7. れいなの通販生活

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/14(木) 01:34
7. れいなの通販生活
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/14(木) 01:36

 進歩はしたかもしれないけど、進化なんてしてるわけないじゃない。
 いつもよりも遅くまで練習に付き合ってもらったある日、放送されたドキュメントを見
たママが苛立たしげに言った。かなりカチンときたけど、それは辛辣だけど本当のことを
言ったママに対してなのか、都合よく言葉を並べ立てた番組に対してなのかはわからなか
った。わかっているのは、わたしには実力が足りなくて、まだまだ練習が必要だ、という
こと。
 その3日後、わたし宛に封書が届いた。A4サイズで無地の茶封筒。印字されたわたしの
名前と住所だけが大雑把に貼りつけられていた。危ないからと事務所にも止められている
し、開けたって碌なものは入っていないからいつもなら中身も確かめずに捨ててしまうけ
ど、その封筒からは不思議と優しくて暖かい感じがした。用心深く仕掛けがないか確かめ、
封を破った。送られてきた封筒はペラペラだったから、警戒心が薄れていたのかもしれな
い。
 中に入っていたのは葉書が数枚と、A4の紙が一枚。葉書の表にはすでに宛先が印刷され
ていて、その住所は新宿の私書箱だった。A4の紙には、同じ印刷された文字で「あなたが
欲しいものを書いていただければお届けします」と書いてあった。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/14(木) 01:38

 ◇

 紺ちゃんのゆるく巻いた髪を眺めながら、ひび割れたリノリウムの狭い階段を降りる。
擦り切れて白っぽくなった、元は赤だっただろう硬質のゴムが、足を踏み下ろすたびにパ
チパチ音を鳴らす。
 トレーニングは継続しなければ意味がないと言う紺ちゃんに、一緒にボイトレ行かない
かと誘われた。事務所の紹介だから信用できるところだし、レッスン料も安くしてくれる
から、と。テレビが入っていたときのような優秀な先生ではないけれど、優しくて、教え
てくれるところはきちんと教えてくれる先生だった。
 わたしたちはそれぞれテレビでやったレッスンを先生に話して、その続きをやっている。
紺ちゃんは、わたしが意識しないうちにできていたことを真剣に反復している。わたしか
ら見ればレベルの低いところでまごついているだけなんだけど、紺ちゃんは満足そうに今
日のレッスンを終えた。
喉が締め付けられるように痛い。ちっとも上達しない自分にイライラして、今日は無理
をしてしまった。早く結果が欲しい。ふと、いつも勉強ばかりしているわりに成績の悪
かったクラスメイトを思い出した。無駄な努力はする気にならないよね、友達とそいつの
ことをバカにしていた。

 階段を降りきり、網硝子の重いドアを開けると風がわたしの髪を巻き上げた。ざらつい
た埃の中に緑の柔らかい匂いがした。少し先を歩いていた紺ちゃんが、太陽を向いて大き
く伸びをしている。わたしには太陽よりも、目の前に大きくのしかかる首都高の灰色が見
えてしまう。
 紺ちゃんがわたしを振り返り、待ってくれている。
「どしたの? れいな」
「いや、なんでもない」
 わたしが追いつくのを待って、紺ちゃんは「そう」と呟くとゆっくり歩き出した。
「あ、やっぱなんでもなくない」
 ずっと捨てられず鞄に放り込んであった葉書を一枚出して紺ちゃんに見せた。
「なんか願いごと書いて送ると、叶えてくれるんだって」
紺ちゃんは、面白いねぇ、と目を輝かせてガードレールに腰掛け、危ないとわたしが止
めるのも聞かず葉書に歌えるようになりたいと書いて投函してしまった。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/14(木) 01:39

 五日後、何故かわたしの家にEXPACKと書かれたちょっと立派な封筒が届いた。封筒の
上のほうに、紺野さんへ、と印刷されてあった。
 紺ちゃん、葉書に自分の住所書くの忘れたでしょ。仕事に行って渡すと、紺ちゃんは封
筒を振ってからゆっくりと開けた。中には録画用のDVDが入っていて、矢口さんが持って
いたポータブルのプレイヤーを借りた紺ちゃんは、何ごとかと集まってくるみんなから逃
げるようにして楽屋を出て行った。と思ったらすぐに引き返してきて、「ちょっとれいな一
緒にきて」と恥ずかしそうにわたしの腕を掴んで再び楽屋を出る。
 わけもわからず手を引かれるまま誰もいないところ、たぶんここしか思いつかなかった
んだろう、トイレまで連れられた。
「紺ちゃん、どうしたと?」
「いやぁ、ひとりで見るのは怖いから」
 照れくさそうにはにかんで言うと、DVDをセットした。
 わたしは、なんでれいななんだろうとちょっと嬉しくなったけど、思いなおした。事情
を知っているメンバーは他にいないし、そう考えると一緒に見る人はわたししかいない。
 DVDはミュージックステーションに出演したときの「涙が止まらない放課後」だった。
画面が出た瞬間、紺ちゃんは少しだけビクっとしたけど、今は懐かしそうに見ている。
 見てすぐ気付いた。この頃に比べて今の紺ちゃん、ちょっとだけど歌がうまくなってる。
 自信が見え隠れする紺ちゃんの横顔にそっと聞いてみた。
「紺ちゃんは焦ったりしないの?」
「なんで?」
「なんで、って言われても困るけど」
「だって、わたしは一番頑張らなきゃいけないから、頑張っていくだけだもん」


5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/14(木) 01:41

 ◇

 ゆるい空気が流れている楽屋。最近買ったヘッドフォンを被って愛ちゃんに借りたMD
を聞いてるけど、それは頭の中でジャカジャカなってるだけで響いてこない。なんとなく
退屈。だけど自分から動いて誰かと遊ぼうという気にはならない。
 後ろからヘッドフォンを外されて振り返ると、まこっちゃんと新垣さんがニコニコして
立っていた。
「あさ美ちゃんに聞いたんだけどさ」
 新垣さんが切り出すと、まこっちゃんが続く。
「なんでも叶えてくれるって葉書、まだある?」
 頷くと、出せよ出せよ〜、とまこっちゃんはおどけてすりよってくる。
 鞄から二枚取り出し、渡した。すると、新垣さんが遠慮がちに言う。
「あの、愛ちゃんの分も貰っていいかな」
 愛ちゃんの分も渡すと、ありがとうと肩を並べて楽屋を出て行った。吉澤さんと話して
いた紺ちゃんが二人に気付き、その背中を見送った。藤本さんが紺ちゃんに何か言うと、
吉澤さんが笑った。紺ちゃんも笑って首を振った。わたしはヘッドフォンを被りなおし、
目を閉じた。
 頭の中では相変わらず音楽がジャカジャカ鳴っている。愛ちゃんは貸してくれるとき、
洋楽は体で感じるものだと言ってたけど、わたしにはそういった感性はないのかもしれな
い。ビシビシとわかりやすいもののほうが好きだ。

 楽屋のドアが開いたような気がして、目をあける。さゆがぽろぽろ涙をこぼして立って
いた。石川さんがさゆのところに駆けていって頭を撫でた。さゆはひっくひっくしながら、
変わらずぽろぽろ涙を流して突っ立っている。絵里はいないのか探してみたけど、いない
みたいだ。それにしても、さゆが泣くなんて珍しい。
いつだったか、もうかなり前のことだけど、さゆは人前では泣きたくないと言っていた。
小さな頃から人前で泣くのは恥ずかしいことだと思っていたし、安倍さんが卒業したと
きかなんかのDVDを見て自分の泣き顔はかわいくなかったからだそうだ。わたしはそうは
思わなかったから、さゆは泣いててもかわいい、みたいなことを言った。さゆは笑って、
れいなは優しいね、と言った。昔のわたしだったら、さゆにブサイクと言ってたかもしれ
ない。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/14(木) 01:42
「れいな!」
 石川さんが手招きしている。なんだろうという期待を、面倒だと思うことで打ち消した。
「あのね、さゆ、一人でおつかい行けなかったのよ」
「石川さん!」
 さゆが強い口調で咎める。
わたしは、へ? っとなって、あぁ……となった。
「ちゃんと説明しないとれいなもわかんないじゃないのよ。さっきね、一人でラーメン屋
に入れないよね、って話をしてて、一人で外に出るのは緊張しないけど店に入るのは緊張
するってさゆが言い出して、で、もしかして一人じゃ買い物できないんじゃないか、って
話になって。れいな、見たことある? さゆが一人で買い物するところ」
「あ、いや、ないかも」
「でっしょ? それでね、さゆ、ムキになって一人で買い物できるとか言い張るから、お
つかいに言ってもらったの、そしたら泣いて帰ってきたの」
「センスで買ってきてとか言うから……」
 さゆがぐしぐししてる。
「で、それがれいなとどう関係あるんですか?」
 わたしが言うとさゆは呆然とした顔になって石川さんを見た。
「いや、でね、こんこんに聞いたんだけど」
 そこまで聞いて、そうなんだと納得した。ちょっと待っててくださいね、と言って鞄か
ら葉書を出してさゆに渡した。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/14(木) 01:45

 ◇

「なんでくれないの?」
 絵里がふくれている。
「なんで絵里にはくれないのよぉ」
 なんのことを言ってるのかはすぐにわかったけど、絵里の怒る理由がわからない。とが
った唇を見ていると、絵里は、お願いごとのやつ、とだんだん小さくなっていく声でいっ
た。
「ほしかったの?」
「ほしい」
「じゃあ、今はないけん、明日もってくるよ」
「うん、ありがとう」
 それで話は終わってしまう。

 きょろきょろしていた絵里が、あ、と思い出したようにいう。
「そういえば、ボイトレどう?」
「あんまりうまくいってない」
「そっか」
 ダンスレッスンはどうなってるのかな、と聞こうと思ったけど、絵里が先だった。
「なんか怖いよ、れいな」
「うそ? れいな怖い?」
「うん。ボイトレうまくいってない、って言ったとき、なんか眉間に皺よってた」
「うそだ〜」
「ほんとほんと」
「ほんとに?」
「殺しちゃるけん、って感じだった」
「はは、絵里の福岡弁、なんか変だから」
「えぇ〜。れいなのやつ、そのままマネしたんだけどなぁ」
 あ、スタッフさんが呼びに来た。待ち時間が終わった。
「じゃ、れいな先に行くけん」
 絵里が、え? って顔をしていた。


8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/14(木) 01:52

 ◇

 さゆが申し訳なさそうにわたしのところに来て、
「今日仕事終わったらさゆみの家に来てほしいんだけど」
と言った。
 どういうことかわからず返答に困っていると、れいなに貰った葉書の返事が来たの、と
さゆがもっと困った顔で言ったから理由を聞き出すわけにもいかず、ただ頷くしかなかっ
た。

 さゆの部屋に来るのは初めてだった。かわいい小物がいっぱいあるけど、ものすごく雑
然としていた。ソファとベッドだけはきれいだった。電車で片付けたと言っていたのは、
ソファとベッドのことなんだろうと思った。
「明日は仕事お昼からだし、ゆっくりできるね」
 ほんわりと笑顔で言ったさゆの家でお風呂を借りて夕飯をご馳走になった。思えばこう
やってメンバーの家にお泊りするのは初めてのことなのに、初めてじゃないような気がし
てなんだか懐かしかった。わたしは泊まりあったりはしたことないけど、モーニングに入
りたての頃は、こんな感じだったような気がする。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/14(木) 01:54
「で、さゆには何が来たの?」
「これなんだけど……」
 さゆが勉強机の上に置いてあったDVDを持ってきた。紺ちゃん宛てに来たものと同じ
メーカーのDVDだった。
「さゆみの家のDVDじゃ見れないんだけど」
 照れ臭そうに笑った。
「じゃあ、れいなの家で見ようよ。パソコンあるし、きっと見れるよ」
「え? でも……」
「あ、親とかまずかった? 今からじゃ出られないか」
「そういうことじゃなくて、れいなはいいの?」
「れいな? 大丈夫だよ。というか、なにが? さゆもそのつもりだったんじゃないの?」
 さゆはすとんと力が抜けたように尻餅をついて、わたしに寄りかかってきた。
「ようわからんけど、れいなにお願いごとしたらいけんような気がしちょった」
「なんで?」
「わからん。でも今日さゆみ、ぶち緊張しとったんじゃ〜。なんでかな」
 心底ふしぎそうに首を傾げるさゆにはわからないにはわからないのかもしれないけど、
わたしにはなんとなくわかる。簡単に言葉にできるようなことではないから、意味が違って伝わるのが嫌だから言わないほうがいいのかもしれないけれど、言えると思った。
「嫌われたくないからだよ」
 さゆは驚いた顔をして、じーっとわたしの目を見つめる。
「でも、さゆみはれいなのこと嫌わないよ?」
「れいなも、さゆのこと嫌わない」
 こんな簡単なことだったんだ。


10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/14(木) 01:57

 ◇

 お願いしたら来たとかで、愛ちゃんが宝塚の男役セットを得意気に披露している。石川
さんと紺ちゃんとまこっちゃんと新垣さんがイタズラっ子の顔で、愛ちゃんに付け睫毛や
カツラやアイラインや腕の下のヒラヒラをごってごてに貼りつけている。矢口さんは疲れ
ているのか、イヤホンを耳に差して眠っている。さゆと絵里が仲良さそうにパンを半分ず
つ食べている。
 わたしはMDを聞きながら、鏡の自分を眺めている。頬を緩めてみた。いい笑顔だ。

 不意に石川さんと目が合った。にやにやとわたしのほうに歩いてきて、隣に座った。
「どう? 最近」
 ヘッドフォンを被ったまま、石川さんに見えるように停止ボタンを押した。
「どう、って? なにがですか?」
「ほしかったものは手に入った?」
 しょうがないな、といった顔で紺ちゃんがこっちを見ている。
「みんないろいろ貰ってるけど、れいなはほしかったものが手に入った?」
「もういいんです」
「なにが?」
「れいなのこと思ってくれる優しい先輩がいるし、大好きな仲間もいるし」
 石川さんはわかったようなわからないような顔をして、頷いた。まあ、あんたがよけれ
ばそれでいいんだけどね。




11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/14(木) 01:57
 
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/14(木) 01:57
 
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/14(木) 01:57
 

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