58　今は昔

1 名前：58　今は昔 投稿日：2004/12/27(月) 02:55

58　今は昔

2 名前：58　今は昔 投稿日：2004/12/27(月) 02:57

「ヘイ、カオりん」

飯田が振りかえると、廊下の向こうに、人さし指をたててバカなポーズを
とった辻がいる。
「へい」
軽く答えて足を止めると、飯田は右手を上に左腕をお腹の前にポーズを
とった。自分としてはさしずめカルメン、華麗なポージングだと思った
のに、辻は「シェー」かよおばちゃんは古いねー、と毒づき、殺すぞと
ガンを飛ばす飯田の前に、てててとやってきた。
肩からさげたポシェットに手を突っこむと、裸のままのＭＤをとりだし
て、飯田の面前に突きだす。顔に当たりそうになったそれを、飯田はや
んわりと手で押さえた。

「なんだこれ」
「新曲でござる」
「へえ」
「ダブルユーでーす」
「ほお」
「ヘイ！」

辻はポシェットの中から、布製のソフトケースをとりだした。

「なんだそれ」
「聞け」
「命令形かよ」

飛びだしたイヤホンから察するに、ＭＤウォークマンらしい。飯田は
満面の笑みを浮かべた。

3 名前：58　今は昔 投稿日：2004/12/27(月) 03:01

「ヘイ！」
やや上がったテンションで、飯田はカバンの中から不器用な仕草で
ＭＤケースを取りだした。
「なんだそれ」
「聞け」
察しがついたらしい辻は、とたんに嫌な顔をした。
「カオりんの歌、なに言ってっか、わかんないんだけど」
「ばっか、今度のはカバーじゃないよー。全部オリジナルなんだかんね」
「そーなんだ」
「あんたほんとに興味ないのね」
あきれ顔の飯田は辻の頭をこづこうとする。頭だめバカになるから、
と辻はよけた。
「のんちゃん次は？」
「30分後出発」
「おし」

辻の肩を抱くと、飯田はずるずると引きずるようにして歩きだす。

「ねーねーカオりんの歌、のんあんま聞きたくないんだけど」
「ムカつく」
「どーしてもって言うんだったら聞いたげてもいいけどさあ。
　のんのが先でよろしく」
「へいへい」
「チョーいいよ？　超かわいいよ？　ゆっとくけど」
「だろうねえ」

飯田が抱いた肩を揺すると、辻はししし、と笑った。
その笑顔には、八重歯はもうない。

4 名前：58　今は昔 投稿日：2004/12/27(月) 03:02

――4years before

5 名前：58　今は昔 投稿日：2004/12/27(月) 03:05

「いいらさーん」

飯田が振りかえると、ちいさいちいさい辻が廊下の向こうで、ぴょこ
ぴょこ跳ねながら両手を振っている。
『飯田さん』と本人は言っているつもりなのに、飯田にはどうしても
舌っ足らずなその口ぶりが『いいらさん』と聞こえてしまうのだった。
飯田は足を止めると、両手を広げた。

「なあに、つじ」

辻はツインテールを触覚みたいに揺らし、てててと走ってくると、
飯田の腰にまとわりついた。
「見てくらさい」手に持ったものを誇らしげに目一杯かかげる。
手書きラベルを貼りつけただけの、裸のままのＭＤだ。じゃんけん――
飯田は首をかしげた。

「なんだこれ」
「ミニモニ。のぉデビュー曲でぇございまぁす」

辻はエレベーターガール口調で答えると、うふうふうふふ、と手で
顔を押さえてにやけた。

「ほおおおお」

飯田は相好を崩すと辻の頭をくしゃくしゃとなでた。辻は嬉しそうに
顔を真っ赤にしている。

6 名前：58　今は昔 投稿日：2004/12/27(月) 03:07

「すっごいねーすごいじゃん、辻すごいじゃん！」
「えっへっへっへ。聞いて、聞いてくださいぃ！」
「聞く聞く聞く。プレーヤーは？」
「ぷれーやー？」
「かけるやつ」
「――ない。どうしよう」

辻は途端に、とんでもないことをしてしまったというように心細い顔を
する。失敗して怒られることの多いせいか、おどおどしたところが抜け
きらない。
飯田は安心させるように辻の肩を抱いた。

「って、それだけでいちいち泣きそうな顔しないの！　借りに行くよ」
「あ、へい！」

今泣いたカラスがもう――。
辻はてへへと、子どもっぽい八重歯を見せて笑った。

（　´�D｀）

7 名前：Ｍａｘ 投稿日：Over Max Thread

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