おっきくまる
- 1 名前:おっきくまる 投稿日:2005/09/24(土) 15:51
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おっきくまる
- 2 名前:おっきくまる 投稿日:2005/09/24(土) 15:52
- まあ、それにしても、影響を受けやすい人っていうのはいるもんだ。
そんな感想が浮かんだことを、彼女は知らない。表情に出さないことにはすっかり慣れ
ていたし、驚きもしなかったから。むしろ、予想通りだった。寸分も違わずにそれが起こ
ったという意味では、わたしもいよいよここまで来たかと、目まいがした。
「おはよーございまーす」
かけた声は、三倍になって返ってきた。わたしより早く楽屋に来ていたのは、彼女を含
めて四人。足りない数は、もちろん彼女のものだ。
「急に、寒くなりましたね」小春が近くに来て、言った。「今まで、季節の移り変わりに
なんて疎かったんですけど、今日ははっきり感じました」
- 3 名前:おっきくまる 投稿日:2005/09/24(土) 15:52
- 「新潟はもっと寒いでしょ?」
「うーん、きっと、なんでしょうけど……」
「冬になると降雪量、日本一なんじゃなかったっけ」
「でもわかんないです。その場にいないと」
教育係は、常に相手のことを考えていないといけないのかな。ふと、そんなことを思っ
た。だとしたらわたしは、この瞬間、教育係失格だ。
部屋の隅にいる、本から顔を上げもしない彼女を見やった。笑ってる。自分でも気づい
ていないであろう笑みを浮かべ、文章を追うことに必死になっている。他の一切は目に入
っていないように見えた。いや、実際に映っていないに違いない。
その横顔に、うっすらと募る。彼女の故郷である福井は、どんな気候なのだろうか。
- 4 名前:おっきくまる 投稿日:2005/09/24(土) 15:53
- ◇
勝手に想像していたものと現実が異なる、なんていうのはよくあることで、それは一生
を変える大きな出来事でも同じようだった。
高橋さんはブラウン管で見るよりも笑顔が少なく、親しみやすくもない。仕事として割
り切っているというのとも違う。自然なのだ。初対面の人に対して格好つけてしまうよう
に、緊張感から表情が変わる。
ガッカリはしなかった。わたしは理想像を当てはめ、姉だと思っていたはずなのに、ど
ういう心の動きか、そんな彼女により惹かれていることがわかった。
だからわたしは、いつからか彼女の観察者と化している。何かが起こると、まず視線を
あの人へと走らせ、どんな反応をするかを確かめる。意外だと感じることは、最近、なく
なってきた。それが少し、面映い。
◇
- 5 名前:おっきくまる 投稿日:2005/09/24(土) 15:54
- 「それでね、グアムでバスケしたの!」
絵里の八重歯がキラリと光る。本人に伝えても信じないけど、心底楽しい時、そうなる
気がする。
「写真集かあ、いいね、さゆも出したいなあ」
「お願いしてみれば? 出したいんですけどぉ、って。何とかなりそうじゃない?」
「なるかな?」
「なるなるー」
「誰がナルだぁー」
「もちろんさゆだぁー」
絵里はこう見えて、違う。流されやすそうで、時々流されたりしながら、でもやっぱり
自分の立ち位置に戻ってくる。ニマニマしてる絵里なのに、なんて言ったら、怒るかもし
れない。でも褒めてるんだよ、って付け足したら、きっと笑ってくれるだろう。こっちは
友達として、多くの時間を共有しているからわかる。体得に似た予測だ。
- 6 名前:おっきくまる 投稿日:2005/09/24(土) 15:54
- この空間にいる限り、どこを見ても鏡が目に入った。二週間分を撮り溜める撮影の、一
週分が終わった。戻った楽屋には賞品の食べ物やお菓子が並び、左右反転のわたしたちは、
つかの間の緩和を楽しんでいる様子だった。
だけど、部屋の隅。いつもの場所で、高橋さんは読書にいそしんでいる。
時間が経つにつれ、わかってきたことは、彼女は浮いているということだった。誰かに
イジワルされているとか、避けられているのではない。ただ、浮いている。雰囲気と呼ば
れる空気の上を、プカプカと漂っているのだ。自ら交わろうとする意思も見受けられず、
たった一人で何かに影響されては、それをこなす。
- 7 名前:おっきくまる 投稿日:2005/09/24(土) 15:55
- 「おっ、足音。さゆ、次の収録始まるみたいだよ」
「あっという間だね、本当に」
「ねぇ〜。じゃあさ、終わったら、ゆっくりご飯でも食べようかぁ?」
「さんせー」
「さんせー」
絵里の提案なのだから、わたしが賛成すれば、反対票なしの確定だ。それでも絵里は、
わたしがしたみたいに、手を上げて続いた。そんな取り止めなさを崩さないよう、心がけ
た。
「決定だね。でも、寄りたいとこあるんだけど、付き合ってくれる?」
「もちろん」絵里は器量の大きさを示すように胸を叩く。「何だかいつものことじゃん」
足音の主はやっぱりスタッフさんで、スタジオに入るようにとのことだった。出口近く
に陣取っていたわたしたちは最初に楽屋を出た。
絵里はやはり鋭い。高橋さんがゆっくりと立ち上がるのを、視界の外れで確認した。
- 8 名前:おっきくまる 投稿日:2005/09/24(土) 15:55
- ◇
今日の朝、8チャンネルの占いで、乙女座の運勢は3位だった。ラッキーアイテムは本。
前に高橋さんと交わした会話から、わたしは彼女がそれを欠かさずに見ることを知って
いた。以来、自分の星座と乙女座は必ずチェックする習慣がついた。季節柄、読書に踏み
出すきっかけとしては充分だ。
いそいそと高橋さんは、荷物をまとめている。じゃれ合いながらのわたしたちとは、ス
ピードが違う。
「お腹すいたー。お肉食べたーい!」
絵里は収録の最中、何を食べるか決めていたようだ。
「お肉かぁ。わかった。そうしよっか」
「わーい、さゆ大好きー」
高橋さんが持ち物をカバンに詰め終わり、大事そうに小説を手にした。乗り物の中でも
読むつもりなのだろう。仕舞わなかった。
- 9 名前:おっきくまる 投稿日:2005/09/24(土) 15:56
- 「お疲れ様でした」
彼女が楽屋を後にしようと歩き始めた瞬間、わたしは声をかける。彼女は目を真ん丸く
した。こんなに早く挨拶されるとは思っていなかったのだろう。驚いた素振りを隠そうと
もせず、二、三度頷く。
「え、あ、うん、お疲れ……」
少しくらい、高橋さんの平静を乱したい。そう思った。成功も失敗もない。彼女は心な
し首を捻りながら、楽屋から消えた。
朝の反応は嫌がらせではない。口の中で濁らせてはいたのだ。だから「どうして無視す
るんですか」と詰め寄ったら、「ちゃんと返事したよ」とくるに違いない。一分の迷いも
なくそう思い込んでいるのだから、タチが悪い。何かに夢中になっている時、高橋さんは
わかりやすく、他に目が行き届かなくなる。
- 10 名前:おっきくまる 投稿日:2005/09/24(土) 15:57
- 誰も、そんなことを知らない。もしかしたら、高橋さんが今日、本にかじりついていた
ことにすら気づいてないかもしれない。その理由に至っては、見当もつかないはずだ。い
つも部屋の隅で世界を構築しながら、昔ながらの慣習やテレビなど、どうでもいいものに
は流されてしまう。みんな、知ったら呆れるだろうか。
「行こ、さゆ」
準備の整った絵里は、そう言ってわたしに腕を伸ばす。それに手を重ねると、二人で声
を揃え、お疲れ様でした、と口にした。
次々とブームを変えられたら、こっちの身が持たない。全く、世の中には影響されやす
い人っていうのはいるもんだ。だけど真に不本意ながら、わたしこと道重さゆみも、その
数いる中の一人らしい。これは何となく、そう思うのだった。
今現在、とある小説のタイトルを、忘れないように反芻しているのだから。
- 11 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
- このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。
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