24 影法師
- 1 名前:24 影法師 投稿日:2004/08/02(月) 23:26
- 24 影法師
- 2 名前:24 影法師 投稿日:2004/08/02(月) 23:28
- しとしとと、粘つくような雨が降っていたある日。
その男は、屋上のフェンスを乗り越えて20m下のアスファルトに
磔になった。
どう見ても、自殺としか考えられない案件。
けれど、裕ちゃんはおいらにはっきり言ったんだ。
これは自殺やない。殺人なんや。
って。
- 3 名前:24 影法師 投稿日:2004/08/02(月) 23:29
-
濃い鼠色に変色したコンクリートには、人型の線が生々しく引かれて
いた。
周辺の様子を詳しく調べたり、通りすがりの人に聞き込みをはじめる
刑事たち。
そんな中、裕ちゃん一人が遠くでその様子を眺めていた。
傘も挿さずに、身動き一つせずに眼球だけを動かす。額から長く垂れ
た前髪から、雨の雫がぽたぽたと落ちていた。
「裕ちゃん…」
懸命に腕を伸ばし、ビニール傘で雨を遮った。
おいらが声をかけるとそれまで眉間に深い皺を寄せていた裕ちゃんが、
少しだけその表情を緩ませる。
「矢口か」
「なあ裕ちゃん。今回はどう見ても…」
でも裕ちゃんはおいらの言おうとしていることを察知して、すぐにこ
う言うのだった。
「今回も、殺人や。あいつがやったに…決まってる」
- 4 名前:24 影法師 投稿日:2004/08/02(月) 23:30
- 「ふん、まだそんなことを言ってるんか」
おいらたちの前に現れたのは、日頃から裕ちゃんのことを目の敵にしている刑事だった。
金髪に色眼鏡、縞の入ったスーツはとても刑事のものとは思えない。
「何か用ですか、寺田さん」
「今回の件も、自殺やで。間違いないわ」
裕ちゃんは、無言で首を振る。寺田が、裕ちゃんの胸ぐらを掴んだ。
「お前いい加減にせえよ。今までの件数が14件。全部、どっから見
たって自殺やってこと赤ん坊にでもわかることや。お前が勝手に他殺
なんてほざくのはええ。ただ、そこの矢口みたいにお前を慕う若い連
中もおんねん。そのこと、よう考えや」
寺田は裕ちゃんのことを睨みつける。でも裕ちゃんは、温度のない
目で寺田に視線を注ぐだけだった。
- 5 名前:24 影法師 投稿日:2004/08/02(月) 23:31
- 言いたいことだけ言ってその場を立ち去る寺田。
裕ちゃんは誰に言うともなく、ひとりごちた。
「あいつが、あいつが殺したのは間違いないんや」
恐る恐る、おいらは尋ねる。
「見えたんだね…?」
裕ちゃんは、ゆっくり頷いた。
- 6 名前:24 影法師 投稿日:2004/08/02(月) 23:33
-
何でか知らんけど、うちには未来が見えるんや。
そうおいらに裕ちゃんが告げたのは、仕事がえりの行きつけの飲み屋
でだった。
最初はいつもの冗談かと思って、何言ってるんだよバカ裕子、なんて
おいらはおちゃらけていた。けれど、裕ちゃんの目は真剣だった。
「最初は一ヶ月前。黒づくめの男が女を殺す画像が、急に頭ん中入って
きた。翌朝、警察署に出勤したら、その時に見た女とそっくりの女が殺
された事件があがってた。あれからもう、5回は同じようなことが起き
てんねん」
おいらはそれでも裕ちゃんの言ってることを鵜呑みにはできなかった。
そんな漫画に出て来るような話を急に信じろと言うのが、無理な話なわ
けで。
少しの沈黙が訪れる。裕ちゃんはこめかみの部分を軽く抑え、そして
言った。
「矢口…明日、品川埠頭の海に40がらみの男が浮かんでる」
そして次の日、裕ちゃんの言う通りに男の水死体が上がったのだった。
- 7 名前:24 影法師 投稿日:2004/08/02(月) 23:34
-
裕ちゃんの頭の中に入ってくる画像は、回を追うごとに詳しく、鮮明に
なっていった。今回の件などは、現場の詳しい位置から男の着ている服ま
で言い当てていた。
「なあ裕ちゃん。犯人の、犯人の顔はわからないの?」
目の前の首が、力なく振られる。
「全身黒づくめ。顔すら、真っ黒やねん」
裕ちゃんの言葉に、おいらは何も返せなかった。
- 8 名前:24 影法師 投稿日:2004/08/02(月) 23:35
-
それは、帰り道に起こった。
裕ちゃんが目を閉じ、そして大きく溜息をついた。
「新宿歌舞伎町の…メインストリートの雑居ビル。派手な顔立ちの女
が、殺される。自殺に見せかけられて」
それだけ言うと、裕ちゃんは雨の降りしきる街を掛け出した。
きっと、事件を未然に防ぐつもりなんだ。
おいらも、自然と駆け出していた。
透明なビニール傘を放り投げ、おいらは裕ちゃんの後を追った。
- 9 名前:24 影法師 投稿日:2004/08/02(月) 23:36
-
「おいバカ裕子! 今から行って間に合うのかよ!!」
息も切れ切れに、目の前を走る背中に怒鳴りつける。
「犯行の時間は2時35分、まだ、まだ間に合うはずや!」
雨雫に濡れた腕時計に目をやる。今から車に乗って新宿に向かって、
雑居ビルを数件見て回れるほどの時間。もしかしたら間に合わないか
もしれない。けれど、裕ちゃんは絶対に諦めないだろう。
どんな因果かは知らへん。けどな、刑事がこんな能力身につけたか
らには有効に使わなあかんのや。
ある日、裕ちゃんはおいらにそう言った。要するに目の前で犯行予
告が行われてるようなものだ。刑事として、それを見過ごすことなど
できない。すごく、裕ちゃんらしいと思った。
- 10 名前:24 影法師 投稿日:2004/08/02(月) 23:37
-
捜索は、思うようにはいかなかった。
歌舞伎町の雑居ビルなんて、星の数ほどあるのだ。ひとつひとつ虱潰し
に、というわけにはいかなかった。頼りになるのは、裕ちゃんの記憶だけ。
天から垂れる細い蜘蛛の糸にすがるしか術はなかった。
雑居ビルを幾つ回っただろうか。裕ちゃんは、はっきりとおいらに言っ
たんだ。
「ここや。このビルの…8階や」
時計の針は、2時半を回っていた。
最早一刻の猶予もない。おいらたちは、全速力で雑居ビルの階段を駆け
登った。
- 11 名前:24 影法師 投稿日:2004/08/02(月) 23:39
-
けど、おいらが予想していた通りに、事件を未然に防ぐことはできなか
った。
天井からぶらさがった死体が、時計の振り子のようにゆらゆらと揺れ
ていた。
「そんな…間に合わへんかった…」
がくりと膝を落とす、裕ちゃん。小刻みに体を震わせ、それからがん、
がんとリノリウムの床を拳で殴りつけた。それがおいらには、裕ちゃん
の心の悲鳴のように聞こえた。
「何でや! 何で間に合わへんねや! いつも、いっつもそうや! 何
でうちは…あんな画像を…」
最後は消え入るような声だった。おいらは何も言えなかった。いや、
かけるべき言葉をおいらは持っていた。
- 12 名前:24 影法師 投稿日:2004/08/02(月) 23:41
-
おいらは、見たんだ。
裕ちゃんの言う、黒ずくめの男を。
顔の部分まで真っ黒な、男の姿を。
顔すら見えないのだから男かどうかすらも定かじゃないけれど。
それは、裕ちゃんの中に。
それがどういう存在なのかはわからない。
ただそいつは、裕ちゃんの中に潜んでいて、裕ちゃんが見た画像の
通りに殺人を犯す。
それがおいらの目で見たことの全てで、そして真実だった。
- 13 名前:24 影法師 投稿日:2004/08/02(月) 23:42
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でも、そんなことは目の前の裕ちゃんにはとても言えなかった。
彼女にそんなことを言えば、ますます彼女自身を苦しませるだけだ。
だからおいらは、床に崩れ落ちている裕ちゃんに声をかけた。
「大丈夫だよ裕ちゃん。次は、次こそは黒づくめの男を捕まえられるから」
ただの詭弁に過ぎないのかもしれない。いや、それ以上に真実に蓋をする
暴挙に近いのかもしれない。けれども、その言葉だけは裕ちゃんに告げるわ
けにはいかなかった。
このことは一生、誰にも告げることはないだろう。おいらは、そう決意した。
- 14 名前:24 影法師 投稿日:2004/08/02(月) 23:42
- お
- 15 名前:24 影法師 投稿日:2004/08/02(月) 23:42
- わ
- 16 名前:24 影法師 投稿日:2004/08/02(月) 23:43
- り
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