13 眠れぬ森のツァラトゥストラ
- 1 名前:13 眠れぬ森のツァラトゥストラ 投稿日:2006/05/04(木) 00:11 ID:wLVig5HQ
- 13 眠れぬ森のツァラトゥストラ
- 2 名前:13 眠れぬ森のツァラトゥストラ 投稿日:2006/05/04(木) 00:16 ID:wLVig5HQ
- 森が燃えたのは2006年5月5日の未明のことだった。
浮浪者たちが住むテントや不法投棄されたゴミを焼いた火はまたたく間に燃え広がり、森一面を焼いた。
森を切り開いて作った新興住宅地に住む人々に避難命令が出たのは、消防隊が出場してから6時間後のことだった。
この火事で3人の消防隊員と警察官が亡くなり、2人の学生が行方不明になった。
紺野あさ美と小川麻琴。私の高校の3年生だ。
- 3 名前:13 眠れぬ森のツァラトゥストラ 投稿日:2006/05/05(金) 21:03 ID:JhxxZD9k
- 森からはまだくすぶったような匂いが抜けていない。
生のまま焼けてった青葉のにおい。
下から見ると森は無残に破壊されていたが、内側に入るとどこが焼けたのかまるで見当もつかなかった。
「ひみつだよ」
そう言って人差し指を立てて、先輩は笑った。そしてそのまま帰ってこなかった。
一方的な約束にミダス王の散髪師が耐えれなくなったように、私の中からもいつか秘密が溢れだしてしまうんだろう。
振り返って見下ろすと私達の街はとてもちっぽけだ。あんなところにしがみついて必死に暮らしている私達が滑稽だった。
- 4 名前:13 眠れぬ森のツァラトゥストラ 投稿日:2006/05/05(金) 21:11 ID:JhxxZD9k
- 火災の現場は寒々しく放置されていた。
火元も原因も特定できなかったものの、消失した箇所はあまりにも広範囲にわたっていたし、どうせまた、山歩きの人の歩き煙草が原因なんだろうと噂されていた。
そして非日常が、日常のなかに消えていく。
やがて、こんな火災があったことなど、誰の記憶からも消えてくんだろう。
私みたいにこの火事でなにかを無くしてしまった人を除いて。
オレンジが嘗め尽くしたこの森に、あのとき私もいた。
私と、紺野あさ美と小川麻琴。私だけが無事だったことなんか誰も知らない。
- 5 名前:13 眠れぬ森のツァラトゥストラ 投稿日:2006/05/05(金) 21:21 ID:JhxxZD9k
- 「どこに行くの?」
二股に分かれた道のどちらを進もうかと思案していると、背後から声を掛けられた。
知らない顔だった。大学生ぐらいの女だった。べっこう縁の眼鏡を掛けたショートカットと、ラフに着たネルシャツが印象に残った。
一見して、山に慣れてる、という印象を受ける。
すいっと追い越されたときに私の目線の高さぐらいに彼女の肩があった。
「連れてってあげようか?」
「え?」
追い越しざまに言われて戸惑ってると、彼女は歩みを止めることもなく顔だけ、振り返った。
「この山は庭みたいなものだしね。いると便利だと思うよ」
女は、吉澤ひとみ、と名乗った。
- 6 名前:13 眠れぬ森のツァラトゥストラ 投稿日:2006/05/05(金) 21:28 ID:JhxxZD9k
- 私は名乗らなかったし、名乗ることも要求されなかった。
ただ行きたい場所を言うとかすかに眉をしかめられた。
「へんなとこに興味があるんだね」
「やっぱ一人でいきます」
「いや、いいよ。あそこに一人でたどり着くのは難しいからね」
最初こそ怪訝な顔をしたものの、行きたい理由を問い質すこともなく、彼女は人なつっこい笑顔を浮かべた。
その笑顔があまりにも教科書通りだったので、私は逆に警戒せずにはいられなかった。
こちらから何もアクションせずに、目的もなしに他人が親切にしてくれることなんか無いってことぐらいはもう知っている年齢だった。
童話や能天気な漫画に騙されることほど馬鹿らしいことはない。
気をつけていれば、彼女が何者であっても、きっとうまくやれるはずだ。
だけど、そう思った自分は漫画に騙される子供と同じぐらい『警戒する』という意味を理解していなかった。
- 7 名前:13 眠れぬ森のツァラトゥストラ 投稿日:2006/05/05(金) 21:37 ID:JhxxZD9k
- さっと視界が開けて、記憶にある場所に出た。
そこは、この森できっと一番醜いところだった。
ゴミの不法投棄スポット。火事の火元ではないかとされる場所だった。
車のタイヤや、ドラム缶や、大型の家具や電気製品や、雑多なものが殆ど原型を留めないほどに焼け爛れ、放置されていた。
(ひみつだよ)
そういって二人は、ゴミ置き場(本当は置き場じゃないんだけど。不法投棄だから)に行った。
「親の仇でも見るような顔、してるね」
吉澤さんが言った。
「怖い顔してる。なにかあるのここ? 良かったら話してくれない?」
私が童話の登場人物だったら狡猾な狼に食べられているだろう。
私は彼女が部外者だと信じ切っていたし、まったく関係のない行きずりの第三者なのだと思っていた。思い込もうとしていた。
- 8 名前:13 眠れぬ森のツァラトゥストラ 投稿日:2006/05/05(金) 21:43 ID:JhxxZD9k
- 何も話したりするべきではなかった。警戒するというのはそういうことだ。
「先輩がいたんです。部活で。仲良くて」
でも私は馬鹿だから喋りだした。王様の耳はロバの耳。叫んでしまいたかった。
吉澤さんは黙って先を促してた。
「こないだの火事で行方不明になったんですけど……ここにいるんじゃないかと思って」
「どうして?」
「ここで見たのが最後なんです」
- 9 名前:13 眠れぬ森のツァラトゥストラ 投稿日:2006/05/05(金) 21:48 ID:JhxxZD9k
- (いいモチーフが落ちてるんだよね。歯車とか、真空管のテレビとか)
いたずらっぽくそう言ったのは小川先輩だった。
文化祭が近付いてきていて、私達は出展する作品不足に悩んでいた。
油絵やデッサンばかりだと代わり映えがしなくていやだ、と言いだしたのも小川先輩だ。
オブジェを作ろうと提案したのは、紺野先輩のほうだった。
私達は自分達の作品に使えそうなゴミを拾いに、放課後、3人だけでここに来ていた。
そして学習塾の時間が迫っていた私だけが、先に帰った。
- 10 名前:13 眠れぬ森のツァラトゥストラ 投稿日:2006/05/05(金) 22:03 ID:JhxxZD9k
- 誰にも言えなかった。
この場所は禁止区域で、生徒が行くことは禁じられていた。生徒だけでなく、誰も。
私達三人は誰にも秘密でこの場所に来た。
その夜、火事が起こり、私はテレビのニュースで二人が森から帰ってこなかったことを知った。
自分が森にいたなんて、誰にも打ち明けられなかった。
(ひみつだよ)
守る必要もない約束。立てられた人差し指の魔法。
「ああ、やっぱり三人いたんだ…」
- 11 名前:13 眠れぬ森のツァラトゥストラ 投稿日:2006/05/05(金) 22:14 ID:JhxxZD9k
- 吉澤さんはネルのシャツを脱いで、ぶんぶんと振り回して、ねじり鉢巻のようなものを作った。
半袖シャツにはアンディ・ウォーホルのマリリン・モンロー。
なんだか嫌な感じがした。
迷わずここから逃げ出すべきだった。なのに逃げ出せなかった。
本能は逃げろという警鐘を鳴らしているのに、理性はそれを疑っていた。
そんなこと、あるわけない。
そんなことはいつだって漫画や映画やテレビドラマのなかだけの話で、現実に私に関わってくることなんかない。あの火事があっても私はまだそう思っていた。いやなことはすべてどこか遠いところでの話。
吉澤さんはネルのシャツを私の首に巻きつけた。
ぎゅっと気道が詰まって、それでも私はこれを何かの冗談だと思っていた。
- 12 名前:13 眠れぬ森のツァラトゥストラ 投稿日:2006/05/05(金) 22:19 ID:JhxxZD9k
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- 13 名前:13 眠れぬ森のツァラトゥストラ 投稿日:2006/05/05(金) 22:19 ID:JhxxZD9k
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- 14 名前:13 眠れぬ森のツァラトゥストラ 投稿日:2006/05/05(金) 22:19 ID:JhxxZD9k
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