69 She's Blue

1 名前:69 She's Blue 投稿日:2004/12/28(火) 00:58

69 She's Blue
2 名前:69 She's Blue 投稿日:2004/12/28(火) 00:59

秋の日差しが軽く照りつける中、二人は歩いている。
海を目指して歩いている。
それもこれも前を意気揚々と歩いてる同居人の気まぐれのせいだ。

れいなは今時歩いていくなんてナンセンスでアナクロだと非難し、
シャボン玉を使えばいいじゃんという提案をしてみたのだが、
相手に可愛く小首を傾げられるだけという結果に終わり、現在に至る。

まあそのやたらと斜めに傾くとことかすぐ口をとんがらがせてアヒル口になるところなんかに
すでに洗脳されているれいなは、ひととおり文句らしい文句は言ってはみたものの意見がとおらないのは
よく分かっているので、遅い朝食の後、いそいそ支度をして出かける羽目になった。

救いといえばすっきり肌寒くもなく心地よい陽気ということだけれど、
さすがにこの時期じゃあ泳ぐわけにもいかないし、一体何をするつもりなんだと
ぶつぶつ言っていると、別に眺めるだけでいいではありませんかとあっさり返されたので、
もう何も問うまいと前に進むことだけに神経を集中する。
が、そんなれいなの努力は絵里の突発的な発言によってかき乱される。

「れーな」
「なんね」
「……世界って何でできてると思う?」
「知らん」
「フフッ、教えたげよっか」
「いらん」

絵里はしばらく黙る。
でも気分を害したわけじゃないことはよく分かっている。
単に色々と考えすぎて処理に時間がかかっている、つまりは返答パターンの妄想に浸っているだけなのだ。
その証拠に歩調が少しクネクネしていておかしい。
まぁ、こんなの絵里に付き合っていれば取り立てておかしなことではないのだけれど。
3 名前:69 She's Blue 投稿日:2004/12/28(火) 01:00

足を止めて目標地点までの距離を確認。
海のうの字もまだまだ見えず、ただ広がる草原にどこまでも突き抜けるような空。
つと、愛を歌う機械仕掛けの鳥が遠くに飛んでいくのが見える。

「ねぇねぇ、れいな」
振り向いた絵里の黒目がちな目はいたずらっぽく細められている。
多分ロクなことを言わないだろうなと確信。

「愛って何だろうね」
「知らんて」
「えー、れいな知んないのー? 遅れてるぅー」
「絵里は知っとると?」
「そりゃもう疑問に思うくらいには知ってるよ」
「……知ってることいちいち聞かんで欲しいけん」
「もー、機械だって伴侶を求めて愛を語るご時世だってのに、れいなったらクールだなあ」
「はいはい、ほら、まだまだ遠そうだからちゃっちゃ行こ」

ちぇ、と軽く舌打ちを漏らしたものの、絵里はすぐさま満面の笑みでやおら走り出す。
声を上げて高らかに笑い、両腕を振り回しこれでもかと言わんばかりに楽しげに走る。
虚を突かれたれいなも一拍おいて全力疾走。
口をつくのは愚痴めいた響きの絵里の名前。
それを聞いてか聞かずか飛ぶように駆ける絵里をれいなは必死になって追うけれど、
なんだかんだ言っても体を動かすのはとても楽しい。
たとえそれがニセモノの感覚だったにしても、筋肉の躍動心臓の鼓動全身に感じる風の波動、
れいなのすべてを揺り動かして心を昂らせハイにさせる。
4 名前:69 She's Blue 投稿日:2004/12/28(火) 01:01

いきなりの活動を余儀なくされた肺が微かに痛む。
痛みがあるのはいいことだ、って絵里が言ってたっけ。
現実なんてモノはとうにどこかに蕩けてしまったような世界で、少なくとも痛みを感じる自分を
見つけられるとかなんとかかんとか持論を振り回し、ときおり絵里はれいなを傷つけようとする。
それはほんの些細な甘噛みだったり優しいつねくりだったり他愛もないものばかりだけれど、
痛みが快感に変わる性癖でもなく、できれば控えてもらいたいものだと思う。
まぁ、自傷行為などをされてもそれはそれで困ったものなので、冗談の範囲でこちらに矛先が向いているくらいが
いいのかもしれない、とれいなは無理やり自分を納得させてみる。

それにしても、とれいなはひとりごちる。
絵里はいつだって楽しそうだ。
いつ見てもバカみたいに笑ってバカみたいに跳ねてバカみたいに歌ってバカみたいバカみたいバカみたいに。
ああもう、なんでこんなに気になるんだろう。

気が付くと道はゆるやかに長い登り坂を迎え、草もまばらに潮の香りが鼻を刺激する。
随分と差がついてしまった絵里に対して思わず叫ぶ。

「絵里ーっ! 海、海見えるー?」

彼女は坂の頂点にぼうと立っていて、れいなの声を聞き流しているみたいだった。
とりあえず追いつこうとれいなは足の回転数を上げる。
無駄に息が切れる。
シャボン玉で何でも体験できる世界で体を動かすヒトは少ないからしょうがない。
ぶっちゃけ自分の記憶にある限り、絵里以外のヒトに会ったことはなく、
自分も引きこもりのヒトデナシだったので、しょっちゅう外に出ていた絵里に比べると
身体能力が劣るのは当たり前だ。
当たり前だがシャクなものはシャクなもので、れいなはバカ絵里返事しろよとぶつぶつ呟く。
そうこうしてれいなの視界にも違った情景が展開して―――
5 名前:69 She's Blue 投稿日:2004/12/28(火) 01:02

そこからは砂浜までゆるやかに下り、一面の銀色の海が静かに広がっていた。

れいなは俯き加減の絵里の表情を伺い、いつものことだなあ、と少し大げさに溜息をつく。
こうやって現実を追体験する度に絵里は明らかに気落ちする。
それは、何一つとして目新しいことが無いからなのだそうで、れいなにしてみればそんなの当たり前じゃん、
とバッサリ斬り捨てたいトコだが、同行人としての任務を遂行するべく、気晴らしに下らない話をする。

「やっぱここまで銀色してるとさ、亀が世界を支えているって言われても信じられるかもね」
「あれ、れいな知らなかったの? 実はこの世は亀井一族の遠縁である亀ちゃん達が
一生懸命大地を支えているんだよ?」

絵里は軽口を叩いているが、声にいつもの張りがない。
やれやれとれいなはもう少し軽口を続ける。

「絵里だって知ってるじゃん。海はどこまでも遠く銀色でさざなみゆうらゆらキラキラキラキラ光ってさ」
「ん、まあね。でもなんか青くてもいいかなって思った」
「ええっ?」
「ほら、れいな想像してみて。ここは見渡す限り空と海。薄い青と濃い青がどこまでも遠く―――」
「んー、ていうかさ青ってどんな色だっけ?」
「むー。どうやって言えばいいのかな……」

熟考の後うっそりと見上げる絵里の視界の空は灰色。海も灰色。
れいなもつられて空を見上げる。
絵里の眉のひそめ具合からするときっと似ても似つかぬ色なんだろう。
6 名前:69 She's Blue 投稿日:2004/12/28(火) 01:04

しばしれいなが物思いにふけり、気づくと絵里は銀色の海へ向かってずんずん進んでいる。
ぴちゃぴちゃと水を跳ね返しながら踝から脛のあたりまで水の中に浸かっていく。
呼ばうれいなの声にちらりと振り返るが、つと吹きすさぶ風に黒髪が巻き上がって表情がよく見えない。

「絵里!」

れいなは叫ぶ。
そしてもつれそうな足を必死に駆って絵里の元に走る。
絵里はいつだってバカみたいに楽しそうだけれど、裏返せば何を仕出かすかわからない危うさがあった。
不安を抱えたれいなはちょっぴり顔を歪ませて走り、どうにか絵里の手を掴んで引き止めることに成功する。

安堵したれいなに向かって絵里はやおら振り返り、れいなを引き寄せざまに力いっぱい抱きしめる。
不意打ちをくらったれいなは勢いを受け止めきれずに倒れこみ、二人してもつれて派手に水しぶきを上げる。
必死にわあわあ起き上がり、文句の一つも言ってやろうと意気込んだれいなは絵里がニコニコ本当に楽しそうに笑っているのを見て
何も言えなくなる。

「れいなぁ、この広い広い空間にあたしとれいなは二人だけです。だったら世界は二人で出来てるって思わない?」
「極論じゃん」
「でもそう思ってもいいでしょう?」
「うーん、まあ、ね」

しぶしぶといった風情でやっと同意したれいなの頭を、絵里はとっても嬉しそうに濡れた手でかき回し。

「それじゃあ愛について教えます」

絵里の顔がれいなに向かってそっと落ちていく。
濡れてキラキラ光っている絵里の髪越しに見えるどこまでも薄暗い色を無くした空。

れいなはそっと瞼を閉じて、絵里が見る青を見れればいいのにと思った。
7 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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