16 蟻

1 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:03

16 蟻
2 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:05

「ぐっ、痛っ」
後ろを歩いていたよっすぃが突然声をあげた。振り返ると右手を包んで顔をしかめていた。

「よっすぃ、どうかした?」
尋ねる私に彼女は笑顔を作り答えようとする。
「うん、ごっちん……」
しかしそのために締め付けがゆるんだのか、つうと赤い血が流れ落ちた。
「うわ、なんだ? やばっ」
よっすぃは慌てて人差し指の根元をきつく握った。

それを見た途端あたしはかっとなってよっすぃの元に駆け寄った。
二人で観てきたばかりの映画のパンフレットが地面に落ちたけど構わなかった。
「ちょっ、ねえ、よっすぃ大丈夫?」
よっすぃ、よっすぃ、あたしはすでに泣きそうになりながら彼女が押さえ込んでいた人差し指にしがみ付く。
するとあたしの目の前で締め付けのなくなった指先から赤い血がぷくりと膨らんでこぼれた。

あたしの体が勝手に動く。
指の腹をつたって落ちる血を逃さないように舌ですくい取ってから傷ついた指先を口に咥えた。
予想した血の鉄っぽい味に混じって、強烈な酸味とかすかな甘味が感じられた。
足元で先にこぼれてしまった血がアスファルトに小さなしみを作っていたが、その側で蟻が一匹転がっていた。
通常のものよりも大きめのそれは、おそらくよっすぃがとっさに押さえたせいだろう、腹部が破れて死んでいた。
3 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:06

「ごっちん、もう大丈夫だと思うからさ。うん、そんなことしてくれなくて大丈夫だから」
血を味わい蟻の死骸を眺めていると頭に彼女の声が響いてきたので口を離した。
「ほら、血ももう止まったみたいだから。ありがとね、ごっちん」
少しほほを赤くしているようだった。

少年のように照れた顔を見たらなんだか心臓がドキドキとしてきて、
いや指を咥えていたときから心臓は高鳴っていたのかもしれない、あたしは自分が口をつけていた指先に視線を戻す。
確かに血は止まっていた。そのために傷口の様子も見て取れる。
あたしの唾液で濡れたしなやか指が先端で短く切った爪に合わせるようにカーブを描いているのだが、
その頂点から数ミリ親指の側に下った部分で小さく内に凹んでいた。

あたしの唇は再びそこへ引き寄せられる。
「やっ、ねえっ」
しかし寸前で彼女の慌てた声に止められた。
あたしは目の前で強張りかすかに震える指を見つめ、今食道を下っているであろう彼女の血を想う。

かっと口を大きく開くと傷口の上1cmほどの空を咬み切った。


 『蟻』

4 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:07

ちゃぷり、熱い湯船に浸かる。
「よっすぃ」
体に伝わる熱のせいか言葉が漏れた。

彼女と会ったのは久しぶりだった。
小さい頃からずっと大親友でいつも一緒にいたのに、
高校を卒業してあたしはフリーターになりよっすぃは意外にも大学に進んで、
それからと言うものあたしたちは時間が合わずなかなか会うことが出来なくなった。

だから一昨日思い切って電話したらふとした流れで彼女が映画を見に行くつもりだと言ったのを幸いに、
「あっ、な、なんかねぇ、ちょうどあたしもその日バイト休みなんだあ」
恐る恐る話を合わせると、
「えっ、マジでっ? んじゃ、久しぶりに一緒に遊ぼっか?」と乗ってくる。
あたしはうーん、そうしますかねえ、なんて努めて冷静なふりをして話をまとめた。
バイト先には嘘をついた。

よっすぃが大声あげて笑っている上映中あたしは隣の彼女を想ってずっとドキドキし通しだった。
そして普段絶対買わないようなパンフレットにも高いお金を出し大事に大事に
――同じ肘掛を使おうとして思わず引っ込めてしまった手の代わりのように――抱えて帰ってきたのだ。
それもあの帰り道で放り投げてしまったけれど。
5 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:09

擦れてヒロインの顔に傷がついてしまったパンフレットを拾い上げるとき首輪が落ちているのに気付いた。
またそこから列を成して去っていく黒い影に。
「大丈夫?」
よっすぃが屈み込んだままのあたしの腕を左手一本で引き上げまたひざの砂も払ってくれる。
あたしはにっこりと笑って、ありがとうと答えた。

そこからはぴったりとくっつくように並んで帰った。
道すがら何かを必死に探してるいる人とすれ違った。散歩用のリードを持っていたように思う。
どうしたのかなあの人、よっすぃは気にしていたけど、あたしはよっすぃのことだけ考えていた。

「よっすぃ」
また声が漏れる。
知らない内に胸の上で両手を強く組み合わせて目を瞑っていた。
あたしはアスファルトに跪いてよっすぃの指を抱え込んだように自分の指を包む。
人差し指を立て唇を寄せ、口を開いて咥えた。
それからまた目を閉じて指先の少し親指側の部分を歯で一度確認してから咬み切った。
あたしの血は何の甘みもなくて不味い。
6 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:09

少し深く咬みすぎたのかもしれない。お風呂から上がると絆創膏を巻いた。
一枚だとすぐにびしょびしょになって使い物にならなくなったので剥がして今度は二重に巻きなおした。
きき、窓際に吊った籠で三羽のインコがなかなか出てこない餌をせっついて鳴いている。
見れば二匹の犬も床を行ったり来たりするし、水槽の中のイグアナは……とこちらはどの子もおとなしかったか。
「あはっ、皆ごめんねぇ」
あたしは救急箱に使ったものを仕舞いこむと後回しにしていた餌を急いで作った。

動物が多いとそれぞれに餌を与えるのも重労働だがもう毎日のことだったし、
なによりそれぞれが一生懸命餌を食べている姿を見るのは楽しかった。
「おっ、一気に行くねー」
イグアナが大根の葉っぱを長いのも気にせずむしゃむしゃりと口の中に収めていく。
あたしが背中を撫でるとうるさそうに体を揺らした。
放っておいてやればいいのに面白くてちょっかいを出しているとケータイが鳴る。
相手の声を聞いた途端に絆創膏を不細工に巻いた指がずきんと痛んだ。
7 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:10

「そうだねぇ、結構面白かったかもしれない」
あたしは会話を楽しむことよりもそれが途切れないこと、電話を切られないように話を続ける。
と言っても彼女の声を聞いていたいから相づちばかりだったのが実際のところだ。
「うん、そうそう」
ぼんやりとあたしは返事するだけで、でもこの会話が本当に楽しくてどんどん時間がたっていった。
なのに突然、ぎゃんと鋭い鳴き声があがったために止まってしまう。
気付いたのは電話の向こうのよっすぃだ。

「なんかすごい声しなかった、今?」
と言われて辺りを探すが何も変わったところはない。
そう返事を――今度はこの話をすることでまた電話を長引かせると考えながら――しようとしたら、
あたしの左手が仔犬の首を締め上げていた。

犬を放してケータイをその手に持ちかえる。
すると血は止まっていなかったのか夢中で話をしている間にまた傷が開いたのか、
プラスチックのボディが赤く濡れていた。
犬を掴んでも白い毛が首輪のように染まった、蟻が乗り越えて去っていったあの首輪のように赤く。
「なんかあった?」
あたしは心配そうに聞く彼女の声にふにゃりと笑う。
「ううん、ちょっと、犬同士がじゃれたみたい」

首を掴んだまま犬を目の高さまで持ち上げた。
全体もそうだが首回りは本当に小さくて、女のあたしが作る指の輪を閉じることができた。
ぐふっぐふっ、ちょっと苦しそうにむせてはいるが。
もう少し上に掲げて眺める。
すると、ぽたり、裸の太ももに血がたれた。仔犬の喉のところで絆創膏の隙間から血が揺れている。
口を寄せてそれをすすった。
やはりあたしの血はうまくない。
8 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:11

翌日首輪が落ちていた辺りに出かけていった。
すぐに見つかったのだが肝心の蟻は三十分ほど探すことになった。
小さな一群れをようやく見つけると、あたしは自転車の荷台にくくりつけてきた水槽を急いで外してそのまん前へと運ぶ。
蟻たちはガラス越しのイグアナを見るとざわざわとうごめいた。
まるで群れとして何か言葉を発しているようだった。

水槽のふたを取り蟻の方へ向けて倒す。
ひっくり返ったイグアナは一瞬にして真っ黒になった。
その場にいた蟻がほとんどイグアナに食いついているのを確認すると、
咬みつかれないように気をつけながら水槽を戻してふたをする。
イグアナは珍しく元気に動き回り声まであげて、それからきれいに無くなった。

後から分かったが蟻は生餌しか食べない。咬みつきもしない。
そのため心配していた水槽を食い破るというようなことはまったくなかった。
たぶんその大きすぎるあごを捕食にだけ使うことでエネルギーの浪費を避けているのだと思う。
あたしは蟻を飼いはじめた。
9 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:14

「んで、この子は大学の友達のまいちん」
「て、おい、よしこっ。初対面の人にまいちんて紹介ないでしょうが」
また久しぶりの再会となってみたらこんな目に合わされた。
よっすぃはショッピングに行く待ち合わせに友達を連れてきた。里田まいさんだ。
よかったかな、そう屈託なくよっすぃに聞かれて、
「うん、全然構わないよ」
他に言えることなどあるわけがない。

高校生のときは何を選んでもよっすぃの好みと一緒だった。
でも今彼女はあたしが思ったのとは微妙に違う服やアクセサリーを手に取っている。
たしかにその一々がよく似合っていた。
「よしこ、これ似合いそう」
とあたしが言ってきたはずの台詞を里田さんが言っている。
里田さんが見立てたよっすぃはすごくかっこよかった。

ファーストフード店で一休みしている間あたしは家で静かにうごめいているはずの蟻のことを思っていた。
よっすぃはあたしにも里田さんにも満遍なく話しかけ、
里田さんもあたしに気を使ってくれてなるべく三人が知っていることを話題にした。
しかしあたしは元々そんなに喋る方でもないのに、
最近のよっすぃとの唯一のつながりだった電話でますます黙り込むようになっていたので、
二人は避けていたが最後はどうしても大学の話題に流れていった。

そうなるとあたしは返事をすることすら出来なくて、
ぼんやりと外を眺めながら昨日蟻が家で飼っていた最後のインコを食い尽くす様を思い起こした。
インコは鳴き声をあげる暇もなく黒い口に飲み込まれてしまい、
もう鳥かごがあること以外にパタパタと飛び回る生物がいたことを示すものは何もなかった。
もしかしたら初めからいなかったのかもしれない。
10 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:15

「ねえ、ごっちんは」
いきなり里田さんに話を振られた。
「え?」
「あ、ごっちんて呼んでよかったかな?」
彼女はさばさばとした性格でハキハキ話す。

「う、うん、もちろん」
あたしはもう冷え切っているフライドポテトをつまみながら答えた。
「ごっちんは好きな人とかいるの?」
「おお、そうだよ。どうなの? その辺」
里田さんの話によっすぃも興味を引かれたようだ。

あたしは里田さんに聞かれたのに、よっすぃの顔を見つめてしまう。
どうなのお嬢さんどうなのよ、あたしの言葉を待っていた。
あはぁ、軽く笑う。
「別にないねえ、あたしゃバイトで忙しくてそんな出会いもないよ」
と気のないふりをして答えた。

「ちぇっ、なんだあ」
彼女はこちらに乗り出していた身体を席に落とした。
しかし本当にあたしの恋愛話を聞きたかったのか、
むしろ月並みな話題ではあるけど三人で話せる話題にようやくなったと思っていたのかもしれなくて、
その証拠に今度はいつでも好きなときに聞けるはずの里田さんにそっくり同じ質問を返している。
11 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:18

「うん、いるよ」
里田さんは陰りのない明るい声で返事した。
「おおっ、まいちんマジかよ。えぇ? ちょっと、あたしゃ聞いてないよそんなこと」
よっすぃはとても驚いていた。
「だって聞かれたことないじゃん、好きな人のことなんて」
やはりあたしのために持ち出した話題だったようだ。

「いや、そうだけど。友達なんだから言ってくれてもいいじゃんよ」
とよっすぃは不平を言うのだが、
「だから聞かれてないんだから言いようないでしょ。別に隠してたわけじゃないし」
里田さんは気にせずジュースをすすった。

「んじゃ、教えてよ、どんな人よ。あたしたちと同じ講義とってる? あたし知ってる? その男の子」
よっすぃはすごい乗り気になっていて、ええっうっそ誰だろ、などと騒いでいる。
お陰であたしたちのテーブルは店内の注目を集めていた。
「ん? 男?」
でも里田さんはそんなのまったく気にならないようだった。
「あたしが好きなの女の子だよ」
12 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:19

レズだよ気持ち悪い、あからさまに嫌悪感を示す人もいた。
あたしは自分のことのようにそのひそつき一つ一つに胸が潰れそうになった。
でもなんとかその場を逃げ出さずにいられたのはよっすぃがなんとも思ってないように、
「へえ、まいちんがねえ、意外だな」
と言ったからだ。まるで牛肉よりも豚肉が好きとかその程度のことのように。

「なによお、意外って」
里田さんも笑って応じた。
「いや、まいちんナイスバディーだからほいほい男釣れるんじゃねえの?」
「確かに一杯ついてくるけど、それとこれとは話が別です」
「て、否定しろよ、お前っ」
二人で笑っている。
それを見ていたらあたしの気も晴れてきて、同時に里田さんのことをすごく好きになってきて尊敬もし、
むしろ否定するような声をあげた奴らがおかしいのだという気になれた。大笑いした。
今まで気のないように外を眺めていたあたしの突然の変化に二人はちょっと驚いたが、
ほっとしたようにまた湧き上がった。

「あはは……ああ、でも」
その笑いが一息ついたとき、里田さんが切り出した。
それまではずっとどちらかと言えばあたしの方を見て話していたのに、今はよっすぃのことだけを見つめていた。
イタズラっぽくそれでいて少し赤らんだ、この一日一緒にいて初めて見る表情だった。

「あたしが好きな子ってよしこだから、あんまり女の子ってわけでもないかな?」
そう言うと彼女はまたストローに口をつけ、ずずずっと飲みほした。
13 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:20

二人は付き合いだした。
二人は大学で会って楽しくおしゃべりをして帰りにデートをしキスをする。
あたしはバイトに行き帰ってきたら蟻に犬を食わせる。
蟻は何匹いるのか分からないけど、一匹ずつ見分けが付くような気になっている。
餌に対して群れが小さいので、特に成犬などは一飲みというわけにいかず、
あたしは切れ切れの断末魔に乗せて、よっすぃと里田さんの進展具合を聞かされた。

いや、逆だ。
あたしはよっすぃの声を聞きたくて電話をするが話は聞きたくなくて、蟻に犬を食わせていた。
もちろんすぐに家の動物はいなくなって、あたしは捨て犬野良犬の類を探して外を歩いた。
轢かれて道路の脇によけられた猫もまだ息があるなら持ち帰った。
近所から野良犬が消え猫も見かけなくなると遠出を始め、そのためバイトに行けず首になった。
あたしは一日中餌となる生き物を探し回り、残りの時間は蟻を眺めて過ごした。
よっすぃの声だけが唯一のあたし以外のもので、唯一のあたしだった。
14 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:21

街にペットの動物が次々消えるという噂が立つようになって、ますます餌を見つけられなくなった。
バイトもしていないからペットショップで買うわけにもいかない。
もう一週間も目ぼしい獲物を見つけられていなかった。
あたしの蟻が弱ってきていた。
今日また一日かけてでも探すつもりだが、
うまく餌を見つけることが出来てもひょっとしたら家に持ち帰るまで持たないかもしれない。
あたしは蟻を水槽に入れたままで外に連れ出すことにした。
見つけ次第食わせてやるためだ。

イグアナを餌に捕まえたときのように水槽を自転車の荷台に括りつける。
やたらめったらに走り回り、何か生き物のいそうなところに行き当たると降りて自転車を手で押し探した。
しかし日暮れまでかけても結局何も見つからなかった。
あたしは自転車のスタンドを立てて、道端にしゃがみ込む。
疲労感が改めて全身を包んだとき、あたし自身昨日から何も口にしていないことに気付いた。
この暑いのにほとんど水分も取っていなかった。
また蟻に餌を与えてない期間よっすぃと話をしていなかったということにも。
ひどく空腹を感じた。
15 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:21

起きたら辺りは薄暗くなっていた。
あたしは草むらに転がり込んで眠っていた。
そのことに気付いても疲れと空腹は変わらなかったので、そのままでいた。
「お腹減ったよ、よっすぃ」
かすれる声でつぶやく。
「会いたいよ」

ふと、右か左かもうどちらか分からないが、誰か近づいてくるのが感じられた。
「……はは、なに言っての、まいちん」
不思議だ。どうしてこんなに彼女の声は聞き取れるのだろうか。
一緒にいる人の声はまったく耳に入ってこない。
ただよっすぃの楽しそうな声が、よっすぃが近づいてくるのだけはっきりと分かった。
のそのそと体を起こした。泥だらけだしひどく喉が渇いていた。

「うん、でもあのレポートの提出もう時間なくてさあ」
ああ、匂いを嗅ぎ取れるほどに鮮明な声だ。
あたしたちは間に遮るものもなくすぐ側にいて、
この顔を上げれば――こんな姿を見せるのは恥ずかしいけど――よっすぃを見ることが出来るはずだ。
そう考えたらもう動けないと思っていたのが嘘のように体に力が戻ってきて、声の方に顔を上げた。
女がよっすぃに抱きついていた。
16 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:22

「でも今日は一緒にいて欲しいの」
女はよっすぃの体に腕を回し胸元に顔を寄せている。
「まいちん……」
よっすぃがその髪を撫でた。

「女の子からこんなこと言うの恥ずかしいんだからね」
「だからあたしも女だっつーの」
とよっすぃは軽く笑うのだが、その唇を相手の女が自分ので塞いだ。
「よしこならどっちでもいいよ」
街頭の光の中で二人が見詰め合っている。
「帰らないで……」
よっすぃはこんなに近くにいるのにあたしに気付かなかった。

「……分かった」
よっすぃがそう答えると女はまたキスをした、あたしの目の前で。
「よしこ大好き」
女がうっとりしたように言うと、
「うん、あたしもだよ」
よっすぃも言った。
二人は抱きしめあう、ここにあたしがいるのに。
こんなに喉が渇いているというのに。

「よっすぃ……」
あたしは立ち上がった。
17 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:23

「きゃっ」
突然側で声がして女は驚き、よっすぃにきつく抱きついた。
「大丈夫だよ」
よっすぃも女を自分の方へ引き寄せる。
それからようやくあたしの方に注意を向けて目を凝らした。
「え? ごっちん?」
よっすぃがあたしの名前を呼ぶ。

「そうだよ、ごとーだよ」
よっすぃ、ふらふらと彼女に近づいた。
するとよっすぃはしがみ付いたままの女に、
「ほら、まいちん。ごっちんだよ、大丈夫」と説明する。
女もこちらを振り向いた。それから安心したように、
「なんだあ、ごっちんじゃんっ。もうっ、マジでびっくりしちゃったよ」
笑ってあたしの方へ来ようとした。

「……どうも、久しぶりです。あっ」
迎えるあたしの手が停めてあった自転車に触れた。
きゃっ、次の瞬間には短く悲鳴を上げた女を下にして倒れていた。
水槽ががしゃんと割れ蟻が外に出る。
瀕死の状況で与えられた獲物に蟻は狂喜した。
あごが音を立てるのか、きいきいと大声で鳴いた。
18 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:24

蟻はこれまでなかった勢いで餌を食べる。
街灯に反射する体がどんどん輝いていくように感じられた。
「まっ、まいちんっ」
よっすぃもあたしの蟻をじっと見ていた。
あたしは誇らしい気持ちで蟻を眺めた。

するとどこからともなく他の蟻の群れが現れて合流した。
あたしは自分の蟻が食べる分が無くなると思って憤慨したのだが、
元々同じ群れだったのか、交じり合ってみるともう見分けがつかなかった。
なので仲良く食い尽くすに任せることにした。

「なんだよ、これ……」
餌が残りわずかになったころようやくよっすぃが動いた。
「なんなんだよ、これはっ。ま、まいちんっ」
腕を伸ばしてまだ残っていた餌の手を取ろうとした。
蟻が彼女に向かっていく。

「ダメっ、よっすぃっ」
あたしは力いっぱい彼女を突き飛ばした。
その勢いで自転車に足をとられて道路に転がった。
もはや夜の一部のように大きくなった蟻があたしに群がってくる。

「ごっちんっ」
よっすぃがあたしのことを大声で叫んでいる。
一週間聞かなかった声だ。大好きな声だ。
あたしの心が満たされていく。
まるで体が無くなっていくように感じてしまう。

(よっすぃ、大好きだよ)
あたしの初めての告白もちゃんと声になったのか分からないくらいだ。
でもそんなことは構わない。
あたしはにっこりと微笑んだ。

すると彼女の手で何かが光った。
人差し指から血が流れ落ちていた。ぽたりぽたりとこぼれている。
もう手の感覚も足腰のだるさもなくなってアスファルトにほほを着けながら、あたしは喉を鳴らした。
ああ、おいしそうだなあ。
開いていた口を、はぐりと閉じた。
19 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:26

 お
20 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:26

 わ
21 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 20:26

 り

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