02 開かずの扉
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/28(木) 11:19 ID:yG.QTSck
- 02 開かずの扉
- 2 名前:02 開かずの扉 投稿日:2006/12/28(木) 11:23 ID:yG.QTSck
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そのスタジオには開かずの扉があるという噂だった。昇降装置がある為、
関係者以外は立ち入り禁止になっている区域へ続く階段を登ったところに、
小さな扉が取り付けられているのだ。
恐らくはちょっとした機材やらを置くためのスペースだったのだと予想されるが、
誰かが鍵を失くしたせいでほとんど使われることなく時間だけが経過し、そのような噂が流れることになったのだろう。
扉の存在を知る誰もがそう思っていた時、それは起きた。
そのスタジオで撮影を行っていたモーニング娘。のメンバーが一人、
開かずの扉の内側へ閉じ込められてしまったのだ。
**
「…そんなこともありましたね」
道重さゆみはそう言って目を細めた。
「そんなことって……あんなに怖かったのに重さんらしいなぁ」
道重の正面に座る新垣里沙が呆れたような苦笑を浮かべる。
二人がこうして会うのは実に久しぶりのことであった。モーニング娘。が解散してから数年、
メンバーたちはそれぞれの道を歩み始めることに必死になっていた。
芸能界に残った者、これまで出来なかった普通の青春を遅ればせながら送る者。
道重さゆみは前者で、新垣里沙は後者だった。
そのため接点が限りなく少なくなった二人は、今日のような偶然に頼らない限り、
もしかしたら会うことはなかったのかもしれない。
- 3 名前:02 開かずの扉 投稿日:2006/12/28(木) 11:24 ID:yG.QTSck
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「怖かったですか、あれ」
「怖かったじゃん。愛ちゃんがあのまま閉じ込められたら娘終わってたよ」
「もう終わってますけどね」
「…そうだけどさー、怖かったって」
さらりと返した道重に新垣は不服そうに唇を尖らせた。
道重は新垣の表情の変化を楽しそうに見ながら
「ホントは怖くないんです。さゆみ、あの事件のホントのこと知ってますから」と可愛らしくウィンクをした。
「ホントのこと?」
「そうですよ」
「なにそれ?どういうこと?」
「どうもこうも…そうですね。新垣さんとはもう会えないかもしれないし、
教えてあげてもいいかな」
小さく呟いて道重は続けた。
「あの時のことよく思い出してください」
- 4 名前:02 開かずの扉 投稿日:2006/12/28(木) 11:26 ID:yG.QTSck
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◇
開かずの扉の噂はメンバー間でも有名で、
そのスタジオを使う時は必ず一度は扉の話をしたくらいだ。
「でも、そういうことってあるのかな」
「あるわけないやん」
「何で断言できるの。れいなって夢がない」
「絵里の頭の中がお花畑なだけやろ」
「お花畑に行けないれいななんかただのれいなだよ」
「意味分からん」
「分かる人は分かるもん。ね、さゆ」
子供じみた口論をしていた亀井絵里が唐突に道重に意見を求めてきた。
はっきりいって亀井の言ってることは分からなかったので適当に頷き、
道重は扉に関して考えていたことを口にした。
「鍵がかかってる扉が開かないのは当たり前だけど、それが開いたり開かなかったりするのは有り得ないの」と。
それからどういう話題の変遷があったのか忘れたが、
休憩時間にこっそり確かめてみようという結論に達した。
その話は新垣や高橋愛にも伝わり、総勢5人が開かずの扉を調べることになった。
だが、いくら休憩時間とはいえ機材のセッティングをしているスタッフたちの目もある。
その上立ち入り禁止区域を侵すのだから、5人でぞろぞろと向かうわけには行かない。
そこで話し合いが行われ、結果、高橋が一人で確認することになった。
- 5 名前:02 開かずの扉 投稿日:2006/12/28(木) 11:28 ID:yG.QTSck
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「愛ちゃん、気をつけてね」
「扉の前についたら一曲歌ってくださいね」
無責任な掛け声に見送られながら高橋の背中は遠ざかっていく。
そして、彼女の姿は視界から消えた。
残された四人は固唾を呑んで耳を澄ます。階段を上る足音に続き、小さな歌声が聞こえた。
「ちょっ、高橋さん、ホントに歌っとうよ」
「ってか、なんで歌わせたの?逆に怖いじゃん」
「誰が言ったんだっけ?」
「さゆやろ」
ぼそぼそと潜めた声でそんな会話をしていると、ガチャっとノブが回る音が聞こえた。
「ん、開いたっちゃない?」
田中が少し緊張したように言う。
「なーんだ、やっぱり開かずの扉なんてただの噂だったんだね」
新垣はどこか安堵したように。その声に
「そりゃそうですよ。あるわけないですもん、常識的に考えて」と亀井が笑った。
「絵里、さっきと言っとうこと違くない?」
「違くない」
「違うやん。夢がお花畑とか言っとったやん」
「そんなこと言ってないもん」
田中と亀井がまた子供じみた口論を始める。放っておくのが吉と判断したのか、
新垣が道重の隣に移動してきた。
「扉開いてがっかりしたの?」
ずっと高橋が消えた方を見ていた道重に気づいたのか新垣がそう尋ねてくる。
「してませんよ。ただ高橋さん戻ってこないなと思って」
ドアが開いてから五分。高橋は、中に入るとは言ってなかったから、
そろそろ戻ってこないとおかしいだろう。道重の言葉に新垣も
「そういわれたらそうだね」と扉のある方へ視線を動かした。
- 6 名前:02 開かずの扉 投稿日:2006/12/28(木) 11:29 ID:yG.QTSck
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「…愛ちゃん、中入っちゃったのかな」
「さゆみ、見てきます」
首を傾げる新垣にそう言い残すと、道重は素早く階段を駆け上った。
先ほど、高橋が開けた扉は閉まっている。道重は微かに眉を寄せ、
ドアノブをガチャガチャと回した。
「高橋さん?中にいるんですか?高橋さん?」
中に呼びかける。
「重さん?」
返事が返ってきた。高橋の無事に少しだけ胸を撫で下ろし、
道重は「どうしたんですか?」と訊いた。
「分からん。さっきから出ようとしてるのに開かないんやよ」
「え?」
思いがけない言葉に道重は絶句する。
――さっきは開いた扉が開かない。そんなこと有り得ない。
「間違えて内鍵かけちゃったんじゃないですか?」
「かけてないよ」
「…じゃあ、どうして」
道重は呆然と扉を眺め、それから気を取り直したようにドアノブを注意深く見つめた。
道重の世界では、開いたものが開かなくなるということは絶対に有り得ないことだった。
- 7 名前:02 開かずの扉 投稿日:2006/12/28(木) 11:30 ID:yG.QTSck
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「重さん、どうしたの?」
道重までもが戻ってこないことに不安を覚えたのか、新垣が階段を登ってきていた。
「なんか開かないみたいなんです」
「は?嘘でしょ?」
驚きの声を上げ新垣がドアノブに手をかける。
「愛ちゃん?大丈夫なの!?」
必死に呼びかけながらガチャガチャとドアノブを回したり、扉を押したり引いたりするも、
一向に扉が開く気配はない。
「高橋さん、どうしたと?」
いい加減、異常を察したのか、いつの間にか田中と亀井の二人も姿を現していた。
「ねぇ、れいな」
道重は田中に向き直る。
「下に行って、誰か呼んで来て」
「え、うん」
田中が急いで階段を駆け下りていく。
残された亀井が「ね、さゆ、どうなってるの?」と小声で訊いてくる。
「わかんないの」
道重は首をそう振った。
- 8 名前:02 開かずの扉 投稿日:2006/12/28(木) 11:31 ID:yG.QTSck
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◇
「それから先は新垣さんも覚えていますよね」
「うん」
新垣が頷く。
「呼んできたスタッフさんの力でも扉は開かなくて……愛ちゃんは返事もしなくなっちゃった」
新垣は当時を思い出したのか眉間に皺を寄せた。
結局、どうしようもなくなって、警察か鍵屋か、
ともかく力になりそうな人たちを呼ぼうというところにまで事態は発展した。
「で、助けが来るまでメンバー皆で愛ちゃんを励ましたりしてるうちに、扉が開いたんだっけ」
「そうですね」
道重は頷く。
「で、ホントのことって?」
「あれ。今ので分かりませんでした?」
「……全然」
新垣の答えに、道重は少し困ったように口元に手をやった。
- 9 名前:02 開かずの扉 投稿日:2006/12/28(木) 11:32 ID:yG.QTSck
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「じゃぁ、軽く整理しますよ」
「うん」
「高橋さんはなぜか開けるだけでよかったのに、開かずの扉を潜って中に入ってしまった」
「うん」
「それから、高橋さんが戻ってこないことを不思議に思ったさゆみが
様子を見に行くと扉が開かなくなっていた」
「うん。それで私が見に行ったんだよね」
「そうです」
道重は済ました顔で口を噤んだ。新垣はやや焦れた様子で先を促す。
「いい加減、ホントのことを教えてくれてもいいでしょ」
「いいですよ」
道重は微笑んだ。
「でも、さゆみが何を言っても怒らないって約束してくださいね」
「分かってるよ。今更、怒っても仕方ないし」
「それから、親交あるか分かんないですけど、メンバーの皆には話さないで下さいね」
「うん」
新垣が頷くと、道重は深く息を吐き「ごめんなさい」と頭を下げた。
- 10 名前:02 開かずの扉 投稿日:2006/12/28(木) 11:33 ID:yG.QTSck
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「は?なに?」
突然の謝罪に新垣はなにがなんだか分からないといった顔になる。
「一言でいうと、さゆみと高橋さんが嘘をついてたんです」
「え?」
「高橋さん、内側から鍵をかけてたんですよ。さゆみはそのことに気づきました」
「愛ちゃんが?なんでそんなこと?
ってか、気づいたなら教えてくれればあんな大事には――」
「でも、高橋さんも色々あるのかなって思って。
さゆみ、高橋さんのこと嫌いじゃなかったですし」
「…嫌いじゃなかったからって」
新垣は怒りを通り越して疲れたような声を出す。道重は肩を竦め、続けた。
「高橋さんの目的、分かります?」
「……分かんないよ。そんなくだらない悪戯で、あの時、皆がどれだけ心配したか……」
「それが正解です」
新垣のぼやきに道重はにこやかに言った。
新垣がポカンと道重を見つめてくる。
- 11 名前:02 開かずの扉 投稿日:2006/12/28(木) 11:34 ID:yG.QTSck
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「あれは多分メンバーの皆を心配させることが目的だったんですよ」
「……心配って、なんで?」
「前にさゆみ、高橋さんから訊かれたことがあるんです。
――あっし、皆に嫌われてるんやないやろかって」
「そんなこと愛ちゃんはしょっちゅう言ってたよ。口癖みたいなもんじゃん」
「でも、あれ本気だったんじゃないかな。だって、あの後、高橋さん、言ってたじゃないですか?
皆がこんなに心配してくれると思ってなかったって、嬉しそうに」
新垣ははっとなる。確かに、高橋は扉から出て来た時、涙を流しながらそう言っていた。
――あっし、嫌われてなかったんやねとも。
あの日、一人で開かずの扉に向かうことになった高橋は自身が嫌われているという
被害妄想じみた考えが間違っていなかったと思ったのかもしれない。
それで衝動的にあんなことをしでかしたのかもしれない。彼女なら、有り得る。
新垣はこの日何度目かのため息をついた。
- 12 名前:02 開かずの扉 投稿日:2006/12/28(木) 11:35 ID:yG.QTSck
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「それじゃ、サヨナラ」
道重と別れて外に出るともう辺りは暗くなっていた。
新垣はふと高橋が閉じこもったあの開かずの扉の中の暗さを思い出す。
高橋は今どうしているのだろうか。一緒に活動をしていた時はあれだけ連絡を取っていたのに、
今ではそれもなくなっていた。もうあんなことを起こさないですむような場所を
彼女が見つけていればいいのだが――
今度、連絡を取ってみようか、新垣は自分の考えに少し微笑むと雑踏に向かって歩き出した。
- 13 名前:02 開かずの扉 投稿日:2006/12/28(木) 11:35 ID:yG.QTSck
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- 14 名前:02 開かずの扉 投稿日:2006/12/28(木) 11:35 ID:yG.QTSck
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- 15 名前:02 開かずの扉 投稿日:2006/12/28(木) 11:35 ID:yG.QTSck
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