちで、松浦の楽しそうな顔をどう痛めつけてやろうか考えている。松浦が思っているほど、藤本が今立たされている状況は簡単じゃない。悪意たっぷりの笑顔で、松浦は折り目をつけた目ぼしい求人を紹介する。
「これいいと思ったの。パンチラモデル、5分で5000円。これたぶんあたしよりギャラ高いんじゃないのかな」
「死ね」
「じゃあね、これ、取っておき! 完全3ナイ宣言で高収入! 脱がナイ、舐めナイ、触られナイ、簡単ハンドエステ!! 日給35000円で自由出勤、ノルマも罰金もないし、豪華マンション寮もアリバイ会社も完備。どう、これいいでしょ?」
「手コキしろってか」
「あ、ごめん。こんなシケた仕事やってらんないよね。じゃあ、これは? 最低保障料が大8枚って、たぶん80000円だと思うんだけど、これいいんじゃない? 店名がハードプロジェクトで、ハロプロっぽいし、なんかみきたんに近そうじゃない。今さら時給800円で働けないでしょ?」
「殺すよ、マジで」
「わがままだなあ、だったらどんな仕事がいいのよ」
わざとらしいしかめっ面の松浦に、藤本は返す言葉を見つけられなかった。なにしたいかって聞かれても、なにもしたくないというのが最も正確なような気がする。今後どうなっていくのかはわからないが、ハロプロに居残るのはカッコ悪いような気がする。オファーがあれば、文句を言いながらも飛びつくのかもしれないけれど。
「亜弥ちゃんはどんなのがいいのよ」
「あたし? あたしはほら、愛と希望に満ち溢れた仕事よ!」
「で、舞台なんだ。かけいさん、すっげー唾飛ばすらしいよ」
「マジ? それやだなー」
「まあ、なんでもいいよ。それよりご飯いこ? このあとなんもないんでしょ?」
「えぇ〜?」
「うっせ、行くぞ。やっぱ飲みにしよう。今日は亜弥ちゃん家ね」
「なんでよー」
「店行くと面倒じゃん、なんか最近」
「そっちの家でいいじゃん」
「この前亜弥ちゃんが壊した便座、まだ直ってねんだよ」
藤本はさっさと歩き出す。文句を垂れながら、松浦がついてくる。いろいろと状況が変わったからか、これまでは当たり前だったことに対しても奇妙な違和感を覚えたりする。亜弥ちゃん、このままずっと美貴と一緒なのかな。
- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 01:19 ID:WFGFAMpU
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7月14日 愛知県名古屋市中村区
クラスメイトは三連休の予定を楽しそうに話していた。部活に入っている友達も、練習や試合があると面倒そうに言っていたが、それでも楽しそうだった。ごとぅーはじっとりと重い気分に、吐き出だしてしまいそうなストレスを抱えていた。
これまで、そんなことは一度もなかった。言われたことをやっていただけなんだと、ごとぅーは痛感する。自分でやろうと決めたことを実行するには、責任がすべて自分にかかる。負荷をメンバーと分け合うことが、こんなに幸福で力強いことだと思ったのは初めてだった。
五時の音が夕空に轟く。ポッシボーのリハーサルは結成順の序列で一番早く、始発で家を出て名古屋に着いた。こんな早い時間に一日を終え、なにもせずに外を見ているのは本当に久しぶりだった。なぜか毎日仕事や取材やレッスンがあって、休みがあってもどこか急いていて、ゆっくりしようとは思えなかった。
明日のハロプロが始まればさいたまの千秋楽まで、二週間はあっという間だろう。今のうちに心を決めておきたかったが、同室のはずのもろりんがいない。ホテルの前は来るまで埋まっていたため、少し離れたところで降り、徒歩で五分ほどの道のりで、はぐれてしまった。どんだけ? ロビンとはしもんが口々に言って笑い、携帯にかけたが出なかった。
空腹だったが眠くなり、ごとぅーは小さくあくびを噛み殺してベッドにころがった。
「もろりんは?」
話したいことはなかったが、なにか言って、それを聞いてほしかった。ひとり言はすぐに消えたが、体の中で何度も反響し、なんだか気恥ずかしくなった。携帯が震え、慌てて取るとロビンからで、今すぐこっちの部屋に来て、とだけで、切られてしまった。ごとぅーは本当に矢島さんが来たのだろうかとロビンにかけなおしたが通話中だった。全体でのリハーサルを終え、会場から出ようとする途中で、これから個別リハーサルの℃-uteとすれ違った。はしもんとロビンが、舞美とえりかと栞菜に話しかけられて青ざめていた。例の計画のこと聞いちゃったんだけど、仲間に入れてよ、と。
ごとぅーは部屋を出る準備をしている最中に眠くなり、面倒になってもろりんを待とうと再びベッドで横になった。うとうとしながらもろりんを呼び出すと、ごとぅー? 顔の前に置いた携帯から声が聞こえた。眠気が吹き飛んだごとぅーは、二時間かかって駐車場まで戻ることができたもろりんにホテルまでの道のりと、これまでの経緯を伝えた。
もろりんは走って行くから先に行って待っててと言っていた。しかしロビンの部屋には当たり前だがオートロックがかかっている。中からはかなりの人数の雰囲気がしているため、電話をかけていいものなのかどうかもわからない。ドアの前で、ほとんど音を立てずにドアが開き、なかさきちゃんが手招きしている。どうしてわかったのだろうか、ごとぅーが不思議そうな顔で会釈をすると、なかさきちゃんはなんでもないといったように短い廊下を戻っていく。
ツインのそれほど大きくない部屋に、もろりん以外のポッシボー、それに℃-uteのメンバー、なぜか恵里菜までいる。ごとぅーはあまりの女臭さに眩暈がした。気配に振り返った恵里菜と目が合い、どうしていいのかわからず知らない顔をした。
部屋の中までは入れず、ごとぅーは廊下の隅のほうに寄りかかった。目の前では千聖が、ねえ恋人作らないって言うほどのことかなあ、とまいまいに小声で聞いている。耳ざとく聞きつけたロビンの視線が向き、ごとぅーも見つかってしまう。おっそーい、と手招きされた。
しっかりベッドをキープしているロビンはごとぅーを呼び寄せ。わたしの相方が言いだしっぺです、と紹介した。はあ? とごとぅーが抗議を込めて聞き返すも、おぉ〜というわけのわからない歓声にかき消されてしまった。
「じゃあ、みんなで力を合わせて先輩たちをぶっつぶすぞー!」
冒険の予感に浮かれきった舞美が拳を突き上げた。なんとなく成功するかもしれない、ごとぅーはあっさり舞美に感化され拳を握り締めたとき、ちょっとその前に! とロビンが話を遮った。
- 29 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 01:19 ID:WFGFAMpU
- 「みんな、大丈夫だよね?」
場の雰囲気は一転して嫌な沈み方をする。℃-uteのメンバーが気まずそうに顔を伏せるのを見て、ごとぅーは計画の失敗を予感した。ばれちゃったんだからもう仕方ないけど、わたしは全然問題ないと言わんばかりに笑っている矢島さんだけに声をかければよかったんだ。
しかしロビンは、舞美がなにかを誤魔化そうとしているのだと受け取ったようだ。
「矢島さん、なんかニコニコしてますけど大丈夫ですか?」
「あん? おめぇ殺されてぇのか?」
すっと表情を冷たくさせた舞美がロビンの胸倉を掴み上げ、睨みを利かせた。突然のことに思考が停止してしまったロビンの震えたような表情を確認すると、満足そうにベッドに突き飛ばした。
呆然と放り出されたロビンだったが、すぐに状況を把握すると立ち上がり、舞美に向かっていく。
ぴょん。ベッドとベッドの間に体育座りだった栞菜がロビンの前に立ち塞がり、ごめんね、となにも悪くないのに謝った。元は同じエッグ、新人公演では共に別格として取り扱われていた共感もあってか、ロビンは猛った怒りを納めた。止めに入ろうかと足に力をこめていたごとぅーは、全身の力を抜いた。
舞美が笑っている。わからない、ごとぅーはそう思った。
突然の騒乱に泣いてしまいそうだったかえぴょんを慰めていたはしもんが、冷静に、腫れ物に触れるように、舞美に訊いた。
「いないんですか?」
「うん、今は大丈夫」
舞美が元気よく頷いた。
「じゃあ、前はあったんですか?」
ごとぅーは、思わず、聞いてしまった。興味がないわけじゃない。いや、すごくある。
「まあ、昔の話だよ」
「キスしたり?」
「あはは」
「それ以上も?」
「そんなのどうでもいいじゃないか」
舞美は笑ってごとぅーの追求をはぐらかす。
あ、キス以上はしてないんだ、えりかと愛理はその表情でわかった。そして、顔を見合わせた。舞美でも見栄を張ったりすることあるんだ。そんな℃-ute内の微妙なニュアンスを、ごとぅーは把握できてない。えりかと愛理は、目で会話している。舞美、簡単にやりそうだけど、簡単に、だって恥ずかしいじゃんって断りそうだよね。そういえばそうだね。
「これからは大丈夫なのかよ」
まだ怒っているのか、ロビンが吐き棄てるように呟いた。
「あ、でも、愛理と付き合うようになってからはそんなことなくなったよ」
- 30 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 01:20 ID:WFGFAMpU
- 舞美のさらっとぶっこいた言葉に、なにそれ、と全員の注目が愛理に向く。愛理は否定と困惑を込めて、後ずさる。栞菜は耳から汁を垂らして呆然としている。
「いや、付き合ってないし」
愛理とはもうかなり長いとでも言いたげに頷いている舞美と、困惑しきった愛理に、℃-uteはやっぱりわからない、ごとぅーは少し冷静になった。
付き合ってないよ、愛理が喉を震わせて搾り出した。
「えー? わたし愛理と付き合ってるんじゃないの?」
「いつから?」と愛理。
「けっこう前。雑誌とかでもわたしを彼女にするって言ってたじゃーん!」
「それってもしもの話でしょ?」
ないけど、付き合ってるとしたにしても、舞美も愛理もお互いに彼女にしたいんじゃ、どっちが彼氏だよって話じゃんね、えりかが栞菜に言った。複雑そうな表情で、栞菜が目をパチクリさせた。栞菜は、舞美がずっと勘違いしていることを知っていた。
顎に手をあて、深く考え込んでいたような舞美が、そっかー、とポツリ呟いた。
「愛理と付き合ってるんじゃないなら、わたし男の子と付き合っちゃうんだと思うんだ」
それはマズイって、みたいな顔をしているえりかを見てごとぅーは、このままでは本当に舞美は誰かと付き合ってしまうだろうことを察し、ほんの短い時間でも舞美を信頼できると思った自分を恥じた。
「わたしは愛理が好きなのに、そういうことなら仕方ないよね!」
東京に帰り次第、一度告白されたか、断ってこないだろう男友達と舞美は付き合うのだ。脅迫に近いものだったが、それは実行されるのだろうと、ごとぅーは舞美の有無を言わさない迫力を間近で感じている。
眉間に皺を寄せたロビンが、これって告白? とごとぅーに聞いた。
告白されている。愛理は感動のあまり、舞美の頭を引っぱたきたくなった。
「愛理がお泊りにきた時のためにスケベ椅子だって買ったのに!」
すけべいすってなに? 弱りきった目で愛理がえりかを見る。えりかは自分はもう関係ないとでもいうように視線を逸らした。
「どうする? 愛理」
本当にきれいな、邪気のない笑顔で舞美が愛理に迫っている。隣ではロビンが、えげつないと言った。
大変なことになってるな、飽きてきたごとぅーは、目の前で起こっていることは他人ごとだとすーっと興味が引いていくのと同時に、もろりんを思い出した。そういえば、また着いてない。もりろんなら、この奇妙な状況を、もっとおかしな行動で変えてくれそうな気がする。早く着かないかなあ、ごとぅーは愛理の泣きそうな顔を見ながらもろりんを待った。不思議なことに、こちらに向かっているだろうというだけで、安心感がある。
「ねえ、あいりー、お願いだからさー」
舞美が卑屈さは微塵も感じられない甘え声で愛理に迫る。こうすれば絶対に断られないとでも思っているかのようだ。もういいから付き合うって言っちゃいなさいよ、とえりかに急かされる愛理は、うん、でも……、と本当に困った顔をしている。愛理にだって夢はある。それがどんなのかはわからないけど、少なくとも今のこの状況ではない。あっきゃんとはしもんが、行け、行け、この状況をどうにかしろとロビンに目配せをしている。なぜか喜んでいる舞美の隣で、栞菜と恵里菜が雑談を始めた。ごとぅーは、緊張に震えているかえぴょんが心配になってきた。すごくバカバカしいな、と思う。
なかさきちゃんがなにかに気付き、ドアを開けるのが見えた。エッグのDAWAが、項垂れたもろりんを抱えている。
もろりん! ごとぅーが駆け寄った。DAWAが報告をする。
「階段の踊り場に落ちてた」
「なんでもかんでも拾っちゃだめだよ。犬とはちがうんだから」
すっごい肩痛い、ごとぅーに受け渡されたもろりんが呻いた。
「階段から落ちたの?」
「うん、でも大丈夫。三段目からだったから」
笑っていいものなのかどうか、その場にいた全員が迷った。
「じゃあ、今日はお開きということで」
何故か栞菜が仕切った。絶妙のタイミングだった。舞美がいて、愛理が困り続ける限り、この場は動かない。それに栞菜の見立てでは、舞美は恐らく愛理に受け入れられたと思っている。一年半にも及ぶ℃-uteウォッチングで、そのあたりの流れが誰よりもわかる。
ごとぅーは、恵里菜と部屋を出て行く栞菜の次に、部屋を出た。いろいろとどうでもよくなっていた。
- 31 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:15 ID:h1nPC.JY
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7月6日 中央区八丁堀
高橋が気の毒なほど落ち込んでいて、体が痛いがそれがどこなのかわからないといったように縮こまっている。新垣はそんな高橋の様子に、こっちが泣きたいくらいだと慰めたかった。10年記念隊での活動がまた増えてきた。
なにか言ってあげたかったが、それは傷の舐めあいになってしまうし、どう注意深く離していても最終的には先輩メンバーの悪口になってしまう。新垣は、悪意はなくても話していると自然と誰かの悪口になってしまう、自分の中にもある女の部分が嫌いだった。
唾を飲み込むのも辛そうな高橋に対し、道重はどことなく気まずそうな亀井と久住の間に入って、荒っぽい言葉でなにか話している。ほとんどすべてが弱い子だが、本当に強いなあ、と新垣は道重を改めて評価する。それを察したのか、高橋が面倒そうに声を出した。
「さゆは知らんから、あんな元気なんや」
「藤本さん辞めた後に入ったじゃない」
「あれで終わりちがう」
「もうさすがにないでしょ」
「同じ話を何回も何回もくり返されるんや」
「大袈裟な」
「十五年前の話をふつーにするんやで!」
ここ四ヶ月くらい、ヤンタンのある日は朝起きるのも、布団から出るのも、家を出る準備をするのも、家を出るのもなにもかも嫌だと高橋がこぼしていた。加護に始まり辻、藤本、そして今度は飯田だ。容赦なく、芸能記者のような下品さで執拗なまでにつっ込まれる。九十分間、逃げ場がない。それがいつまでも続いていくのだ。
「それにあぁしにまでつっこまれるんやで?」
「わたしいませんって言えばいいじゃん」
「それは言えん」
「なんで」
「悪口みたいやろ」
「べつに悪口じゃないと思うけどなー」
今じゃ雑誌の取材でも会社の人間が神経質なまでに睨みを聞かせているから、恋の話はもちろん、いつごろ結婚したいかやどんな男性がタイプかなど、アイドルへの定番の質問も禁止となっている。そんな状況だからこそ、ラジオで、いないと言ってしまえばいいのにと新垣は思うのだが、高橋は頑として譲らない。それが高橋のモーニング娘。に対する愛情のようなもので、新垣の考えとは少し違う。新垣にとって、守られるべきは今のモーニング娘。であって、これまでのモーニング娘。や先輩メンバーではない。吉澤の卒業で思いをぶちまけて、それから自分たちが一番上になって、そう考えるようになった。
愛ちゃーん、行きましょー、と道重に連れられてラジオの収録に向かう高橋の背中は、死にに行くような悲愴感を漂わせていた。高橋に声をかける。恋愛の話をつっこまれる機会なんてないんだから、挽回のためにも、なんでもいいから彼氏いませんって言ってきなさい。
二人が出て行くと、亀井と田中と久住しか残らない。光井は学校で、ジュンジュンとリンリンはいつもどこにいるのかわからない。久住は朝からテレビに出て、コンビを組んでいる萩原が学校へ行くのを見送って娘。に合流した。
ガキさーんと亀井がすり寄ってくる。もじもじと下を向く亀井に、もうなーにー、と顔をしかめた。また絶対おもしろくもないことをおもしろがれと言われたり、変なお願いごとをされるに決まっている。
「あのぉ、がきさん」
「なに」
「……ビルを」
「ビル? またかよっ!」
新垣の大声に、久住がすっと寂しそうな顔をしてどこかに消えてしまった。亀井が申し訳なさそうな顔をする。
「かめ、小春のことはもういいよ。ただ拗ねてるだけだから」
「でも……」
「何回も言うけど、でもとかいらない」
「うん。……でも、小春、本当に藤本さんが好きだったんだなーって」
なにかがひとつ解決しても、その瞬間にべつのなにかが始まっている。結局、決別できたのは自分たちだけだったのではないか。現にメンバーである久住ですら、未だに釈然としない思いを抱えているのだ。藤本の発表のみでファンの人にはなにも発表していないし、これからもすることはないだろう。
もう終わったことだと忘れかけていたが、自分たちが迷ったままでお客さんにもそれが伝わってしまうだろうから、あんなことをしたのだ。楽しんでいなければ、楽しませられないように。藤本もそう望んでいたように思う。けどそれはメンバー内のニュアンスで、外に伝わるようなものではないんじゃないか。
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:16 ID:h1nPC.JY
- 頭を抱えてしまいそうな新垣に亀井が、ちょっと待ってちょっと待って、と慌てて声をかける。
「なにー」
「がきさん崩れちゃったら、絵里はどうすればいいんですか」
「じゃあ、わたしはどうすりゃいいのさ」
「絵里がだめじゃないときに、がきさんがだめにならなきゃ」
「それバランス悪くない? かめ、大体いっつも落ち込んでんじゃん」
「最近はそうでもないですよー」
ぼーっとしていたれいなが出て行く。小春を追いかけたのだろうか、最近田中は変わったと新垣は思う。やけっぱちの空元気のようだったが、そうでもないみたいだ。
「がきさーん、絵里けっこうたくましくなったでしょ?」
体格だけな、危うく口走りそうになった。亀井はずっと変わらないでいてほしいと願っているが、そうもいかない。なんだかいろいろとやらなきゃいけないことが多い。だが、それは漠然としたものの集合体のようで、新垣はなにをどうしていいのか、わからない。
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:18 ID:h1nPC.JY
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7月10日 港区東麻布
お客様相談室に入って二週間ほど、藤本はすっかり業務にも慣れ、黙々と電話を取るようになっていた。これがアイドルすることなのかと最初は不貞腐れ気味だったが、もうアイドルを辞めたのだということを認識するようになると、そういったことも気にならなくなってきた。
電話の相手が藤本美貴だということは、まだ気付かれていない。今のところ、土日はライブで出払っているからか、ハロプロに関する問い合わせはほとんどない。多いのは、暇を持て余した老人からの電話だ。いじわるな嫁にせっかく買ったテープを隠されてしまった場合、どういった保障が受けられるのか聞かれたときは本当に困った。その老婆は嫁の悪口から始まり、自分を守ってくれない息子の愚痴をたっぷり一時間話し、いつの間にか時代や日本の政治が悪いという話をしていたが、藤本はてきとーに相槌を打ちながら雑誌を読んでいたので詳しくは知らない。最後には泣き出した老婆のしゃがれた声を聞きながら、なんとも嫌な気分になって電話を切った。
今日は電話が少なく、CDケースの開け方がわからないという老人と、薄いセロファンを剥がしてケースを開けるのはわかったがどっちの面を下向きするのかわからないという老人の二度目の電話、もうひとつはハロプロに関する問い合わせで、ボクはギャッツビーの制汗剤を使っていて、すごくいい匂いだと思うんだけど夏焼雅ちゃんはどう思うのだろうかという酔っ払いからの問い合わせだった。
定時の少し前に席を立って帰ろうとすると、松浦が待ち構えていて、藤本の姿を見るなり大爆笑でのけぞった。
「みきたん、マジでやってんだ」
「なによ、仕事の邪魔だからさっさと帰れよ」
「え? もう終わったんじゃないの?」
「終わってねーし」
「もう帰る準備、万端じゃん」
藤本の少し後に出てきた社員の女のほうが、もう終わりましたよ、と余計なことを言って二人の脇を抜けていった。そうですよねぇ、と満面の笑みで松浦は礼を言い、藤本に中途半端なサイズの冊子を手渡した。大判のコミックスよりもひとまわり大きく、「ニコニコWORK」と大きく書いてある。ファッション誌を意識したらしい表紙は、小太りのモデルとへたくそな配色のせいで見事に安っぽい仕上がりだ。
「なにこれ」
「いま友達が上京してきててさ、なんかこれ持ってたから貰ってきちゃった」
「だからなによ、これ」
「求人誌。みきたん新しい仕事探してるんでしょ?」
- 34 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:18 ID:h1nPC.JY
- 松浦の大きな声に、側にいた社員が一斉に二人を見た。藤本は、もうどうでもいい矢と投げ遣りな気持ちで、松浦の楽しそうな顔をどう痛めつけてやろうか考えている。松浦が思っているほど、藤本が今立たされている状況は簡単じゃない。悪意たっぷりの笑顔で、松浦は折り目をつけた目ぼしい求人を紹介する。
「これいいと思ったの。パンチラモデル、5分で5000円。これたぶんあたしよりギャラ高いんじゃないのかな」
「死ね」
「じゃあね、これ、取っておき! 完全3ナイ宣言で高収入! 脱がナイ、舐めナイ、触られナイ、簡単ハンドエステ!! 日給35000円で自由出勤、ノルマも罰金もないし、豪華マンション寮もアリバイ会社も完備。どう、これいいでしょ?」
「手コキしろってか」
「あ、ごめん。こんなシケた仕事やってらんないよね。じゃあ、これは? 最低保障料が大8枚って、たぶん80000円だと思うんだけど、これいいんじゃない? 店名がハードプロジェクトで、ハロプロっぽいし、なんかみきたんに近そうじゃない。今さら時給800円で働けないでしょ?」
「殺すよ、マジで」
「わがままだなあ、だったらどんな仕事がいいのよ」
わざとらしいしかめっ面の松浦に、藤本は返す言葉を見つけられなかった。なにしたいかって聞かれても、なにもしたくないというのが最も正確なような気がする。今後どうなっていくのかはわからないが、ハロプロに居残るのはカッコ悪いような気がする。オファーがあれば、文句を言いながらも飛びつくのかもしれないけれど。
「亜弥ちゃんはどんなのがいいのよ」
「あたし? あたしはほら、愛と希望に満ち溢れた仕事よ!」
「で、舞台なんだ。かけいさん、すっげー唾飛ばすらしいよ」
「マジ? それやだなー」
「まあ、なんでもいいよ。それよりご飯いこ? このあとなんもないんでしょ?」
「えぇ〜?」
「うっせ、行くぞ。やっぱ飲みにしよう。今日は亜弥ちゃん家ね」
「なんでよー」
「店行くと面倒じゃん、なんか最近」
「そっちの家でいいじゃん」
「この前亜弥ちゃんが壊した便座、まだ直ってねんだよ」
藤本はさっさと歩き出す。文句を垂れながら、松浦がついてくる。いろいろと状況が変わったからか、これまでは当たり前だったことに対しても奇妙な違和感を覚えたりする。亜弥ちゃん、このままずっと美貴と一緒なのかな。
- 35 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:19 ID:h1nPC.JY
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7月15日 名古屋国際会議場 センチュリーホール
楽屋に戻るなり、小春はずっと浮かべていた笑顔を強張らせて携帯を手に取った。メールが数件入っていたが、藤本からのものではなかった。もう来ないのだろうか、小春はしょぼくれ、携帯を閉じた。
光井が隣に来た。なかった、とぶっきらぼうに言って立ち上がる。自分でも嫌な奴だと思う。光井は光井なりに心配して隣に来たのだ。だが、光井は常に笑顔のため、バカにされているような、からかわれているような気分になってしまう。
藤本は、どんなに好きだと言っても、うるさいとかうざいとか邪魔だとか、鼻で笑われてはぐらかされるだけで、嫌われてはいなし好かれていると思うが、本当のところはどうだったのか、わからないままだ。だから今日は、何千人といる会場中の誕生日おめでとうコールよりも、藤本の一言がほしかった。
ただいまー! リーダーの高橋が大きな声で楽屋に戻ってきた。小春は藤本のことが大好きだが、藤本のしたことは最低だと思っている。もう二ヶ月も経とうというのに、未だに整理がついていない。
もう一度、携帯をチェックする。病気のようだと小春は苦笑する。やはり光井が見ている。小春に媚びるな、そう声を荒げたくもなる。
「ケータリング行くけど、みっつぃも行く?」
つっけんどんな口調になってしまったが、上出来だと思えた。光井が笑顔で元気よく、はい! と答えたからだ。
- 36 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:19 ID:h1nPC.JY
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7月18日 東京都 南北線
最近、中学三年の三人でいることが増えてきた。はしもん、あっきゃん、ロビンは地下鉄のつり革にぶら下がっている。服装や雰囲気に普通ではないなにかを感じる者はいても、誰も彼女たちを知らない。正確に彼女たちの名前、所属ユニットをいえる者は全国で500人にも満たないだろう。三人は緊張感なく話をしている。
「そろそろどうするか決めないとね」
「いやもう決まってるから」
あっきゃんはどこかのんびりしてると、はしもんは思う。でも、ロビンの計画性のなさもちょっとどうかと思った。人数が増えてポッシボーだけでのことではなくなったから、たぶんロビンの考えているような場当たり的な予定では難しいと思う。
「ロビン前の日とかに決めればいいやって思ってない?」
「だめ?」
「だめ」
「計画って綿密に決めちゃうと、予想外のことに対応できないってなんかでいってた」
「それすらないじゃん」
実際に行動するとなると、どうずればいいのか全くわからない。ただ恋人は作らないし、今後もこの仕事だけでいきますといっても唐突過ぎるし、意味が伝わらないかもしれない。はしもんが考えているとロビンが、橋本さん橋本さん、と肩を叩いてくる。
「ん?」
「ん、じゃなくて橋本も参加して?」
「してるって。今ずっと考えてたんだから」
言わなきゃわかんないし、あっきゃんの目が細くなった。変に落ち着く笑顔だな、とはしもんは思う。
「橋本、こっちに集中して」
「でも電車の中じゃさあ」
「地下鉄だから」
「どっちでもいいじゃん」
ロビンが大口を開けて笑っている。はしもんは、こういうのがあれば、それでいい。はしもんが仕事をしている間、部活をしていた友達はもうすでに引退し、受験勉強に専念するんだと遊んでいる。それはつまらないと思う。
はしもんは退屈を極端に嫌う。仕事が終わって家に帰ってからも仕事のことを考え、毎日何度もブログを更新しようと記事をマネージャーに送り、そのせいで睡眠不足になっていると愚痴られている。きっと自分は寂しがり屋なのだろうと思っているが、ちがうかもしれない。
「橋本さん?」
「うん、聞いてる」
「どんだけだよ」
はしもんはどういうことなのか、あっきゃんを向く。あっきゃんは笑っているだけだ。
「ごめん、ほんとは聞いてなかった」
「なんも話してないし」
携帯を取り出したあっきゃんが、画面を見たまま言った。ロビンが、橋本最近やっばいよね、と楽しそうにしている。そして話が変わり、ロビンはさっきから気になっていたらしい隣の車両の、全身にファンシーでカラフルな装飾具をつけているおじいさんをそっと二人に目配せした。
これでまたしばらくは、さいたまでの最終公演の話にはならない。はしもんは、最初は乗り気だったが、今はそうでもないような気がしている。二年くらい前だったろうか、まだエッグの研修生で暇だった頃、学校の友達と夏休みの計画を立てたことがある。詳細は忘れてしまったが、校区のはずれに比較的まともな空き家があるから、そこに立てこもってずっと遊んでいようという、今ならどんだけーで終わるような話だったが、はしもんは心から楽しみにしていたし、友達もみんなそうだったと思う。だがそれも、夏休みに近づくに連れて熱が冷めていき誰も話さなくなり、それぞれ普通の夏休みとして過ごし、たまに連絡がつけば会って遊ぶ程度だった。今回も、そんなようなものなのかと思ったりもしている。
「あれ全部でいくらくらい使ってんのかな」
「ってよりも、どこで買ってんの?」
「ろん達くらいの女の子がいる店?」
「あんなおじいさん混ざってたら嫌じゃない?」
「はしもん、どれかわかってる?」
ロビンがはしもんを見て、それから対象のおじいさんを見る。一番大切なのは、こういった瞬間がいつまでも続くことだ。そのためなら、はしもんはどんなことでもしようと心に決めている。
- 37 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:20 ID:h1nPC.JY
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7月20日 大阪府大阪市
なんだか疲れている。そう感じるのは初めてのことで、恵里菜は自分が正常ではなくなってしまったのではないかと不安になる。同室の武藤水華は疲れている素振りも見せずにテレビを見ている。大阪のローカル番組で、好きな番組の趣味が合うから恵里菜も見ようとは思うのだが、光を拒否するように枕に顔を埋めて体を横たえている。
「泣いてんの?」
「なんで」
「わかんない」
水華は先ほどからずっと携帯を打ち続けている。同じテレビ番組が好きで同盟を組んだり、ガッタスでも一緒になってずいぶん仲良くなったが、お互いのことをあまりよく知らない。ムッチぃと呼ぶのも照れくさい。距離を測るようにお互いのことを聞いたり、話したりすることもなく一緒にいるようになった。
「姉貴のとこ行くけど、恵里菜も来る?」
「行く」
水華が姉貴と呼ぶ是永の部屋はひとつ階上にあって、部屋のグレードが二人が泊まっているものよりちょっとよかった。途中、ジュースを持ってにこにこ歩いていたごとぅーも誘い、三人で是永の部屋に行った。
首にスポーツタオルをかけた是永は三人も来たことに驚き、それから笑顔で、いらっしゃい、と三人を迎え入れた。水華が同室は誰なのかと荷物を覗き込み、聞くと、吉澤さんだと言った。三人は緊張に見ていた荷物から離れたが、是永は笑って、大丈夫だよ、と言った。そんなことで吉澤さん怒らないから。
「立ってないで座れば?」
是永はベッドに腰かけ、窓際にあるソファと、空いたほうのベッドを指す。ソファには、是永と同じ柄のスポーツタオルが無造作に放り置かれている。水華がそれを気にしながら、是永にまた聞いた。
「吉澤さんは?」
「一回こっち戻って、シャワー浴びてご飯に行っちゃったよ。ちょっと前」
「じゃあ、しばらくは戻ってこないね」
「なに、その吉澤さんいると嫌みたいな言い方」
「嫌じゃないけど、緊張するから」
そっか、と是永は笑って三人を順に見た。そういえばみんなも行かなかったんだね。
恵里菜はコクリと頷いた。言葉にしなかった反応でも是永は気付いてくれて、ちょっとうれしくなる。エッグの中にいてもまだ緊張するというのに、ハロプロでご飯なんてきっと気が狂ってしまう。エッグに入る前は、大好きなハロプロでご飯を食べに行く機会が喜んで行くだろうと思っていたけど、そこまで積極的ではなかった自分に軽い失望を覚えた。それに今は、できるだけライブ前に疲れることはしたくない。
「まあ、明日もあるしね」
三人が部屋に入ってきてから、ずっと是永が話している。水華と二人なら、もっと自然に話すのだろうと恵里菜は思った。水華が二言三言話し、ごとぅーと恵里菜もそれに加わったが、どれも細切れの会話に終わり、是永がテレビをつけた。
「あ、そういえば、最終日になんかやるんだってね」
さりげない是永の言葉に、恵里菜の心臓は握り潰されたかのように縮み、血が冷たくなっていくのを感じた。二人も似たような反応で、ごとぅーの動揺が一番大きかった。
「なんで知ってるの?」
「けっこう噂になってるよ、会社の人が知ってるかはわかんないけど」
どこで話が漏れたのだろうと恵里菜は考えたが、犯人探しはしたくなかった。前回、℃-uteにばれたのは、もろりんのメールが原因だった。あっきゃんにメールを送ったつもりが、岡井明日菜に送っていた。返信が来ないからと何度も。携帯にはあっきゃん、あすなで登録していたという。結果的に℃-uteは加わり、もろりんらしいからと話が終わったらしいが、ここまで人数が増えると可能性を探しきれない。
っざけんなよー! 怒鳴り声がして、乱暴にドアが開いた。コレちゃん聞いてよ、なんかわたし置いてけぼりくらったんだけどー!
むくれて唇を尖らせた吉澤が入ってきて、恵里菜は凍りついてしまう。入り口の近くにいた恵里菜に近づいてくる。ふっと口の端に笑みを浮かべた表情があまりにも妖艶で、恵里菜は本当に自分はどうにかなってしまうんじゃないんだろうかと心配になった。吉澤の手が、肩に乗った。緊張しないでよ、同じガッタスじゃん。
吉澤は水華にも軽く挨拶をし、ごとぅーに目を留めた。
「えっと、後藤ちゃんだっけ」
「はい、ごとぅーです」
「ごとぅー?」
「はい、ごとぅーです」
「そっか、ごっちんと被っちゃうもんね」
知っていてくれたと感激に目を輝かせるごとぅーに、吉澤は少し困った顔をして、ベッドに倒れこんだ。一度大きく息を吐き、体を起こして三人に言う。わたし来たから部屋戻るとかやめてね、今日は帰さないから。
- 38 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:20 ID:h1nPC.JY
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恵里菜はまだボーっとしている。同じユニットとはいえ、レコーディングは別だったし、PV撮影やライブのリハーサルでも話す機会はほとんどなかった。それはムッチぃも同じだったらしく、固まっている。エッグに入ったときからガッタスに参加しているが、吉澤と一緒になることはなかったようだ。
なにしてたの? 吉澤が是永に聞いた。
「特になにも、普通に話してただけです」
ふーん、どんな話? 興味があるのか、吉澤がさらに聞く。
「ご飯に行かなかったとか、最終日になんかやるって──」
「あ、それ!」
吉澤は是永の話を遮り、あぐらをかいて身を乗り出した。ずっと聞こう聞こう思っててさ、会社の人とかいるから聞けなかったんだけど。
「なに、エッグでなんかすんの?」
誰から聞いたんですか、とは聞けなかった。恵里菜は本当のことを話したら怒られるんじゃないかと怖くなり、下を向いてしまう。だが、ごとぅーが普通に話した。
「なにかするっていうより、ただ、わたし達恋愛しませんって、言うだけ。です」
それでも緊張していたのか、早口で、何度か声を詰まらせた。
「いつ?」
「たぶん、最後の日です」
「大丈夫かよ?」
「どう思います?」
「当日なんかすんのは大丈夫だろうけど、そこからは知らない」
「よかったです。大丈夫じゃないと思ってました」
恵里菜は、吉澤と普通に話せているごとぅーを見て、すごいなと思った。もっとくだらないことでも、こんなに上手に話せない。
「なんとなく感じてるだろうけど、そういうのに対処できる人、いないからね。何人くらいでやんの?」
「ポッシボーと、℃-uteと、この二人と、あとエッグちょっとです」
「℃-uteも!?」
吉澤は大袈裟に驚き、遠くを見るように呟いた。梅ちゃん彼氏いないのかなあ、いないのも嫌な感じだけどな、いてもつまんないし。
話を聞くだけだった是永が、吉澤と同じようなテンションで呟いた。おもしろいと思うけど、やった後どうなるのかなあ。
「どうだろうねー、何人かでちょっと言っても、なに媚びてんだよ、くらいにしか思われないんじゃない?」
「ファンの人にはですか?」と是永が聞いた。
「ああ、うん。そう。まあ、会社はなんも言えないでしょ、こんな状況だし」
「そういうもんですかね」
「あー、でも、まあ、どうだろうなあ。なんかあるかもね」
やっぱりか、と恵里菜は暗くなる。他の二人の反応を見る余裕はなかった。
「Berryzは? 入れりゃいいじゃん。あれ入れたら会社の人、文句言えないよ。見た? ちょっと前に出てた決算」
「すごかったんですか?」
「やべえよ、あいつら。グッズなのかな。娘。より上だった」
「へー、知らなかった」
「あー、でもそうか、べつにあいつらって恋愛がどうのとか関係なさそうだよな」
吉澤の話に、恵里菜は夢をひとつ剥がされたような気になった。
「わたしはそういうの、おもしろいからいいと思うんだけどさー、自信がないならやめたほうがいいんじゃない? 中途半端にやると、誰にもなにも伝わらないだろうから。それ、一番最悪だし。まあ、わたしにちょっと言われたくらいでそんな情けない顔になるくらいなら、どうせやってもうまくいかないと思うよ」
- 39 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:22 ID:h1nPC.JY
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- 40 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:22 ID:h1nPC.JY
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- 41 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
- このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。
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