秋の運動会

1 名前:秋の運動会 投稿日:2005/09/25(日) 23:26
「あー、やっぱり来たかぁ」
ごっちんは別に気にしていない様子で、空を見上げていた。
天気予報では10%。滅多にない確率で、わたしたちは雨に降られた。
季節の変わり目、じゃないけど、わたしは人生の変わり目に雨とよく出会う。
娘。に入ると決まった時も、他のユニットに入ることが決まった時も、そして卒業が決まった時も。こうして、彼は黒い雲を纏ってわたしに会いに来たのだ。
「ほら、早く行くよ」
ごっちんがくいっとずぶ濡れになったわたしの袖を引く。
そして次の瞬間、わたしたちは全速力で走り出した。
「リカちゃん遅いよ! 運動不足じゃない?」
10メートル先を走るごっちんが手を振って叫ぶ。
朝11時。秋の街はわたしたちだけの陸上競技場だった。
2 名前:秋の運動会 投稿日:2005/09/25(日) 23:27

「明日さ、いっしょに買い物に行かない?」
活動を共にして一週間。楽屋でごっちんがそう言い出したとき、思わず耳を疑った。
「なんで、そんな顔してるの?」
言われたわたしは鉄砲をくらった鳩のような顔をしていたのだと思う。
ごっちんは笑っているのか、困っているのか曖昧な表情をしていた。
「わたしに言ったの?」
「当たり前じゃん。つうか、ここにリカちゃん以外に誰かいるの?」
ちょうど、安倍さんはつんくさんからの呼び出しを受けていて、あややは用事を済ませにトイレに行っていた。だから、確かにごっちんの言うとおり楽屋にはわたしとごっちんの2人しかいなかった。
「明日オフだよね。たぶん」
さっきマネージャーさんから聞いたんだ、とごっちんはすました顔で言った。
わざわざそこまでしてわたしのスケジュールを確認する必要があったのだろうか。
「いいよ」
特に断る理由も無かったので、わたしはひとまずOKのサインを出した。
どうして、安倍さんやあややじゃなくてわたしなのかと、少しだけ不思議に思った。
「ありがと」
トクベツなことでもないのに、ごっちんはなぜか嬉しそうな顔をしていた。
3 名前:秋の運動会 投稿日:2005/09/25(日) 23:27
「これさぁ、これ」
ビーズのブレスレットを指して、ごっちんが弾む。
「へぇ、これかぁ。いいね」
素敵なつくりだなと思った。でも、ごっちんの趣味じゃないだろうなとも思った。
「誰かのプレゼント?」
「えっ?」
昨日のわたしと同じような顔をごっちんは見せた。
同じブレスレットをなぜか2つ、レジに置いてごっちんは苦笑する。
「いやだなぁ。今日、あたしの誕生日だけど」
「あっ」
しまった。わたしは手帳に書いてある誕生日のページを急いでめくる。
9月23日。うそっ。思わず声にして、わたしは頭を抑えた。ごっちんがぽつりと言う。
「リカちゃんって、リアクション最高だよね」
何故か急に恥ずかしくなってて顔を上げることができなくなった。
包装をしながらレジの店員さんが妙に明るく笑っていた。
4 名前:秋の運動会 投稿日:2005/09/25(日) 23:30
「最近、なんか悩んでるの?」
ベンチに座りながら、唐突にごっちんが訊いて来た。
「どうして?」
「いや、どうしてって」
手に持っていたソフトクリームをぺろりと舐めてごっちんは言う。
「普段なら、誕生日忘れるような人じゃないじゃん。リカちゃんって」
あたしは目を丸くした。いつものごっちんはこんなに勘が鋭い子のだろうか。
ごっちんはすごい子だよと、度々褒めていたカオリさんの言葉をふと思い出していた。
「…ホントは、すごく悩んでる」
右手にあるソフトクリームがゆっくり溶ける。今なら言葉にできる気がした。
「娘。を卒業してから、なんか急に力が抜けてね」
たぶん、ひたすら走ってきたマラソンが終わった時の感覚に似ていると思う。
ランニングハイで興奮していた頭が元に戻って、冷静にレースの出来を考察するみたいに。
「自分のことが、わからなくなった?」
あたしは頷いた。すると、へぇ、とごっちんは間延びした返事をした。
ブラウンの瞳はでも、真剣そのものだった。
「ごっちんにも?」
「うん。あたしもあったよ。そんな時期」
さらりとごっちんは言ってのけた。まるで、何事もなかったみたいに。
「リカちゃんって、どうしてこっちの世界に入ろうと思ったわけ?」
あたしはさ、歌と踊りが好きだから娘。に入ったんだけどね。
何気ない口調で、ごっちんは付け足した。
「でも、わからなくなっちって。なんか、自分のポジションとか、
 一体自分はこれからどこに行きたいのか、とかね」
あたしなんかより、歌もダンスも上手いヤツならたくさんいるからね。
残ったコーンのしっぽを、口に入れてごっちんが笑った。
5 名前:秋の運動会 投稿日:2005/09/25(日) 23:31

「ねぇねぇ、勝負しようよ」
出口付近にある、少し古めのレーシングゲームを目にしてごっちんがはしゃぐ。
さっきの姿が嘘みたいだ。でもこんな顔が一番、ごっちんには似合っている気がする。
100円を入れると、嗄れた声のタイトルコールがスピーカーから耳に届いた。
お互いに免許を取ったばかりだから、適当に同じ車を選ぶ。もちろん、オートマ。
しばらくして、画面がコース上のものに変わった。わたしが赤で、ごっちんが青の車だ。
「負けたほうが、買ったほうにおごりね」
ごっちんの言葉と共に縦型の信号機が中央に下りてくる。アクセルを思い切り踏み込む。
3、2、1、ゴー。サインと同時に、わたしの車は見事に空回りした。
「あはは。相変わらず、ぶきっちょだね」
スムーズにスタートを切ったごっちんが、不敵に笑う。
その差100メートル。あまりの出遅れに、少しげんなりした。
「まぁ、リカちゃんらしいけどね」
あまりに悔しかったので、アクセルを踏み込んだままコーナーに向かう。
ハンドルを目一杯切って無理やりに曲がりきる。直線に入って、黄色の車の背中が見えた。
「出直しなんだと思ったよ」
先を走る青いごっちんが、ふと呟いた。話の続きなんだってことは、わかっていた。
「これからが本当のチャレンジなんだなって。
 自分のやりたいことを見つけるために、0から色々試していってさ」
まるで、服を着替えるみたいにね。同時に隣の画面の車がスピンした。
わたしとごっちんの差がぐんぐん詰まっていく。
「わたしは、自分を変えたいと思って娘。に入ったの」
5年前のわたしにはその先を見たくても、見れなかった。
ただ自信を持ちたかった。1人の女の子として。
「リカちゃんは十分変わったと思うよ。まぁ、オンナノコっぽくはなくなったかも」
動き出したばかりの青い車とすれ違う。バックミラーに写ったドライバーは笑っていた。
6 名前:秋の運動会 投稿日:2005/09/25(日) 23:33
「あー、面白かった」
缶ジュースを右手に持ったまま、ごっちんが背を伸ばす。
結局あの後ごっちんに抜き返され、ジュース代はあたしが出すことになったのだ。
「ごっちんにも、迷ってる時あったの?」
まぁね、とごっちんは照れくさそうに答えた。
「娘。に居た頃は、なんか色々自分の中で立て込んでたからさ」
遅れてきた思春期だったんだよ。まるで、遠い昔のことのようにごっちんは言う。
「誰にだって、似たようなことはあるんだよ」
カオリさんや保田さん、そしてごっちんやわたしにも。
立ち止まって、悩んでしまうことは必ずあっただろうし、これからもあるだろう。

「はい、これ」
ごっちんがカバンの中から茶色の包みを取り出す。
見たことのある包装。中に入っていたのは、あの時のブレスレットだった。
「これ、わたしに?」
「同じデザイン、同じ色のブレスレットを2つ買う人なんている?」
ペアルックとかでもあるまいしね。ごっちんは、そう鼻で笑った。
「プレゼントしなきゃいけないのは、わたしの方だったのに」
「たまには人にプレゼントする誕生日があっても、面白いと思うんだよね」
変わったことをごっちんは考える。ブレスレットはわたしの右手にすんなり入った。
「それに、まぁ、そのデザインあんまし趣味じゃないんだけどさ」
リカちゃんが好きそうだから、仕方なく。
そう言って、けたけた笑うごっちんは、ちょっとだけ意地悪だった。
出口でごっちんと別れる。これから、家族でご飯を食べに行くらしい。
じゃあね。うん、また遊ぼうね。
久しぶりに見るごっちんの背中は、前よりずっと凛々しく見えた。
7 名前:秋の運動会 投稿日:2005/09/25(日) 23:43
明日も朝早くから番組の収録がある。明後日も、その次の日も、石川梨華の仕事はある。
やるべきことはいつまでも山積みで、立ち止まる時間なんて本当はないことも知っている。
1つハードルを越えても、またすぐに別のハードルがやってきて、その度にわたしは悩む。
転んでも、レースは終わらない。飛んでも、たぶんゴールは見えない。
でも―――。
ポケットから震えが伝わる。ごっちんからのメールだった。

リカちゃんがんばれ。なお、返信は必要なし。

心地良い風が海から吹き上げる。雨はとっくの間に、止んでいた。
悩んで、苦しんで、考えて。その度にわたしたちは立ち止まる。
けど、同時にわたしたちは変わっていく。ちょっとだけ、強くなっていく。
だから、もう、大丈夫だ。躓いても、絶対に次の自分を諦めたりしない。
右手を上げる。割れんばかりの歓声が聞こえる。
合図はいらない。自分のタイミングでスタートを切った。
少しずつ、スピードを上げる。5メートル先に、ハードルが見えた。
そのままの勢いで、右足で思い切り踏み切る。そして―――。
大きな水溜りを、1つ飛び越える。見えない拍手が、耳に届いた気がした。
8 名前:秋の運動会 投稿日:2005/09/25(日) 23:45
9 名前:秋の運動会 投稿日:2005/09/25(日) 23:45
10 名前:秋の運動会 投稿日:2005/09/25(日) 23:45
11 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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