19 ダイジェスト

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:48 ID:LZ6DngDU
19 ダイジェスト
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:49 ID:LZ6DngDU
 いつの間にか外の吹雪はやんでいた。

 私はゆっくりと立ち上がる。
 窓の方へ目をやると、昨日までの天候が嘘のように、白く輝く雪景色が見えた。
 それは三日前に私たちを喜ばせたあの穏やかな純白だった。

 けれどあれは違うのだ。
 赤い狂気を隠すために降り積もった純白なのだ。

 私はその部屋をあとにすると、サロンへと向かった。
 話しを始めるのならあの部屋からはじめなければならない。

 この一連の事件の話しをするのなら──。

   *

 その企画を知らされたのは11月の中旬、
 私たちは世界バレーのステージリハーサルの真っ最中だった。

 『サバイバー娘。たった1人のソロデビュー!』と銘打ったその企画は
 その名の通りアメリカのバラエティ番組「サバイバー」のパクリ企画だった。

 私たち8人を数日間隔離して、
 8人の手だけでメンバーをひとり選出する。
 その選ばれたメンバーにはCDデビューの権利が与えられる。
 そんな企画だ。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:49 ID:LZ6DngDU
 放送枠もすでに決まっていて
 新春に2時間、ハロモニの特別版として放送する予定とのこと。
 収録場所は時期的なものを考慮すると雪山になりそうだという話だった。

 ふってわいたようなソロデビューの話に私たちは色めきだった。
 かたちはどうあれ、ソロでCDデビューできるのだ。

 8人全員で公平に選ぶ。チャンスは8人全員に等分にある。そこが気に入った。
 またとないチャンスだ。

 私自身も、その時点では絶好のステップアップの機会だと思っていたし、
 みんなと同じように喜んでいた。

 それから細かな企画の調整があり、収録場所が決まり、スケジュールが組まれ
 滞在期間が3泊4日、出発は12月の末と決定した。

   *

 サロンは静まりかえっていた。
 暖房の低いうなり声だけが室内に響いている。

 中央に置かれた8人掛けのテーブルにはもう誰の姿もない。

 私はテーブルの私の席に着くと、
 無造作に置かれていた数十枚のCDケースの下から、
 緑色の表紙の冊子をさぐり当てた。

 パラパラとめくってコテージの部屋割りのページを開く。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:50 ID:LZ6DngDU
 1階はこのサロン、それにキッチンと浴場とトイレと用具室だけ。
 私たちが宿泊しているのは2階の8部屋だ。

 建物2階は端から端まで背骨のようにまっすぐ廊下がのび、
 その両わきに4部屋ずつが配置されている。

 紙面の「部屋割り」と書かれた下に4×2で、合計8つのマスが並んでいる。
 中にはメンバーひとりずつの名前が書かれていて、左上から
 吉澤、藤本、田中、亀井、そこで下の段に移ってまた左から
 高橋、新垣、久住、道重と続く。

 いま思えばこの最初の部屋割りの段階からすでに
 なにか運命的なものを感じずにはいられない。

 私は冊子を閉じると、壁際に置かれたチェストの前に立った。
 見下ろす位置にあるその背の高い台の上には壊れた電話機が置かれている。

 結局この電話はたった一度しか鳴らず、その一度きりの報は
 狂気の事件の始まりを告げるものとなった。

   *

 その知らせが入ったのはコテージに到着した最初の夜、夜半過ぎのことだった。
 私たちのコテージと、撮影スタッフが宿泊するコテージとをつなぐ山道が、
 雪崩によってふさがれてしまったのだという。

 スタッフのほとんどが男性だったため、事務所サイドの申し出で
 宿泊施設はスタッフと出演者で別々の建物に分けられていた。
 それが完全に裏目に出たかたちだった。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:50 ID:LZ6DngDU
 もうすでにスタッフは撤収してしまっていて、
 コテージには私たち8人しかいない。

 私たちのコテージはスタッフのそれよりもさらに奥まったところにあり
 山道の行き止まりにぽつんと建っている。
 途中の道が閉ざされたとなると、ふもとのホテルにもどることもできない。
 完全に陸の孤島状態だった。

 道の復旧にもどれほどの時間がかかるのかもまだ把握できていないらしく、
 オンフックにした電話機のスピーカーからは、
 あわてたマネージャーの声が流れていた。

 それによれば、番組収録は依然として続ける方向で話は進めている。
 私たち自身でデジカムを回して映像素材を集めてほしい。
 番組に穴を空けることはできない。
 ソロデビューするメンバーの選出も自分たちで撮影してほしい、とのことだった。

 幸いなことにメンバーの選出方法については初日の収録ですでに決まっていた。

 歌とダンスの試験を日に2度おこなって、実力的に下だと思うメンバーを
 全員で投票して決めふるい落としていく。
 第一回目の試験は8人全員が終えていて、投票は翌朝に予定されていた。

 撮影の段取りや細かな説明を長々と告げてようやくその電話は切れた。
 明朝の投票後にはかならず連絡を入れること。
 そのあとは定期的にスタッフが電話で指示をおこなうこと。

 彼らはこの状況の中でも本気で番組を作る気でいるらしかった
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:51 ID:LZ6DngDU
 けれどそれはこの時点でもう不可能だったのだ。

 電話を終えて吉澤さんが確認したとき、
 サロンには7人しかメンバーがいなかった。

   *

 階段を上って2階の廊下の一番奥、
 右手の部屋が第一の被害者、6期メンバー道重さゆみの部屋だった。

 私はその部屋の前に立つとゆっくりとドアを押した。

 あの夜、ドアノブには鍵がかかっていて、
 メンバー数人がかりで必死になってドアノブごと鍵を壊してドアを開いた。
 なだれ込むようにして入ったそこには
 ベッドの上ですでに事切れている彼女の姿があった。

 遺体は今もまだそのままの状態で残されている。
 事件は警察の手にゆだねるという吉澤さんの判断からだ。

 室内は荒らされた様子もなく、ただ彼女だけが人形のように
 ベッドの上に横たわっている。

 透き通るような青白い肌。長い黒髪。
 パジャマの上着が胸の下、腹部のあたりにまでおろされ
 ブラジャー姿の上半身が露出している。
 首元には赤黒いムカデが這ったような跡が残っていた。

 首を絞められて殺されたのだ。
 専門的な知識のない私でもわかる。絞殺に間違いない
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:51 ID:LZ6DngDU
 遺体から目を離すと私は部屋の中を一度見渡した。
 この部屋もそうだが、他のメンバーのどの部屋を見ても造りにほとんど差はない。
 ベッドにテーブル、洋服ダンス。シンプルな木製の家具でそろえられている。

 そしてあのとき、この部屋の鍵はこのテーブルの上に置かれていた。

 ドアには鍵がかけられ、そのカギは殺害された遺体とともに部屋の中に──、
 つまりこれは密室殺人ということになる。

 けれど今、結論だけを言ってしまえば、
 この件は密室殺人でもなんでもない。

 カギは私たちが部屋に入ってきたときのドサクサで
 テーブルの上に置かれただけなのだ。

   *

 私たち7人がサロンに戻ってきたとき、すでに電話機は壊されたあとだった。
 壁から伝うケーブルと、受話器と本体をつなぐケーブル、その両方ともが
 ズタズタに切り刻まれていた。

 最初にサロンに入ったれいながこれを発見し、その直後、
 彼女はパニック状態におちいった。

 部屋中に反響する彼女の悲鳴。
 わめき散らすれいなを吉澤さんが羽交い締めにして押さえつける。それでもなお
 れいなは手足をばたつかせて叫び続けていた。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:52 ID:LZ6DngDU
 こらえていた感情が爆発したのだろう。
 当たり前だ。人の死、それももっとも近しい同じグループのメンバーの死を
 こらえることなどできるはずがない。
 そんなことは、誰にもできるはずがないのだ。

 そのときふいに手を握りしめられた。
 振り返ると小春がすがるような視線をこちらへ向けていた。
 「大丈夫だよ」と言ってはみたが、彼女の手の力が増しただけだった。

 れいなはしばらく暴れたあと、突然スイッチが切れたように動かなくなった。
 よく見るとそれは泣いているのだとわかった。

 吉澤さんはれいなの肩を抱きしめて立ち上がらせると、
 「部屋で寝かせてくるから」とだけ言ってこちらに背を向け
 サロンを出ようとした。

 「大丈夫ですか?」
 「大丈夫、部屋の鍵もちゃんとかけてくるからさ」

 短いやりとりののち、吉澤さんとれいなはサロンをあとにした。
 そしてこのときもう一人サロンを出て行ったメンバーがいる。

 去り際に彼女が口走ったことは、この時点においては
 欺瞞に凝り固まった醜いものに聞こえたに違いない。

 けれどそれは当を得たものだったのだ。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:52 ID:LZ6DngDU
 「ここにいる人間なんて誰も信用できない」
 彼女はそう言い残してサロンから出て行った。

   *

 6期メンバー藤本美貴の遺体は、
 その翌朝に発見された。

 彼女の部屋で、今私が目の前にしている状態そのままで
 ベッドの上に遺体は寝かされていた。

 さゆのときと同じように、室内に荒らされた形跡はない。
 異なるところがあるとすれば遺体の状況で、
 彼女の場合は髪の毛が無惨に切り取られていた。
 ウェーブのかかったロングヘアが、少年のようなショートヘアになっている。

 首すじには赤黒いあと。
 死因もさゆと同様に絞殺だろう。

 部屋は施錠されていてカギは室内のテーブルの上という、密室状態。
 そのカギのトリックも前のものと同じ方法だと思われた。

 あのときの私たち──少なくとも私個人は、
 自分たちの中に犯人がいるなんていう発想はまったく持っていなかったし
 暴漢が入り込んでいるということにも思い及んでいなかった。

 それこそ幽霊や何か化け物のたぐいが出たなどという
 夢想に近い考えを巡らせていたような気がする。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:53 ID:LZ6DngDU
 あの夜、彼女が出て行ってしばらくして吉澤さんが戻ってきた。
 「ミキティも一人で寝るってさ」とだけ言ってテーブルに着き、
 何かをじっと考えているふうだった。

 誰かが言い出して紅茶をいれ、サロンにいた5人全員でそれを飲んだ。
 その後に襲ってきた強烈な睡魔でさえ、そのときの私は
 疲れているせいだろうと、なんの疑いもしなかった。

 彼女の部屋を出ると、私はそのまま隣りのれいなの部屋のドアを開いた。
 れいなもまたその朝に遺体となって発見されたのだ。

   *

 れいなの死体を発見してからの、リーダー吉澤ひとみのある種の発狂に近い行動は
 誰にも止めることはできなかった。

 自室で遺体となって発見されたれいなは、それまで夢見心地でいた私たちを
 現実に戻すに十分な状態だった。
 彼女は顔をぐしゃぐしゃに潰されていたのだ。

 室内はそれまでの二件と同様のやり方で施錠されていて、
 同じようにドアノブごと壊して部屋に入った。そのときにかいだ血の臭いを
 私は忘れることはできないだろう。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:53 ID:LZ6DngDU
 私たちは何も手だてもないままサロンに戻り
 テーブルに座っていた。

 誰も何も言わぬまま時間だけが過ぎた。
 正午を回り、サロンの壁掛け時計がそれを告げたとき、
 吉澤さんが突然立ち上がった。

 彼女は沈黙したままサロンを出た。

 あわててあとを追う私たちをよそに、階段を上り自分の部屋の前までくると
 ようやく追いついた私たちを振り返った。

 ドアを開く。そして彼女は、室内側のドアノブを蹴り飛ばした。
 勢いよくドアノブが廊下を転がる。

 それから私を呼ぶと、
 両手で握手をするように、彼女はそのカギを手渡してきた。

 「これで鍵かけて、そしたら部屋の中からじゃ開けられないから」 

   *

 吉澤さんは怖かったのだ。
 自らに疑いの目がかかることが。

 確かにあの夜、れいなたち二人と最後に会ったのは吉澤さんだ。
 だからといって私たちがすぐに彼女に疑いの目をかけるかといえば、
 答えは間違いなくノーだろう。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:54 ID:LZ6DngDU
 けれどそれでもなお彼女は自分の潔白を証明したかったのだ。
 それはたぶん、吉澤さん自身がすでに他のメンバーを疑ってしまっていたから。

 今ベッドの上にいる吉澤さんは本当に人形のように見えた。
 白い肌は生前にも増して透き通るようで、
 脱色した髪の金色もあいまってビスクドールと見まがうほどだった。

 そう、彼女は犯人の手によって殺され
 髪の色を抜かれていたのだ。
 
 死因はこれまでと同様に絞殺。
 ただ、唯一違うところがあった。

 窓際に立つと窓ガラスに空いた穴から、冷たい風が入り込んできていた。
 手をかざすと肌が切り裂かれるのではないかと思うほど、それは冷たく鋭い。
 この窓ガラスの穴こそが、それまでの三件とは異なる点だった。

 私はドアノブのとれたドアの前までくると
 二、三度それを開け閉めしてみる。
 あのときあれほど苦労したにも関わらず、
 今はもう容易に動かすことができるようになっていた。

 吉澤さんの異変に気がついた私たちが開こうとしたとき、
 カギをさしているにも関わらず、このドアは開かなかった。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:54 ID:LZ6DngDU
 なぜならこのドアは、壁との隙間をすべて雪と氷で固められていたのだから。
 窓が割られていたのもそのためだ。部屋の温度を下げ、
 隙間に雪を詰めて水をそそいで接着させる。

 溶かすという発想のなかったそのときの私たちには
 このドアは結局開くことはできなかった。

   *

 二日目の夜、サロンに集まったメンバーは、
 私を含めてすでに4人だけになってしまっていた。

 たった一日でメンバーの半数が殺されてしまったのだ。
 誰もが疲れ切っていたし、誰もが泣いて目を腫らしていて、ひどい顔をしていた。

 もちろんこのころになると誰もがお互いを疑っていたことも事実だ。

 犯人はこの中にいる。

 けれど、4人誰もに犯人の可能性がある。

 その緊張感に最初に耐えられなくなったのは小春だった。
 年齢的にもしかたがないし、私も彼女だけはと犯人である可能性を排除していた。

 それは他の二人も同じだったらしく、
 誰も止めぬまま小春はひとり「もう寝ます」とだけ言ってサロンから出て行った。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:54 ID:LZ6DngDU
 そして長い静寂の時間がおとずれた。
 私はとにかく事件を最初から最後まで整理し、
 何度もそれを反すうして繰り返すことに躍起になっていた。

 いつもつまづくのは動機だった。
 なぜ? どうして? 殺さなければならなかったのか?

 目の前の二人にそこまでの殺人の動機があるようにはとても思えなかったし
 思いたくもなかった。誰かまったく見ず知らずの暴漢が進入して、
 次々と殺して回ったという方がまだ信じられるような気がした。

 けれどそれはありえないのだ。
 コテージの入り口にはずっと鍵がかけられたままだったし、
 なによりメンバーがそんな見ず知らずのやからを部屋に入れるはずがない。

 そうなのだ。吉澤さんを除いて、殺されたメンバーは
 犯人が自ら部屋へ進入することを許しているのだ。

 だからやはり、犯人はこの中にいる。

   *

 三日目の朝──つまり今朝、私はサロンで目を覚ました。
 あのままサロンで寝てしまったのだ。

 周囲を見回したときそこにはもう誰の姿もなかった。
 絶望的な気分だった。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:55 ID:LZ6DngDU
 あわててサロンを出て階段を駆け上がった。
 廊下の一番手前、吉澤さん部屋のドアの下から水がしみ出していた。
 私が氷でドアを接着するその方法に思いあたったのはこのときだ。

 ドアはあっさりと開き、中では吉澤さんが絶命していた。

 ふたたび廊下に出てみると
 ふたつ先のドアと一番奥のドアからも同じように水がしみ出しているのが見えた。

 手前の方のドアの前まで走る。ドアノブを祈るような気持ちで回した。
 7期メンバー久住小春の部屋だった。

 鍵はかかっていないようだったが、まだ氷が溶けきらずに
 ドアを開くことはできなかった。
 私はキッチンまでとって返すと電熱ポットを抱えて戻り、
 熱湯をドアの隙間に流し込んだ。

 白い湯気の中、ドアはなんとか開くことができた。
 けれど彼女の命を救うことはできなかった。

 小春は今までの4人と同じようにベッドの上で首を絞められて死んでいた。
 ガラス窓は割られ、暖房も切られている。
 そして彼女の遺体の枕元には白いテンガロンハットが置かれていた。

   *

 足首から先を切り落とされた6期メンバー亀井絵里の遺体を前に、
 私はあるひとつの結論に達しようとしていた。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:55 ID:LZ6DngDU
 おぼろげながらも形を成しつつあるそれは
 私にはまったく理解できないものだったが、それだけにそれを完全には
 否定できないことにも気がついていた。

 私は電熱ポットをテーブルの上に置くと、
 そのままその据え付けの椅子に腰掛けた。

 なぜ氷でふたをしてまで部屋を閉じてしまわなければならなかったのか?

 たとえばそう、密室殺人についてだ。
 殺人はなぜ密室でおこなわれたのか? こたえはふたつ。

 被害者を自殺に見せかけるため。
 そしてもうひとつは不可能犯罪への挑戦。

 けれどこの一連の事件の犯人の思考はそのどちらとも少し違っている。
 それはもっと単純なこと、ごくごくシンプルな理由。

 犯人は、部屋の中の死体を他人に触れさせたくなかったのだ。

 あの部屋そのものが犯人の作品であり、
 このコテージそのものに意味がある。

 私にはなんの意味もなさないようなことだが、
 彼女にとっては大きな意味をもっているに違いない。

   *

 私はふたたび彼女の部屋の前に立っていた。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:55 ID:LZ6DngDU
 いったんサロンに戻り、CDの山の中から1枚、目当てのものを探し当て
 緑の表紙の冊子と一緒に持ってきている。

 この一連の事件の話しを終えるのはやはり、彼女の部屋でなければならない。

 ゆっくりとドアノブを回す。
 あのときも同じように部屋には鍵はかかっていなかった。

 「お待たせ、持ってきたよ」

 その部屋の中央、毛足の長い絨毯の上で
 新垣里沙は、死んでいた。

   *

 最後に残った二人、5期メンバー新垣里沙と私──高橋愛。

 犯人はこのどちらか一方であり、
 それはもちろん私ではない。

 最悪の消去法で私は犯人を断定するに至ったことになる。

 カメの部屋を出ると、私はそのまままっすぐに彼女の部屋へと向かった。
 怖くはなかった。
 聞きたいことが山ほどあったからだ。
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:56 ID:LZ6DngDU
 なぜこんなことをしたのか?
 こんなことをする必要がどこにあったのか?

 彼女がこのコテージでやろうとしたことは把握していたし、
 それが何を意味するのかもだいたい理解ができていた。

 ただ、なぜそんなことをしなければらなかったのか?
 悪意の所在が私にはわからなかった。

 曲がりなりにも犯人に行き着いた人間としてそれを知る権利ぐらいは
 私にはあるように思えた。

 ドアノブに手をかけゆっくりと回した。

 犯行を暴かれた犯人がすべてを吐露する。
 そんなシーンを頭の中で思い描いていた平和な私は、
 そこで完全に裏切られることになった。

 予想していなかった事態。

 彼女が刃物を振りかざして襲いかかってきたのだ。

   *

 なんとか一撃をかわした私は、何度も落ち着くように声をかけた。
 けれど彼女はいっさい聞く耳をもたずに刃物──キッチンにあった包丁を
 牽制するように振り続けた。
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:56 ID:LZ6DngDU
 それからのことはもうあまり覚えていない。

 私は必死になって相手にくらいつき、
 その手から刃物を奪い取ろうとした。

 その結果が、今目の前にある惨状だ。

 部屋の中央で彼女がうつぶせで倒れている。
 そしてその背中には、彼女が振り回し続けていた包丁が深々と刺さっていた。
 彼女が流した血、吐き出した血が白い絨毯を赤く染めていた。

 しばらく彼女を見つめたあと、椅子に掛けて
 テーブルの上に冊子を広げた。

 つまり彼女のやりたかったことはこういうことなのだ。

 部屋割りのページを開きその上にCDケースをジャケットを表にして並べる。
 「恋のダンスサイト」のCDだ。

 ジャケットの写真にはリリース当時のメンバーが7人並んでいた。左上から、
 中澤、市井、保田、矢口、ここで下段に移って
 安倍、後藤、飯田と続く。

 こんなくだらないことを──。

 中澤は吉澤と、市井は藤本と、保田は田中と、矢口は亀井と
 後藤は久住と、飯田は道重と、それぞれが対応している。
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:56 ID:LZ6DngDU
 だからこそ、
 吉澤さんは髪を脱色され、美貴ちゃんは髪を切られたのだし
 れいなはブサイクキャラのために顔を潰され、カメは身長を縮めさせるために
 足から先を切り落とされた。

 小春とさゆは、ジャケットの写真にあわせて白いテンガロンハットと
 上半身ブラジャー姿でなければならなかった。

 つまりそういうことなのだ。
 くだらない、見立てだったのだ。

   *

 けれど、話しはそれだけでは終わらない。

   *

 彼女の目的がまったく別のところにあったことに
 私が気がついたのは、それから半日ほど経ってからのことだった。

 あれから私はずっと彼女の遺体を見つめ続けていた。
 血の臭いがしたし、ひどい状態だったけれど、その場を動く気にはなれなかった。
 何かがひっかかるものがあったのかもしれない。

 それがようやくわかった。
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:57 ID:LZ6DngDU
 遺体の肌には無数の傷があった。
 もみあったときに私がつけたものだ。
 なのに、私の肌には包丁での切り傷はおろか、
 同じようなひっかき傷のひとつもなかった。

 確かめてみると彼女の指先にはネイルがつけられてはおらず
 爪もきれいに整えられていた。
 さながら、誰かを傷つけないためにあらかじめ切りそろえたかのように。

 そして私は気がつく。

 私は最後に二人が残ったとき、消去法で犯人を断定した。
 当たり前だ。その一方はこの私自身なのだから。

 では、最後にたった一人が残った場合はどうか?
 私は私が犯人ではないと知っている。けれど、他の人間、たとえばそう
 山道が復旧したあとにふもとから来るスタッフはどうだ?

 7人の死体が転がるコテージの中で、
 私ひとりがなんの傷も負わずに立っていたとしたら?

 そのときは、
 もはや私が犯人なのだ。
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:57 ID:LZ6DngDU
 私はそれを否定することはできるが、彼らにはできない。
 なぜなら私はここでおこなわれたこの一連の事件の、殺害方法からその動機まで
 何もかもをもうすでに知ってしまっている。

 さらには最後に残ったうちの一人、彼女を殺したのは、私自身なのだから。

 最初から彼女は私に殺されるつもりでいたのだ。

   *

 なぜ彼女がこんなことを思いつき、そして実行したのかはわからない。

 私は彼女に負けたのだから。完膚無きまでに、徹底的に負けたのだから。
 その疑問を彼女に問う権利はもはや私にはない。

 自ら死を選ぼうかとも考えたが、
 そうしてもなお、第三者から私に向けられる疑惑の目は消し去れないだろう。

 私はこのまま生きながらえることしかできない。

 そしてアイドル高橋愛はこのコテージで死ぬのだ。

 出来レースのソロデビュー企画。
 なにもあせって収録を強行する必要なんてなかったんだ。

 ほんとに、もう──。
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:58 ID:LZ6DngDU
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:58 ID:LZ6DngDU
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 20:58 ID:LZ6DngDU

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