67 麗幻道士

1 名前:67 麗幻道士 投稿日:2004/12/27(月) 23:36
67 麗幻道士
2 名前:67 麗幻道士 投稿日:2004/12/27(月) 23:37
田中れいなが楽屋に入ると、亀井絵里が爆笑していた。
「うへへへへ」
こんな亀井には話し掛けないほうがいいことを経験から学んでいた田中は、少し放れた所に腰掛けて、
耳にイヤホンをした。

シャカシャカシャカシャカ鳴る音がふっと途切れる。見ると、亀井が目の前に立っていた。
まだ笑っている。うへへへへ。うへへへへ。少し鋭い八重歯をあらわにして、うへへへへ。
「何? なんかよう?」
亀井はうへへへへと笑いながら、新聞を差し出した。東京スポーツだった。
その一面には、中国奥地でキョンシー発見か!?≠ニいう文字と、ピンボケした、キョンシーに見えなくも
ない人影の写真が載ってあった。田中はまたカッパのときのようなヤラセじゃないのと思いながらも、
暇だったので読んでみた。なんでも、中国奥地に封印されていたキョンシーを、観光客が面白半分に
目覚めさせてしまったらしい。
「……これがそんなにおもしろいん?」
紙面から目を離すと、亀井は腹を抱え、くるしそうにひいひいと笑っていた。まったく、絵里の感性はわからない。

「なんかもう、フランケンシュタインとかドラキュラとか、色々書きそう」
田中がそう言うと、亀井の笑いは一瞬止まったが、またひいひいと笑い出した。やれやれ。
他に面白い記事はないだろうかとパラパラ紙面をめくるも、ありがちな失踪事件や、芸能人の俗悪な噂しかなかった。
田中は亀井の手からイヤホンを抜き取り、東京スポーツを握らせると、再び音の世界へと没頭した。

このとき、東京スポーツの記事が真実であることを、田中はまだ知らなかった。
3 名前:67 麗幻道士 投稿日:2004/12/27(月) 23:37
キョンシーに噛まれた人間はキョンシーとなる。一匹が二匹に、二匹が四匹に、四匹が八匹に。ねずみ算式に、
瞬く間にキョンシーの数は増えていった。事態を重く観た中国政府は道教の寺院に御札の作成を依頼するも、
その作成方法はすでに過去の遺物であり、また手間も時間もかかったため、まったく間に合わない。
ついに中国政府は軍隊を出動させることを決意した。これには世界各国や、様々な人権保護団体から非難を
浴びたが、国家主席は「彼らはすでに死体であり、人間に戻る可能性もゼロである」との声明を発表し、世界の
声には耳を貸さなかった。
東京スポーツの記事から十日後のことだった。

最初のうちは中国軍が圧倒していた。しかし倒せど倒せどキョンシーはどこからともなく沸いてくる。山奥から、
市街地から、軍隊の生き血を求めて彷徨い出る。吹っ飛ばされても吹っ飛ばされても後から後からピョンピョンと
やってくるキョンシー軍団の恐怖は、朝鮮戦争時の中国義勇軍の非ではなかった。
何万ものキョンシーがミサイルなどによって戦闘不能になっても、殺され、食された軍人が新たなキョンシーとして
襲い掛かってくるのだ。まさに不死身であり、人員無限のキョンシー軍団。
次第に装備も底を尽き、中国軍は後退していく。キョンシーの実力をまざまざと見せ付けられた世界各国は、
国連の緊急決定により中国へと軍隊を派遣することを決定するも、テロ組織等によるキョンシーのタンカー密輸により、
その猛威が全世界に飛び火したため、他国どころではなかった。
東京スポーツの記事から二十日後のことだった。

そして地球のパワーバランスが崩れた。人類の敗北。地球上で六十億人のキョンシーがピョンピョンと跳び回っていた。
東京スポーツの記事から三十日後のことだった。
4 名前:67 麗幻道士 投稿日:2004/12/27(月) 23:38
しかしまだ何人か人間は生き残っていた。田中もその中の一人だった。
持ち前の動物的なカンと、息を止めてじっと耐えることを繰り返した結果、田中は生き延びることが出来たのだった。
目の見えないキョンシーは、人間の臭いで人間を感知する。でも息を止めた人間は感知することができない。
最近ツタヤで借りた、キョンシーの映画で学んだことだった。
いつか事態が好転するはずだ、田中はそう思いながら、山奥でひっそりとビタミン剤を食べて過ごしていた。

田中の思ったとおり、キョンシーの天下は長くは続かなかった。
食料がない。人間の生き血を求めてピョンピョン跳び回るも、肝心の人間はほとんどキョンシーになっていた。
防衛本能と食欲しか持たないキョンシー達は、遂に共食いをし始めた。キョンシーに噛まれた人間は、皆ほとんど同じ
身体能力をしていることもあり、見る見るうちにキョンシーの数は激減していく。
そして日本からキョンシーはいなくなった。
東京スポーツの記事から四十日後のことだった。

煙草に火を点ける。ゴホゴホと咳き込んだ。この感覚久しぶりだ。
市街地に戻った田中は、一人煙草を吸っていた。それは瓦礫に埋もれたコンビニからパクってきたものだった。
辺りにはキョンシーの死臭が漂っている。鼻が曲がってしまうような臭いだった。
キョンシーも死んだ。わたしは一人ぼっちになってしまったんだろうか。口から出た煙が寂しさを助長する。
はぁ、と溜息をついた瞬間、どこからともなくピョンピョンという足音が聞こえた。
煙草の火を消すと、田中は息を止め、物陰に隠れた。
5 名前:67 麗幻道士 投稿日:2004/12/27(月) 23:38
やがて大柄なキョンシーがあらわれた。それはこれまで田中が見てきたものとは比べ物にならないものだった。
田中は知るよしもなかったが、これこそが東京スポーツに激写された、オリジナルのキョンシーだった。
オリジナルがダミーに負けるはずがない。自身が生み出したキョンシー達をその手で葬ると、飢えに飢えたオリジナルは、
人間の臭いを嗅ぎ分け、はるばる中国から日本海を渡ってやってきたのだ。

オリジナルは飢えていたが、とても辛抱強かった。この近くで、確かに人間の臭いがした。間違いない。
自分の本能を確信しているオリジナルは、田中のすぐ側で微動だにせず、じっと待っていた。
息を止めている田中が我慢比べで勝てるはずもない。堪えきれなくなった田中は、ぷはぁと息をしてしまった。
その瞬間、オリジナルの体がびくんと田中のほうへと向いた。やばい、逃げなきゃ。なんとか走り出すも、オリジナルの
ピョンピョン跳ぶ速さは尋常ではない。ついに田中は追い詰められてしまった。
じわじわピョンピョンとやってくるオリジナル。田中は死を覚悟した。

すると、こつんとオリジナルの頭に石が当たった。オリジナルは不思議そうにきょろきょろとする。
田中は咄嗟に息を止めた。
きょろきょろしているオリジナルの前に、一人の少女が現れた。亀井だった。手にはたいまつを持っている。
「やっと見つけたんだから、キョンシーはじゃまするな。このバカ!」
しかしオリジナルは絵里の存在に気付かないのか、きょろきょろと首を動かすだけだった。
6 名前:67 麗幻道士 投稿日:2004/12/27(月) 23:38
「絵里!」
亀井の姿を見た田中は、思わず声を上げてしまった。それに反応したのか、オリジナルは再び田中を襲う。
しかし一歩早く、亀井がオリジナルにたいまつを投げつけていた。ボロボロの服に炎が燃え移る。
ごうごうと炎上するオリジナル。しばらくはもがきながら跳んでいたオリジナルだったが、ついに灰と化した。

見つめ合う二人。田中には、亀井の目がとても輝いているように思えた。
「……絵里、生きてたんだね」
「久しぶり、ほんと……」
二人はひしと抱き合った。固い、固い抱擁だった。

あれ、おかしい。田中は自分の肩が冷たいことに気付いた。泣いてるの? いや、それにしては量が多いような。
「……絵里?」
「ん? あぁ、ついよだれが」
よだれ? 抱き合ったまま、亀井は手でじゅるりとよだれを拭く。
え、なんでよだれなんか垂らすんだろう。そう言えば絵里、キョンシーの目の前にいたのに気付かれなかったのは……。
あれ? 絵里って――。

「うへへへへ」

亀井の鋭い犬歯が田中の咽を捕えた。
東京スポーツの記事から五十日後のことだった。
7 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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