9、『れいなの通販生活』

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/16(土) 22:21
9、『れいなの通販生活』
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/16(土) 22:23
窓の外には桜吹雪が散っていた。
とてもきれいだけどもう見飽きていた私はベッドにだらしなく横たわったまま、テレビを見ていた。
少女の声がテレビから流れている。

「…はい今週もやってきたっちゃ!『れいなの通販生活』の時間っちゃ!」

福岡弁のかわいい女の子が司会の通販番組。
なんとなく、毎朝見ている。

「…今日ご紹介するのはこちらの焼肉セットっちゃ。…うまそうたい。」
スタッフの笑い声が幼さの残る少女の顔に被さる。

「…食べてはいけんそうたい、くやしか。とりあえずこちらの電話番号までお電話くださいっちゃ。…それでは次の商品…」

「あゆみ、なんかほしいものあるの?」
突然に。
視界に入りこむ姿。
細いカラダと髪の毛が少女の声を吐き出すテレビの光をうけてシルエットとなって私の瞳に写る。

「…んー、別に。なんとなく見てるだけ。」
「へぇ、じゃあ私もお付き合いしましょうかね。」

3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/16(土) 22:26
ぽす、と隣に座り込んだのは私の姉。めぐみ姉ちゃん。
手渡されたカップをありがと、と言って受け取る。
ミルクと砂糖多めのコーヒー。私の好み。ふわりと湯気が天井に向かう。
テレビから少女の声が流れる。

薄暗い部屋にそれだけが不自然に明るく響く。
「…やっぱ、あるかな。欲しいもの。」
「へぇ、何?お姉ちゃん、あゆみのほしいものなら何でも買ってあげるよ。」
「何でも?」
「ん。」

横にいる見慣れた近親の顔を見る。
実は同じ血が流れていると思えないほど、私と姉は似ていない。
黒縁の眼鏡の奥で、瞳が弓形に曲がる。これもまた、見慣れた笑顔。
それから私は――目をそらした。
「…やっぱいいや。この番組じゃ売ってないし。」
「なんだよぅー、言ってくれたっていいじゃん。」
「又今度ね。…そろそろ学校行かなきゃ。もう卒業近いし、いろいろやらないといけないから。」
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/16(土) 22:27
何だって買ってあげるのになーと呟く姉にカップを渡し、立ち上がる。
少女の声と彼女を残して自分の部屋に向かう。
ベッドから出たとたんにまだ残る寒さが肌を刺した。
「あったかくして行きなさいよ。」
こんなときだけ姉は、保護者面をする。
部屋に漂う、あの甘ったるい匂いと不釣合いな物言い。
自分だってタンクトップのくせに。

「北の町から南の町まで、素敵な夢を届けますー♪心休まるゆとりの生活 電話一本かなえますー♪
 サーイケネット、サーイケネット、サイケネットー。夢のサイケネット村田ぁー♪」

なんだか妙な替え歌を、私が服を着ているあいだ姉はずっと歌っていた。
そんなに妹に媚を売りたいのだろうか。

不快だ。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/16(土) 22:29
まだ少女の声はテレビから流れていた。

「行ってきます。」
靴を履く私の背中に声が投げかけられる。
「明日の晩みんなで食事をしようって言われてるから、空けておいてね。」
「…分かった。」

マンションの駐輪場。
そのそばの部屋からもあの少女の声が聞こえていた。
「…結構人気番組なんだな。」
自転車を出して乱暴に籠に入れた鞄。底のほうでごろりと音がした。
「欲しいものね…もう買っちゃったといえばそうなんだけどね。」
カチャリ、鍵をさすために屈む、

と。
うずく、その部分。
このうずきを痛みに感じるようになったのは、いつからだろう。
しゃがみこむ。
「くっ…、ぅ…。」
たまらなく、息苦しい。
愛のカタチだと信じていたそこに、カラダ中に残るあのアトがひりつくように、痛い。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/16(土) 22:29
―――「お姉ちゃん、あゆみのほしいものなら何でも買ってあげるよ。」
――「お姉ちゃん、あゆみのほしいものなら何でも買ってあげるよ。」
―「お姉ちゃん、あゆみのほしいものなら何でも買ってあげるよ。」
―――「お姉ちゃん、あゆみのほしいものなら何でも買ってあげるよ。」
――「お姉ちゃん、あゆみのほしいものなら何でも買ってあげるよ。」
―「お姉ちゃん、あゆみのほしいものなら何でも買ってあげるよ。」
―「明日の晩みんなで食事をしようって言われてるから、空けておいてね。」
――「明日の晩みんなで食事をしようって言われてるから、空けておいてね。」
―――「明日の晩みんなで食事をしようって言われてるから、空けておいてね。」
―――「明日の晩みんなで食事をしようって言われてるから、空けておいてね。」
――「明日の晩みんなで食事をしようって言われてるから、空けておいてね。」
―「明日の晩みんなで食事をしようって言われてるから、空けておいてね。」
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/16(土) 22:32
「がっ…かっ。」
手で、鞄を探る。
引っ張った勢いで自転車が倒れけたたましい音を立てるのにもかまわず私は鞄の中からそれを取り出す。

その重たさと冷たさが手の中に入る。

不思議と動悸が痛みが疼きが息切れが、おさまる。
ほんの冗談でネットで買ったもの。
決してテレビの通販じゃ買えないもの。
いつか、これがお姉ちゃんをまた、父さん母さんが死んでから私だけを見ていてくれたお姉ちゃんにしてくれる。
軽く息をついた私はそれをまた鞄の中に潜ませて、自転車を起こした。
ぱたぱたと服についたほこりをはらう。

「…嘘つき。」
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/16(土) 22:34
まだ少女の声は聞こえていた。

桜が散る中、私はペダルに足を乗せて、力を入れた。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/16(土) 22:35

――――了。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/16(土) 22:36
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/16(土) 22:36
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/16(土) 22:36
通販で買った毒薬潜ませて
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/16(土) 22:37
自転車こぎだす新春吉日。

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