02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー

1 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:13 ID:OW6amy/s
02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー
2 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:14 ID:OW6amy/s
「中学のときクラブのみんなで卓球大会をしたことがあってね……」
「卓球?梨華ちゃんテニス部じゃん!」
「夏大会を最後に引退する先輩部員の送別企画ってことで
 後輩に卓球部員がいたから練習場を借りてみんなで遊んだのよ」
「ふーん。で?」

よっちゃんは興味なさそうに先を促した。

「そしたらね、卓球場に置いといた色紙が濡れてたのよ」
「なんで?雨?」
「それがわからないの。地下の卓球場に雨が吹き込むわけないし
 ってかそもそもその日は快晴で暑かったくらい。
 雨なんて降ってなかったのよ」
「暑かったんだ……」
「普段は4人しかいない卓球部の練習場に20人近く入ってたからね。
 もう熱気がこもって大変」

私の説明にも変に熱が入ってしまった。
反対によっちゃんは冷めた口調のままだ。

「誰かの汗で濡れたんじゃないの?」
「まさか!色紙の外側からじわーって感じで濡れてたんだよ」
「ふーん」
「ねぇ……この話じゃダメ?」
「うーん」
「ちょっと!よっちゃんが持ってきた企画でしょう?
 なんでそんなにやる気ないのよ!」
「やる気はあるけどさぁ……梨華ちゃんの話のどこが怖いか……」
「怖いでしょう!何もないのに色紙が湿ってたんだよ!きっとこれは……」

私はよっちゃんに向かって身を乗り出してささやいた。

「以前に事故で水死した女の子の霊のしわざよ」

3 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:14 ID:OW6amy/s
―三日後―

「あー死ぬかと思った」
「私……帰りタクシーにする」
「ちょっとちょっと2人とも!
 ドライブ面白かったじゃん!」

私とマメが青い顔をしている中
運転手のよっちゃんだけは楽しそうに伸びをしていた。
バックの車庫入れが苦手とは聞いていたがあんなに怖い運転だったとは……

「もう、夜の肝試しなんていらない。十分怖かったです!」
「だーめ、だーめ!今回の企画は
 『ガキさんと行く心霊屋敷ツアー』なんだから」

そう言ってよっちゃんは目の前の屋敷を指差した。
古めかしい木造のお屋敷だった。
ところどころが黒く染みていていかにも古そうだ。

「ね、ねぇ。本当にここに泊まるの?」
「ま、掃除はしてあるみたいだし大丈夫っしょ」
「でも何か出てきそう」
「そりゃ、その筋じゃ有名な心霊スポットだからね!」
「やめてくださいよー。そんなの出るわけないでしょう!」

マメが必死に否定している。あんなに必死に否定してるってことは……

「やっぱり、マメも怖いよね」
「え?」

私が言うとマメは急に表情を変えて強がった。

「いえ、怖がってなんかないですよ!」
4 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:14 ID:OW6amy/s
マメは結構頑固で負けず嫌いだ。
そんな風に怖さを隠しているマメもかわいい。

そのマメをうんと怖がらせてやろう、という悪趣味な企画を
よっちゃんが私のところに持ってきたのが二週間前。
心霊スポットとなっている貸し別荘を予約して今日、
ここに3人だけで泊まる。
私がマメに怖い話をしている間
よっちゃんがいろいろな仕掛けでマメを脅かす。
そのリアクションを拝んで爆笑しよう、という趣向だった。

「よーし、行くぞ!」

よっちゃんの掛け声で私たちは屋敷の入り口まで進んでいった。
両開きの大きな入り口がギギギっと音を立てて開く。
そして私たちは、屋敷の中へ入っていった。
5 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:14 ID:OW6amy/s
中に入ると2階まで吹き抜けのロビーが私たちを迎え入れた。
カーペットとカーテンの柄がゴシック風に揃えられている。
天井には小ぶりなシャンデリアまでついていた。

「うわー、すごーい」

マメが顔を上げてシャンデリアを見つめていた。
口を開いたまま「ほあー」と感嘆の声を上げている。

「部屋は2階ね。部屋はいっぱいあるから好きなの使って。
 各自部屋に荷物を置いて、30分後に集合!」
「はーい!」

階段を上るとこれまたギギギーと音がする。
軋みの音は高い天井にこだまして、遅れて耳に返ってきた。

「すっごい雰囲気出るね」

私が小声で言うとよっちゃんは目をぱちっとさせた。
「言ったとおりだろ?」と得意になっている表情だ。

私は部屋に荷物を置いてすぐ、
打ち合わせのためよっちゃんの部屋へ移動した。
6 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:15 ID:OW6amy/s
「じゃ、予定通りでいいね。材料は車の中にあるから」

とよっちゃんが確認する。私がマメを誘って夕食の準備をしている間に
よっちゃんが屋敷に仕掛けを作っていく、という段取りだった。

「いろいろ持ってきたよー」

そう言いながらよっちゃんがかばんをごそごそさせる。

「ほら、途中で急に消えるろうそく」

途中で消えるとは、一体どんな仕掛けだろう。

「芯を短く切ってあるから、10分くらいで火がきえる」
「へぇ」
「それから
 シャンデリアにこれを吊るしておく。上手くいくかわかんないけど」

そういってよっちゃんは、三角錐をひっくり返した形の容器を出した。
社会の教科書に載ってる尖頭土器みたいな形の透明な器だった。
素材は、ガラスかアクリルか。

「何それ?」
「梨華ちゃん椅子の位置に気をつけといて」
「?」
「ちょうどガキさんのところに水が垂れるようにしておくから」
「へぇ、どんな仕掛けなの?穴開いてないみたいだけど」
「いや、すっげぇ単純なタネなんだけどね。
 梨華ちゃんの話が水のお化けだからちょうどいいかなって思って」
7 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:15 ID:OW6amy/s
そうして時間が来たので私がマメを呼んで夕食の準備をする。
マメは決して料理に堪能ではなかったが
野菜を洗ったり、調味料を準備してくれたり
私が作業しやすいように気を回して忙しく動き回っていた。
こういうマメを、私はちょっとしかしらない。

私が知ってるマメは
娘。の末っ子で
私とか、かおたんの袖を引っぱっていた。
でもその雰囲気はこの子に後輩ができたあたりから変化しはじめた。
最近のマメは、よっちゃんに言わせると
私の世話焼きなところと安倍さんのムードメーカーなところを
足し算したような役回りになっているらしい。変わるもんだ。


フライパンを一生懸命洗ってるマメを横目に見ながら
私は変に感慨深い気分になってしまった。

それはどこか
うれしいような
さみしいような
不思議な気分だった。
8 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:15 ID:OW6amy/s
「……あ」
「石川さん?」
「食器ってないんだね。車の中にあったかなぁ?」
「あ、じゃあ私見てきます」
「よろしくー」

マメが出て行くと、よっちゃんが扉から顔を覗かせた。

「どう?上手く行ってる?」
「ばっちり仕掛けといた」
「そう」

後は、夜になったら私が例の水の話をするだけだ。

「よっちゃん、マメどのくらい怖がるかなぁ」
「あー結構いくと思うよ」

よっちゃんはお得意のてきとーな表現で答えた。

「心配いらないって。大切なのはムードだよ。
 そのための梨華ちゃんなんだから」
「?」

またわけわかんないこと言う。

……。

そういえば、どうして今回の企画は私なのだろう。
私なんかより怖い話が上手な子は他にもいそうだけど……
9 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:15 ID:OW6amy/s
「そういやあさ、例のひとりでに濡れた色紙の話だけどー」
「うん?」
「あれって、梨華ちゃん自分で濡れるとこ見たわけじゃないんだよね」
「そりゃそうよ!だから謎なんじゃない」
「色紙は置いといた場所から動いてなかった?」
「よっちゃん何を考えてるの?」
「誰かが動かした形跡とかなかったかなー?って」
「いや、実は色紙を卓球場から持ち出したのは、私じゃないのよ。
 卓球大会終わって、私は色紙を置き忘れちゃったの。
 それを後輩が持ってきてくれたのよ」
「そのときにはもう?」
「うん。すでに濡れてた。後輩も
 『先輩、どうしましょう。こんなんなっちゃいました』って」
「わかった!」

よっちゃんがそう言って私のほうを指差した。これは何かひらめいたときの仕草だ。

「その後輩の手が濡れてたんだ!外側だけが湿ってたんでしょう?」
「違う違う。手が濡れてただけなら両端は濡れるけど上下までは濡れないでしょう?」
「え?上下も濡れてたの?」
「うん」

そうなのだ。正方形の4辺から侵食してくるように水が染み込んできていたのだ。

「ひゃー。そりゃ心霊現象だ」
「でしょう?」

普通はこういう濡れ方にはならない。
だからこの話は気味が悪いのだ。
10 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:16 ID:OW6amy/s
私もその時は「誰がこんなことをしたのか」と後輩を問い詰めた。
誰かのいたずらとしか思えなかった。自然に四方が濡れるなんて考えられなかった。
しかし、後輩は「誰も手を触れていない」と言って譲らなかった。

「梨華ちゃん?その日、暑かったんでしょう?」
「うん」
「冷房から水が垂れてきたってことはない?ぼろっちい冷房だと水滴がつくじゃん」
「ごめん、それだけは絶対ないわ」
「なんで?」
「卓球場にはクーラーがなかった。
 もともと体育用具を入れておく地下倉庫だったのを卓球場にしただけの施設だから」
「防火用のスプリンクラーから水が垂れてたとか」

よっちゃんもいろいろな迷推理を披露してくれる。だが

「いや。そもそも水滴が落ちてきたって濡れ方じゃないもん」

私だって当時、いろいろ可能性を考えてみた。
誰かが色紙に気づかずモップがけでもしたんじゃないかとか、
卓球大会のあとに水風船の投げっこが行われたんじゃないかとか。
そういうばかな想像でもしてないと落ち着かなかったのだ。
しかし
後輩は色紙の近くにずっといたが誰も近づいてなかったと断言している。
その後輩自身が嘘をついているとしたら話は別だが、
故意に濡らしたにしても、それは不思議な濡れ方だった。

置いてあった紙に突然
じわじわと水が染みこんでいく光景。そんな想像は
当時中学生の私を数日間寝不足に追い込んだのだった。
11 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:16 ID:OW6amy/s
今だからこうして普通に話しているけれど
あのあとしばらく私は水を見ただけで恐怖にかられていた。

そんなとき
うちの学校で以前、自転車通学中に
海に転落した女の子がいたなんて話を聞いたもんだから
私はいよいよ寝られなくなってしまった。

「わかった!今度こそわかった!」

よっちゃんがにやにやしながら顔を近づけてきた。
この顔は……わかってないわ絶対。

「ウルトラ水流だ。M71星雲の使者が紛れこんでたんだ!」

……ほらね。

それからよっちゃん。

ウルトラマンはM78星雲だから。



結局よっちゃんにも、この謎は解けずじまいとなった。
最初から期待してなかったけど……

12 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:16 ID:OW6amy/s
―2時間後―

夕食を3人で済ませていよいよ肝試しの時間。
私とマメがホールの椅子に向かい合って座った。

「ね、ねぇ、わざわざ明かり消さなくてもいいんじゃないですか?」

マメは笑って話している。しかしその声がうわずっていた。

「だめよ。キャンドルナイトでエコしなきゃ」
「どんな理屈だよ!」

バシっと叩いてきた。
お?マメ突っ込みきつくなったんじゃない?
そんなじゃれあいもつかの間、
よっちゃんによって強制的に明かりが落とされた。

「ほわぁ!」

マメの身体がぴくんてはねた。


明かりは真ん中に置かれたろうそく一本だけ。
例の芯が短く切られたろうそくだ。

オレンジの光が向かいのマメを煌々と照らしている。
テーブルに置かれたコップの水も、灯りを怪しく照り返している。
マメは落ち着かない様子で、周囲をきょろきょろしはじめていた。
13 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:16 ID:OW6amy/s

そして私は、例の水に濡れた色紙の話を聞かせた。

「石川さん、それほんとの話ですか?」
「本当よ。私もずっと気になったままなの。で、これは後から聞いた話なんだけどね」

私がトーンを下げて怖い話のムードを作ると、マメも神妙な顔になって沈黙した。
あいかわらず乗せやすい子だ。

「うちの学校ではしばしばそういうことが起きてたんだって。
 私の中学って海の近くにあったんだけどね
 以前に自転車通学中にブレーキが故障して海に転落しちゃった女の子がいたらしいの」
「……」

マメが息を呑む音が聞こえてきた。
マメも自転車通学をしていたはずだから変に想像してしまったのだろう。

「まわりの人も助けようとしたらしいんだけど
 結局だめで、その子は溺死してしまった」

そのとき
タイミングよくろうそくが消えた。命のともし火が消えるようにふっ、と。

「ひあぁ!」

びくっと、マメが私の腕をつかんだ。 
14 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:16 ID:OW6amy/s
「その子、死んじゃったのね」

私は畳み掛けるように言った。

「ちょっと……は?なんで急に消えたの?」
「その子の死体は数時間経って浮かび上がってきた。自転車は海の底深くに沈んだまま」
「ねえ!灯り消したの誰!?」

声が段々大きくなってきている。

「誰も消してないわよ。マメも見てたでしょう?」
「誰も?そうだ、誰も触ってない……そうだよ。触ってないよ」

言ってることが重複しはじめ、声は小刻みに震えているようだった。
混乱しながらも必死に自分を落ち着かせようとしているのがわかる。

私はさらに続けた。

「それからなの。学校のなかで不思議なことが起こり始めたのは。
 置いておいたかばんの底がぐっしょり濡れていたり、
 靴が片方なくなったと思ったら、プールの底から出てきたり……」
「水……」
「そう、超常現象は全部水が関係しているのよ」
15 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:17 ID:OW6amy/s
これらは実話だが、本当は心霊現象でも何でもない。
かばんの底が濡れていたのは、入っていたお茶のパックがつぶれて中身が漏れただけだし
靴がプールに沈んだのは誰かの悪ふざけ……というかいじめだった。
だから
本当の意味で不可解なのは、私の色紙の一件だけだ。
私はさらに脚色を加えて語る。

「そしたら学校に妙な噂が立ち始めたのよ。
 学校で水に関する超常現象が起こった日には誰かが足音を聞いているの」
「足音」
「そう。ぴちゃ、ぴちゃって、濡れた足音が廊下から聞こえてきたんだって」
「うおぉ……こわっ」

そこで私は一口水を飲んで間を取った。

「ねぇ!」

私はマメの腕を強く握った。

「な、なに?」
「何か聞こえない?」

私が打ち合わせどおりに言うと、屋敷のどこかから、ひたっ、ひたっ、と
水を踏んだような音がかすかに聞こえてきた。
消えてしまいそうなくらい本当に小さな音だった。でもそれが返って怖かった。

私とマメの2人はしばらく、耳に神経を集中させてその水の音を聞いていた。
その雰囲気には、実際にはよっちゃんが
モップを鳴らしているだけだと知っている私でさえも背筋が寒くなった。
16 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:17 ID:OW6amy/s
「はっ?はっ?何?何の音?」

マメの目が忙しく左右に動いているようだ。

「ちょっと!脅かさないでよ!!」

マメがどこへともなく叫んだ声にはいらだちが混じっていた。かなり怖がっている。

「もー!どうせ吉澤さんでしょ!?そーいうのなしだってば!」

今度は泣きそうな声に変わった。

「そう!この音よ。学校で聞こえてくる音」
「え?ええ?石川さんも聞いたの?」
「いや、友達が聞いたって」
「この音?本当に?」
「うん」

自分の説明がめちゃくちゃなのに途中で気づいた。
自分で聞いてないのに同じ音かどうかわかるはずない。
が、マメは本気にしていた。

「この近くまで、ついてきちゃったとか……」
「怖いこと言わないでよ!」
「だって私、色紙のことがあったから。気に入られちゃったのかも」
17 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:17 ID:OW6amy/s
そのとき

「うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

マメが壮絶な悲鳴をあげた。

「何?どうしたの?」
「み、み、み、水が落ちてきた!!」

例の仕掛けが発動したらしい。

「吉澤さん!水はなしだって言ってるでしょ!!」

言ってないから……
完全にテンパっている。

「よっちゃんなわけないじゃない」
「何で!?この屋敷には3人しかいないじゃないですか」
「じゃあさっき奥で聞こえた足音は?」
「……」

マメはもう怯えきっていた。
呼吸の小刻みな音が聞こえてくる。

「もう一人いるのかもね」

私は追い討ちをかけるように言う。

「やめて……石川さんほんっとやめて!」
18 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:17 ID:OW6amy/s
そしたら

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

再び悲鳴が上がった。もう一滴落ちてきたみたい。

そのとき、
一瞬の出来事だった。マメが飛び上がって腕を振り回したせいで
テーブルの上のコップが落ちてしまったのだ。
派手な音を立ててガラスが割れた。

「わぁ!は、……もう、大きな音はやめて!」
「マメ、本当にコップ割れちゃった。動かないで!
 よっちゃーん、明かりつけてー!」

私が叫ぶとすぐに部屋が明るくなった。
よっちゃんがほうきを持ってとんでくる。
私が大きめのガラス片をつまんでテーブルに置いていった後
よっちゃんがほうきで丹念にガラス片を回収していった。

その間マメはじっと椅子に座って動かなかった。

「よし、これで大丈夫だろう。
 あー梨華ちゃんあれ使わなかったんだ」

よっちゃん何気なくそう言った。

しかし
それを聞いたマメは急にびくっ、と顔を上げた。
19 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:18 ID:OW6amy/s
「石川さん!!」

マメの表情に異変が起きた。
さっきまでは落ち着きなく震えていたのに
今は背筋をぴんと張って、顔つきにも余裕があった。

「お化けは触んないよ!」
「は?」
「そういう約束になってるから」

マメはじっと私を見て必死に訴えるように言った。

「そう、お化けは人間の持ち物を濡らしたりできない。
 それがこの世のルールなんだから」
「ちょっとマメ何言ってるの?」

私はマメの発言がさっぱりわからずに止まってしまった。
しかし、マメの表情は確かだった。何か、この子は核心に迫るものをつかんだようだ。
まさか、謎が解けたとでも言うのだろうか。
まさか……。私が散々悩んでもわからなかったというのに……。
マメは今、不思議な雰囲気を放ちながら私に向かっている。
私にはそれが、まるで悟りを開いた僧のように見えた。
世界の何もかもを見てしまった聖人のような、落ち着いた目。
それでいて、こちらに迫ってくるような強い目。
そしてマメは、私にさとすように言った。


「この世に、不思議なことなんて一つもないんですよ」

20 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:18 ID:OW6amy/s
その声には自信がみなぎっていた。しかし、何を言いたいのかがさっぱり伝わってこない。

「冷房がついてなかったんでしょ?」
「うん。卓球場に冷房はなかったから」
「それですよ」
「何が?」
「海の近くの学校だから土地が低い。地下には水が流れてるんじゃないですか?」

私は思わず眉間にしわをよせてしまった。

「まさか地下水が湧き漏れてきたなんて……」
「いや、漏れてませんね。卓球場のすぐ下を走ってただけだと思います。
 あとはたくさんの人が運動していればそれでいいんです」

だめだ。この子の話についていけない。
マメはよく、天然ボケ発言をしてからかわれているけど
それが単なる天然でないことを私は知っている。
テンパるとこの子の脳みそは異常な高速回転を始めて空回りするのだ。
私は確信した。この子の脳内では、完全に謎が解けている。

以前、テレビでいきなり「2つめのビルに行って……」と言い出したことがあった。
ビルの話を何もしていないのに、突然。周囲はそのボケっぷりに爆笑していたが、きっと
マメの頭の中では、1つめのビルの話はとっくに過ぎ去っていたのだろう。
常人がついてこられないスピードで会話が飛んでいってしまったのだ。

「石川さん、今も卓球場ってそのまんまなんですか」
「そうね、まだあそこを使っているみたい。でも部員は増えたって言ってたかな」
「じゃあ確認してください。たぶん今はクーラーがついてます」
「はぁ……」
21 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:18 ID:OW6amy/s
―30分後―

私とよっちゃんは肝試しの後片付けをしていた。
マメはやり残した食事の片付けをしている。

「いやー、予想通りに怖がってくれたなー。半泣きだったよね。面白かった」
「私はちょっと、意外だったな」
「何で?」
「だってマメって富士急でお化け屋敷入ったときも泣かなかったのに。
 あのお化け屋敷の方が、絶対怖かったと思うけど……」
「あーあんときゃ亀井ちゃんいたからね」
「?」

よっちゃんは片付けの手を止めて私を見た。

「あいつ、後輩いると急にキリッとしちゃうからね。
 そういうときは絶対泣かないよ。使命感強いんだ」

さすがリーダーはよく見ていた。

「だから今回は梨華ちゃんにお願いしたんだよ」
「え?」

そういえば、なぜ私がこの役割だったのか、聞いていなかった。

「6期入る前ってがきさん一番下だったでしょ?
 そのころ優しくしてくれた梨華ちゃんの前なら
 結構、無防備になるんじゃないかなーって思ったんだよね」
「ふぅん」 
22 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:18 ID:OW6amy/s
「ここんとこ、ずっと気を張ってるんだよ。
 たまには安心して甘えられる人といないと疲れちゃうでしょ?
 梨華ちゃんなら、がきさんのこと受け止めてやれるからさ」
「でも、私に対してもマメは結構強がるけど……」
「だから肝試しなんじゃん。恐怖体験で幼稚な面が飛び出したんだよ。
 怖いときって、普段は見られない意外な一面が出てくるもんだから」

そこまで考えていたとは……。やはり今のモーニング娘。はよっちゃんだな。

「だから大成功!
 たまにはああやって、全部誰かに任せちゃったほうが健全でしょう」

そういえば思い出した。
コップを割ったとき、あの子は何にも動かなかった。
普段なら自分で割ったんだから「私が片付けます!」と間違いなく言っただろう。
しかし
さっきのマメは、私たちが片付けるのをじっと待ってるだけだった。
やってもらいっぱなしのマメだなんて、珍しい。

「ふふっ、甘えんぼさん」

私は不思議と嬉しい気持ちになった。

「そうだ梨華ちゃん、確認したら?」
「何を」
「さっきがきさん言ってたじゃん。今は冷房が入っているはずだって」

よっちゃんにそう言われ、私はすぐに後輩に電話してみることにした。
23 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:19 ID:OW6amy/s

<冷房ですか?あー入ったみたいですよ>

電話の向こうで後輩がしゃべっていた。
久しぶりに電話していきなり「卓球場に冷房ついた?」なんて聞いたから
さすがに怪しまれたけど。

<ほら、あの中学って海の近くじゃないですか。
 地下の卓球場のすぐ下はもう地下水なんですよ>

―――地下には水が流れてるんじゃないですか?

マメの言った通りを後輩は説明した。

<だから大勢で動いてるとだめなんですよ。
 室内には熱がこもっているのに、床だけは地下水の影響で冷たいままなんですね。
 コップの中と外の関係ができちゃって、床にびっしり水滴がついちゃうんです>

ということは、あのときもそうだったのだ。
当時は部員が少なかったから、普段は水滴がつくほど室温が上がることはなかった。
そこへ、テニス部員たちが大人数で卓球大会なんてやったから温度が上昇。
地下水で冷たいままの床に結露が発生した。
私が自分で色紙を取りに行っていたら、気づいてたはずだ。
しかし私がいる間は、そんなふうに水はついてなかった。
だから届けてくれた後輩から「こんなんなっちゃいました」と聞かされて勝手に
超常現象と思い込んだだけだったのだ。後輩も隠すつもりはなかったのだろう。
ただ私の質問が「誰がやったか?」だったから「誰もやってない」と答えたにすぎない。

なんてことだろう。
ずっと私を悩ませていた謎が解けてしまった。

―――この世に、不思議なことなんて一つもないんですよ
24 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:19 ID:OW6amy/s
電話を切ってしばらく私はぼーっとしていた。
結露か……。床に結露するとは思わなかった。

「そういえば梨華ちゃん、水が落ちる仕掛けも上手くいったね!」
「ああ、そうだ。あれって……」
「簡単なんだよ。中に氷を入れとくだけ。周りに水が付着して垂れる」
「あら……」

こっちも同じだったらしい。確かにマメの言うとおり、不思議なことなんて一つもない。
冷たいものには水滴がつくんだ。

「がきさんがコップ落としたのも同じでしょ?
 梨華ちゃんがコースター忘れたから、
 水が溜まってコップが滑りやすくなってたんだよ」

なんと、今回の謎の種はみんな結露だった。
気づかなかった私がバカなのか。

「ひょっとしたらがきさん、コップ割ったときにそのことに気づいたのかもね」

わたしはさっきのよっちゃんの言葉を思い出していた。

―――怖いときって、普段は見られない意外な一面が出てくるもんだから

恐怖体験が、マメの才能を引き出してしまったというのだろうか。

まさか……ねぇ。
25 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:19 ID:OW6amy/s
マメが戻ってきた。

「片付け終わりました」
「お、ありがとー」
「ねぇ、ここの屋敷って部屋広いですよねぇ」
「うん」

マメが上目遣いになっていた。
しゃべりかたもいつもより舌足らずだった。

「じゃあ……」

一歩、こっちに寄ってから、伺うように聞いてきた。
ちょっと、恥ずかしそうに。

「ばらばらに寝るのやめません?」

私は思わず、よっちゃんと顔を見合わせた。
そして吹き出してしまった。

「ふふっ、怖いの?」
「そんなんじゃないですよ」

マメの声が小さく床に向かっていった。

「怖いわけじゃないです」
26 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:19 ID:OW6amy/s
「そうねー。たまには面白いかもね」

私はマメの肩をそっととって抱いた。

「ねーよっちゃん、今日は3人で寝ましょう」
「ええ!?」
「ほらほら、いっぱい脅かしちゃったんだから
 ちゃんと責任とってもらわないと」
「梨華ちゃんだって共犯じゃねーかよ」
「だから、私は一緒に寝るって言ってるでしょう」
「まーたく。後輩甘やかしちゃだめだってば」
「そんなこと言っちゃって。
 かわいくてしょうがないくせに」

そういうとよっちゃんは困ったように頭を掻いた。

よし決定。
今夜は昔みたく、マメと一緒にいてやろう。
話とか、悩みとか、久しぶりに聞いてあげよう。

私は不思議と懐かしい気分になって
抱いていた肩をぽんぽんと叩いてやる。
するとマメは
テレビじゃ絶対見せないような緩みきった笑顔を
そっと私に見せた。


27 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:20 ID:OW6amy/s
 
28 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:20 ID:OW6amy/s
 
29 名前:02 ガキさんと行く心霊屋敷ツアー 投稿日:2006/04/27(木) 21:20 ID:OW6amy/s
おわり
30 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
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