07 七色がうるさい

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:32 ID:E/gG7ycg
07 七色がうるさい
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:46 ID:E/gG7ycg
新垣がユニットバスから出てみると、亀井は既にベッドに入って
いて、柔らかそうな枕に半分ほど埋まった彼女の後頭部がパッと目に
入った。
今はツアーの真っ最中で、この地方での公演は今日が最終日。
明日も朝早くに出発しなければならないので、すぐに眠ってしまおう
と思っていた。

しかし、新垣は急に嫌な予感がして足元を見る。
思った通りだ。奥にある自分のベッドに辿り着くまでの狭い通路には、
亀井が脱ぎ捨てたらしい衣服が、床の上に散乱した状態で存在していた。

「ちょっとー何これぇ」

聞こえるように言ったつもりだが、亀井の耳には届いていないよう
だった。微動だにしない。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:46 ID:E/gG7ycg
床の上のものを踏みつけて奥にある自分のベッドまで行くわけにも
いかず、湿った前髪をかきあげながら嫌々Tシャツとジーンズを
拾い、靴下は摘まんで持ち上げて、とりあえず近くの椅子の背もたれに
全部かけた。靴下だけは、指先がぺっと吐き出すようにして座の
部分に放った。
仕上げでまだ床の上に残っていたジャケットを上から被せて、まあ
こんなもんだろう、と自分に言い聞かせる。実はこの一連の作業、
初日からホテルの部屋割りで亀井と同室になってしまった新垣に
とっては、既に日課のようなものであった。

振り返ると、いつのまにか亀井がベッドから身を起こしていた。
片膝を立ててその上に顎をのせ、眼鏡の奥から覗く双眸でじいっと
自分のことを見ている。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:47 ID:E/gG7ycg
「なんだよ起きてたのかよ!
 ってかさ、毎回毎回私が片付けるまでほっとかないでよ」

新垣が注意すると、自称かつ他称『片付けられない女』である亀井は、
なんか熱っぽくて、と、珍しく理由らしい理由を言った。

「なに、熱って」
「なにって、体が熱いんだよ……」
「風邪引いた?」
「いや風邪じゃない」

これは風邪じゃない、亀井は自分を納得させるようにもう一度繰り返す。
風邪以外で急に熱が出る? どういうことだろう。
なにそれわっかんない、と呟きながら、新垣は自分のベッドに腰を
下ろして亀井の様子を伺った。
数秒後、彼女は膝にのせた顎を額にかえて項垂れ、うう、と唸るような
声を発した。

「カメあんた、ほんと大丈夫ぅ? 寝てなって」
「…………」

亀井が無言でこちらを見た。さっきと同じように、下から覗き込む
ようにじっと。
ただ、今度は距離が一メートルと離れていない。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:47 ID:E/gG7ycg
目は良い方なので、色々とよく見えた。
レンズ越しのせいか、切れ長の瞳の奥に何か意味深なものを感じた。
いつもとは違った色がそこに宿っているような、違和感。

その時絶妙のタイミングで、亀井がにやりと笑った。
まるで気持ちを見透かされたようで、新垣の体に緊張が走る。

「あー、ああ明日帰るだけでもさ、まだ熱あったら移動だけでも
 辛いじゃん。だから早く寝」
「ガキさぁん」
「なしたの」

掠れた声で亀井に尋ねた。

「……怒らない? 怒らないでね?」
「は? ああ、怒んない怒んない」

素早く気を取り直して適当に相槌を打つと、亀井は淡々とした声で
こう言った。絵里ね今発情期っぽい。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:48 ID:E/gG7ycg
「はつ、はつじょ」

耳慣れない言葉を繰り返していたさなか、突然視界が一変する。
両肩に重みと鈍い痛みを感じて我に返ると、目の前に亀井の顔面が
現れ、新垣は思わず

「うおっ」

と吠えた。
真上から愉快そうな笑い声が降ってくる。

「ふぇへ、もぉ〜そんな声出すなよお」
「いやちょっ、あ、あ、あんたが、あんたのせいでしょが!」

責めても相手は口許の笑みを消さず、しい、と人差し指を自らの
口許にあてた。
そして、あろうことか更に口角を吊り上げた。
今度は背筋に冷たいものが走る。

「先輩だけどー……同い年だしぃ、いいよね」

亀井の熱っぽい視線とそのたったの一言は、新垣を恐怖の底に突き
落とした。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:48 ID:E/gG7ycg
ハローという組織の中で、メンバー同士の過剰なスキンシップは、
今やごく当たり前のこととして周囲に受け入れられている。

新垣は後輩が入る前に、主に先輩の辻と加護でそのような光景を
何度となく見ていたが、二人のそれは幼い体躯や顔つきによって、
ちょっと行き過ぎた子どものじゃれ合いのようで、見ていても侵食
されない安心感があった。遠くの出来事として見ることができていた。
きっと、新垣自身がまだ幼かったからでもあるのだろう。辻と加護の
スキンシップから読み取れるものが、ほとんど無かったのだ。
中澤や保田もよく他のメンバーに迫っていたが、ほとんど一方的
だったので、被害に遭ったメンバーが迷惑そうにしている光景は
周囲の笑いを誘った。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:49 ID:E/gG7ycg
ところが、その後加入した後輩の亀井と道重は、外見と実際の年齢が
合致している上に、こちらが引いてしまうほどの相思相愛ぶりで、
何度となく見たくもない二人の世界を垣間見た。
いつか何の気無しに視線をやった時に目にしてしまった、寄り添って
いた彼女達を包むあの時の空気にもし色がついていたなら、きっと
えげつないものになっていただろう。歩道の水溜りで鈍く七色に光る
正体不明のオイルのような、気色悪くて妖しい色。目にするだけで
嫌な気分にさせられる。

後輩とはいえ同い年である亀井が、そんな空気を放って平然として
いることも、何となく許せなかった。
ましてや自分がその色に染まるだなんて。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:49 ID:E/gG7ycg
「わわ私じゃなくてさ、さゆ、そうださゆみんとこ行きなよっ」
「さゆもう寝てるもん。起こしたら可哀想だよ」

押し倒した自分のことは可哀想だと思わないらしい。
上にのしかかったまま、亀井はサイドボード上にあるらしい時計を
指差したが、今の時間などどうでもいい。何でもいいから、とにかく
解放して欲しかった。
例え同じユニットの仲間で、寝食を共にする時間を多く共有して
いても、こんなことまで共有したくない。
自分には一切その気は無いのだから。

「……ねえ、ほんとマジでさ、止め、ってば」
「あ、あ、泣きそう?」

それに気付いた亀井は困ったように眉尻を下げ、かけていた眼鏡を
外した。持ったまま腕を伸ばす。どこかでカタン、という音が聞こえた。
いよいよ頭の中が混乱してきた新垣はどうすることもできず、ただその
亀井の動作を、真上の天井とともに傍観していた。

「ほらこうしたら見えないから」

亀井が言う。どうやら、泣いている所を見られたくないんだと誤解
されたらしい。

そういう意味ではないのだ、この阿呆。
しかし、喉が詰まって言葉にはならなかった。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:50 ID:E/gG7ycg
眼鏡を外した亀井は、見た目は普段接している彼女と相違無いはず
だが、これから確実に、自分をどこか知らない世界へ連れて行こう
としている。
そんな同い年の後輩のことが、今は心底恐ろしい。笑みを絶やさない
から尚更だ。
このままだと、次に狙われるのは……

ハッとした新垣は、慌ててそれまで硬直していた腕を動かし、片手で
鼻から下を覆った。

「ガードなんかしてぇ、ガキさん面白いなあ」

口許に手を当てたまま亀井を睨んだが、

「……まあ、それはそれで」

そう呟くと、亀井はいきなり新垣の手の甲に口付けた。
そして次の瞬間には、中指の付け根にある関節の辺りを甘噛みされた。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:50 ID:E/gG7ycg
「……!?」

触れているのは、手の甲と比べて覆っている皮膚が薄い部分だ。
わずか数ミリ下に骨がある。
驚いてぎゅっと目を閉じてしまったのが災いして、柔らかい感触が
中指全体に、痺れるように伝わる。爪の表面にまで、ざわざわと
細波が起こった。
直後に、水泡の弾けたような音。

それが発せられたのが亀井の口許からであることは自明の理で、
『わかって』しまった新垣の唇からは、無意識に吐息が漏れた。
それでも亀井は離れないし感触も消えない。むしろ、エスカレートして
吸い付かれているような気がする。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:50 ID:E/gG7ycg
……一体どのくらいの時間が経ったのだろう。
もう、どこをどうされているのかが、さっぱりわからなくなった。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:51 ID:E/gG7ycg
見えないから分からないのではないか。
頭の中でもう一人の自分が囁いた。
恐る恐る目を開けてみる。すると、亀井の前髪と閉じていた両瞼が
見えた。
髪は微かに鼻をくすぐっている。良い匂いがする。
睫毛などは、その一本一本がちゃんと判別できた。

――うわ、近っ

……もし今、この手をずらしたら色々と……
よせばいいのに、新垣はその先のことを想像してしまった。
それはもう本当に色々と想像してしまって、奥の方でじわじわして
いた何かが、逸る鼓動と共に熱っぽく溶けていくようだ。
下腹部あたりに妙な燻りを残して。

次第にぼんやりとしてきた頭の片隅で新垣は思った。
亀井が言っていたのは、きっとこの感じだ。



『体が熱い』。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:51 ID:E/gG7ycg

15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:51 ID:E/gG7ycg
いくらか満足したらしい亀井は、新垣の上から離れた。

「ふー、こういうのは初めてだなあ」
「…………あんた、ばっかじゃないの」

次いで上半身を起こした新垣にも、悪態を吐く余裕が戻っていた。

「なぁんでそういうこと言うかな。真面目だったよぉ?」
「違うから! そういう意味じゃないから!」

亀井はそんな突っ込みを無視して、自分の首筋を撫でながら、
こちらに背を向けてベッドから両足を下ろす、と。

「いやっ、なかなか照れる」

思いがけない後輩のその台詞に、新垣は腰が抜けそうになった。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:52 ID:E/gG7ycg
「はあっ? 自分からやっといてそれは無いだろっ」
「だってぇ、ガキさんだよ? さゆ以外で、こんなの」
「ここ、『こんなの』って!?
 いま人のこと『こんなの』って言ったな!?」

自分が弄ばれたと受け取った新垣が本気で怒ると、振り向いてその声と
形相に驚いた亀井は、目を見開いたまま固まった。
気まずい空気が室内に流れる。後輩は目を伏せて、また再びこちらに
背を向けてしまった。

「そりゃーガキさんだって怒るよね……ごめんなさい」

ちゃんとこっちを向いて言えと背中に向かって言いそうになったが、
ちょうどその奥に鏡があって、鏡越しに心底申し訳なさそうな亀井の
顔が映った。
どうやら本人はそれに気付いていないようだ。
一瞬で気持ちがどん底に落ちて、周りが見えなくなりかけているの
かもしれない。被害者はこっちなのに。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:52 ID:E/gG7ycg
「あーもういい、いいから」
「怒ってない?」
「そりゃ怒ってるけど」
「ふえ、嘘、謝るから許してよお」
「いや嘘って、あんた今『怒るよね』って自分で言ったじゃん」
「そんなことないって言うと思ったんだもん。
 ……絵里のこと嫌いになった?」

これはちょっと、まずい。
怒る=嫌われる、に脳内変換しかかっている。

新垣は一つ咳払いをして亀井をこちらに向かせ、その肩にポン、と
両手を置いた。

「カメ、よーく聞きな」

彼女にはこれから先死んでも告白しないだろうが、自分だって多少
その気になってしまって、後悔しているのだ。
とりあえずさっきの自分は自分じゃない。認めない。
正直、色々見られてしまった目の前の後輩ごと封印してしまいたいが、
できるわけがない。
今の新垣の頭で考えられる最善の方法は、これしかなかった。

「二度としない、今日のことは誰にも言わないって約束すること。
 そしたら許したげる」
「……ガキさんこそ誰にも言わない?」
「言えるわけないでしょーが」
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:53 ID:E/gG7ycg
どう考えても、誰かに話して得するような可能性はこれっぽちも
ないのだ。
性急な亀井のせいでロマンティックでもなければあまり色気もなく、
新垣の想像するそれとはかけ離れすぎていたが、これは正真正銘の
秘め事なのである。

「もし破ったらどうなんの?」
「は? 約束するんでしょ?」
「するけど。もし、もしもの話だよ」

仕返しとかされちゃったりして? ほんの数秒前死にそうな顔を
していたはずなのに、もう満面ニヤケ顔になっている。
その変わり身の早さにイラッときた。

「嬉しそうに言うな」

こいつは仕返しという名目で、組み敷かれることを望んでいるのだ。
とんだ変態も居たものである。どうして今まで気付かなかったのだろう。

相手は道重しか居ないと思い込んでいたせいだろうか。だとしたら、
こっちには来ないだろうとタカをくくって、いなす術を持って
いなかった自分にも責任はある。そのことが身に沁みて分かった
だけでも、勉強になった。と自らに言い聞かせた。

「どうなるのー? ガキさぁん」

新垣の気持ちを他所に、亀井はまだ何かを期待しているようで、
ヘラヘラとしつこく聞いてくる。これ以上この会話を続けたら、
何だかんだでまた流されてしまわれかねない。
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:53 ID:E/gG7ycg
そうなったらいよいよだ。その先には見たくもない妖しげな世界が
待っている。七色のマーブルを背景にして、なぜかここには居ない
道重が、うさちゃんピースで自分のことを待ち構えている姿が
思い浮かんだ。さっき公演中のMCであのポーズを見てしまったから
だろうか。
……そういえばあいつもグルなんだ。
新垣はもう一人の後輩に対する認識を改めた。今度からはほん少し
余計に距離を置くことにしよう。

「ほらもう、明日起きれないから。ね!」

話を切り上げようとサイドボード上のデジタル時計を指差しながら
言うと、時刻は何と、午前三時を過ぎていた。
それを理解した二人は同時に『ヤバイ』と呟いて、わたわたと
身なりを整え始める。

「寝よ寝よ、はいオヤスミ! 電気消すよ!」
「あ、待って待って」

自分のベッドに戻って再び横になった亀井が、デジタル時計の横に
置いてあった眼鏡をかけてからまた新垣を見る。ふふ、と一度笑って、
こう言った。

「改めましてぇ、おやすみなさぁい」

……亀井は今までちゃんと見えていなかったのだ。
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:53 ID:E/gG7ycg
「……はいはいオヤスミオヤスミ」

新垣は何とも複雑な気分のまま電気を消した。
室内が暗闇に包まれても亀井の視線を意識して、すぐさま隣のベッドとは
反対側に寝返りを打つ。
目を閉じる。

そうして少し経つと、瞼の裏で七色の光が、胸の鼓動に合わせて
しつこく点滅し始めたので、新垣は思わず心の中で、うるさい、と
悪態を吐いた。
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:54 ID:E/gG7ycg
リd*^ー^)
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:54 ID:E/gG7ycg
リd*^ー^)
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 21:55 ID:E/gG7ycg
おわり。
24 名前:_ 投稿日:2006/05/01(月) 01:10 ID:wHvigfVQ
 

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