01 突然
- 1 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:05 ID:4wOldUvA
-
01 突然
- 2 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:06 ID:4wOldUvA
- 「どうでもよくなっちゃったんだよね、ジッサイ」
藤本は面倒臭そうにその言葉を吐き出した。
誰かが問いただしただとか、そんな感情の衝突の場面ではなかった。
そういうことはもうずっと、なくなっていた。
「前からおかしいと思ってたし、じゃあいいやって」
無責任だ、と責任のあるメンバーは考えただろうし、そうでない年少組も勝手だな、と思ったに違いない。
だけど、それはその場の空気に漂っただけ。
一人として直接彼女にぶつける者はなかった。
無責任。勝手。移動用のバスの中、直前までの会社側との話し合いの決裂後。
みんなを待たせて最後に乗り込んだ、そんな時にこんなことを言う、無責任、勝手。
それなのに一切の咎めだてをしない無責任、勝手。
どうでもよくなっちゃったんだよね、と藤本は言った。どうでもよくなっちゃったんだよね。
その、どうでもよくなってしまう瞬間に、その中の誰も、覚えがあった。
正式発表まで、あと数日。
- 3 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:07 ID:4wOldUvA
-
***
- 4 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:07 ID:4wOldUvA
- 「そっらぁを自由にぃ〜飛びたいなぁ」
「ねえ、亀ちょっと」
「あー、ダメだなぁ、ガキさんはー」
「ダメ? 何が?」
「そこは『ねえ、亀ちょっと』じゃなくて、『はい、タケコプター!』じゃないですか」
「じゃないですか、じゃないー!」
新垣の言葉が聞こえているのかいないのか、亀井は笑顔でドラえもんのテーマの先を続ける。
奇妙なリズムで身体を横に振るので、転びそうになりながら、それをやめない。
「とってもだ〜い好き」
トントン。足で二拍、休符を刻んで。
「ドラえ〜もん」
こんな光景を見たことあるな、と新垣はうっすら考える。
なつかしい感じがしたので、きっと結構前のこと。
それも、この感覚は娘。に関係がある。
あたしはきっとそれを目の前で見たはずで、あ、もしかしたら亀にも関係あるかも――。
- 5 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:08 ID:4wOldUvA
- 「ああ、そうだ!」
ようやく思い出して手を叩く。
「え? 何が?」
「亀、前にもこんなことしてたよね」
「亀、前にもこんなことしてましたか?」
「くり返さなーい」思わず笑ってから、新垣は。「ほらぁ、ハロモニで。亀たちがまだ入りたての頃、
コロ助の真似してうたってたじゃない」
「ああ、あれですか。ありましたね……」
「はじめてのチュウ。別にあの歌はコロ助うたってないよってつっこまれてさー」
「いや、もうその話はやめてください」
「なんでよー。モノマネになってないーって言われてたじゃないの」
「あの時とは、違うんです」
語調の妙な強さが、ふざけてるみたいにも真剣なようにも聞こえて、新垣は思わず黙り込んだ。
だけど、なんとなく。すぐに、黙り込むのが一番いけないことの気がしてきて、慌てて言葉を探すことになった。
- 6 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:08 ID:4wOldUvA
- 「どう違うっていうのよー」
そのわりに見つけたのは至って平凡なものだった。
亀井はそれには答えず、やっぱり聞こえてるのかわからない笑顔でドラえもんのテーマを先に進めた。
正面に戻した彼女の視界の上半分は、ほとんどが青で、時々白のはずだ。
休日出不精の亀井が、新垣のオフに付き合うと言い出したのは突然のことだった。
それも一日だけ一緒に行動するということでなく、これから当分よろしくお願いしますと電話口で頭を下げられた。ようだ。
本人から実況中継されたその状況を信じるのなら。
そして、注文はそれだけではなかった。
勝手についてくると言い出したのに、勝手にメニューまで決められていたのである。
「えー」と不満の声を上げると、「はいそこ、ウダウダ言わない!」と上から目線で怒られた。
このようにして新垣は、休みの度に亀井を「いいビル」へ連れて行かなくてはならなくなったのだった。
- 7 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:09 ID:4wOldUvA
- 「ここもなかなかだねえ」
亀井はフェンスからぎりぎりまで身体をのり出して満足気に言った。
「それでどう、決めたの? ここに」
うーん、と亀井は猫がするようにゴロンと身体を反転させた。
顔は仰向けに近い角度になり、太陽が眩しそうだった。
「ちょっと……違う、のかな」
新垣はため息をついた。まだこんなことを続けなきゃいけないというバカらしさと、
ここですだなんて断定されなくてよかったという気持ち。それが混ぜこぜになった。
亀井が探しているのは、飛び降りるための場所なのだ。
少なくとも、現実的にはそういうことになる。
「アンタ、本気でこんなこと続けるつもり?」
「続けますよぉ。だって、なんかしなきゃいけないっていうか、したくてしょうがないんです。
まあ、ガキさんにはちょっとわかんないかなあ」
「ムッカー」
「イライラー」
「カッチーン」
「ピキピキー」
- 8 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:09 ID:4wOldUvA
- 屋上に出られるビルはこのご時世、限られている。
とりあえず横浜の「いいビル」を二人は確認して回っているのだ。
最初は危険な考えを止めようとした新垣も、今や惰性の力によってずるずると引きずられながら連れ回している。
そんな不思議な関係なのだ。
「亀、本当に飛び降りるつもりじゃないんでしょうね」
「だ・か・らぁ、何度も言ってるように、飛び降りるんじゃなくて、飛ぶんです。
空をワーって。ドゥ・ユウ・アンダースタン?」
「だって、飛んだら落ちちゃうじゃない。人間には羽根がないんだから」
「飛べる瞬間と場所があるんです。そんな気がするんです。それに、本当は、決断するのはガキさんなんですよ。
亀が迷ってる時、ガキさんが決めてくれないでどうするんですか! それを待ってるんじゃないですかあ!」
「……本当、そんなのに付き合わされてるこっちの身にもなってよね」
つい、新垣が本気で愚痴っぽくなると、それでもやっぱり亀井は、どこまで真意かつかめないお礼を言った。
ありがたいねえ。
- 9 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:10 ID:4wOldUvA
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- 10 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:10 ID:4wOldUvA
- 「必要なのは、白を赤くすること」
楽屋で新リーダーは、道重を相手にそう断言した。
「もうちょっとそれ、具体的になったりしませんか」
道重が混ぜっ返すように口にすると、高橋は手に持ったトランプを見つめながら、重々しくうなった。
遠視の人がするようにカードを顔から離してみたり、首を捻って角度を変えてみたり。
そんなこんなを終えて、静かに道重に向き直った。
「そんだけ、かな」
「え、それだけなんですか? 今、あれだけ色々やったのに」
「うん。なんにも、全然見えんかった」
「あの、非常に言いにくいんですけど」道重の瞳が輝く。「これって役に立ちませんよね」
慇懃無礼な言葉を選ぶ道重に、普通の人は笑ってしまう。
子供だったり、動物だったり、感情だけで行動しない人だったら、大抵。
しかしながら道重の目の前にいるその人物は、自分が安心してしゃべることのできる相手だと、感情で物を言う人間だった。
- 11 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:11 ID:4wOldUvA
- 「なんで?」
「え?」
「なんで役に立たんの?」
「それは……」
困ったことになったな、と道重は思う。どうしてあたしは、いきなりこんな窮地に立たされてるんだろう。
最近突然占いに凝りだした愛ちゃんが、なんでもいいから占ってあげると言い出して、
それで「これからのモーニング娘。」と答えただけのはずなのに。
「そ、そういえば高橋さん」
「ん?」
「これって、なんだかめずらしい占いですよね。なんかの本で見たんですか」
「ああ、これ」
高橋はテーブルに置かれたトランプの束を手にとって二、三度切った。
本当に見たことも聞いたこともない方法だった。
トランプ占い自体はこれ以上ないくらいありふれたものだけれど、
途中、トランプに話しかけたり弾く音に耳をそばだてたりする占いを、道重は初めて見た。
それどころか、そういえば道重はカードを選んでない。高橋が勝手に納得して、勝手に決めてしまった。
ああでも選択権がないのは、タロット占いがそんな感じだったかも、などと道重が考えた時。
- 12 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:11 ID:4wOldUvA
- 「オリジナル」
耳を疑う言葉が飛び込んできた。
「はい?」
「いろんな占い、いいところだけ混ぜてみた」
いいところがどこか、素人が判断できるものなの? 道重だけでなく、メンバー全員が思ったという。
そういえば、人形に話しかける、壷の割れる音で未来を予測する、なんてインチキ臭い易者をテレビで、
誰しも一度は目にしたことがある。
「で、なんで?」
絶句していると、高橋は無邪気なほどの無表情で道重を見つめた。
「え?」
「なんで役に立たんの?」
ゴマかせてなかった。道重はまたこの混沌問答に引き戻されたのだと悟った。
「白を赤くする、でしたっけ」
「それが必要なの。だからさゆ、そうすればええ」
「そういえばさゆみ」苦し紛れに道重は笑う。「日焼けするとすぐ赤くなっちゃってダメなんですよね。
でもさゆみ肌白いから、日焼けするべき、とか?」
- 13 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:12 ID:4wOldUvA
- 高橋が目を丸くした。まあこういう空気になりますよね、と道重はヤケクソ気味だった。
でもだったら、とも思う。どうしたらいいっていうの。
そんな気分で乾いた時間を沈黙していると、高橋はおもむろに口を開いた。
「さゆって時々、鋭いこと言うで」
よりによって、今のが? と道重は思ったけれど、でもなんだか嬉しくなった。
相性こそもしかしたらよくないんじゃないかと最近感じるものの、別に元々、嫌いな先輩ではないのだ。
むしろ、それどころか。
新しくコンビになったラジオ番組、と道重は高橋の腕に絡みつきながら願う。
こうなった以上このままの形で、できるだけ長く続きますように。
- 14 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:12 ID:4wOldUvA
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- 15 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:12 ID:4wOldUvA
- 「雨女がいるから、世界は潤滑に回る」
田中は車から降りる時、霧雨の空を一瞥して、白い歯をみせた。
「バーイ、レイナタナカ」
受け取ったビニール傘をくるくる回し、ヒョーと奇声を上げた。その横で。
「ねえ、ガキさん。れいながおかしなこと言ってるよ」
「うんそうだね。田中っち少し熱でもあるのかな」
「はい、そこ!」と、田中は言いたい放題の二人を指差す。「れいながせっかく格言を産んだのに、
水ささんでくれるとー」
「水ならずっとさしてるよー、ほらぁ」
亀井が口を半開きの表情で空を見上げると。
「ええー、亀、それサムーい」
新垣がきちんと蓋をする。
- 16 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:13 ID:4wOldUvA
- 雨女で雨嫌い。あってもおかしくないけど、何故かわがままな印象を残すそんな性質を、田中は備えていた。
だから、雨に対して不平の一つくらいは持ち分として許されているのだけど、今日の田中は違った。
不平の代わりに、本人の言葉を信用するなら、格言をこぼしたのである。
駅前での撮影。ロケは大抵ここからスタートする。
いつものように久住と光井を除いた全員が動物の耳と尻尾を身につけ、散策ポイントを発表する。
その手順を踏みながらも、田中はずっとはしゃいでいた。
ここ最近突然明るくなった田中には、嫌いなはずの雨も気持ちを湿らすことができないみたいだった。
- 17 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:13 ID:4wOldUvA
- 「スタンスを見つけたんです」と、田中は言った。「日陰が急に日向に変わるみたいに、
いきなりいろんなことがはっきりとわかったんです」
誰に言ってるのか定かじゃなかった。会話相手は亀井と新垣しかいなくて、
丁寧語だから新垣に話しかけてるようでもあったけど、そうじゃないようでもあった。
誰の耳にも障らないように加工された言葉を、ただ投げてる。
自分の内面に向けて、とかそういうのとも違って。
そんなふうにも映るつぶやきだった。視線は傘から滴り落ちる、雨粒。
「変なの」と亀井が笑った。「雨降ってるのに日向? 何それ」
「天気雨ってこともあるけん」
「ああー……なるほど。れいな頭いいね。あれ、クイズ? これ」
ふふんと田中が鼻を鳴らす。「頭いい」という言葉に気をよくしたらしい。
「クイズみたいなもんっちゃね。もう、わかる時はわかるけど、わからん時はいくら考えてもわからん」
「だけどさぁ、わからない時って苦しくない?」
「苦しー! ね、我慢できん時あるもん、あれ」
- 18 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:14 ID:4wOldUvA
- 二人の会話を傍らで聞きながら、新垣は「やっぱり」と思う。やっぱり、田中っちは明るくなった。
足をバタつかせながら亀井に同意するそんな姿も、近頃はずっとみなくなっていた。
ただ、乱暴にそれをやるので、はねた水が衣装にかかりそうなのでそれはやめてほしいとも、
こちらはかなり切実かつ緊急を要する感じで思った。
「あまりに苦しくて、結局、もういいやってならん?」
そんな田中の共感を求める投げかけに、亀井はカクカクと、カクカクカクカクと何度もうなずく。
「なるなるなるー! 面倒臭くなるんだよねー。で、テキトーなことを言う、と」
「……それは絵里だけっちゃけどね」
- 19 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:14 ID:4wOldUvA
- なんだよもーねーガーキさぁん。
亀井は言葉を挟まない新垣に、田中の悪意を告げ口するふうを装って、甘えた声をかけてきた。
うん、亀が悪い。時代劇よろしくはっきり断罪すると、亀井は口唇を尖らしてスネ、
田中はやーいやーいと乱暴に傘を上下に揺らした。
水滴が辺りに舞う。新垣はかなり切実かつ緊急を要する感じで思う。
「でも、そこで黙り込む奴は」田中は言った。「まあ、引っ叩いてやればええんやけどね」
副リーダーとしてとか、まだそんな意識はないけれど、新垣は注意するべきか迷った。
復活した田中っちは、少しばかり乱暴であるみたいだ。
- 20 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:14 ID:4wOldUvA
-
***
- 21 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:15 ID:4wOldUvA
- 「それで、どうだった?」
久住が楽屋に入ってくるなり尋ねたのは新垣で、楽屋に入ってくるなり新垣に尋ねられたのが久住だった。
一瞬目を丸くするけど、すぐにそこに光が戻る。
「楽しかったですよ、すぅんごく!」
「楽しみすぎです!」
そう言ったのは、久住に続いて入ってきた光井だった。
「関係者席であんなにはしゃぎ回ってたの、久住さんだけやったじゃないですかぁ。
アレですよ。久住さん、椅子の上に立ち上がったり、勝手に窓開けてそこからタオル振ったり、大変だったんですよぉ」
「だって楽しかったんだもん」
「うーん、楽しかったは楽しかったですねえ、確かに」
「だったら、楽しーい! って騒げばいいんだよ、ミッツィも」
「いえ、あたしは目立たないように大人しくしてます」
「つまんないのー」
- 22 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:15 ID:4wOldUvA
- そうじゃなくて。新垣はのどまで出かかって、なんとか引っ込めることに成功した。
あれ以来、藤本とは会っていない。確認し合ったわけではないけどたぶん、みんなそうだった。
それどころかメールが送られてくることもなく、なのにこちらから送るのもおかしな気がするので、
結局のところ、脱退を境にぷっつりと関係が途絶えてしまった。
「コンサート終わったあととか、どうだった」
本質をハズして、相手を本質に誘導する。唾液が苦くなった。
少しばかり大人のズルさを認めながら、新垣は尋ねた。
「ああ、控え室に行ったら、ギューってしてくれました、藤本さん」
久住の目はキラキラと輝いている。それはそれは嬉しい出来事だったに違いない。
光井も光井で、これには興奮を隠さない。
「松浦さんも話しかけてくれてぇ、『よく来たね』って言ってくれたんですぅ」
- 23 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:15 ID:4wOldUvA
- ああ、この娘らからは、情報めいたものなんて引き出せない。
新垣は未練を少々強引に断ち切るように判断した。
少なからず、嫌気がさしていた。
指示したわけではないけれど、純粋な気持ちでGAMコンへ行ける二人に、探りを入れること。
らしくないことはするべきじゃなかったと後悔した。
「ああ、でも、藤本さんなんか、おかしなこと言ってたなあ」
久住は手を顎のあたりに当て、黒目だけを天井へ向けた。何かを思い出してる時の表情だ。
「抱きしめてくれてる時、『お前、思いっ切りタオル振ってただろ。見えたよ』とか、
そういう普通のことも言ってたけど、『違うみたいだね』って」
「違うみたい?」
思わず新垣が身を乗り出すと、久住は喰いついてくれたのが嬉しいみたいで、
「はぁい!」と、今度は完璧な笑顔で言った。
- 24 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:16 ID:4wOldUvA
- 「あたしが『違くないですよ、小春、タオル振ってました』って答えたら、『いや、そうじゃなくて』って。
『そうじゃなくて、最近何かを待ってる気がするんだよね。それが小春たちかと思ったんだけど、違うみたい』って」
「それはミステリアスな発言ですねえ」
光井が、きっと彼女にとっては真剣に重々しく、
でも他人からみるとニヤニヤしたいい加減な感じでうなった。
「だから、言ってやったんです。違います、藤本さんが待っていたのは小春です。
だからこうして来てあげたんじゃないですか! って」
「そうしたら?」
新垣の問いに、久住は。
「ありがとうって言ってました。笑いながら。どういたしましてって返したら、調子乗りすぎ、って」
- 25 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:16 ID:4wOldUvA
- 「あの、立て込んでる時にほんっとぅ! に申し上げにくいのですが、時間みたいですよ?」
声をかけてきたのは亀井だった。
タイミングからして、キリのいいところまで待っていた気配があった。
もしかしたらずっと、亀井もこの会話を聞いていたのかもしれない。
新垣は慌てて時計に視線を移し、予想以上に時間が経っていたことを知る。
なんにでも余裕がないと嫌なタイプ、というより余裕がないとパニックになるタイプである新垣の準備の様子は、
まるでVHSを早送りしたみたいだったと、のちにKメンバーは語る。
- 26 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:16 ID:4wOldUvA
-
***
- 27 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:17 ID:4wOldUvA
- 「でも、めずらしい……ね! こん、な段差があ、るなん……て!」
腰ぐらいの高さだったけれど、それでも運動の苦手な道重は身体に力を込める度に呼吸が止まるので、
アクセントの強弱がおかしなことになった。
だけど、局の人が用意してくれた五段くらいの、持ち運び可能な階段をあえて使わなかったのも、また彼女だ。
亀井や久住なんかも、アスレチック気分になったのか、それに続いた。
「お客さん入れる時には、たまにあったりするけどなー」
高橋は道重に返事をしたというより、独り言みたいにつぶやいた。
ドシドシと地盤を確かめるように脚を動かす。
新曲披露用に作られたステージ。
歌番組のセットでこんなにしっかりしたものを組み立てられたのは、久しぶりだった。
- 28 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:17 ID:4wOldUvA
- 「ああ、そういえば」今思い出したみたいに新垣は口にする。「この体制になって初めての新曲だね」
言い出せば、抜けた誰かのことを考えずにはいられない。
緊迫するかと思った空気は、新垣の予想と違って、苦笑に近いものに包まれたものになった。
我慢ゲームの敗北、NGワードの放言、タブーへの接触。
そのどれにも共通した、「あーあ、やっちゃったよ」という自嘲めいたため息混じりの笑いだった。
「なんだかウチら、あれからおかしいよね」
新垣はひるまない。今、言う必要がある気がした。
「なんか、普通のふりしてるけど、普通は普通なんだけど、ちょっと変だよね」
そうなのだ。普通の底に、生ぬるい倦怠のようなものが漂っている。それがここ最近のおかしさだった。
何か忘れ物をして、それがなんだったかも忘れてしまったような。
でも、絶対に忘れてはいけないことだったような。
「……ねえ、あたしたちってさあ」
さらに言を重ねようとした新垣の思いは、時間に断ち切られる。
収録を滞らせるわけにはいかないのだ。
- 29 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:17 ID:4wOldUvA
- うたい出して、少しした時だった。
ああ、と新垣は思った。こんなことってあるのかな。
その顔を見た途端、いくつものピースが頭の中ではまって、ついには奇妙な完成図を描く。
今日、GAMもこの局で歌の収録をしていることは知っていた。
だけど、会うことはないと思っていた。
スタジオは離れているし、どちらかがもう一方にわざわざ時間を見つけて会おうとしない限りは。
だったらそれはとっくにあり得ないことになっていたし、それならそれはそういうことなのだ。
そういうことなのに、藤本は自ら、このスタジオまで足を運んだ。
- 30 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 00:18 ID:4wOldUvA
- 歌が終わってカットがかかり、新垣はメンバーの顔を一人一人見つめる。
根拠がないし、代わりに無理が山ほどある。
だけど一度くらい、こんなことがあってもいいじゃないか。
こんなふうにみんなで、ちょっとずつ地球をあるべき方向に回したって、誰にも文句を言われないんじゃないか。
新垣の視線が最後の一人、亀井に向く。
亀井も同じことに気づいてる様子でありながら、明らかに狼狽していた。
目が泳いでいる。本当にわかりやすい。予想通りのことながら、新垣はおかしくなった。
その泳いだ目が岸にたどりつくように、自分へとゆっくり定まる。その瞬間。
「今だ亀! 飛べぇ!」
- 31 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 18:25 ID:4wOldUvA
- 新垣の声に亀井の顔から迷いが消え、こくんとうなずいた。
そのまま踵を返すと、亀井は飛んだ。
何かに突き動かされるように、自らを突き動かすように。
その両方が混じり合っているようにとにかく、ステージ上から迷いのかけらもなく、亀井は飛んだ。
着地の先には藤本がいて、亀井はぺこりと頭を下げる。そして、振りかぶる。
「藤本さん、失礼します!」
藤本の顔に優しい笑みが浮かんだ。
そこにパシィときれいな音が響くのは約一秒後。
そこにもみじがきれいに咲くのは、ジワジワと、きっと何分もしてから。
- 32 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 18:25 ID:4wOldUvA
-
END
- 33 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 18:25 ID:4wOldUvA
-
- 34 名前:01 突然 投稿日:2007/06/30(土) 18:26 ID:4wOldUvA
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