ミルクとレイン
- 1 名前: 投稿日:2005/09/20(火) 21:51
- ミルクとレイン
- 2 名前: 投稿日:2005/09/20(火) 21:52
- ……タン タタンタタン タタンタタン タタン……
「……あー、寝てた」
「おはよう。よく寝てたね」
「ぁよ〜……最近超眠くてさあ。
あ、もしかして絵里そっちにもたれてた!?」
「ん?うん」
「わぁ、ごめんマジごめん!重くなかった?肩痺れてない?」
「重くないし痺れてもいないよ。全然平気」
「ほんと?」
「まあ寝言は言ってたけど」
「えー嘘だぁ!」
「うん嘘だぁ」
「あー!さゆが嘘ついた絵里に嘘ついた!超傷ついたー」
「寝起きなのに元気なのねえりりんは」
- 3 名前: 投稿日:2005/09/20(火) 21:52
- タタン タタンタタンタタン タタン
「あ、見て」
「んー?」
列車の窓側の席に座っていたさゆみが、上半身を捩って窓の外を指差す。
どこを見るでもなく寝起きの浮遊感を引き摺っていた絵里は、
その指先に吸い寄せられるように顔を向けた。
「雨」
「ほんとだ。やだなあ」
「絵里、雨嫌い?」
「だるくなるから嫌い。さゆは?」
「そうでもない。でもまあ確かにだるくはなるよね」
窓に映った絵里が欠伸を噛み殺したのを見て、外を見たままさゆみは続ける。
「秋って眠くなるよね。さっきの絵里みたいに」
「そうなんだよねーほんっと起きてるのがしんどくて……」
「何か色々原因あるみたい。雨とか、あと夏にあんまり寝てないからとか」
「えー夏のせいなんだ?」
夏は、気候のせいか身体が眠りを欲する時間が少ない。
秋は、夏少なかった分、体がそれを補おうとして夏より多く睡眠をとりたがる。
「そういう説があるらしいの」
「おっ、なるほどぉ」
窓に映った絵里が、わざとらしく膝を叩いていた。
- 4 名前: 投稿日:2005/09/20(火) 21:53
- タタン タタンタタン タタンタタン タタン……
「さゆお母さんみたいだぁ。そういうこと知ってるのって」
さゆみは窓から視線を戻し座席に座り直した。
それを待っていたかのように、絵里の口から感慨深げな言葉が漏れた。
「かわいいお母さんになれそう?」
「うん絶対かわいい賢いお母さんになれるよ」
「なるなる絶対なる」
早くその日が来ないかな、さゆみの声は至って真剣だ。
それに気付いた絵里が、口の端をほんの少し吊り上げながら、
さゆみに向かって呼びかけた。
「おかーさーん」
「はいはい、どうしたのえりりん〜」
「お腹空いたー」
お菓子ちょーだい、ちょっとした悪ふざけでそう要求してみたのだが、
それを聞いたさゆみはまた、はいはい、と言いながら、
窓際の狭い棚に置いていた手提げを取り上げて、中身を覗き込んだ。
絵里がまた子供の振りをして、一緒に手提げの中身を覗き込もうとすると、
見ちゃ駄目、と絵里の視界からそれを遠ざけた。
「けちー」
「ちゃんとあげるから待ってなさい」
「はやくー」
「はいはい」
- 5 名前: 投稿日:2005/09/20(火) 21:53
- タタン タタン タタ ゴーーーーーーーーーーーーーーーー
列車がトンネルに入り、照明のせいで車内が眩しいほど明るくなる。
ほぼ同時に絵里の耳の鼓膜が、きゅうと音にならない音を立てて内側に隠れた。
線路上を滑走する車輪の音がトンネル内に木霊し、車内もまた同じ。
地響きに似た轟音の他は何も聞こえない。
視界は鮮明なのに、聴覚がそれなので、絵里はどこか現実離れした世界に
連れて来られたような錯覚を憶えた。
違和感。
けれどもどこか安堵をもたらす不思議な空間。
空気は生温く、振動はまた眠りを誘う。
明るすぎる人工の照明だけが、辛うじて現実から剥離していない。
その間にも、さゆみは周囲の世界の変化に構わず手提げの中を覗き、
右手で探り、ややあって、何か一言。
聞き取れないが、読唇術を心得ていなくても、何となくぼんやりと
見つめていたその口の動きで、あった、と言っていることがわかった。
- 6 名前: 投稿日:2005/09/20(火) 21:54
- ーーーーーッ ……ッタタンタタン タタン タタン
トンネルを抜けて、さゆみが軽く握っていた右手を絵里に差し出した。
「はい、飴」
「雨?」
「あーメ!キャンディ」
「お、あ、ありがとー」
「えりりんは一人で包み紙開けるかなー」
「……まだお母さんだったんだ」
「え、もう終わってたの」
「だって」
トンネルに入ったら絵里のそれまでの現実が一変したのだ。
抜けて即座に元に戻れるほど器用な脳味噌など持っていない。
耳鳴りが治まらないままに聞いたさゆみの声が遠いままで、気持ちが悪い。
だが、さゆみは変わらずだった。
絵里が目醒めてトンネルに入る前も、入っている間も、抜け出した後も、
変わらず、そのまま。
ひょっとしたら、お母さんなどと呼ばなくても、絵里の中ではとうに、
さゆみに対して母に近いそれを重ねていたのかもしれない。
何かと周囲の雰囲気に飲まれやすい自分に対して、滅多なことでは動じない彼女と、
ずっと一緒にいたから。
だとすれば自分は随分と彼女を買いかぶっていたものだ。
突然さゆみの実家に行きたいと言い出した自分の我侭を、甘んじて受け入れるなんて。
手提げだけを持って、下りだからという理由一つで、目の前の列車に飛び乗るだなんて。
こんな人が母親だったら、……面白すぎる。
「でっきるっかな、でっきるっかな」
「子供じゃないんだから、できるに決まってるし」
「お母さんにとっては子供はいつまでも子供なの」
「だからもうそれは終わりだってー、もー」
- 7 名前: 投稿日:2005/09/20(火) 21:54
- 口を尖らせながらキャンディの捩れを逆に捻り、
すんなり包み紙を開いて白い飴玉を取り出して見せた。
「ほら」
「よくできたねー、偉い偉い」
まるで自分のことのように喜びながら、さゆみが左手で絵里の頭をかいぐりする。
払いのけるにも片手に包み紙、片手に飴玉を持っている絵里には、それが出来ない。
やっても良かったが、勢い余ってどちらか片方を放り投げてたら、さゆみに
叱られてしまいそうだったので。
「……もー、しょうがないなあ」
さて、この場合しょうがないのは、いつまでもお母さん気分のさゆみと、
抵抗できない癖に我侭だけは一人前の子供染みた自分と、どちらなのだろう?
答えは両方だ。二人揃って、しょうがない。
「食べないの?」
「食べるよっ」
上目遣いのさゆみにそう聞かれた絵里は、勢い飴玉を口の中に放り込んだ。
舌先で飴玉を転がす。
その途端、口の中いっぱいに、甘ったるいミルクの味が広がった。
- 8 名前: 投稿日:2005/09/20(火) 21:55
-
- 9 名前: 投稿日:2005/09/20(火) 21:55
- 飴玉は
- 10 名前: 投稿日:2005/09/20(火) 21:55
- 从*・ 。.・) の味
- 11 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
- このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。
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