22 時間は娘。を裏切らない
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 23:57 ID:L11RnADc
- 22 時間は娘。を裏切らない
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 23:57 ID:L11RnADc
- 「ねえどうして時は流れていくの」
斜め前でよっちゃんの頭にもたれ掛かる小春の頭を薄目でぼんやりと眺めていた美貴にいきなり降って湧いた哲学的問いかけ。
んにゃあ、と寝ぼけ眼を擦った美貴の前には無邪気に真白い頬を膨らませたさゆがいた。
「そんなの、流れなかったら時計屋さんが困るじゃん」
美貴はぼうっとした頭でいいかげんな答えをする。
どうせさゆだってまともな答えが来るとは思っていないはず、そう思って適当に混ぜっ返して遊ぼうと思った、のだけれど。
「でも時計屋さんが困ってもさゆは困らない。あ〜あ時が止まればいいのになあ」
そう言ってさゆは心底残念そうに息を吐いた。
美貴はさゆの顔をしげしげと見つめる。
秋ツアー千秋楽終了後の帰路の途中。
知っている人は知ってるし、知らない人はまだ知らない。
美貴はさゆがこうしていつもよりメルヘン発言をしていることで、もう知っているのかなと思って、
「聞いたの?」とだけ聞いた。
「んーまあ」
「そっか」
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 23:58 ID:L11RnADc
- じゃあちょっとばかりポエマーでもセンチメンタルでもしょうがないかな、と美貴は思った。
かく言う美貴だって一応それなりに思うところがある。というわけで今日はよっちゃんの隣にいなかったりする。
「でもひどいですよね、急にそういうこと言うなんて」
「まっ、急じゃなくてもひどいんだけどな」
「まあ確かにじわじわと言われるのも嫌ですけどね、でもやっぱり急に言われるのはショックですよぉ」
「まーしょうがないよなあやっぱ」
「えー、さゆはそう思いませんよぉ」
さゆの目に宿る闘争心を見て美貴はおやおやと思った。
どちらかと言えばクールというか周りを窺うため、割と感情的にならないタイプだと見ていたのだ。
それが、まるで我が事のように興奮して肩を怒らせて頬を膨らませている。
そんなさゆにちょっと嬉しくなってしまった美貴が柄にもないことを口走ろうとした矢先、
「言うに事欠いて、『さゆー今日は化粧の乗りが悪いんじゃない?』なんて言ったんだよ、あんの絵里ったら」
「はぁ?!」
二人の間にはマリアナ海溝よりも深い隔たりが存在していた、らしい。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 23:58 ID:L11RnADc
- 「でもねでもね、さゆもちょーっとは気づいてるの。今はまだぴちぴちで超キューティで嫌になるくらいピンクが似合っても、いつかいつかそうじゃなくなる日が来るって。それは時が流れ続ける以上抗えない運命。覆せない宿命。ああどうしてどうしてわたしはこんなにカワイイのに神様はわたしに意地悪をするの?」
「はぁ」
「ていうか大体さゆそんなに化粧なんかしてないし。アイプチもしてないし。口紅なんか塗らなくてもつやつやぶるんだし。絵里のバカアフォちんどんや。お前の母ちゃんスーさんっ!」
しばらくこめかみを押さえたままだった美貴は、数回深呼吸をして気持ちを落ち着けようとした。
仕方無い、さゆという人間はやっぱりこういう奴なのだ。
努めて冷静になろうとした美貴は、話を早くすべく要点をずばり切り出すことにした。
「じゃあさゆは時を止めたいんだ」
「そうよ、さっきからそう言ってるじゃない。だって時が止まればカワイイわたしはずっとカワイイわたしで、未来永劫カワイイさゆでいっつになったってピンクがお似合いの最強無敵の女の子でいられるんだから」
「ピンクピンク言ってると梨華ちゃんみたいになるよ」
「ならないもん。びゆうでんでんででんでんとかないもん。さゆはさゆだもん。他のピンクはみんなパクリだもん」
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 23:58 ID:L11RnADc
- すっかり駄々っ子になってしまったさゆを見て美貴はやれやれと息をついた。
「あーわかったわかったよ、その願い、叶えよう」
「えーっ、マジマジ本当? 実は藤本さんって本当にヘケティさんだったの?」
「ヘケティ言うなよ。それに別に魂くれなんて言わないしさ」
「じゃあ、ハイこれ。猫のタマ、シーッ」
「いやこれタマじゃないし、れいなだし」
完全に別世界をまどろんでいるれいなはさゆに突かれてむにゃむにゃとむずかっていた。
それをよそに美貴は目を瞑り両手をひらひらと複雑な振りを行っていく。
さゆは興味津々の表情で美貴の一挙手一投足を見守っている。
美貴のてのひらは幾何学的な紋様を次々と模り、それに呼応するように朗々と呪文を詠唱していく。
長々と耳障りな歯擦音が続き、得体の知れないうねりとともに
美貴は一つの高まりの中で、やおら目を開けた裂帛の気合を入れ、
そして、時が止まった。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 23:58 ID:L11RnADc
- 得意げな顔で目を見開いた美貴がそのままのポーズで固まっている。
それを見ているさゆは半開きの口のままやっぱりぴたっと固まっている。
長い間静止するにはちょっと間抜けなポーズである。
さゆはそのことを頭のどこかで認識した。
さゆは常に可愛くなくてはいけない。
これはさゆの存在意義の全てであり、何にも勝る第一級の優先事項である。
したがって、さゆは口を閉じて澄ました表情を取り戻そうとした。
が、しかし口は依然として開いたままである。
ワーニンワーニン。
さゆ存在の絶対的な危機である。
さゆは焦った。
一刻も早く完全なる可愛さを取り戻さなくては。
しかし早いも遅いも無いのであった。だって時は止まっているのだから。
あれあれ、そういえば光だって進むのに時を必要とするのでは?
ああ無情、視界もフェードアウト。
どこまでも続く闇の中、さゆの頭には己の迂闊のポーズに対する後悔がぐるぐると渦巻き続けていった。
そうして永劫にも思える無の時間が過ぎた。
いや、過ぎたというのはとてもおかしい。
だって時は止まっていたのだから。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 23:58 ID:L11RnADc
- 「いやあのあの美貴ちゃん、これって何の意味も無いのですけれどもども」
「美貴ちゃん言うな。だってさゆは時を止めてって言ったじゃん。時が止まるっていうのはああいうことだよ」
「そんなの意味が無い無い無さ過ぎですよぉーもう。時が止まるって言うのはさゆの体の成長が止まって今の美貌が永遠になって、世界はそれを崇めるとかそういうのを言ってるんですよぉ」
「何か体の成長を止めるだけだったら女性ホルモンをしこたま打ったりすると止まるらしいよ。後は足縛ったりとか」
「そういう危ない系のはノーサンキューです。ほらほらもうお願いしまっすよミキティー」
「ミキティ言うなよ」
「だからあ、さゆが言ってる時が止まるってのは、未来がずっとこなくてずっとずっと今日が続くみたいな感じで」
「ん、そんなの普通じゃん。いつだって今日だし明日になったってそれは今日だし、常に今は今で未来は未来。今が未来になったりはしないじゃん」
「ああもうそんな屁理屈はどっかに捨てちゃってください! さゆが言ってるのは、今日12月3日が明日になっても12月3日で来週になっても12月3日で、来月になったってそうで、そんな風に同じ日がずうっと繰り返すみたいな感じなのを言ってるんですっ」
「あーなるほど。そういうループ系がいいんだ」
「そうですよもう。ほらほらちゃっちゃと叶えちゃってくださいな」
「別にいいけど……お前慣れ慣れしいのな」
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 23:58 ID:L11RnADc
- そしてさゆの記憶どおりの12月3日が再現される。
記憶どおりに?
そのとおり、朝7時の起床からはじまったその日はこんな按配であった。
その後バスルームで転倒、後頭部を強打する。
リハーサルで一箇所とちってリーダに注意される。小春がにやにやと笑っている。
昼ごはんでれいなにおかずを強奪される。やっぱり小春が歯を出して笑っている。
その後小春に愛のうめぼしアタックをかまして、泣きそうになった小春を愛ちゃんがサバ折りして、完全に泣かした後でガキさんに説教されること三十分。
そんなさゆの一日がさゆの記憶に寸分違わず繰り広げられていた。
もちろんさゆの思考の一部はそのことを既に体験したことと知っている。
が、しかし記憶と違う行動を取ることができない。
脳の命令を体が無視しているようでもあり、もしくは脳が分裂してもう一人の自分が体を勝手に動かしているようでもあった。
何事もままならぬままツアーが終了。
さゆはぼうっとしているように見える美貴に向かって話を切り出していく。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 23:58 ID:L11RnADc
- 「ねえどうして時は流れていくの」
なんだかかんだら。
時の停止、再開。
そしてさゆの記憶どおりの12月3日が再現される。
いろいろあって、
「ねえどうして時は流れていくの」
なんだかかんだら。
時の停止、再開。
そしてさゆの記憶どおりの12月3日が再現される。
いろいろあって、
そしてさゆの記憶どおりの12月3日が再現される。
いろいろあって、
そしてさゆの(以下略)
そんなこんなでさゆの脳の一部がピンクのテリーヌと化した時、ようやくその輪廻が終了した。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 23:58 ID:L11RnADc
- 「みーきーちゃああああんー!」
「だってさゆが同じ日を繰り返すのがいいって言ったじゃん」
「それはそうですけど、こんなのつまらな過ぎて脳みそウニになっちゃいますよ。耳はタコですよ。頭にはイカの被り物でも被ればいいのですよ。カニですか? エビですか? 今ならもれなくこんこんだって付いてきて大変お得となっておりますよ?」
「あははー随分脳みそやられちゃってるねえ」
「もーさゆがバカになっちゃったらどうするつもりなんですか!」
「うはははごめんごめん、今回のはちょっとわざとだった」
「じゃあさゆが言わなくても、とどのつまりどうしたいかわかってくれる?」
「まああれだろ、毎日繰り返すけど同じ日じゃなくて違う可能性の日がどんどん来ればいいんだろ」」
「そうそう、それでもちろん自分の意思で行動できて」
「で、一日ごとに自分たちの記憶以外は全部リセットされる、と」
「もう、美貴ちゃんわかってるじゃん! そんなのがサイコーだよ」
「あーそんでさ、他のメンバーはどうしよっか」
「そっちの記憶は毎日消すようにしちゃお」
「ん、そりゃまた何で?」
「だって秘密を知ってるのは少ない方が楽しいじゃない」
そうやってさゆはいたずらを企む子供の天使のように微笑んだ。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 23:58 ID:L11RnADc
- そうして美貴とさゆは止まらないしゃっくりのような日々を過ごし始めた。
毎日毎日ツアーの千秋楽を向かえ、その度にちょっとずつ違う体験をした。
一回では失敗してしまったりうまくいかなかったことも、何度も繰り返すうちに上達し、また色々な発見があった。
「ねえそろそろ休みがあってもいいんじゃないかなあ。もう一ヶ月もぶっ続けで働いているような気がするし」
「そう言われてみればそうだね。よく考えたら美貴達毎日仕事しっぱなしだよ」
実際問題ループの回数としても30回はゆうに超えていた。
二人は真面目に日数をカウントしていなかったのでそれに気づかなかったのだ。
「ねえねえ美貴ちゃん。明日さぼっちゃおうよ」
「でも明日もツアーだって。休んじゃだめだよ」
「えーでもだったらいつになったら休めるの? 明日? 明後日? でもずっとツアーあるし……あのさ、どうせさぼってもまた次の日があるんだし、そもそも他の人にとってはうちらがさぼったことなんてその日しか関係ないんだから全然大丈夫なんじゃないかなあ」「うーんそれもそっか。さゆって結構悪賢いのな」
「どうもこうもないっすよミキティ」
「あー、そんじゃさぼろっか」
「そうこなくっちゃ」
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 23:59 ID:L11RnADc
- ああそしてなんて素晴らしき日々!
日常というくびきからついに解き放たれてしまった二人は思いつく限りの悪行を尽くした。
ヒッチハイクで日本を縦断した。
どっちが多くの男を引っ掛けられるか勝負した。
さゆがカラオケで100点とれるまで特訓した。
どれもこれもが行き当たりばったりで出たとこ勝負の大博打だった。
いくら念入りに準備をしたところで、一日でできることには限りがある。
ならばその一日を思う存分に堪能するためには計画ではなく行動が大事だ。
時には他のメンバーも誑かして一緒に遊びにいったり、たまには一人で家にこもってゲームしたり、ありとあらゆる行動パターンを試していった。その結果どれ一つとして同じ日は巡ってこなかった。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 23:59 ID:L11RnADc
- たまに真面目にライブに参加しても、突然火を噴いたりリンボーダンスを始めたりした。
ロックスターよろしく客席にダイブして死ぬほど後悔した。
メロディーズの百倍以上猥雑なキス写真を二人で撮ってありとあらゆるメディアに送りつけた。
あらゆる可能性、あらゆる思い付きを片っ端から試した。
風呂桶でプリンを作った。
名古屋城から滑走して鳥人間になった。
運命的な出会いも大恋愛も約束のキスも永遠の誓いもした。
そうしておそらく一万年ほどの時間が流れた。
もちろんこれだって二人の主観の時間だから本当のところは誰にもわからない。
とにかくクロノスが仕事を忘れ果て、おじいさんの古時計が数え切れないくらいおしゃかになるくらいの時間が過ぎた。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 23:59 ID:L11RnADc
- 「ねえ美貴三盆」
「なんだいさゆプラナリア」
奇妙なあだ名も繰り返す日々を彩るための二人のほんの小さな努力だった。
しかしながら、二人の目はぐるぐると淀み光彩の無いガラス玉のような色合いになってしまっていた。
「何かつまんないよ、もう」
「さすがに美貴ももうお腹いっぱいかなあ」
「だってさ、一日じゃいくら頑張ってもお姫様にもなれないし、白馬の騎士はやって来ないし、石油も掘り当てられやしないし」
「お前さあいくら簡単に儲けたいからって重ピンクのまま、思いつきでコンビニ強盗に行くのはどうかと思うよ、マジで」
「何かその時は遠くへ行きたい気分だったんだもん。あーあー一日じゃ地球の裏側になんていけないしましてや月なんか夢のまた夢だよ」
「それでも結構馬鹿な事やったじゃん。皆で夜通し風船作ってどこまで行けるか風船娘。とかさあ」
「あれヤバイよもう、本当に死ぬかと思ったもん」
そして二人は数え上げられないくらいに、今までに達成したおバカな伝説話で盛り上がった。
これはこれで世の名だたる伝説の人々が裸足で逃げ出すほどの滅茶苦茶な逸話で満載なのだが、ここでそれを語り始めてしまうと気の遠くなるほどのバイト数を消費してしまうのでやむなく割愛。
やげて二人は語り尽き、心地良い疲労とともにぽつぽつと素直な心境を語り始めた。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 23:59 ID:L11RnADc
- 「そろそろさおしまいにしよっか」
「うん、正直美貴もそう思ってたとこ」
「……美貴ちゃんさあ、付き合ってくれてありがとうね。こんなさゆみのわがままにさ」
「いやー、うん何つうかわたしもモラトリアムな気分だったんだよ。たぶん」
「あーあー明日から何やろうっかなー」
「立派なお姫様になるための修行でもしたら?」
「それもいいけど、当面の目標としてはキレイなお姉さんになりたいかな」
「あんだけ無茶苦茶やっておいてよく言うよねえ」
「それでさ、ちょっとは吉澤さんみたいにカッコ良くなりたいよ」
「んじゃ頑張らなきゃねえ」
「いつまでも止まってちゃダメかなやっぱり」
「ダメだろそりゃあさ」
「じゃあがんばろっか」
「そだね」
そして二人はどちらからとなく頭を預けて静かに目を閉じた。
すぐに寝息が交互に小さなリズムを刻んでいく。
沈黙が支配した車両は娘。たちを乗せて夜をただ駆けていく。
そうして長い長い12月3日はようやく終わりを告げたのだった。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 23:59 ID:L11RnADc
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- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 23:59 ID:L11RnADc
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- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 23:59 ID:L11RnADc
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