東京大怪獣
- 1 名前:東京大怪獣 投稿日:2005/09/19(月) 09:21
- 東京大怪獣
- 2 名前:東京大怪獣 投稿日:2005/09/19(月) 09:22
- 隊列をなして飛ぶ渡り鳥のはるか上空、希美を乗せたヘリが飛び越えていった。
炎上する古都を背に飛ぶ雁たちは、何を思っているのだろう。
ちょうど真上で目を閉じれば、
雁の意識の片鱗くらいはつかめるかも知れない、と一瞬思ったが
これだけの高低差では、雁の意識に一秒もダイブできないだろう。遠すぎる。
そんなことをぼんやり考えていた希美の耳に、司令からの無線が入り込んでくる。
「ジュラスは進路を大きく変えて若狭に向かっている。
原発に踏み込まれてはもう手が出せない。
そうなる前になんとしても、奴の息の根を止めねばならない。
辻君!わかるね?」
「なんで……私なんですか?」
もう何度も同じことを聞いていた。返ってくる答えもわかっている。
それでもそう言ったのはつまり
希美が自分に課せられた運命を受け入れられずにいたからだった。
「怪獣と交信できるのは君しかいないんだ。君だけが奴を足止めできるんだよ!」
別にそんな大げさなことじゃなかった。
ただ、子どものころから、目を閉じると近くの動物の感じていることがわかるのだ。
幼いころは、その能力をみんなに自慢したりもした。
それが、こんな使われ方をするなんて……
- 3 名前:東京大怪獣 投稿日:2005/09/19(月) 09:22
- 希美が交信している間、対象の動物の活動が緩慢になる。
そのことに着目した防衛軍は希美を連行し、ジュラス撃滅作戦に組み込んだ。
希美を乗せたヘリが怪獣の頭上ぎりぎりまで降下する。
希美が怪獣に交信をかけ、足止めしているところをミサイルで総攻撃。
着弾を確認して指示が出るのを待って、ヘリは退避する。
それが防衛軍の作戦だった。
しかし、最後の退避うんぬんは、ただの建前だ。
着弾を確認してから高度を上げたって、間に合うわけがない。素人でもわかる。
怪獣撃滅に必死な防衛軍は、希美のいるヘリごと吹き飛ばすつもりなのだ。
「もう神戸の時のような失敗は許されない……」
その言葉で、先ほどの恐怖がまたよみがえった。
怪獣は神戸に上陸した。すぐさま希美を使った作戦が開始されたが
失敗に終わった。
自分の意識が醜い怪獣とシンクロしている、その間に
大量のミサイルが自分の身体をバラバラにしてしまうかもしれない。
目を閉じたら、死ぬ。
恐怖した希美は交信を拒否。ヘリは怪獣を追って大阪、奈良へ。
そこで燃料切れとなり、ヘリは壊滅した奈良へ不時着した。
- 4 名前:東京大怪獣 投稿日:2005/09/19(月) 09:23
- そして今、代わりのヘリが希美を乗せ、全速力で怪獣を追っている。
司令の声がさらに煽り立ててくる。
「これ以上犠牲者を増やすわけにはいかない。
奈良の惨状を君も見ただろう!?」
「じゃあお前が乗れよ!!」
思いっきり叫んで回線を強引に切った。涙が出てきた。
惨状を見たかって?司令はモニターでしか見てないじゃないか。
炎の熱さも血の臭さも感じていないじゃないか。
不時着した時、希美が目撃したのはまさに地獄絵図だった。
街は炎に包まれ、怪獣の通り道にあった建物は無残に倒壊していた。
あちこちで叫び声やうめき声が聞こえる。
来るはずのない救いを求める声。怪獣を罵倒する声。
瓦礫の隙間から赤黒い血が流れ出すのを見たとき、希美も絶叫した。
それを思い、ヘリから奈良を振り返ると、今も街中に広がった炎が夜空を
まるで夕焼けのように赤々と染めているのが見える。
あの惨状が自分のせいで起こったと考えると、
罪悪感で希美は発狂しそうになる。しかし……
なぜ自分が、という思いもずっと残っている。
怪獣と何の関わりもない自分が、怪獣退治の生贄にされるなど
納得できるわけがない。
- 5 名前:東京大怪獣 投稿日:2005/09/19(月) 09:23
- 希美は涙の溜まった目を必死に閉じた。
目を閉じると、先ほどの奈良の光景が再びよみがえってくる。
あの子はどうしただろう?
崩れた家の前にひざをつき、泣き叫んでいた少女。
希美と同じくらいの年。
家族の名前を叫びながら、わんわんと甲高い声で泣いていた。
その声が希美の耳を、胸をつんざく。
少女はすっと生気のない顔で立ち上がると
「あほー!死ねー!」
怪獣の背中に向けて必死に呪詛の言葉を投げかけた。
弱弱しかった。家を踏み潰され大切な人を奪われた少女の苦しみを表すのに
それらの言葉はあまりに軽く、あまりに虚しい。
罵倒が終わると、後には
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!うわぁぁぁぁぁぁぁ」
絶望の泣き声がずっとずっとずっと……
希美は何もできず、その背中を眺めているだけだった。
- 6 名前:東京大怪獣 投稿日:2005/09/19(月) 09:23
- 「ジュラスを肉眼で捉えた」
パイロットの声が聞こえてきて、希美の意識が現在に引き戻される。
希美はかたく拳を握った。
「ごめんね……
今度こそ、あいつを…やっつけるからね」
死ぬという運命を受け止めることなど、とうていできない。
しかし、どうせ希美が死ななければ終わらないのだ。
それならせめて、無駄には死にたくない。
自分の18年間を、無意味に終わらせたくはない。
自分の勇気で
あの、名前も知らない少女の苦しみが少しでも軽くなるなら
あの子の無念がほんの少しでも晴らせるなら……
その考えに希美は一瞬、自嘲した。
死ぬ運命を背負った希美が自分を奮い立たせるために
あの少女を都合よく持ち出してきただけかもしれない。
しかし
欺瞞でも自己満足でもいい。自分はあの子のために、運命に立ち向かう。
「高度を下げてください!さっきの渡り鳥よりも低く」
希美の声を合図にヘリは、機体を傾け怪獣の背中目掛けて降下していった。
- 7 名前:東京大怪獣 投稿日:2005/09/19(月) 09:24
- 終
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