47 コンタクトレンズ

1 名前:47 コンタクトレンズ 投稿日:2004/12/26(日) 14:47
47 コンタクトレンズ
2 名前:47 コンタクトレンズ 投稿日:2004/12/26(日) 14:47
「あ、あそこの店カワイイ」
「え、どれ?」
ほら、あそこあそこ、とさゆが指差す。どうやら道の向こう側の店を指しているみたい。
でも遠すぎて、ぼんやりとしか見えなかった。
「絵里どうしたの? なんかすっごい目が細くなってるけど」
「うーん……」
「見えないの? 目悪かったっけ?」
「いや、中学の時はそんなに悪くなかったけど、最近測ってないし」
「一度目医者さんいったほうがいいよ」
「そうする」

次のオフの日、家の近くの眼科に行ってみた。
午前中だったからか、そんなに人は多くなかった。保険証と診断書を出し、順番を待つ。
亀井さんと名前が呼ばれた。雑誌を元に戻し、診察室へ入った。
お医者さんの前に座る。やさしそうなおばさんだったけど、なんだかドキドキした。
目の悪い友達が、視力検査を嫌がっていたことを思い出した。
「お願いします」
「はい、亀井さんね。今日はどうしたの?」
「あの、最近見えにくくなって」
「コンタクトとかしてる?」
「いえ、何も」
「それじゃあそんなに目は悪くなかったの?」
「はい。あ、最近測ってなかったので、ちょっとわからないんですけど」
「そう、じゃあこっちに来てくれるかな」

お医者さんは小さな望遠鏡のような機械の前にわたしを連れて行った。
「ここに顎をのせて、目を大きく開いて、なるべく瞬きしないで」
青空に浮かぶ気球が見えた。最初はぼんやりしていたけど、たまにはっきりと見えるようになった。
3 名前:47 コンタクトレンズ 投稿日:2004/12/26(日) 14:48
「次はこっちね」
椅子に座り、なんだかゴツイ眼鏡をかけた。左眼に黒いレンズをはめ、右はそのままだった。
「まずは右目からね。前のひらがなを上から順番に読んでいってね」
「はい。……い……ま……えーっと……け?」
「今度は穴の空いてるほうを言ってね」
「……右……上……上――じゃない、左」
間違っていたのか、同じ列の記号に光りが当たった。
「……上」
お医者さんはボタンを操作した。赤と緑の光が点いた。
「この赤い円と緑の円はどっちがはっきりと見える?」
「……どっちも同じに見えます」
「そっか。じゃあ反対ね」
左の目の検査をした。こっちもあんまり見えなかった。

「じゃあ次レンズ入れるわね」
お医者さんの手が視界に入り、カシャンという音が耳元で鳴った瞬間、世界が光で満たされ、
とてもクリアになった。カシャンカシャンとはめるごとに、より見やすくなった。
「はい、どこが空いてる?」
わたしはどんどん答えていった。

検査が終わったあと、再びお医者さんの前に座った。
「そうね、だいぶ悪くなってるかな。メガネかコンタクトレンズを作ったほうがいいわね」
「はぁ、そうですか」
なんだか悲しい気持ちになっちゃった。

その日の午後、一日使い捨てのコンタクトレンズと、メガネ(なるべく才女っぽく見えるもの)を買った。
お店で練習したけど、なかなかコンタクトがはまらない。はまったと思ったら、今度は目から取り出せなく
なったりしてタイヘンだった。だって、目の中に指入れるとか、これまでの生活でありえないし。
4 名前:47 コンタクトレンズ 投稿日:2004/12/26(日) 14:48
次の日、コンタクトレンズをつけて家を出た。
朝早く起きて眠たかったけど、外に出た瞬間に眠気は見事に吹っ飛んだ。
こんなに世界は明るかったのか。遠くを見ても、くっきりはっきり。空を仰ぐと、雲がもくもく。鳥がぱたぱた。
様々な物の輪郭がくっきりとしていて、俗にいう遠近感と呼ばれるものを実感できた。あぁ、緑がきれい。
その日のテレビ収録は、みんなから褒められた。

コンタクトレンズを付けてしばらく経った。人生がぱっと鮮やかに色付いた気分。
こんなことなら、もっと早くにしていればよかった。

「がんばっていきまっしょーい」
今日は、コンタクトレンズをつけて始めてのライブの日だ。否応なしに気合が入る。
曲が流れてきた。舞台が暗転している中、わたしたちはスタンバイをする。コンタクトレンズのおかげで、
それほど暗いと感じなかった。お客さんのサイリウムがとてもきれいだった。
曲調が変わり、会場が明るくなった。コンサートの開幕だ。

「ほら絵里。ホテル帰ろ。また明日もあるんやし」
「そうだよ。こんな日もあるよ。今日は運勢悪かっただけだって」
楽屋には、わたしとれいな、そしてさゆが残っていた。
さっきかられいなとさゆが、先輩やダンスの先生からこってり絞られたわたしを慰めてくれていたけど、
わたしはぽろぽろと涙をこぼすだけだった。
「もう、泣くほど悔しかったら、明日頑張ればいいじゃんか!」
れいなが声を荒げる。悔しくて泣いてるんじゃない、その一言をどうしても言えなかった。

「あ、まだいたんだ。何してるの?」
顔をあげると、里沙ちゃんがドアの所に立っていた。
「新垣さんこそどうしたんですか?」
「いや、忘れもんしちゃって……あ、あったあった」
机の上に置いてあった小物入れを鞄の中にしまうと、わたし達に向かって
「そろそろここも閉まるから、とりあえず出よ。ね?」
里沙ちゃんはわたしを無理矢理立たせると、建物の外へと誘導した。
5 名前:47 コンタクトレンズ 投稿日:2004/12/26(日) 14:48
ホテルの部屋に着いた。里沙ちゃんと一緒の部屋だ。本当はさゆと同じ部屋だったんだけど、
わたしを心配した里沙ちゃんと交換していた。
「ほら、塾長に何でも話してごらん」
へへ。泣きながら笑うと、わたしはぽつりぽつりと話し出した。


ボロボロだった。わたしは何も出来なかった。
会場が明るくなった瞬間、何万もの人の顔が見えた。それが皆、わたし(正確にはわたし達)を見ている。
わたしは何万人の人に見られているんだ、それを実感すると、ゾッとした。
そして頭の中が真っ白になってしまった。

正面を見ると、知らない人の顔、顔、顔。
斜めを見ても、知らない人の顔、顔、顔。
何処を見ても、顔ばっかり。
わたしは誰も知らないのに、みんなはわたしのことを知っている。

人の顔。これがこんなにも怖いなんて、思ってもみなかった。


さゆやれいなには言えなかったことが、里沙ちゃんにはすっと言えた。
同期の子に話すのは、わたしのプライドが許さなかったからかもしれない。
まるで堰を切ったかのように話すわたしを、里沙ちゃんはうんうんと頷きながら聞いてくれた。
話し終わると、里沙ちゃんは静かに自分のことを話し出した。

娘。に入りたてのコンサートでの出来事。
ネット上での罵倒。
ショックを受けてとても落ち込んだこと。
それでも自分なりに一生懸命やり続けたこと。
時間が経つにつれてファンの人たちが自分を受け入れ出してくれたこと。
ファンの人は敵じゃなくて味方なんだって感じたこと。
6 名前:47 コンタクトレンズ 投稿日:2004/12/26(日) 14:49
「あ、もうこんな時間だ」
里沙ちゃんに言われて時計を見ると、とても遅い時間になっていた。
「明日も早いし、体も休めないといけないから、もう寝よう」
「はい」
わたしは二十時間付け続けていたコンタクトレンズを捨てた。

次の日の朝。
「あれ? 今日絵里メガネなの?」
「うん、コンタクトレンズ持ってくるの忘れちゃったんだ」
「絵里ってばドジなんだから」
「そうそう、今日はドジしないでよ」
「わかってるってば」
れいなやさゆと話していると、愛ちゃんと話している里沙ちゃんと目が合った。
今はまだダメでも、一歩一歩進んでいけばいいよ。そう語っている気がした。

「ちょっとぉどこ見てるんよ。あっしの話聞いてるん?」
「聞いてる、聞いてるってば」
「はい、それじゃあみんな、バス乗るよー」
「はぁい」
バスに向かって歩き出す。いつの日か、くっきりしたお客さんたちと楽しめたらいいな。

鞄の中で、コンタクトレンズを入れたケースがカタカタ鳴った。


                                              おしまい

7 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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