15 ぜろいち

1 名前:15 ぜろいち 投稿日:2004/08/01(日) 11:34
15 ぜろいち
2 名前:15 ぜろいち 投稿日:2004/08/01(日) 11:37


辻がその変化に気付いたのは、ほんの些細なことからだった。
友達とファーストフードの店で友人の話を何気なく聞いていた時のこと。
ウインドウの外にはたくさんの人が溢れていて、それ故に辻の視界に入
った男は目立っていた。

その男は、頭に何か白い棒のようなものを載せていた。
3 名前:15 ぜろいち 投稿日:2004/08/01(日) 11:38

ちょうど目の前の少女の食べ物話に飽きていたところだったから、辻に
とってその男は格好の暇潰しの標的になった。
男は、頭に棒を載せていることなどお構いなく、普通に時計台の下で誰
かを待っているようだった。周りの人間も、彼に注目することなく雑踏
を歩いていた。
「ねえこんこん」
食べ物の話に夢中になっている少女に呼びかける。少女が目を丸くした
のは、辻が自分からは滅多に話題を振ることがなかったからだろう。
「なあに、のんちゃん」
「あそこの時計台の下にいる男の人、わかる?」
そう言って例の男のことを指差した。
「うん、頭にサングラスをかけてる人のことだよね。それがどうかした?」
「ううん、何でもない」
辻は一呼吸置いてから、そう言った。直感が、目の前の友人に奇妙な棒に
ついて問い質すことを遮っていた。
4 名前:15 ぜろいち 投稿日:2004/08/01(日) 11:39

棒が、やがて穴の開いた丸い物体に変わった時、出来事は起こった。
時計台の時計に嵌め込まれた硝子。それが外れて男の頭に落下したのだ。
かなり大きい落下物の直撃を受けた男は、地面に伏したまま二度と動く
ことはなかった。
目の前の少女は、もしゃもしゃとフライドポテトを食べ続けていた。
5 名前:15 ぜろいち 投稿日:2004/08/01(日) 11:40


その後も、似たような出来事を辻は目撃するようになる。
交通事故、突然の発作、通り魔…種類は色々だったが、結末は必ず死で
あった。頭の上に載っていた棒のようなものは「1」を意味し、穴の開
いた丸が「0」を意味することを辻が理解するのにそう長くはかからな
かった。
つまりは人の頭に「1」の数字がつくと死が「予約」され、「0」にな
るとそれが実行される。どういう仕組みでそうなっているのか、そして
どうしてそんなものが自分に見えるのかはわからなかったが、つまりは
そういう事実だけを辻は受けとめた。
6 名前:15 ぜろいち 投稿日:2004/08/01(日) 11:41


いつからだろう。
辻が数字の変化に対して、「悦び」を覚えるようになったのは。
数字の1が現れ、そして0になる瞬間。
それは辻にとって世の中に溢れているあらゆる娯楽より優るものであ
った。
今の今まで普通に歩いていた人に、死の影が忍び寄ること。そしてそ
の影に、人はまったく気がつかないということ。さらには、成す術も
なく命を失うこと。全てが、彼女の心を躍らせるのだった。
7 名前:15 ぜろいち 投稿日:2004/08/01(日) 11:41


だが、刺激というものはいつかは鈍化する。
例に漏れず、辻にもその変化は訪れた。
物足りない。
1から0へ。そして命の蝋燭が消える。ただその繰り返し。
それは何故か。
理由は簡単だった。
辻は、その死に行く人とはまったく無縁の存在だから。
だから彼女は、敢えて自らその状況を作り出すことにした。
8 名前:15 ぜろいち 投稿日:2004/08/01(日) 11:43


加護亜依。
辻がこの世で最も憎んでいる少女だった。
辻が雑誌で見た流行の髪形にしてくると彼女もそれに倣い、最新のアク
セサリーをつけてくると彼女もそれに倣った。だが悲しいかな、周りに
持て囃されるのはいつも彼女のほうだった。密かに「のんちゃんはあい
ぼんの真似ばかりしている」と陰口を叩かれていることを、日頃から忌
々しげに思っていた。
殺意にまで昇華していったそれは、突如沸き起こった好奇心と不思議な
ほどに良く馴染んだ。

加護亜依を、殺したい。彼女の数字が0に変わるのを、見てみたい。
そこには数mmの良心すらなかった。
9 名前:15 ぜろいち 投稿日:2004/08/01(日) 11:44


契機はすぐに訪れた。
加護の誕生日パーティーが、彼女の家で開かれることになったのだ。
辻は即座に友人に根回しをして、自分もそのパーティーに参加する
ことに成功した。

大きなテーブルを囲むように、席につく少女たち。
その中心で、加護は満面の笑みを湛えていた。
彼女の身につけた薄桃色のワンピース。辻が先にショップで見つけ
てきたものだった。そして辻自身、彼女と同じワンピースを身につ
けていた。このことは殺意の炎に油を注ぐ結果となった。
辻は誰にも気付かれないように、真正面の彼女を睨みつけた。
10 名前:15 ぜろいち 投稿日:2004/08/01(日) 11:46

彼女を自分がやったと悟られることなく殺害する方法、それは毒殺しか
ないと辻は考えていた。そして自分に嫌疑がかけられないように、スマ
ートに計画を実行する術を彼女は知っていた。
料理を手伝うと言って、何人もの人間が出入りするキッチン。
みんなの分だけ淹れた紅茶の中に、加護の分にだけ毒薬を注ぐ。
これだけのティーカップの中から、どうやって彼女が毒薬入りのカップ
を選ばせるか。辻にしてみればそれは服のボタンを掛けることよりも簡
単なことだった。
二つだけある、お揃いのティーカップ。辻が片方を選べば、加護はもう
片方を選ぶだろう。今までの経験からすれば、揺るがしようのない未来
予想図だった。
11 名前:15 ぜろいち 投稿日:2004/08/01(日) 11:47

「はーい、紅茶持ってきたよー」
何も知らずに、数人の少女が紅茶を運んでくる。
心臓が、大きくひと跳ねした。
次々にティーカップに手を伸ばす少女たち。
最初のひと跳ねはやがて恒常化していき、激しい鼓動と化した。赤い
流れが興奮を運び、興奮はこれから訪れるであろう愉悦に繋がってい
った。
お目当てのティーカップを、辻が手に取る。それが当たり前であるか
のように、加護が対のカップに手を伸ばした。
きゅうう、と胸が締めつけられた。
それは後ろめたさや罪悪感ではなく、甘美な快感を伴っていた。
「それじゃあいぼんのために集まってくれてありがとね。かんぱーい!」
加護が音頭をとる。それに従うように、その場にいる少女たちがかんぱー
い、と口々に叫んだ。
12 名前:15 ぜろいち 投稿日:2004/08/01(日) 11:48

「のんちゃん」
今まさに加護がカップに口をつけようとする瞬間のこと。隣にいる少女
が辻に声をかけた。
「…なに?」
思わず不機嫌になってしまうのを、辻は隠せずにいた。つっけんどんな
返事に、面食らう少女。
「えっと、どうして加護さんの誕生日パーティーに急に行きたいだなんて」
「…別に。行きたかったから行きたいって言っただけ」
それだけ答えると、辻は再び正面の加護に視線を注いだ。
彼女の頭上には、はっきりと「1」の数字が浮かび上がっていた。
13 名前:15 ぜろいち 投稿日:2004/08/01(日) 11:50

最早憎悪は消え失せていた。
一刻も早く、「1」が「0」になるのを見てみたい。辻の興味はそれ
だけに集められた。
きっと彼女はすぐに顔を青くさせて、口から赤い花を咲かせるだろう。
数字は0に変わり、激しい痙攣の後に息絶えるのだろう。想像しただ
けでも心が踊るのだった。
数字が一向に変わらないことに気付いたのは、彼女の様子が少し変だ
と気付いたのとほぼ同時だった。先ほどから変ににやけたり、こちら
の様子をちらちらと伺っている様は不審極まりなかった。
しかし一番腑に落ちないのは、数字がいつまで経っても変わらないこと。
医者である父の伝手で手に入れたのは、即効性の毒薬であるはずだった。
なのに目の前の彼女は、もがき苦しむことなく平気な顔をしているでは
ないか。

まさか、紅茶を飲まなかった?

隣の少女に声をかけられたのに気をとられて、辻は加護が紅茶を飲んだ
のか飲んでいないのか確認ができなかった。しかし。
いずれにせよ、彼女の頭には1の数字がある。
これは間違いなく加護亜依に「死」が予約されたことを意味する。彼女
が死ぬことには、間違いはない。辻はそう言い聞かせて、自らの気持ち
を落ちつかせようとした。
14 名前:15 ぜろいち 投稿日:2004/08/01(日) 11:57


「おまたせー」
聞き慣れた声が、聞こえるはずのない方角から聞こえてきた。
まさかの思いで辻が首を向けた先には。
「音頭とるだけとってどっか行っちゃうから、どうしたのかなって
思っちゃったよ」
「ごめんごめん」
部屋の入り口からこちらへと入って来る、加護亜依の姿。
頭の上に数字は、ない。
「あれ、もしかして紅茶なの? あたし紅茶好きじゃないから違う
やつと代えてくる」
加護は席につく間もなく、毒薬入りの紅茶をキッチンへ持って行っ
てしまった。
辻は震えていた。もちろん、加護が紅茶を飲まなかったことに対し
てではない。
15 名前:15 ぜろいち 投稿日:2004/08/01(日) 11:58

辻がさっきまで見ていた加護は。
頭の上に数字を載せていた加護は、一体。
辻がさっきまで加護亜依だと思って見ていたそれは。
薄桃色のワンピース。見覚えのある、ワンピース。

大きな。
本当に大きな、鏡だった。
16 名前:15 ぜろいち 投稿日:2004/08/01(日) 11:58


辻の視界に映っていたそれは、鏡に映った、辻自身だった。

頭の上の数字が、0に変わる。
17 名前:15 ぜろいち 投稿日:2004/08/01(日) 11:58
0と
18 名前:15 ぜろいち 投稿日:2004/08/01(日) 11:59
1は
19 名前:15 ぜろいち 投稿日:2004/08/01(日) 11:59
双子のようで、双子じゃない

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