60 333.3

1 名前:60 333.3 投稿日:2004/12/27(月) 03:49
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2 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/27(月) 03:49
「ねえ、あの2人さあ」
「はい?」
声をひそめて中澤さんが、あたしの耳元でささやく。
あの2人ったって目線は誰もいない正面の席を向いてるし、一体どの2人を指してるのかもわからない。

「ほらあの、入口の席に座ってるやん」
入口の自動ドア横の席はせわしなく感じるためか、あまり人気はない。
そのテーブル席でマグカップ片手に向かい合ってるのは、背の高い女のコと、背の低い女のコ。
さっきオーダーをとった時に随分とアンバランスな2人だなあと思ったのを覚えている。

「ああ、はい」
あたしは本来、お客さんのウワサ話をするのがあまり好きではない。
お金を払って来ていただいてるお客さんの耳に聞こえるからとか聞こえないからではなく、まったく知らないヒトについて推測であれこれ言うのがイヤだったし、
元々あまり興味がない。
だから、へえあの2人がどうかしたんですか?なんてコトは間違っても言わない。
「あのコら、知ってる?」

あたしの相槌なんてどうでも良いらしい中澤さんは小声で続ける。
「いいえ全然」
知るワケがない。
パッと見で目をひく女のコ達ではあるとは思うし、だからこそわかるのだけれどあたしの記憶ではたぶん、ここ最近であたし自身が彼女達に接客をした覚えはない。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/27(月) 03:50
12月26日のこの店は、一言で言えばヒマ。
直前の2日間の忙しさがウソみたいに、ヒマ。
昨日までの飾りつけも全部片づけて、お客さんもあまりいない店内の空気は何となく寂しい。
仕込みも済ませたし年末恒例の大掃除もほとんど終わったし、中澤さんには珍しくほんのちょこっとだけというノリであたしにムダ話を始めたのも
そんなに不思議ではない。

中澤さんとあたしは肩を並べて正面を向いたまま、会話を続けている。
ほとんど口を動かさないようにしてしゃべているし、目線だけ客席に向けて満遍なく気を配り続ける。
仕事に関係ない会話をしているとはほとんど誰にもバレないだろう。
それでもあたしはやっぱりその内容から、この会話を早く終わらせたかった。
あくまでもあたしのスタンスとしては、お客さんのウワサ話は、ナシ。

「あの2人組、去年もあの席であんなふうにしゃべってた」
「へえ、って、去年ですか?」
去年と言えば約1年以上前のことだ。
だってもう今年もあと5日を残すだけだから。
やっと食いついてきたと思ったのか中澤さんは、少しあたしのほうを見て、にやりと笑った。

「そう、あの小さいコのほうめっちゃ可愛いやん?だから覚えててんけど、去年もたしか26日に来てた。ちょうど1年前」
覚えてる理由も理由だと思ったけれど、その記憶力には本気で感心した。
くやしいけどさすが、と言うしかない。
ココロの中だけで思ってるんだけど、やっぱり敵わない。
接客のプロであり、あたしの師匠である、中澤さん。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/27(月) 03:50
「去年はもっと早い時間やったかなー、たぶん外が明るかったと思う。で、今日はもうこんな夜遅くなってからで、しかもめっちゃ寒そうやんか」
ちらりと見るとたしかに、背の高いほうの女のコは暖かいドリンクを飲んでるにも関わらず寒そうに背を丸めている。
向かい合う背の小さいほうの女のコはけらけらとよく笑い、元気いっぱいに見える。
「ポイントは、昨日とか一昨日じゃなくて、今日ってトコなんやけどね」

ふむ。
24日とか25日じゃなくって、今日ってコトか。
あえてピークを避けて、1年に一度クリスマスに行くような場所に行ってるというコトなのだろうか。
またはあたし達と同じような年中無休でイベントごとの時こそ稼ぎ時、なんて仕事していて必然的に26日にせざるを得ないといったトコロか。

気づくとあたしはその2人組の観察を始めていた。
いけない。
2人は2人の世界を作っていてこっちなんてまるで興味ないみたいな雰囲気だけれど、あたしが一瞬でも凝視してしまっていたコトに気づいてなければイイな、と思った。

早くこの会話を終わらせよう。
「で、どんな2人組なんですか」
「さあ?」
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/27(月) 03:51
気が進まない話題に少しでも気を奪われたあたしがバカだったのだ。
無意味な会話に付き合って無駄な時間を費やしてしまった。
このヒトはまったく。

「というワケでおしゃべりはおしまい。はよ片づけて今年も行くやろ?藤本」
「どこにですか」
並んだ肩ごと中澤さんが軽くあたしをどついた。
「何やもう忘れたん?クリスマスの次の日と言ったら東京タワーで決まりやんか」

忘れていた。
そう言えば去年もクリスマスは大忙しで、ヒマな26日は早上がりして中澤さんとぶらぶら散歩したんだった。
この言い方だとアレはぶらぶらじゃなくて本気でタワーに行きたかったから行ったのか。
そうか。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/27(月) 03:52
今年もまたタワーを見上げながらうっとりして、自分の足元すら見る気もなくてあたしの腕につかまって歩いたりするんだろうか。
展望室についたらゆっくりと一周して、「きらきらしてるもんっていくつになっても好き」なんてまったく同じコトバをつぶやいたりするんだろうか。
きっと、するんだろうな。

ある意味ロマンチストでなければこの仕事は勤まらないのかも、とこのヒトを見てると感じる。
そして今年も「良いお年を」と言って別れた数時間後に「今年もよろしく」なんつってまたこのヒトとこの店で働くんだなあ、
というコトを少しだけ幸せに思う、ことにしている。




おしまい。
7 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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