42 ケーキあげる

1 名前:42 ケーキあげる 投稿日:2004/12/26(日) 01:15
42 ケーキあげる
2 名前:42 ケーキあげる 投稿日:2004/12/26(日) 18:13
 あたしたちはいつだって誰かの恋愛ごとに興味津々で、誰かがしっぽを見せないかと虎視眈々で狙っている。しっぽを見せたが最後、さんざんからかわれたりネタにされたりあてこすられたり揶揄されたり、つまり不愉快で居心地悪くて決まり悪い思いをすることのフルコース。
 もっとも、好んでしっぽを見せたがる人種も中にはいるわけだけど。
「あー、失敗したー。なんでれいなあんなこと言っちゃったんだろー」
 目の前で自己嫌悪に足をバタバタさせている小柄な一つ年下の同期の彼女は、どちらかというと前者がお好みの様子だった。
「そんな落ち込むことないんじゃないの」
 テーブルに突っ伏した彼女の髪を軽く掴んでひっぱった。どうせ視聴率なんか一桁台でも下のほうの番組なんだし、見てるのは一般人の範疇からかなり外れた酔狂な輩であることにはまず間違いはない。電車の中でアイドルの写真集を広げるような内弁慶そうな大人しめの人種であるとか。どこか普通の人々とは別の生き物みたいな風情のある彼らがあたしたちの恋愛事情にそういう意味で頓着するようには到底、思えなかった。
「れいな子供っぽかったかな。子供っぽかったよね?!」
 れいなはがばっと顔を上げて真剣な、否定されなければ今にも舌を噛んで死んでしまいそうな切羽つまった表情であたしを見た。少なくとも視聴者は、そういうことには頓着しないだろう。だが、彼女は自分が常にカッコいい行動をしないと気がすまないようだった。究極の見栄っ張りとも言える。
「大丈夫。さゆには負けるから」
 元気つけたつもりだったのに、れいなはふーっと大きな溜息を吐いた。
3 名前:42 ケーキあげる 投稿日:2004/12/26(日) 18:26
「さゆかぁ…、うまいよねぇ…」
 落ち込んだ声音には、かすかに羨望の色が混ざっていた。不思議な反応だった。
 ついさきほど全員で撮影する収録が全部終わって、セットを模様替えする間の休憩時間のことだ。ついさっきまでやっていたのは、さんまさんの恋の空騒ぎのパロディコーナーで、れいなが拘泥してるのは『言われたい甘い言葉』での自分の発言についてだった。漫画の台詞を引き合いに出してしまったことが振り返ってみるととても子供っぽかった、と判断したのだろう。切り替えが早い彼女にしては珍しく落ち込んでいると思ったら、どうやら原因はさゆのアホみたいな答えにあるらしい。
 さゆの答えは『ケーキあげるよ』。完全に質問の主旨を取り違えていた。
「うまいって、あれが?」
 あたしは鼻で笑った。あたしの顔は八重歯の関係で常に笑顔に見えるらしい。笑顔が地顔というのは、いつもヘラヘラしてバカにされてるみたいだという理不尽な印象を与えるらしい。れいなはびっくりしたようにあたしを見返した。あたしはよほどバカにしたような表情をしたらしい。
「うん、あれが」
「わけわかんない」
「だってさ、れいなものすごい早口ででも全然説明できてなかったじゃん? 原口さんに軽く流されちゃってさあ? だけどさゆはすごいよ。たった一言で、さゆのキャラクターとか恋愛との距離とか表現しちゃってるし、なにげにそういうの問題外ですって質問をシャットアウトしちゃってるじゃん? すごい高度な技だよあれ」
 れいなは、よほどそのことばかり考えていたのか、早口に一気に言った。用意していた台詞だって、こんなに早く言えないだろう。
「高度、ねぇ」
 あたしには全く考えなしに適当に書いたようにしか見えなかったが、深読みする人は深読みするものだな。
「あーもう、なんかホント落ち込む。れいなカッコ悪すぎ」
 また溜息を吐くと、れいなは再び机に突っ伏した。
4 名前:42 ケーキあげる 投稿日:2004/12/26(日) 18:36
「で、それは食べないの?」
 あたしがれいなの横にとりわけられたケーキ皿を指差した。十二等分された生クリームケーキのひとつ、殆ど手付かずのままで残っていた。あたしのはというと、トッピングの苺を残して殆ど食べ終わっていた。すでに緑色のへたは取り除かれ、あとは食べるだけにして残している。楽しみは出来るだけ長く味わいたいものだ。
「……んー。甘いもん好かんもん」
「もったいないおばけが出るよ」
「なにそれ」
「言わない? 食べ物とか残したらもったいないおばけが出るぞーって」
「あたし知らない。死んだご先祖様が化けて出るぞって言われる」
 九州と東京では出てくるおばけさえも違うものらしい。あたしは苺にフォークを突き刺した。
「それはそれで怖いね」
「どうでもいいけど、もったいないおばけってなんか響き可愛くない? むしろ見たくない?」
「それって残したい言い訳でしょ。観念して食べないともってきてくれた人に悪いから」
「うー…、わかってるんだけどさ、それは…。でもどうしても食べれないってときなくない?」
5 名前:42 ケーキあげる 投稿日:2004/12/26(日) 18:48
「ねー、さゆー」
 あたしは、吉澤さんと『僕等がいた』トークに夢中になってたさゆを呼んだ。さゆは、どこを見てるのかよくわからない瞳でこちらのほうを漠然と見た。あたしはさゆが近眼ではないかと疑っている。
「れいなが“ケーキあげる”って」
 あたしはれいなににやっと笑って、れいなの紙皿を掲げた。れいなはぎょっとしたようにあたしを見た。
「うっそ。本当? うれしー」
 さゆは犬がパタパタと尻尾をふるような嬉しげな表情でテーブルまでやってきた。
「ごめん食べかけだけど」
「ううん全然気にしないって、ほんと全然食べてないじゃーん」
「ひと口でノックアウトされたから」
「いただきまーす」
 さゆは、写真集にも収録されていないようなとろけるような絶妙の笑顔を浮かべると、はぐはぐと食べ出した。
 あたしも苺を口のなかに放り込む。
「ね?」
 さゆは深いこと考えてないんだって。さゆってただ甘いもの食べんのが好きなだけだって。本気で。落ち込むことないんだって。
 そういう意味を込めて、れいなに目配せする。れいなは軽く肩を竦めてみせた。
「え、なになに、何の話?」
6 名前:42 ケーキあげる 投稿日:2004/12/26(日) 18:53
「なんでもなーい」
「なんでよ」
 じゃれつく二人を見ながら、ふと思った。
 そういえば、食が細いれいなは、けっこうよくさゆに色々な食べ物をあげてなかっただろうか。そのなかにはケーキも、けっこうあったような気がする。そういえば、れいなってさゆのこと餌付けしてるよねって、吉澤さんか誰かが言ってなかったっけ……。

 無邪気にじゃれあう二人の体重差を思いながら、もしかしたらさゆのあの答えは本当に本気のマジ答えだったんじゃないかなんて疑惑は、なるべくそっとしておこうとあたしは思ったのだった。

-了-
7 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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