秋は馬食に乗って

1 名前:秋は馬食に乗って 投稿日:2005/09/25(日) 23:08
秋は馬食に乗って
2 名前:秋は馬食に乗って 投稿日:2005/09/25(日) 23:09
ドリアもステーキもまだ来ない。私はテーブルに置かれたスプーンに目をやり、空っぽのお腹を押さえてため息をつく。
目深にかぶった帽子の陰から向かいの様子を窺うと、のんちゃんはナイフとフォークを握り締めて不機嫌そうに店内を見回している。

「おーそーいー。ねえ、こんちゃん。来るの遅くない?」
「しっ。声大きいよ」

彼女をいさめて外を見る。駐車場の隅では、お勧めメニューを掲げたのぼりが緩い風にはためいている。
街の空気も次第に乾き始めた秋の日の午後。
どうしても空腹が我慢できなかった私たちは収録の待ち時間を利用して、というか楽屋をこっそり抜け出して、
近所の小さなファミレスに腰を落ち着けていた。

お腹が空くといらいらする、らしい。
私はもっぱらテンションが下がるだけなのであまり実感はないけれど、のんちゃんを見ているとそうなんだろうなと思う。
私がドリアにしようかハンバーグにしようかどうしようかどうしようかと悩んでいるのを尻目に、とっととステーキを注文した彼女は、
最初こそ「まだかなまだかな」とニコニコしていたけれど、いまやこの状態だ。騒ぎ出しかねない。
ウェイトレスは小さな籐製のかごに入ったスプーンやナイフを置いていったきり、姿を見ない。
さすがに私も不安になってきた。早く帰らないと怒られてしまうのに。
3 名前:秋は馬食に乗って 投稿日:2005/09/25(日) 23:09
「あ」

のんちゃんの声が人気のない店内に響く。見ると、フォークで突つき回していたせいで籐のかごの持ち手が外れてしまっている。
彼女はしばらく真面目な顔で考え込んでいたけれど、いきなりテーブルに転がった持ち手にフォークを突き立てると、そのまま口に放りこんだ。
パリパリパリと軽快な音を立てて、舌の上の持ち手をじっくり堪能している。
私は、かご本体をナイフで切り分けどんどん口に運んでいく彼女の様子をただ声も出さずに眺めていた。

かごを食べきったのんちゃんは爪楊枝をフォークに絡めて軽く口直しをした後、器用にすくった醤油入れを容器ごとほおばった。
噛み砕いた拍子に口の端から垂れた醤油が衣装を汚しそうになったので慌てて紙ナプキンを渡すと、「ありがとう」と言ってそれも食べてしまった。
あのいらいらはどこへやら。舌なめずりをして頬を緩めている。
彼女の満足そうな顔につられて私もスプーンに手を伸ばすと、爪楊枝を一本だけすくって、おそるおそる口の中で転がしてみる。


「ん!」

やばい。いける。
4 名前:秋は馬食に乗って 投稿日:2005/09/25(日) 23:10
ソース。割り箸。コップ。シュガーポット。メニュー。呼び鈴。

私たちは争うように次々と胃に収めていったけど、やっぱりちゃんとした食べ物じゃないからかあまりお腹はふくれない。
テーブルの上のものを全部食べ尽くしても空腹は満たされなくて、それは目の前の彼女も同じらしかった。
二人揃ってきょろきょろ辺りを見回す。
テーブル? ソファー? 据え付けだから難しそうだ。うつむいてそんなことを考えていると、突き刺すような視線を感じた。
目を上げると、のんちゃんが私を見て笑っている。醤油入れを食べていた頃と同じ顔だ。
彼女の手の中で鈍く光るナイフが視界に入って、思わず自分の右手のスプーンに目をやる。
しまった。不利だ。―――やっぱりハンバーグにすればよかった。

彼女はフォークとナイフを打ち鳴らし、空っぽのテーブルに身を乗り出す。私はスプーンをかざして隙を窺う。
ああ、またハンバーグに泣かされるのか。
笑顔でにじり寄るのんちゃんを見つめながら、私は唇をかみしめた。
5 名前:秋は馬食に乗って 投稿日:2005/09/25(日) 23:11
6 名前:秋は馬食に乗って 投稿日:2005/09/25(日) 23:11
7 名前:秋は馬食に乗って 投稿日:2005/09/25(日) 23:11

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