11 みらいからきたみき
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 09:56 ID:0JilsFiU
- 11 みらいからきたみき
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 09:56 ID:0JilsFiU
- 「美貴ね、22世紀から来たんだ」
年が明けて最初の仕事が終わった後の夕暮れ、私は藤本さんに誘われてコーヒーショップにいた。
次期リーダー藤本さんが、ゆったりと椅子に深く座りなおしてまず口にしたのは、こんな一言だった。
「え」
あたたかいカフェオレが入った紙製のカップを両手で包み、暖を取っていた私はあっけにとられた。
テーブルを挟んで差し向かいにいる藤本さんはキャラメルマキアートを一口すする。
「だから、ガキさんに相談があるんだ」
「ちょっと待ってくださいよ、全っ然、話が見えないんですけど」
ふざけているようには見えない藤本さんの顔をじーっと私は見る。
すると藤本さんはちょっと困ったような顔をして、苦笑い。
「22世紀から来たのはいいんだけどさ、この後のこと、美貴知らなくて」
「この後、っていうと」
「よっちゃんさんが娘。を抜けて、美貴がリーダーになってからのこと」
そんなこと、私だって知らない。
「まずですね、藤本さん」
「うん」
「22世紀から来たってことが信じられないんですけど」
「あ、やっぱ無理? んー本当なんだけど」
「ネコ型ロボットなんですか? 四次元ポケットでも持ってるんですか?」
「22世紀とは言っても、そんなものはないよ」
「どうやって来たんですか?」
「タイムマシン」
「へー」
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 09:57 ID:0JilsFiU
- とっぷりと深い疑いのまなざしを藤本さんに向ける。
私の視線なんてなんてことないかのように、またカップから甘ったるい液体をすする藤本さんは、
投げやりそうに見えて、その実かなり真剣そうでもあり、私は対応に困った。
「……まあ、22世紀はいいとして。なんの相談なんですか?」
私は話を進めることにする。
藤本さん=未来人説はとりあえず棚上げだ。
ゆるやかにカップをテーブルに置いて藤本さんは言った。
「美貴は、リーダーをやるべきかどうか。更に言ってしまうとこの業界から身を引くべきかどうか」
業界から身を引く?
引退ってことじゃないか!
「……辞めるつもりなんですか?」
「べつに、辞めたいとか辞めたくないってわけじゃないけど。リーダーできないなら行くとこないじゃん」
行くところ。
吉澤さんは、娘。を卒業してどこへ行くのだろうか。
もしも、リーダーに任命された藤本さんが「できない」といったら娘。にとどめてもらえるのだろうか。
私は、何人もの卒業を見送ってきた。
事務所からの命令、自主的な卒業、偽りの自主的な卒業も、だ。
だからって。何回も経験したからといって、誰も彼をもメンバーから失いたくない。
ましてや、「リーダーできないから」なんて理由で、だなんて。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 09:57 ID:0JilsFiU
- 「で、できますよ! 藤本さんはリーダーできます! だから、どこにも行かなくていいです!」
「ガキさん、知ってるでしょ? 美貴あんまり団体行動好きじゃないし、リーダーなんてガラでもない」
藤本さんは、私とふたりっきりになってから初めてのため息をついた。
「全部ね、知ってたんだよ。22世紀から来たんだから、娘。の歴史なんて調べるの簡単だったから。
小春が加入するのも知ってたし、GAM組むのも知ってたし、あー、ソロからユニットになってたのは
意外っちゃ意外だったけど、知ってたんだ」
でもね、と寂しそうに藤本さんは続けた。
「去年の紅白以降のことからなんにも知らないんだ。
調べる時間がなくて。よっちゃんさんが卒業するのは、かろうじて知ってたけど」
「だけど、知ってたとしても知ってなくても、なんで私に相談するんですか?」
ずい、と顔を前につきだして藤本さんの目を見る。
きょとんとした顔で藤本さんは、そんなこともわからないのか、というような表情でこう言った。
「リーダーにはガキさんが適任だと思ってるから、だよ」
なんでもないことかのようにそう言う藤本さんの顔は、嘘を言っているようには見えない。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 09:58 ID:0JilsFiU
- 「美貴はガキさんにリーダーをやってほしい」
「そんな、私がリーダーって……」
「向いてると思うよ。少なくとも美貴よりはね」
「……」
私はカフェオレを一気に飲み干した。
目を伏せてテーブルを見た。藤本さんに視線を向けられない。
「ごめん。困るよね、こんな話。だけど、美貴もどうすればいいかわかんなくて、それで」
「たぶん、私にはなにもできません。事務所のエライ人たちが全部決めるんだと思います」
「それでも。結果はそうなるかもしれないけど、変えられるかもしれない」
私は視線を上げた。藤本さんの顔を正面から見る。
藤本さんは微笑んでいた。もしも本当に22世紀から来たのなら、いままではずっとこれから起こる
ことがわかっているのが当たり前で、いまのこの先が見えない状況は不安でたまらないはずなのに。
「よかったらさ、美貴のマンションに泊まりにこない? 明日オフでしょ?」
「ええ、まあ、オフです」
「じゃ決定」
藤本さんはカップ片手に立ち上がった。私も続く。
そして、私は決めた。藤本さんは、辞めさせない。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 09:58 ID:0JilsFiU
- * *
藤本さんは母親と都内のマンションで二人暮しをしていると聞いていたけれど、
その母親は正月の親戚付き合いがあるためにいまは一旦、北海道に帰っているらしい。
マンションに入り、部屋にたどり着くまでにいくつかのロックを外した。
「どうぞ」
「お邪魔します」
藤本さんに連れられ、部屋に足を踏み入れる。
「さみー」と言いながら、藤本さんは暖房と電気ストーブの電源をいれたようだった。
ゴウゴウとエアコンから風の出る音が聞こえる。
「なんかあったかい飲み物いれよっか。お茶でいい?」
「はい、なんでも」
キョロキョロしたくなるのを抑えて、私はすすめられたソファに腰をおろした。
台所に向かった藤本さんの姿はここからは見えない。
腕を組んで考える。未来から来たらしい藤本さん。私たちの行く末。藤本さんの未来。
1世紀は100年。
永いような短いような、いやしかし17歳の私からみれば十分すぎるほど永い。
22世紀でもネコ型ロボットも四次元ポケットもありゃしない、と藤本さんは言った。
全部、嘘なんだろうか?
22世紀から来た、ということは嘘だとすると。そう考えればすべての辻褄があう、かもしれない。
ただからかうために藤本さんは嘘をつき、それで私は振り回される、とか。
でも藤本さんが自主的にそんな面倒なことをするとは思えない。
この部屋も実は藤本さんの部屋ではなくて隠しカメラがあるとか?
楽屋でのドッキリならともかく、しかもこんな重大なテーマでドッキリがあるとは私には考えられない。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 09:58 ID:0JilsFiU
- 藤本さんが両手にマグカップを持って、私の居る部屋に来た。
「緑茶だけど湯のみなくてさ。カップで許して」
「あ、いや、いただきます」
三人掛けくらいの大きさの白いソファ。
私の隣に、ほんのちょっと距離を置いて藤本さんが座る。
「……信じて、もらえないよね?」
緑茶を一口飲んで藤本さんが言う。
部屋は中途半端にあたたまり、やはり私はカップを両手でつつんで手をあたためる。
信じる信じない、か。
「証拠とかないんですか? 22世紀から来た、っていう」
「うーん難しいな」
ううむ、と唸る藤本さん。しばらくして言葉にした。
「日本にも核基地ができるよ」
カクキチ?
なんのことかわからなかった。
「核だよ核。ミサイルとかあるじゃん」
「……核基地?」
「そう」
ふう、と長く藤本さんが息をつく。
なかなかの衝撃を私は受けた。
堂々と日本でも核実験などをする時代に、100年後はなっているのかもしれない、ということに。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 09:58 ID:0JilsFiU
- そんでだいぶはしょるけど、と前置きして藤本さんは言う。
「美貴は、ってか、みんなも、死んじゃいそうになって。そんで、美貴は逃げた」
「逃げた?」
「タイムマシンに乗ってびゅーん。みんなを残してひとりで」
「藤本さんはそんなことしません」
「したんだよ。だから美貴にとっては未来が過去みたいなもの。
んで、そういうことしたから、この21世紀ではそういうことはしないようにしてるってだけ」
核……死にそうになった……もしかして、戦争だろうか?
このことは聞かなかった。いや、聞きたくなかったのかもしれない。
「この話も、証拠にはなりませんけどね」
「でも本当なんだ。……ホント、四次元ポッケでもあればよかったんだけど」
その後はポツポツと、藤本さんが22世紀の様子とか、21世紀に来てからのことを話した。
私は黙って聞くのに徹した。
夜は更ける。
そろそろ寝よっか、と言い、藤本さんが立ち上がった。
淹れてもらった緑茶はもう冷め切っていた。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 09:59 ID:0JilsFiU
- バスルームを借り、「ガキさんが嫌ならいいけど」と言った藤本さんに、
嫌じゃないですと言ってふたりでシングルベッドにもぐりこんだ。
「ガキさんはさあ」
照明を消した室内に藤本さんの声が薄く響く。
「美貴のこと怖いとか気持ち悪いとか思わないの? 未来から来たとか言ってるのに」
「信じます、全部。怖くもなんともないです」
「……そっか」
掛け布団の下で藤本さんの手を握る。
あたたまりきっていないその手は、確実にそこにあって、それだけで私は十分な気がした。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 09:59 ID:0JilsFiU
-
ジャッ、とカーテンを開けるような音で目が覚めた。
朝日が差し込む。ホコリが少しだけ舞って、光っているように見える。
「ガキさん、出かけるよ」
「はい?」
「見せたげる。ちゃんとした証拠」
藤本さんは無表情にそう言った。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 09:59 ID:0JilsFiU
- 服を着替えてマンションをでる。
なにも言わずに半歩遅れて藤本さんのあとをついていった。
切符を買う。電車に乗り込む。無言。乗り継ぐ。無言。
いつの間にか、東京都内から出ていた。田舎風景の中をガタゴトと電車が走る。
電車を降り、しばらく歩いた。私と藤本さんの距離は縮まらなかったけど、変わったのは繋いだ手と手。
外の空気は冷たいけど、なぜだか藤本さんの手はあたたかくて私はホッとする。
そのうちに周りに民家もない、ただっぴろい空き地に着いた。
「この奥だよ」
マンションから出て初めて藤本さんが言葉を紡いだ。
そして指差すのは空き地の奥、木が生い茂っている林のようなところ。
「タイムマシンを隠してるところ」
藤本さんは私の手を一度強く握った。
意思確認だろうか、私も強く握り返した。逃げる気など、ない。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 10:00 ID:0JilsFiU
- 林に入るとすぐにそれらしきものが見つかった。
無言で藤本さんがそれを指し示す。
軽自動車のようなそれはタイムマシンに見えなくもない。
「本当は使っちゃいけないんだ」
薄く藤本さんが笑った。
「未来の藤本さんは悪ガキだったんですね」
「ガキさんにガキって言われたくないっつーの。……あと、いま気づいたんだけど」
藤本さんは困ったような表情になった。私は頷いて促す。
「これで過去に行くこともできる。
どうにかして過去をいじくりまわせば、こんなチンケなことで悩まなくて済むかもしれない」
空気をくずすためにふたりでふざけて言い合っていたのに、空気がかたまった。
「なにもかもを藤本さんが背負うんですか? それっておかしくないですか?」
私が言うことに藤本さんは反応せず、ただ薄汚れたタイムマシンを見つめていた。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 10:00 ID:0JilsFiU
- 「美貴は決めなきゃなんない」
ゆっくりと、深く深く絞りだすように声を出す藤本さん。
「過去を変えるか、22世紀に帰って死ぬか、21世紀で生きるか」
悲しかった。
私はただ悲しかった。
ゆっくりと藤本さんに近寄って、首筋に頭をうずめ、両手を藤本さんの身体にまわす。
後ろからゆるく抱きしめた。
「行かなくていいです。私たちと21世紀を、生きてください」
それは、22世紀の家族、友人、人々を見捨てろということでもあって。
望みもしないリーダーになれというのにも等しくて。
それでも私は私の望みを言った。
「……自分で決められなかっただけなんだ、きっと」
「誰だって、そうです」
藤本さんの身体が震える。
涙の色は見えなかった。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 10:00 ID:0JilsFiU
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- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 10:00 ID:0JilsFiU
- 「おはよーございまーす!」
日常が続いている。
藤本さんは22世紀を捨てた。私が捨てさせた。
楽屋に一歩入るとメンバーが口々におはようを言ってくれる。
藤本さんも端っこで笑いながら吉澤さんと小春に絡んでいる。
その笑顔は、作り笑顔なのかもしれない。
正しい選択なんてわからないけど、ただ、私はいまこの世界を守りたかった。
それだけのことだった。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 10:00 ID:0JilsFiU
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- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 10:00 ID:0JilsFiU
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- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 10:00 ID:0JilsFiU
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