14 かくれんぼ
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/09(火) 17:14 ID:LkI9yX.E
- 14 かくれんぼ
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/09(火) 17:15 ID:LkI9yX.E
-
もういーかい。まーだだよ。
かくれんぼをする声が小学校から聞こえた。
私はもうすぐ愛ちゃんがここに来てくれる時間だと気づく。
あーあー、と発声練習をしながら待っていると境内を登る軽快な足音が耳に届いた。
その音はやがて私のすぐ傍まできて止まる。
「もういーかい?」
まーだだよ、私が答えると愛ちゃんは「ちぇっ」と残念そうに口を尖らせた。
いつだったか愛ちゃんが私の姿を見たいと言い出した時に、ここから出たくなったらもういいよって言う、と約束をした。
それ以来、愛ちゃんは毎回私に会いに来る度に「もういーかい?」と訊くのだ。
いつかは愛ちゃんと面と向かって会いたい。でも、私にはまだそんな勇気がなかった。
自分ですら見たことのない自分の顔。多分、私は愛ちゃんみたいに綺麗ではない。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/09(火) 17:17 ID:LkI9yX.E
-
愛ちゃんと初めて言葉を交わしたのは3年前だ。
時間の単位はよく分からないけど、この間、愛ちゃんがそう言っていたのでそうなのだろう。
愛ちゃんは土砂降りの雨の中、私の真上で「どうしよう」と何度も呟いていた。
黒い髪から滴る雨水にまじって綺麗な涙がその大きな瞳からぽろぽろ零れていた。
私はその涙を見て声をかけなければと思った。何年も人と話していなかった私にとって
それは酷く難しいことのように思えたが、口を開いてみれば案外するりと言葉が出てきた。
愛ちゃんは最初誰もいないところから聞こえた声にビクリと身を竦ませたが、
私がどこに居るのかに気づくとそこを覗き込んできた。
愛ちゃんに汚い自身の姿を見られたくなかった私は少し後ろに下がってその視線を避けると
どうしたの?と改めて尋ねた。
すると、愛ちゃんはこちらを覗き込むのを止め「友達が木の上から足を滑らせて動かなくなった」と
再び瞳から涙を零し始めた。こんな雨の日に木登りをする友達が悪いんだと私は思い、
その友達をここに連れてくるよう愛ちゃんに言った。
愛ちゃんは「どうして?」と不思議そうな顔をしたが私が絶対に大丈夫だと強く言うと
「分かった」と境内を駆け下りていった。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/09(火) 17:17 ID:LkI9yX.E
-
暫くして、友達を連れてきた愛ちゃんは「どうするの?」と私に問うてきた。
私は、この子はとっておきの場所に隠しておくから愛ちゃんは風邪を引く前に家に帰るよう勧めた。
愛ちゃんは信じられないというような顔をしていたが、自分ではどうしようもないことを悟ると
家へ帰っていった。
それ以来、愛ちゃんはちょくちょく私のところへ遊びに来てくれるようになった。
あの日の話は一度もせずに。
愛ちゃんの友達は私の取って置きの場所で朽ちている。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/09(火) 17:22 ID:LkI9yX.E
-
###
「来月から高校に行くんだ」
受験が終わるまで来れないと言っていた愛ちゃんはその日、私の傍に来ると
「もういーかい?」ではなくそう話しかけてきた。
答えが分かっているから聞かなかったのか、久しぶりで忘れているのか分からないけれど
私はただ、受験終わったの?と愛ちゃんに尋ねた。
「終わったから高校に行けるんだよ。まこっちゃん、ちゃんと話聞いてた?」
くすくすと笑う愛ちゃんに私は、ごめんね、と謝った。
受験というのが高校に行く為の試験だと私はその時初めて知った。
それから、愛ちゃんは「高校に行くようになったらココにもあんまり来られなくなる」と言った。
愛ちゃんが言うには高校は小学校や中学校みたいに歩いていける場所にはないらしい。
電車に乗って街の方へ出なければならないのだと。
電車ってなに?と訊くと愛ちゃんは「線路という専用の道の上を滑る四角い箱だよ」と教えてくれた。
私はそれを必死に想像してみたが、どうしてもその想像は上手くいかなかった。
私の知っている世界はこのじめついた暗闇しかないからだ。
私が首を捻っている気配に気づいたのか、愛ちゃんは
「まこっちゃんがここから出てきてくれたら色んなところを案内するのに」と言った。
なんと答えたらいいのか分からず黙っていると愛ちゃんは「いつか一緒に遊ぼうね」と優しく言ってくれた。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/09(火) 17:25 ID:LkI9yX.E
-
それから暫く愛ちゃんは私のところへは来なかった。
高校が忙しいのだから仕方ないのだと何度も自分に言い聞かせながら、
私は愛ちゃんと出会う前の無為な日々を過ごした。
そんな日々がどれくらい続いたのか、ある日、愛ちゃんがふらりと私の元を訪ねてきた。
その日は私たちが初めて会った時のような土砂降りの雨の日だった。
愛ちゃんは「まこっちゃんにお願いがあるの」と暗い声で言った。
なに?と私が訊くと、「これをとっておきの場所に預かってほしいんだ」と
棒状のなにかを隙間から差し入れてきた。
「木の方を持たないと怪我するから気をつけて」と口添えて。
私は慎重にそれを受け取り、わかった、と答えた。愛ちゃんはホッとしたように顔を緩め
「用があるから帰るね」と足早に去っていった。
久しぶりに会うのだからもう少しゆっくりしていけばいいのにと思ったけれど、
そんな我侭を口にして愛ちゃんに嫌われてしまうのが怖かった私は黙って愛ちゃんを見送った。
愛ちゃんから受け取ったものは先が尖っていて赤い絵の具がべっとりとついていた。
持っているだけで鼠が腕を這い上がって絵の具の部分を舐めようとしてくるので、
私は急いでとっておきの場所にそれをしまった。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/09(火) 17:26 ID:LkI9yX.E
-
愛ちゃんが来た次の日、私の住処へ大人の人がばたばたと走ってきた。
滅多に大人が来ることのない場所なのに、私は怖くなってとっておきの場所へと逃げ込んだ。
彼らはなにかを探しているようだった。もしかしたら、私を探しているのかもしれない。
そのこと気づいたのは、彼らがいつも私がいる場所に声をかけていたからだった。
ますます恐ろしくなった私は愛ちゃんから受け取ったものをお守りのように抱きしめて、
彼らが立ち去るのを待った。
やがていくら探してもなにも見つからないので諦めてくれたのか、
彼らは私の住処から離れていった。私はホッとしてそのまま眠りについた。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/09(火) 17:27 ID:LkI9yX.E
-
その日の夜、こんこんと木が叩かれる音がした。
私は身を縮ませ、その音を発している主が誰なのか探る。
「…まこっちゃん、いる?」
愛ちゃんの声だ。愛ちゃんが来てくれたのだ。
愛ちゃんから受け取ったものを手に持って、とっておきの場所から這いでると
私は急いでいつもの場所に戻った。
「こんばんは」
私の気配に気づいたのか愛ちゃんが言う。月明かりに照らされた愛ちゃんは冷たい美しさで私を見下ろしていた。
こんな夜中にどうしたの?なんてことは訊かず、私は昼間の出来事を愛ちゃんに話した。
とても怖かったのだと言うと、愛ちゃんは「そう」と相槌を打った。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/09(火) 17:29 ID:LkI9yX.E
-
「それで、まこっちゃんはどこに隠れてたの?」
私はその問いかけに、とっておきの場所だよ、と答えた。
「それがどこなのか教えて」
私はその問いかけには答えなかった。あの場所はとっておきなのだから、
いくら愛ちゃんでも教えられない。いつか愛ちゃんとかくれんぼをする時に使うんだ。
暫し、私の答えを待っていた愛ちゃんはやがて疲れたような溜息をつくと
「まこっちゃん、喉渇いてない?」と言った。私が頷くと愛ちゃんは
「紅茶飲めるかな?持ってきたんだけど」と背中にしょっていたバッグから
長い筒みたいなものを取り出した。紅茶がなんなのか分からなかったけれど
私は、飲めると答えた。愛ちゃんは「少し待ってて」と言うと筒の頭の方を捻った。
どうやら頭の部分が紅茶を注ぐ容器になるらしい。興味深く愛ちゃんの動きを見つめながら、
私は手にあるものをどうしようかと考えた。愛ちゃんはこれを預かってほしいと言っていた。
私にくれたわけではない。返したほうがいいのだろうか?
頭の上でコポコポと音がする。同時にいい匂いが鼻孔を擽る。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/09(火) 17:31 ID:LkI9yX.E
-
「はい、どうぞ」
そんな声と共に容器が天井の隙間からするりと差し込まれた。
私は慌てて手に持っていたものを脇に置くと、容器を受け取った。
けれど、初めて触れた容器の熱さに驚いて私はそれを落としてしまった。
どうしよう。愛ちゃんが気を悪くしてしまう。どうしよう。どうしよう。
「…美味しい?」
愛ちゃんの声。咄嗟に私は嘘をついていた。美味しい、と。
「よかった」と愛ちゃんは微かに笑った。私は吹き出る汗を拭いながら、話を逸らそうと頭を働かせた。
そうだ、これをどうしたらいいか訊こう。私は愛ちゃんから預かったものを手に取る。と、愛ちゃんが口を開いた。
「まこっちゃん、あたしね、今日はまこっちゃんにここにいてほしかったんだよ」と。
どうして?と私が訊ねると「あたしの妹が変質者に殺されたの。だから、まこっちゃんにいてほしかった」と愛ちゃんは言った。
意味が分からない。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/09(火) 17:33 ID:LkI9yX.E
-
「あたしが預けた包丁近くにある?」
首を捻る私にお構いなしに愛ちゃんは言葉を続ける。
包丁?これは包丁というものなのか、私は手に持っていたモノの名前をやっと知った。
愛ちゃんこれ、と私は包丁を愛ちゃんに向けて差し出した。
ぐにゅっと奇妙な感触がして、手に生温いなにかが垂れ落ちてくる。
先についていた絵の具だろうか。私は気にせずぐいっと包丁を押してみたが、
なにかに引っかかっているのかそれは愛ちゃんのいる方へ進んでくれなかった。
私は愛ちゃんを呼んだ。なにがあったの?と。愛ちゃんは返事をしてくれない。
どうしたのだろう。何度も何度も愛ちゃんを呼んでみたけれど応えはなかった。
なにかあったのかもしれない。確かめないと、外へ出て。
考えた瞬間、胸が恐怖に締め付けられた。それでも愛ちゃんのためだと言い聞かせて私は外に出た。
篭った空気とは違う綺麗な空気を全身に感じる。これが外の空気。
深呼吸をして肺一杯にその空気を吸い込むと、うっすらと昔の記憶がよみがえった。
でも、今はそれどころではない。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/09(火) 17:34 ID:LkI9yX.E
-
私は視線を動かす。愛ちゃんは私がいた場所を覗き込むようにして倒れていた。
愛ちゃん、大丈夫?声をかけて愛ちゃんの体を仰向けにする。
そして、私は漸く自分のしたことを悟った。
愛ちゃんは木の方を持たないと怪我をすると言っていた。なのに、私は、私はそのことをすっかり忘れて
尖った方を愛ちゃんに向けていたのだ。
愛ちゃんの大きな瞳に刺さった包丁。愛ちゃんはもう動かない。
折角、外に出たのに愛ちゃんはもう動かない。
私はそのことがたまらなく悲しくて元の場所に戻った。
私が零した紅茶は水溜りをつくっており、その周りにはなぜか数匹のねずみが死んでいた。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/09(火) 17:36 ID:LkI9yX.E
-
###
暫く、泣いてから私は愛ちゃんをとっておきの場所に連れて行くことにした。
「ゴメンね愛ちゃん」
そう声をかけながら出来るだけ愛ちゃんの友達がいた場所の近くに愛ちゃんを置く。
「ここはね、私がちっちゃい時かくれんぼに使ってたんだよ」
愛ちゃんの瞳から包丁を抜いて、私は伸びきった髪を愛ちゃんと同じくらいの長さに切った。
「ホントは友達が見つけたんだけどね。私は落ちたら危ないよって言って。
愛ちゃんも知ってるでしょ、私、怖がりだから」
愛ちゃんの服を丁寧に脱がせて私は自分の身に着けた。
「友達は大丈夫だよって私の背中を押したんだ。それからどうなったんだっけ?
よく覚えてないけど……そういえば、その友達の名前も愛ちゃんって言ってた」
愛ちゃんの靴を私は履いた。
「だから、私、愛ちゃんのこと好きだったのかもね」
私は涙を流した。「ごめんね」と愛ちゃんの髪を撫でた。
愛ちゃんはやっぱりなにも言わなくて、私はもう一度「ごめんね」と謝って外へ出た。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/09(火) 17:36 ID:LkI9yX.E
-
いつの間にか朝になっていた。ずっと歩いていなかった私の足はなかなかいうことをきいてくれなくて、
どうしようかと立ち尽くしていると、もういーかい?と愛ちゃんの声が聞こえた気がした。
「もういーよ」
私は呟いてその声に後押しされるように一歩を踏み出した。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/09(火) 17:37 ID:LkI9yX.E
-
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/09(火) 17:37 ID:LkI9yX.E
-
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/09(火) 17:37 ID:LkI9yX.E
-
Converted by dat2html.pl v0.2