03 見えない線
- 1 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:14 ID:Q/1VTETk
- 03 見えない線
- 2 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:15 ID:Q/1VTETk
- 「私の目を盗んでカンニングなんてできないからね」
美貴が目を据わらせて、ぎろりと亜弥をにらみつけた。
眼力がびっくりするほど強かったため、
後ろめたいことがあるわけでもないのに亜弥はすくみあがってしまう。
なるほど。こう脅されては、カンニングを企てていた中学生も怖気づくに違いない。
「こーすりゃいいんだ。はい、亜弥ちゃんやってみ」
「えぇ!?あたしもやるの?」
「そ。やるの」
「いや……ちょっとここでやるの恥ずかし……」
「人にやらせといて!!」
勝手にやったんじゃないか、という抗議を亜弥は飲み込んだ。
教頭の目がこちらに向いていることに気づいたからである。
「無理無理……」
「ここじゃ嫌なのね。じゃあ英語準備室に」
「私、英語科じゃないからあそこ入りにく…」
「美貴と一緒なら問題ないでしょ!
だいたいあの部屋使ってる教員なんて私くらいなんだから」
「そうだけど……」
あんなクーラーのない部屋によくいられるもんだ、と亜弥はいつも思う。
美貴が一歩、亜弥へと詰め寄ってきた。
「頼みますよ松浦先生。私のクラスから不正行為とか、勘弁だからね」
- 3 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:15 ID:Q/1VTETk
- こっちだって、自分の監督中にカンニングなんてしてもらいたくない。
不正行為は、報告書を教頭まで上げなければならない。
そんな面倒はなるべく避けたかった。
午後からテストの採点で忙しくなるのだから。
「それにしても私、この学校来てもう3ヶ月になるのに
美貴たんのクラスに行くの、初めてだ」
亜弥はこの4月から、この中学に赴任していた。
同じ大学の先輩である美貴と知り合ったのもそのとき。
先輩といっても美貴は院卒であるため、新卒の亜弥とは同期で
この学校に就職している。何度か食事に行くうちに打ち解け
今では先輩である美貴にもこんな調子だ。相性がよかったのだと思う。
「うちのクラス面白いぞー」
「面白くなくていい。ただのテスト監督だから」
面白かったら困る。
「そういや、あのコいるんでしょ?」
「ん」
「美貴たんがいっつも呼び出してた問題児」
「ああ、久住か……」
美貴はここ数日間、その生徒を職員室に呼び出して英語を教えていた。
できの悪さは、漏れ聞こえてくる会話から亜弥にわかるほど悲惨なものだった。
「わ、しかもあたし監督するの英語じゃん!」
「今日は最終日で英語しかない。松浦先生!本当、頼みますね」
「頼みます、ってあたしただの監督だから。何もできないから」
「だーから、きちんと不正がないように監督してちょうだい!」
- 4 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:16 ID:Q/1VTETk
- 話がそこにとぶか……。
「はいはーい。でも、さっきみたいな脅しは無理」
「何で?」
「あんな脅しは美貴たんじゃなきゃ効かないよ」
「顔怖くて悪かったな」
そういう意味じゃありません。
「違う。そうじゃなくてさ。
美貴たんだったら本当にちょっとしたことでカンニング見破れそうだもん。
生徒だって知ってるでしょ?」
亜弥は、美貴の両肩に手を乗せてから、言った。
「藤本先生の名推理」
亜弥がその能力に気がついたのは、つい先月のことだった。
一時間目の途中、当番だったのでごみ捨てに行った帰りに
昇降口の外にある自動販売機の前で、くまのイラストが描かれた財布を拾った。
しかし持ち主がわからない。
「どうしよう」
赴任して2ヶ月の亜弥には、落し物をどうしたらいいかわからなかった。
親切な生徒が「職員室に落し物棚がありますよ」と教えてくれたので行って見ると
棚の前に貼り紙があった。
<拾得物届けに記入すること>
- 5 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:17 ID:Q/1VTETk
- 記入すること!といわれても今度は拾得物届けがわからない。
「面倒なもの拾っちゃったな……」
と思っていると
「どうしたの?」
と聞いてきたのは美貴である。事情を説明すると美貴は「ふんふん」とうなづく。
「美貴たんわかる?拾得物届け」
「知らん」
「もうっ!何で職員室って、そういうの教えてくれないの!?」
「まあ落ち着けって。落とし主がわかれば、届けは書かなくてもいいんでしょ?」
「わかるわけないじゃん!名前も書いてないし……」
「いや……」
美貴はしばらく腕組みをしてから言った。
「亜弥ちゃん、帰りに拾ったって言ってたね。行きにはなかった?」
「うん、なかった」
「てことは財布は亜弥ちゃんがごみ捨てに行っている間に落ちた。
つまり、その財布の持ち主は授業中にも関わらず、ジュースを買っていたわけだ。
そんなことができるのは教員。でもそのくまさんの絵は、大人の持ち物とは思えない。
サボりのやつがあんな目立つ所でジュース買うわけないよな。残った可能性は……」
美貴はそう言って歩き出した。出欠黒板の前まで来ると、美貴は指差しながら言った。
「遅刻してきた生徒……犯人は……」
- 6 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:17 ID:Q/1VTETk
- 黒板を見ると、本日の遅刻は1年に1名。2年に3名。3年に2名。
美貴は指をすーっと黒板に近づけていき
「こいつだ!」
1年の欄を指した。もう犯人がわかったのか!?
亜弥は美貴の思考を追いかけようとしたが、無理だった。
遅刻生徒が怪しい、というところまではついていけたが、
6人いる中でなぜ1人に絞れたのか……、亜弥の思考はそこまでが限界だった。
「しっかし1年のくせに、遅刻してジュース買う余裕あるとは……すごいなー」
「ま、待ってください藤本先生。どうしてその生徒だと?」
「普通、手に持った財布を自販機の前に落とさないよ。落とすとしたら……」
美貴は身体をかがめて、ジュースを取り出すまねをした。
「こうして前かがみになったときに、胸ポケットから、ってとこだろ。
前から落として気づかないなんて、かなり間抜けだけどね」
なるほど美貴の言うとおり、そうでもしないと自販機の前に財布は落ちない。
しかし……だからなんでそれが1年生だとわかるのだ?
「この学校の夏服は、ポケットがゆるくてすぐ物を落とすから、
絶対に胸ポケットに財布なんか入れないって生徒が言ってた。
入れてるのは、最近衣替えをしたばっかりで夏服の欠陥を知らないやつ」
「なるほど……それで1年生。でも前から落として気づかないかなぁ……」
「ま、ジュース買った際に財布を取り出して
一時的に胸ポケットに入れとくつもりだったんだろうけどね。
しかし生徒には、財布をカバンに戻す時間がなくなってしまった」
「なんで?」
- 7 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:17 ID:Q/1VTETk
- 美貴はシュビッと亜弥を指した。
「あ!私が通ったから!?」
「そう、松浦先生がごみを捨てるために昇降口の前を通った。
たぶん、ジュースを取り出してる最中に通りかかったんだ。
授業中にジュースなんか買ってたら怒られるかも知れないと思って
あわてて立ち上がり、その場を去った。そのとき財布は落ちたんだよ。
いや……違うな。行くときに落ちてたなら、亜弥ちゃんがそのとき拾ってるか。
てことは、帰ってくる松浦先生の姿を見て逃げ出したんだ。
なあんだ。亜弥ちゃんが来る直前までこのコ、そこにいたんじゃん」
そんなこんなで、美貴は見事に財布の持ち主を当ててしまった。
後から聞いた話だが、美貴は生徒の間でも評判になっていた。
仮病は一瞬で見破られ、宿題の言い訳も即座に見抜かれる。
生徒の言葉でいうと「マジありえねーやばい秒殺」らしい。何語だ?
そこでついたニックネームが「つっこミキティ」
鋭い突っ込みには、不良生徒もたじろぐ。で「ティ」が何なのか、今でもわからない。
とにかく、その美貴の教室に今日、亜弥は試験監督として入ることになったのだ。
鍵のかかったロッカーから試験の入った封筒を取り出し抱える。
試験のときはチャイムが鳴る前に教室に入って、問題を配らなくてはならない。
「でもなんだか、楽しみだなー。美貴たんのクラス行くの。
かわいいコとかチェックしとこう!」」
毎日職員室で見かけた久住。その他にも、どんな生徒がいるのか気になる。
亜弥は、テスト前の緊張感などまるでないかのように、鼻歌を鳴らしながら
職員室を後にした。
- 8 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:18 ID:Q/1VTETk
- ◇
「私の目を盗んで、カンニングなんてできませんからね」
亜弥は言ってから後悔した。生徒の反応が芳しくない。
何言ってるのこの人?みたいな視線を方々から浴びてしまった。
やはり、美貴みたいな迫力のある脅しは、自分には無理のようだ。
「お、おほん。では問題を配布します。あ、机の中を空にしてくださいね」
教室がシーンと静まり返る。聞こえるのは時計の針の音と、テストを配る紙の音のみ。
亜弥は配りながら生徒の様子を眺める。例の久住という生徒がどこにいるのか気になった。
しかし、いつもみている顔が簡単には見つからない。
「く」だから出席番号が若い方に違いない。
亜弥は目の前の生徒の名札を見るとサ行。ということはそれよりも廊下側。
と、探していくと廊下側の後ろから2列目に「久住」の名札が見えた。
いつもは後ろで結んでいた髪を今日は下ろしていたため、気がつかなかったのだ。
「問題、全員に渡った?では、チャイムと同時に始めてください」
配り終えたので、とりあえず一仕事完了。亜弥はふっ、と一息ついて生徒の観察を始めた。
久住の他にもかわいい生徒がいるかもしれない。一人一人チェックしていく。
―――あ、久住の隣のコもかわいい
名札を見ると「須藤」。幼さを残す丸顔が印象的。
その隣の「徳永」も明るそうで亜弥の好みだった。
このクラスは後ろから2列目がホットラインか、などとくだらないことを考えた。
- 9 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:18 ID:Q/1VTETk
- チャイムが鳴った。
「始め!」
一斉に紙をめくる音がして試験が開始された。中学生にとって大きな戦いの始まり。
生徒誰もが、目を大きく開いて問題を食い入るように眺め、忙しくペンを走らせている。
そのとき、亜弥は視線を感じた。その方向を見ると、久住がぱっ、と目を逸らした。
―――何、今の?
亜弥の脳の奥が、ひりりと疼いた。亜弥の直感が大きく反応している。
確かに久住は、じっと亜弥を見ていた。一体なぜ?
緊張が亜弥の全身に広がった。なぜだ?なぜこっちを見ていた?
―――開始直後だぞ……
普通は問題に集中するはずだ。こんなときに教師の様子を気にする者などいない。
あんなふうに亜弥をじっと見ているなんてことは、通常ではありえない。
どうして……どうしてこちらを見ていたのだ?
―――あんな怯えた目で
なぜ試験より、監督者が気になる?答えは……
―――不正行為
久住はカンニングしようとしている。だから挙動不審にこっちを見ていたのだ。
―――美貴たん。一生懸命教えていたのに……
亜弥の全身から緊張が抜け落ちてしまった。
身体の体温もエネルギーも全て、流れ落ちてしまった。
- 10 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:18 ID:Q/1VTETk
- このことを知った美貴は、どんな気持ちになるだろう。
美貴は決して熱血教師ではない。できの悪い生徒、手のかかる生徒に関わろうとしない。
「知らん」「勝手にしろ」。そう言って追いかえすのが、いつもの美貴だった。
でもなぜか、久住に対してだけは違った。
「絶対やれよ!できるまで帰さないから」と厳しい口調で迫り、教えていた。
前にそのことを聞いたことがある。すると美貴はこう言っていた。
「英語なんて、知ってりゃ面白いけど知らなくてもいい。
英語ができなくたって、社会ではどうにかやっていけるよ。
だから別に、できの悪い生徒がいたって知ったこっちゃない。でもさ……
あのコ、自信なさそうなの。にこにこしてるようで、その奥でなんか怖がってる。
友達もいるにはいるけど、多くない。かわいいのにね。かわいいからかな?
だから、何でもいいから自信つけさせてやりたいじゃん。
美貴には英語教えるしか、してやれないけどさ」
そんな正義漢ぶった発言、いつもの美貴なら「暑苦しい」とかいいそうなくらいだ。
なのにこの時の美貴の言葉は、まっすぐ亜弥の心に響いてきた。
ちょっと気だるそうに、でも嬉しそうに話す美貴。亜弥が初めて見る表情だった。
それなのに……。亜弥は思わず久住をにらみつけた。
久住は問題用紙の裏側に、びっしりと何か英文を書き込んでいる。
一見、暗記している英文を忘れないうちに書き出しているかのようだ。
亜弥の中にさっき抜け落ちた熱さが、再び湧き起こっていた。
それが怒りだと認識するのに時間がかかった。
点数なんてどうでもいいのに。美貴はそんなこと気にしているのではないのに……。
そのとき亜弥に、カンニングという行為に対する憎悪はまるでなかった。
ただ、美貴の無念を思うと憤りを抑えることができなかった。
―――やめさせなきゃ
- 11 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:19 ID:Q/1VTETk
- こんな報告をして、美貴を悲しませることだけは、したくない。
久住の不正行為を、許してはならない。絶対に。
亜弥は足早に、机の間を移動した。久住のすぐそばで様子を観察する。
久住の手が一旦止まる。
横目に亜弥の様子をちらっと伺うと、すぐにまた手を忙しく動かしはじめた。
亜弥は腕組みをして、じっと久住の挙動を観察し続けた。威圧する姿勢でじっと。
今、他の生徒がカンニングをしたら確実に見落とすだろうが、知ったことではない。
美貴が手をかけて指導したこのコのカンニングさえ防げれば
報告書でも始末書でも後でやってやる!
久住は亜弥の様子をチラチラと気にしながらも、次々英文を書き記していく。
B4用紙の半分が英文で埋まっていた。
―――こんなに覚えられる?
中にはスペルがわからずカタカナになっているものもあったが、
できの悪い久住が、丸暗記でここまでの英文を書き出せるか?
しかし、机の中に何かを隠している様子はない。
この学校は試験のときカバンをロッカーにしまうから、カバンに細工はできない。
どこかにカンニングペーパーがあるのだろうか?
さっきから、久住はこちらをちらちら見ている……ように見える。
気が散っている振りをして、どこかに仕込んだカンペを盗み見ている可能性はないか?
亜弥は久住の視線の先に、何か隠れていないかと、辺りを見回した。
しかし、教室に不審な掲示物など、あるわけなかった。
見ると、目の前の須藤があからさまに迷惑そうな顔をしている。
教師がじっと動かないので気が散っているのだろう。
―――ずっとここにいるわけにもいかない。
そろそろ移動をしないとまずい。しかし、久住から目を離したくもない。
- 12 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:19 ID:Q/1VTETk
- ―――どうする?
亜弥は忙しく考えを巡らせた。
今、亜弥にじっと見られて、久住にはかなりのプレッシャーがかかっているはずだ。
本当は今の状態で久住にプレッシャーを与え続け、カンニングを断念させたい。
しかし手口がわからないし、こうしているのもそろそろ限界だ。
―――しょうがない
亜弥は一旦、その場を離れることにした。
ゆっくり、他の生徒の様子を伺いながら教室を移動していく。
足音を極力殺し、ときに立ち止まりながら移動を続けた。
美貴から教わったテクニックを思い出していた。
あの方法を使えば離れたところからもプレッシャーをかけられる。
亜弥は、教室の最後方までくると振り返り、そこで腕組みをして立ち止まった。
見ると久住は、問題用紙の裏に写した英文を見ながら、解答用紙への記入を始めていた。
―――どうだ、これなら安心できないだろう。
後ろに立った亜弥は、物音一つ立てずに息を殺してじっとしていた。
生徒にしてみればこれほど嫌な状況はないだろう。
教師はいるはずなのに、どこから自分を見ているか確認できないのだ。
後ろからは、机の中が久住の身体にさえぎられて見えなかった。
しかし、机の中のものを見る動作をしたらすぐにわかる。
これまで久住にそういう動きは見られなかった。
亜弥が見たかぎり、壁や、前の生徒の椅子にもカンペはなかった。
―――不審な動作もないし、カンペも見つからない。
こうなってくると、本当にカンニングしているかどうかも確信が持てなくなってくる。
- 13 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:20 ID:Q/1VTETk
- ひょっとしたら、久住は死に物狂いで教科書の英文を丸暗記したのではないか。
暗記したことを試験時間に全部書いても不正ではない。
期末試験は教科書からの出題が多いから、教科書を丸暗記すれば落第は免れる。
そういうことなのか?しかし、最初の久住の様子はどう考えても怪しかった。
―――考えろ……
生徒の立場で考えなくてはだめだ。
どうやれば、見つからずにカンニングができる?
自分が中学生だったときにもカンニングをするやつはいた。
けれどほとんど捕まっていた。手口がいかに巧妙でも、試験中の挙動が普通ではなくなる。
どうやってもそれだけは隠すことができない。
しかし、久住の行動はどうだ?何も怪しいところはない。怪しいのは、表情だけなのだ。
筆記用具を凝視していることもない。ティッシュやハンカチも机上にない。
机に穴をあけて、おみくじ隠しを作っている?
いや、違う。小さくおみくじ状に丸めた紙なら見つからないが
久住がそこに書かれた英文を凝視していたらわかる。
どんなに小さく隠そうとしても、それを見る動作が怪しくなる。
カンペが小さくなればなるほど、動きが大きくなる。
―――カンペが大きかったら?
普通にしていて充分見える大きさで、カンペが用意されていた場合はどうか?
そのとき、教師は見落とすかもしれない。
―――ひょっとして……
亜弥は再び久住の所まで移動して言った。
「ちょっとごめん、机見せて!」
- 14 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:20 ID:Q/1VTETk
- 久住はびくんっ、と小さく跳ねた。
―――やっぱ、怪しい。
亜弥は久住の用紙を持ち上げ、机に何か書き込みがないか確認した。
机の上が盲点だと思ったのだ。しかし、久住の机には落書きも傷も何もなかった。
―――問題用紙に堂々と挟まっていることはないか?
配るときにさっとカンペを挿入した可能性に思い当たり、用紙を一枚一枚チェックしたが
やはり空振りに終わった。念のため机の中が空になっていることも確認した。
「ごめん。解答を続けて」
亜弥はあきらめ、教壇に戻った。と、そのときカリカリという鉛筆の音に混じって
廊下から足音が聞こえてくる。亜弥が時計を見ると、問題作成者の巡回時間だった。
質問がないかどうか、作った教師がクラスを回るのだ。
―――美貴たん!
亜弥は思わず息をついていた。溜まったものを搾り出すような深いため息になっていた。
教室後ろのドアから、美貴が見えた。美貴は教室の様子をさっと見てドアを通過した。
そのまま、こっちまで来るのだろう、と亜弥が思っていると
―――?
足音が急に止んだ。亜弥は首をかしげる。美貴が止まった?……なぜ?
と思っていると、今度は突然、ガン!と大きな音がした。
突然の音に生徒たちがびくっ、となった。
亜弥には音の正体がすぐにわかった。今の音は美貴に違いない。
美貴はすぐ八つ当たりをするから。美貴が何かに怒って、壁を蹴飛ばしたのだ。
―――ひょっとして……久住のカンニングに気づいて……
- 15 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:20 ID:Q/1VTETk
- しかし、ドアについた小さな窓から見ただけで、何かわかったのか?
ほどなくして、美貴が教室内に入ってきた。
「何か質問あるひとー」
誰も手をあげないのを確認すると美貴は
亜弥のところまで来て耳元で「久住から目を離すな」とささやいた。
やはり美貴は、久住の不正に気がついたようだ。亜弥は無言で小さく笑みをつくった。
―――わかってますよ!美貴たん……
美貴は、机の上に残っていた紙に「終わったら久住を連れて来て」と書いた。
「了解」亜弥が書き返した。
◇
チャイムが鳴って試験は終了となった。答案を回収している間も、
亜弥は久住を監視していたが、結局不正行為と言えるものは、何も出てこなかった。
回収を終えると、亜弥は久住を手招きした。久住はすぐに気づいて前に来た。
「行こう」
とだけ言って、亜弥は久住の手を、取り引っ張るようにして廊下に出た。
久住は特に抵抗せずに、ただし面食らった表情で、黙ってついてきた。
廊下を歩いていくとき、後ろの扉から教室を見ると、生徒たちは騒がしかった。
皆、試験が全て終わった解放感に浸っているようだった。
友達と答えの確認をする生徒。携帯をカバンに投げ入れる生徒。手鏡を取り出す生徒。
亜弥はどこか腑に落ちない気持ちを抱えたまま、久住の手を引いて英語準備室を目指した。
◇
- 16 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:21 ID:Q/1VTETk
- ◇
美貴、亜弥、久住。三人もいると英語準備室はすぐに蒸し暑くなった。
「で、松浦先生。この生徒、何か不審なことしてましたか?」
亜弥は首を横に振った。亜弥の直感では、もろに怪しかったが……。
最後の最後まで亜弥には何も見つけられなかったのだ。
「試験が終了してからも、何もしてませんね?」
「はい、してません」
「わかりました。ねぇ久住……今日大事な試験の日だよね?」
「はい」
「落第したら、夏休み潰れて補習になっちゃう。いつも以上に気合入れてきたはずだ。
ねぇ久住……一つ、質問させて」
美貴は、久住に顔を近づけて言った。
「なんで髪を下ろしてる?」
時間が止まった。美貴の言葉に久住は完全に固まってしまった。
「いっつも後ろで結んでいたじゃん。亜弥ちゃんも知ってるよね」
「う、うん」
美貴の言う通りだった。髪を下ろしていたために、最初、久住を見つけられなかったのだ。
「あ……あの」
久住が、消えるような声で言った。
「今日はそういう気分だったから」
- 17 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:21 ID:Q/1VTETk
- 「気分?」
「……はい」
「普段から下ろしているならわかるけどさ。
勉強するとき必ず後ろで縛っていた久住が、試験の日に気分で髪を下ろす?
邪魔じゃないの?落第かかった試験だよ?
普通は集中できるように、慣れた髪型で来るもんじゃない?」
バン!と美貴が机を叩いた。
「耳、見せてみろ!」
「……」
「試験中から、ずっと松浦先生がお前のことを見てた。
証拠を隠す時間はなかったはずだ。今も、イヤホンつけてるんでしょ?」
亜弥は「え?」と思わずもらした。イヤホン?
確かに、髪を下ろしているから耳は見えない。しかし、コードをどうやって隠したのだ?まさか、シャツの中に隠しているなんてことがあるだろうか?
歩いているときも、不自然な動作は見えなかったが……。
「早く、見せて!」
久住は顔色を失って、微動だにしなかった。
仕方ない、というふうにため息をついて、美貴は久住の耳に手を伸ばした。
髪をかきあげると、そこには丸い耳掛けヘッドホンが装着してあった。
「コードがない……無線?」
無線式のヘッドホン。なるほど、線が見えないはずだ。
「ねぇ、もう黙っててもダメだよ。このサイズのもの、よく堂々と身に着けてたな」
亜弥はヘッドホンを見つけることができなかった。
いくら髪を下ろして耳を隠しているからと言って、こんなものを堂々とつけているとは
完全に盲点だった。しかし、今思えば、耳から聞いていたと考えられるヒントはあった。
- 18 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:22 ID:Q/1VTETk
- 久住はヘッドホンで英文を聞きながら、それを問題用紙に書き取っていた。
だから、スペルがわからない単語がカタカナになったのだ。
「これで教科書を全文聴いていたわけか」
「ち、違います」
「違う?」
「試験前、教室うるさくて勉強に集中できなかったから
耳栓がわりに使ったの、つけたままになっちゃって……」
「嘘つくな!!」
美貴は自分の耳にヘッドホンをつけた。しかし、何も聞こえないようだ。
「美貴たん、無駄だよ」
私はヘッドホンに小さく書かれている文字を指した。「Bluetooth」。
携帯電話のイヤホンマイクなどに使われる、短距離ラジオ無線だ。
「通信距離は半径10メートル程度。個人が携帯なんかで使うためのものだから。
だから他人に電波を拾われる危険もない」
「じゃ、こいつのカバンかどっかに機械があるはずだな?
耳栓だと言い張るなら荷物検査するか?」
「はい。してください」
久住が即答した。予想外に自信たっぷりな反応に美貴は眉をひそめた。
「いいの?」
「いいです。ただの耳栓なんだから。何も出て来ません。
信じてくれないんですか?ヘッドホンだけでカンニングの証拠になるんですか?」
久住は勢いを得てしゃべりだした。その様子が返って怪しかったのだが
ここまで自信があるということは、カバンの中にはないのかもしれない。
「ロッカーとか机の中も探すぞ」
「美貴たん、机は私がチェック済み」
- 19 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:22 ID:Q/1VTETk
- 「そう。じゃ、ロッカーだ」
「なかったら、信じてくれますか?」
「……」
美貴が一瞬、たじろいだ。亜弥も内心、動揺していた。
この流れはまずい。もしロッカーに何もなければ、久住の主張が通ってしまう。
しかし、耳栓だなんて話を信じられるわけがない。
「その前に、服の中にないかどうか見るよ」
「どうぞ」
美貴は久住の身体検査を行ったが、何も出てこなかった。
そのとき、
亜弥の脳の奥がひりり、と疼いた。直感が働いている。
何かが引っかかる。プレイヤー本体を探そう、という流れになってから
久住の様子に余裕が見え始めている。何か……見落としているような気がする。
「ねぇ、美貴たん……私なんか、言い忘れてるような気がするんだけど…」
「何?」
「わかんない」
美貴は腕組みをして、亜弥の目を覗き込んだ。
「亜弥ちゃんがそう感じるの?」
「うん。感覚的に、だけど、何か忘れてる」
「亜弥ちゃんが、そう言うなら……。ねぇ、テストの時のこと、思い出せる限り教えて」
美貴がそう言うので、亜弥は教室に入ってからここに来るまでのことを
記憶にあるもの全部美貴に伝えた。
- 20 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:22 ID:Q/1VTETk
- 亜弥が話を終えると、美貴はじっと目を閉じて何か考えていた。
「情報が不足してる……もうちょっと詳しく知りたい」
美貴はそう言って亜弥を見た。
「亜弥ちゃん、一つだけ思い出して欲しいんだけど……」
そのとき、コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。
美貴が動かないので、亜弥は立ち上がってドアを開けた。
訪問者の思いつめた顔を見たとたん、亜弥の脳がまたもひりりと疼いた。
しかも今回の直感には、鳥肌が立つほど冷たい悪寒が伴っていた。
「キミ……」
このコは、ものすごく悪い知らせを美貴に届けるに違いない。
そう思った。
「須藤さん……だったよね?」
- 21 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:23 ID:Q/1VTETk
- 美貴は須藤を、用件も聞かずに久住の隣に座らせた。
そして、生徒たちを放置したまま先ほどの質問を再開した。
「亜弥ちゃん……思い出して欲しいんだけど」
「うん」
「亜弥ちゃんが、試験後に教室で見たこと。
後ろのドアから、騒がしい生徒たちの様子が見えたって言ったよね」
美貴が言っているのは、久住をここに連行するときに見た光景のことだ。
友達と答えの確認をする生徒。携帯をカバンに投げ入れる生徒。手鏡を取り出す生徒。
「その、携帯をカバンに投げ入れてたのって誰?」
「……このコ」
亜弥は、目の前に座る須藤を指差した。
「やっぱり。じゃあ須藤、どうして携帯をカバンに入れた?」
「……」
「どうして?」
「メールを見たくて……」
「その場合はカバンから取り出すだろ?お前はカバンに投げ入れた。逆だよ」
須藤は、黙ってしまった。
亜弥はさっきから、ずっと悪い予感に落ち着かない。
「まさかメールのチェックだけして、すぐにしまったなんてことはないよね?
亜弥ちゃんがお前の行動を目撃したのは試験が終わってすぐだ。
久住を呼んでから『行こう』とだけ言ってすぐに移動をはじめたんだから。
そんなに猛スピードで携帯をチェックするほどメール好きだったの?」
質問されても、須藤は依然沈黙のままだった。
- 22 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:23 ID:Q/1VTETk
- 「試験中もメールが気になってしょうがないほどメール中毒だったのなら
もっと誰かにメールしたくなるでしょう?すぐに放り投げることはない。
試験終わったんだよ?時間はたっぷりある」
「えっと……」
初めて須藤から反応があった。
「実は、試験中ずっと持ってたんです?」
「だから……試験中も手放せないほどの携帯依存症なら、
終わってすぐカバンに入れたりしないって。それにどこに持ってたの?
カバンはロッカーの中だ。ポケットには入れないよね。
試験中に落として、先生に見つかるリスクが大きい。
なんせ、うちの夏服はポケットがゆるくてすぐものが落ちるから。
残った可能性は……机の中」
チェックメイトだ。亜弥が試験前に机の中を空にするように言っているのだ。
「先生の忠告無視して机の中に入れといたの?
そんな危険なこと普通はしないよね?特殊な事情でもない限り。
例えば、隣のコのカンニングを手伝っているとか」
美貴の言葉はそこで止まった。
須藤も久住も、下を向いたまま、何かに耐えるような表情でいるだけだった。
気まずい沈黙が、しばらく続いた。
結局、美貴が沈黙を破った。
「その携帯、音楽を再生できるんでしょう?
英語の教科書を読んで録音しておいたんだ。
始めの何分かを空白にしておけば、試験監督が来る前に再生を開始して
始まってから流れるようにできる。それを無線で久住に聞こえるようにしたんだ」
- 23 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:24 ID:Q/1VTETk
- バン!美貴がまた机を叩いた。
「久住!友達まで巻き込んで……どこまで腐ってるんだ!お前は!」
「美貴たん……」
「自分の問題を、自分で何とかしようって思わないのかよ!?」
「美貴たん」
亜弥は美貴の肩を強く引いた。
「どうして……どうしてこんなことを……」
「先生……小春ちゃんは……」
須藤の声がした。美貴を見ていた。
須藤の目を見て亜弥は、言おうとしていることがわかった。胸が張り裂けそうになった。
「いじめられてます」
「……え?」
「みんなからウザイって言われてるんです。
机にも『キモい』とか『学校へ来るな』とか……」
須藤の目から、大粒の涙がこぼれていた。
「私、知ってたのに怖くて……誰にも言えなくて……。
『先生に相談したら?』て言ったんですけど……」
美貴は、虚を突かれたように呆然とした表情で小さく
「私……何も聞いてない」
- 24 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:24 ID:Q/1VTETk
- そう言った。その顔に力はまるでなかった。
自分の教え子のいじめ。言われなきゃわからない。
いじめは、大人のいないところでやるから意味がある。
子どもなら誰でも知っているいじめも、大人からはまるで見えないのだ。
「……どうして?」
「小春ちゃん、藤本先生のこと大好きなんです。
だけど英語の成績悪いから目をつけられてる。
もしテストが悪くて藤本先生に見捨てられたら、
小春ちゃんを味方してくれる大人がいなくなっちゃう」
「私が?」
―――ああ、美貴たん……
亜弥は耳を塞ぎたくなった。美貴が久住を追い詰めてしまったのだ。
美貴が必死に久住を教えたから、厳しく久住に接したから、久住は……
唯一頼りにしていた先生が、自分を嫌いになったと思い込んでしまった。
それが、カンニングの理由。そこまでは美貴も見抜けなかった。
「畜生!!」
突然美貴が、叫んだ。
「久住が何かに悩んでるのは知ってたよ!だから……だから私は……」
―――何でもいいから自信つけさせてやりたいじゃん。
亜弥の脳裏に、美貴の言葉が浮かんできた。それがこんな結果に終わってしまうとは……。
「あーそうだよ!こんなふうになるから、私は頑張るの嫌なんだよ。
できの悪いやつなんてほっときゃよかったんだ!
変に想い入れたりするから、ろくな結果にならないんだよ!畜生!!」
- 25 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:25 ID:Q/1VTETk
- 美貴は突如、立ち上がって自分が座っていた椅子を蹴飛ばした。
「辞めてやる!もうこんな仕事、やってらんねぇよ!!」
バシッ!亜弥は、美貴の頬を思い切りはたいていた。
「落ち着け!バカ!!」
亜弥に叩かれた美貴は、精気を抜かれたようにその場に崩れ落ちた。
「久住さん。美貴をこんなに怒らせたの、あなたがはじめてよ」
「……ごめんなさい」
「ううん。この人面倒くさがりで、生徒に一生懸命になったりしないのよ。
だからここまで怒ったりしないの。それが、不思議だねぇ。
久住さんのときだけ、こんなに必死になっちゃって」
「先生……」
◇
2人の生徒は、美貴に連れられて職員室へ向かった。
おそらく、2人とも英語は0点扱いになるだろう。
美貴はそれでも、最後まで久住の力になってあげるに違いない。
「テスト0点よりも、いじめで孤立する方が、きついってことか」
亜弥はそうつぶやいた。
―――でも
須藤にとって0点は、痛い処分ではないだろうか。
いくら友達を助けるためとはいえ、久住を助けようとカンニングを手伝ったことが
クラス中に知れ渡ってしまうのだ。割りに合わない気がする。
- 26 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:25 ID:Q/1VTETk
- そのとき、廊下を歩いてくる生徒が見えた。
脳の奥が、またしてもひりりと、大きく疼いた。
―――このコ……美貴たんのクラスの……
確か、徳永という生徒だった。
「ねぇ」
「はい、何ですか?」
徳永は元気な笑顔で亜弥の前に立った。
「あなたのクラス、いじめとかある?」
「はい」
徳永は答えた。こんな軽く言えるものなのか、亜弥は驚いた。
「そんなに酷いものじゃないですけど。
ハブったり、陰口言ったり、物隠したりするくらい」
その能天気な口調にめまいを覚えながらも亜弥は聞いた。
「誰がいじめられてるの?」
亜弥がそう聞くと、徳永は目をそらした。そしてようやく表情が曇った。
「えっと……」
「教えて。誰?」
「須藤さんです」
- 27 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:26 ID:Q/1VTETk
- 亜弥はショックを受けると同時に、自分の直感の正体がようやくわかった。
いじめられているのは久住だけではなかった。
「須藤さんだけ?」
「他にも久住さんとかターゲットはいるけど。一番やられてるのは須藤さん。
あ、でもいじめられてるどうしは仲いいからハブってわけじゃないか」
徳永は弁明するように言った。
須藤と久住。2人はいじめの被害に遭っていたどうしだった。
須藤がなぜ久住に手を貸したのか、今ならわかる気がする。
彼女には久住しかいなかったのだ。
奇抜で大胆な手口のカンニングを通じて2人は確かめ合っていたのだ。
クラスで居場所をなくし、信じる心を失った少女たちにとって
クラスメイトにも教師にも言えない秘密の作業を共にすることは
お互いを結ぶ、見えない絆を確認するための儀式だったのかもしれない。
耳かけヘッドホンを髪で隠すという、見つかるリスクが大きい手口だったのも
お互いどこまで信頼し合えるかを試すのに、ちょうどよかったに違いない。
思えば須藤は、自分から英語準備室にやってきた。
須藤がやって来なければ、手口をごまかしきれたかもしれないのに。
心配だったのだろう。
久住に裏切りだと思われるのではないかと
久住に見限られてしまうのではないかと、
不安でいても立ってもいられなかったのだろう。
テスト0点よりも、いじめで孤立する方が、苦しい。
- 28 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:26 ID:Q/1VTETk
- 「あ、先生。私から聞いたって言わないでくださいね。
ターゲットになりたくないから」
そう言って無邪気な笑顔を見せる徳永に、
この年代の少女特有の残酷さを見た気がした。
走り去っていく徳永の後ろ姿を見ながら、亜弥は考えた。
なるほどこの仕事は大変だ。一生懸命になればなるほど苦しい。
だから美貴はこれまで、生徒と必要以上に関わろうとしなかった。
でも美貴はもう久住と関わってしまった。それも相当深くまで。
きっとこれからの美貴は、生徒のためにずっと一生懸命になるだろう。
そして美貴がそうするなら、自分もきっと真剣に、自分の生徒と向き合うだろう。
知らなくていいことまで感じてしまう亜弥と
知らなくていいことまでわかってしまう美貴。
―――大変なのは、これからだ……
徳永のいなくなった廊下が、長く奥まで続いている先を
亜弥はじっと、力を込めて睨み続けていた。
- 29 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:27 ID:Q/1VTETk
- ―おわり―
- 30 名前:03 見えない線 投稿日:2006/12/28(木) 19:28 ID:Q/1VTETk
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- 31 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
- このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。
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