6 箱の心

1 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 03:48
6 箱の心
2 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 03:50
「またサボリですか」
亜弥は突然視界に降ってきたあさ美の顔に、一瞬目を白黒させたあと
すぐに元の表情に戻して、唇を尖らせた。
「だってさぁ」
川から仄かに吹き上げる甘酸っぱい微風に前髪を揺らしながら応える。

「そういう紺ちゃんだって、サボリじゃんか」
土手の草生した上に組んだ腕に頭を乗せたまま、つまらなそうに言った。

「もう、私は授業終わりましたから」
あさ美はそういうと、亜弥の横に腰を下ろした。
続いて、亜弥にならって草の上に寝転ぶ。
手に持っていた分厚い本を枕代わりにしてその上に頭を乗せた。
それから、吹き上げる風と、心地よく照りつける太陽に目を細める。

「愛ちゃんのこと、考えてた?」

亜弥は何も応えず、あさ美がしたように少し目を細めた。

二人の眼前には鷹揚と巨大な空が広がっている。
綿雲がぽかり、ぽかりと空に散らばって、時々二人をその大きな影の中に連れ込んだ。
川面はいつもとどまることなく、キラキラと光を照り返し続ける。

亜弥は一度、ため息をついた。

「愛ちゃんが居なくなって、もう3ヶ月か…」

「孕まされた男に逃げられて、愛ちゃんまで失踪、か」

あさ美の遠慮ない言い方に亜弥は少し眉を潜めて向き直った。
もっと言い方あるでしょ、そう呟きながらあさ美を睨む。
あさ美は、だってそうじゃないですか、口の中で呟いて空を見ていた。
3 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 03:50

亜弥のスカートの上を、ごそごそと蟻が上ってきた。
おおよそ、子猫くらいはありそうな真っ赤な蟻。
それは段々上の方に登ってきて、丁度亜弥のお腹の上に乗る格好になった。

「アリだよ」
「うん」

亜弥はその蟻を、お腹のくすぐったさを堪えながらじっと見つめた。
蟻に対してあまり嫌悪感の無い亜弥は、とりわけ珍しいタイプの人間。
それは愛の影響だった。



いつの頃からか、蟻は人間にとって代わる支配者になった。
亜弥やあさ美が生まれる何十年も前の話。
それまでの蟻よりも格段に巨大化した蟻は、次々に人間の都市に入り込んだ。
そして人間が大都市の地下に建設した大空洞を次々と席巻した。
蟻は、別に人間を襲ったわけではない。
だだ、人間の住処に入り込んだ。
強大な蟻の力の前に人間はあまりに無力。
蟻から奪い返そうとした都市は、文字通り滅ぼされた。
巨大化しても普段は死骸を片すだけの彼らは、しかし自分たちに
危害を加えようとする人間に容赦はしなかった。

人々は悉くそれまでの大都市を捨て、新たな都市を建設した。
しかし地下にもぐることはもう出来ない。
蟻たちは、世界中の地下を支配し、地上をも我が物顔で歩き回る存在となった。

さすがに胸の上をうろちょろされてくすぐったくなった亜弥は
蟻の胸部をつまんで持ち上げた。
蟻は緩慢に六本の手足を動かして、抵抗するそぶりを見せる。
しかし、本気で抵抗をしているわけではなかった。
それこそ蟻が本気で食らいつけば、服を引きちぎりでもしない限り取れるわけはない。
蟻一匹の力はそこまで強かった。
4 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 03:51

「こそばいから」
亜弥は蟻に言い聞かせるみたいに言って、ぽいっと脇の草の上に放った。

「よく平気だね」
横目で見ていたあさ美がため息混じりに言う。

「アリってすごい敏感だから。こっちに敵意が無きゃ、なんもしないよ」
「知ってる」

さっきの蟻は、今度は亜弥の耳元に来て、忙しげに触覚を動かしている。
亜弥が悪戯っぽく息を吹きかけると、二三歩下がって触角を洗い始めた。

「愛ちゃんが言ってたからね」

「愛ちゃん、アリ好きだったからね」

二人が暫し押し黙る視線の先で、雲は勢いよく流れている。

「やっぱり愛ちゃん、下にいったのかな」
「多分ね」


――アリちゅーのは綺麗な心の人が誰やか、ちゃんとわかるでの――

愛の言葉を思い出して、また亜弥は目を細めた。

「行く時は一緒に行こうって言ったのになぁ…」
「そうですか…」

愛は随分と変わった人間だった。
『蟻は忌むべき侵略者』そんな台詞が教科書にさえ載っている。
それでも愛は蟻のことを称えていて、周りからは変人扱いにされ
殆ど相手にされていなかった。

「亜弥ちゃんは、愛ちゃんのことが好きだった?」
あさ美も、恐る恐る脇にいる蟻を摘み上げてみた。
多少の敵意を感じたのだろうか、蟻は少し慌しく手足をふる。
しかし、あさ美の見つめる先で、やがては大人しくなった。

「紺ちゃんもでしょ?」
眩しい日差しを手で覆いながら呟く。

「最初は、変わった子だなぁって思ってたけどね」

「今頃、何してんのかなぁ…」

あさ美が手に持った蟻を、そっと置く。
川下から、少し強い風が二人の髪を掻き乱して過ぎた。
蟻はよちよちと亜弥によって行く。
それからその2本の触覚で、さらさらと亜弥の腕を撫でた。
5 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 03:52

「愛ちゃん…」

亜弥が不意に上体を起こした。
つられてあさ美も起き上がる。
「どうしたの?」

「今、呼ばれたみたいな気がしたの」
亜弥は照れたように言って、苦笑した。

「へぇ」

「あたしも、行ってみようかな、下に」

下、とはつまり蟻が支配する世界。地下のこと。
愛が失踪してから、家族は血眼になって探したが見つからなかった。
ハナから、地下を捜そうなどと考える人はいない。
『下』に行って帰ってきた人などいない。
そこはもはや人の立ち入れる世界ではない。
誰しも、その考えを疑いはしなかった。

亜弥は腕に触れる蟻の触覚の間をちょいちょい、と撫でてから
うんしょ、と立ち上がった。

「今から?」
「うん」

蟻は、亜弥が立ち上がったのを見ると、どこかに連れ出すように歩き始めた。

「どうやって?」

人がかつて地下に出入りした穴は悉く塞がれた。
しかし、一匹に人の手首もたやすく切り落とす顎が備わっている蟻に
コンクリートの壁がどれほどの効果を与えるだろうか。
『穴』なら無数にあった。
ただ、誰もそれの在り処を知らない。

「この子が教えてくれそう」
亜弥はそう言って小さく笑うと、蟻の向かう方に歩き出した。
6 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 03:53

「ねえ、まって」
亜弥が振り返ると、あさ美は枕にしていた重い本を持ち上げながら立ち上がった。

「私も行きたい」
「ん」
笑って応える。
あさ美も、なんだか自分で恥ずかしくなって笑った。


蟻は川上を目指してずんずんと進んでいった。
二人はぞろぞろとその後を続いて歩く。
時々通る人が、あからさまな嫌悪を示して二人を見送った。

陽が、どんどん西に傾いている。
亜弥とあさ美は、午後の日差しに汗ばみながら賢明に蟻の後について行った。
蟻はどんどん民家の少ない方を目指している。
景色は一面田んぼに変わり、次第に濃緑の木々が目に映えるようになった。

「ちょっと、たんま。疲れた…」
亜弥が額の汗を拭いながら、たまたま目に留まった小さな祠の前に腰を下ろす。
あさ美も亜弥の隣にぺたんと腰を下ろすと、蟻はそんな二人に合わせるように
歩みを止め、向き直って器用に前足を嘗め始めた。

「ありがと…」
亜弥が蟻に向かって呟く。
7 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 03:54

「随分、歩いたね」
あさ美は顎を伝う汗を拭いながら、独り言のように言った。

小さな苔むした祠の奥には、巨大な森がその梢を四方に張り出していた。
「あそこに行くのかな…?」
「みたいですね…」
既に陽は西の空に沈みかけ、辺りは朱をこぼしたような赤から
青紫色にと移ろっている。

蟻が急かすみたいに前足を動かすので、二人は、よし、行こうか、と腰を浮かせた。

「どこへいくのかね?」

不意と振り向くと、農作業服に首からタオルをかけた人のよさそうなお爺さんが
亜弥、あさ美、そして二人を先導するように前に佇む蟻を交互に見回し
興味ありげに立っていた。

「ちょっと、その森まで」
亜弥が言うと、お爺さんはキュッと目を細めた。

「蟻に連れてられてかい?」
お爺さんが面白そうに微笑む。
「そこの森は、このお社の鎮守の森じゃからね。人と森とが何百年も
 付き合ってきた証の森じゃて。今は蟻との付き合いの方が深いみたいじゃがの」

「そうなんですか…」
8 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 03:55

「人は森との、地球との付き合い方を忘れてしもうたからの。
 其の点、蟻は新参じゃが、上手くつきあっとるよ。行ってみりゃわかる」

「あまり、ご家族に心配かけんうちに帰れよ」
お爺さんは手を振って行ってしまった。


「ご家族に心配かけんうちに、か…。愛ちゃんはどうなるんだろうね」
言って、くくく、と笑いを零す亜弥につられて、あさ美も少し笑う。
空には何時しか、一番星が煌々と輝いていた。

また歩き出した蟻について、二人も歩を進める。
「地球との付き合い方、か…」
亜弥の呟きを脇で聞きながら、あさ美は重たい本をぱらぱらと捲って渋い顔をしている。
「あさ美ちゃんの専攻って何だったっけ」
「経済ですが?」

「エコノミー、か。ふふふ…」
「おかしいですか…?」
「人間社会の複雑な関係を勉強してるあさ美ちゃんが渋い顔してるのが
 なんかおっかしくってね」
「言っておきますが、人間文明は亜弥ちゃんが思ってるほど希薄なもんじゃないですよ…」
「知ってるよー」
亜弥があはは、と声を立てて笑うのに、あさ美はどこか面白く無さそうに空を見上げた。

「うわぁ、星だぁ…」
あさ美につられて空を見上げた亜弥も思わず感嘆の声を漏らす。
「ほんとだぁ…」
「ちょっと歩いただけなのに、こんなに星が見えるところがあったんだね…」

歩を止める二人の先で、蟻も少しだけ歩を休めて空を見上げた。

9 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 03:55


森の中に入ると、さすがに鈍る二人の足取りに合わせて、蟻も歩みを緩めた。
四方から虫の声や、木の葉ざわめきが木霊した。
辺りはとっぷり暮れて、夜気が昼間に温められて汗ばんだ肌をじんわりと冷やしてくれる。
いよいよ、森の中央に辿りついた。

開けた空間と、その中央に堂々と佇む大木。
月の光に照らされたその影が淡く、森全体を覆うように広がっている。

「うわぁ…」
二人は同時に声を漏らした。
亜弥がはしゃいで、その木の根元に寝転がると、黒々とした木の陰も真ん中に
ぽっかりと降るような星空が望めた。
あさ美も亜弥にならって寝転がる。

「綺麗だねぇ…」
蟻はまた立ち止まり、引き返して亜弥の頬に寄り添う格好で佇んだ。
「亜弥ちゃん、本来の目的、忘れてませんか…?」
「忘れてないよ。愛ちゃんに会いに行く。でもさ…」

亜弥が、大胆に張り出した堅い木の根に頬を寄せながら言う。
「こういうの、ほら、地球の胸板に顔をうずめて」

「愛ちゃんの受け売りだね」
「ばれた」
10 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 03:56

辺りを見回すと、二人を誘った蟻と同じ、子猫くらいもある赤い蟻が
ざわざわと、それこそ何百匹も蠢いて二人を囲んでいることがわかった。
あるものは二人の上によじ登り
あさ美はおっかなびっくり、亜弥はくすぐったがって押しのける。

「蟻ってさ、血みたいだね」
「?」
「ほら、地球の血みたいじゃない?」
あさ美は、また愛ちゃんの受け売りでしょ、という言葉を口に出さずに耳を傾けた。

「東京のビルの写真、見たことあるでしょ?あれってなんか
 傷口に集まって膿みだす前に傷口を塞ぐかさぶたみたいに見えなかった?」

かつての日本の首都。その超高層ビルが、無数の蟻によって埋め尽くされ
薙ぎ倒されたその映像は、人々に絶望的な衝撃をあたえた。
しかし、亜弥たちの世代には、そんなことは一つの歴史的事実でしかない。
かつての東京がどんな街だったのか、彼女たちには知る由もなかった――

あさ美はまたため息をつく。
人間文明を賛美している彼女にとって、まるで
その総てを膿と片付けられる考えを認めるわけにはいけない。

「あさ美ちゃんも堅いなぁ。ホラ、確かに人間だって何万年も地球さんと付き合ってきたよ。
 でも、ここ100年や200年のうちに急に付き合い方、変えたでしょ?」

それも明らかに牙むき出しにしてさ、小さく付け足す。
11 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 03:56
二人の視界の先に、チカチカと飛行機が渡っていった。
最近では、化石燃料の枯渇が深刻化してジェット機はあまり飛ばなくなっている。
そのかわり、他のエネルギー開発が急速に発展した。
風力発電、太陽光発電、まだまだ人々の需要が満たせるほどではないが
それでも急速に、広まりつつある。

「あんな風に、ハエみたいに地球の周りをぶんぶん飛んだり、
 地球から逃げ出すみたいに宇宙に飛び出したりしないでさ、
 ちゃんと地球を卒業して、飛び出せばいいんだよ」

地球の胸板から――

「行こう」
暫し目を閉じて、蟻たちの足音に耳を傾けていたあさ美がふいと立ち上がる。
初めて積極的なあさ美を見て、亜弥もなんだか嬉しくなって立ち上がった。

周りは蟻だらけで、さっき自分たちを導いていた蟻がどの蟻か、まるでわからない。
でも、もう迷うことはない。
大樹の根元に、ぽっかりと、人一人通れるほどの大穴が開いている。
そこを沢山の蟻が出入りしているのが、薄い月明かりの中にもはっきりとわかった。

二人はその穴を恐る恐る覗き込んだ。
深くて、暗い。
何も見えないその穴に、とても入り込む勇気がおきなかった。
と、見ると、中に入り込んだ一匹の蟻のお尻がぽっと光った。
思う間に、そこを行き来する蟻たちのお尻が、まるで光の道のように
赤い、淡い光を放ちだした。

「歓迎されてるみたい…」
あさ美が苦笑いしながら言うと、亜弥も嬉しそうに頷いた。
12 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 03:57

穴の奥は入り口よりももっと広くて、数メートルも降りると
亜弥とあさ美が並んで歩けるようになっていた。
二人、蟻を踏んづけないように気をつけながら、奥へ奥へと進む。


穴は下りながら、どんどんその広さを増した。
気が付くとトンネルくらいに、さらにそれよりも広くなっていく。
二人は揃って嘆声をあげた。
巨大なトンネル、その壁という壁が、無数の蟻で埋め尽くされ、光っていた。
赤い光は重なってピンク色に輝き、さながら小さくなって人の体内を彷徨っているのかと思える。
二人は、光の導くままにずんずんと歩いていった。
枝道に入っていった蟻たちは、悉くその光を消して歩んでいく。
光は、二人だけのためにともされていた。


どこまで歩き続けたのか、まるでわからなかった。
ただ、そのあまりに美しい景色に見とれた二人は、疲れすら忘れて歩き続ける。
辺りは何故か心地よい暖かさに包まれていた。

やがて、巨大な空間に出た。
その奥まったところへ、光の道は続いている。


13 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 03:57



「愛ちゃん!」


亜弥が声を挙げると、空間いっぱいに木霊して、天井を歩いていた蟻の何匹かが
吃驚して墜ちてきた。
それにもかまわず、二人は愛に駆け寄る。

愛は、目を見張るほど巨大な、それこそ象ほどもありそうな蟻の腹に
ゆったりと身体を預けて横たわっていた。
其の横には、牛ほどもある、腹部の異様に脹れた蟻。

愛は亜弥、そしてあさ美の声に気付いて目を開けた。

「亜弥ちゃん、あさ美ちゃん」

吃驚顔で二人を見る愛に、急いで駆け寄った二人の力もふっと抜け落ちる。

「何やっとんの?二人して…」
間抜けな亜弥の言葉に、脱力しきった二人は顔を見合わせて笑った。
それはこっちのせりふだよ、響かないように声を抑えて
二人は苦笑い。

「うちは、ほら…」

愛は、零れ落ちそうな笑顔になって
手に大切に抱いているそれを目で指した。
それは、小さな赤ん坊。
横にいる大きな蟻の大きな腹の先端に口をつけ、ちゅうちゅうと啜っている。

「可愛いやろ…」
亜弥とあさ美は、いまさらながらにそれを見つけ
小さな嘆声を漏らした。
無垢で清純な姿のまま、蟻の腹に縋りつく赤ん坊。
愛は優しい眼差しのまま、その額に僅かに生えている産毛を撫でている。
14 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 03:58

「生まれたんだ…」
「うん」
「蟻に、手伝ってもらったの…?」
「うん」

「どや?可愛いやろ?」
「うん…」

「どうしても産みたくってのう、えらい反対されてもたけど、
 産んでしまったらこっちのもんやざ」

愛が悪戯っぽく笑って見せるのに、亜弥とあさ美はあっけにとられて
口をあんぐりと開け放った。

「ほら、二人とも座りよ」
愛が言うより早く、二人の足元に丁度椅子くらいのサイズの蟻が寄り添った。
躊躇する二人に、蟻が触覚でちょいちょいと合図する。
仕方なし、と二人は腰を下ろした。

「うちなぁ、ここにきてからずっと、夢みとったんよ」

「夢?どんな夢?」

「ずーっと昔の夢。ほやな、うちがまだ生まれる前、
 お母さんのお腹んなかにおったころの夢」

クスリ、亜弥の口から思わず笑みが漏れた。
つられて、愛ちゃんらしいや、とあさ美も微笑む。
愛は、なんやとー、と表だけで脹れて見せた。

「で、それはどういう夢だったの?」
15 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 03:59
「うん、とりあえずアリがおって…」
をいをい、お母さんのお腹んなかにアリはいないだろ、と思った二人も
とりあえず黙って続きを促す。愛にいちいち突っ込んでいては日が暮れるのだ。

「地球の、ていうか、生き物の歴史を延々辿る夢。
 それこそ、最初の最初の単細胞生物から、ずっとずっと、気が遠くなるくらいずっと、
 何億年も海の中におって、段々複雑な形に変わって、それからまた物凄い時間が
 経った後にようやっと魚みたくなって、草みたくなって先に陸に上がって
 それから虫見たくなって陸に上がって、イモリみたいなもんになって陸に上ってきて…」

愛はいったん二人に視線を向けてから、少し微笑んで続けた。

「いろんなものに代わって、生まれ変わって、滅んだりして、
 本当に気の遠くなるくらいの時間の後に哺乳類が出てきて、最後の最後、
 そろそろ人間だって出てくるんじゃないかってくらいで、起こされた」
言って、ニッと笑う。
「そしたらほんまに目の前に人間がおった」
ケタケタと笑う愛に、もう突っ込む気力も無い二人。
お互いの顔を見合わせて笑うしかない。

「のう、ここって心臓みたいやと思わん?」

言われて、亜弥とあさ美は辺りを見回した。
無数の蟻に覆われて、淡いピンク色に輝く巨大なホール。
言われればなるほど、そう見えてくる。

「ここはきっと、地球の心臓なんよ」
愛はまた悪戯っぽく笑った。
16 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 03:59

「すっげぇ気持ちいいんよ、ここ。優しくってね、
 暖かくって、ほんまに、お母さんのお腹んなかみたい」

うん、亜弥とあさ美も頷く。
「いやー、うちみたいな人間でも、まだ許されてんのかなーって」

「なんのこっちゃ」
愛は呆れ顔の二人を見てニシシと笑った。

「ところで、二人は何しにきたん?」

亜弥がふう、とため息をつく。
「愛ちゃんが呼んでた気がしたから、迎えに来たんだよ…」

愛はまた、少し吃驚顔になったあと、すっと目を細めて嬉しそうに言った。

「ほやの、呼んだかもしれん…。
 愛のテレパシーやな」
言って照れくさそうに頬を書く。
どうせ私には届いてませんよ、あさ美はつんと口を尖らして呟いた。
17 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 04:00

「みんな、愛ちゃんのこと心配してるんだよ?」
「ほかぁ…あんまり、うちを待ってる人なんかおらんと思うけどのぉ…」

その子の、あさ美はお腹がふくれてご機嫌に愛の胸に縋りついている赤ん坊を指して言った。
「お父さんも、愛ちゃんの失踪を聞いて血相を変えて戻ってきたらしいよ」

ほか…、愛はなお頬を掻いて苦々しく笑う。

「もどろ?」
亜弥が心配げに首を傾げて尋ねた。

「男は信用ならんからのぉ…」
苦笑混じりに呟いた言葉に、亜弥とあさ美は一度に噴出す。
「何で笑うんやざ?」
「愛ちゃん、ちょっと大人になったなぁ、と思って」

笑い出す二人に嬉しくなった愛もつられて笑う。
それから、うーん、と一つ伸びをして立ち上がった。
「ほな、戻ろっか」
「うん」
「せっかく迎えに来てくれたことやし」
「うん」
18 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 04:09

愛に持ち上げられた赤ん坊は不思議そうな顔で愛の顔を覗き込む。
その額を愛は愛しげに撫でた。
ええかね?そう言って、少し後ろの蟻を伺う。
足元の蟻たちは相変わらず忙しなく動き、巨大な蟻は
興味無げにうずくまっているばかりだった。
と、最初に二人を連れ出したと同じサイズの蟻がちょい、とその
触覚で愛の足を撫でた。
それから、出口に向かって続く光の道を指し
その方に歩き出す。
それを見た愛は、いこか、と二人を促し、歩き出した。

「ほんまに気持ちええとこやったからの。
 二人が来てくれんだら、きっとずっとおったと思う」
歩きながら愛はそんなことを言った。
「ありがと」


「ねえ、愛ちゃんは何でここにきたの?」
あさ美が、足元を気遣いながら尋ねる。

「この子のことが一番の理由やけど…。
 ほやな、いろいろ、人間が嫌になっとった。
 ほんなら、アリがうちを連れ出して、ここに連れてきてくれたんよ。
 地球の心臓に――」
19 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 04:10

「うわぁ、朝だ…」

もと来た道、鎮守の森の大樹の陰から顔を出した3人の前には
黎明の燃えるような太陽がうすらと雲を従えた姿。
森の木々は相変わらず瑞々しい濃緑で、3人と一緒に出てきた
沢山の赤い蟻たちがその幹を鮮やかに染めていた。

「こんなとこに繋がっとったんや…」
「愛ちゃんは、どっからきたの?」
「うんにゃ、忘れた」

入り口の前に立った3人は、その見える限りの地上の風景を
懐かしみ、楽しんだ。

「あ、」
突然あさ美が声をあげる。
二人の視線があさ美に集まった。

「私、いつの間にか本持ってない…中で落としたんだ…」

「歴史の本?」
亜弥の問いに、うん、とだけ応えたあと
あさ美はすぐに闊達な声で言った。
20 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 04:11

「まあ、いいや。愛ちゃんを返してくれたお礼に、蟻たちにあげよう」

亜弥も面白そうに続く。
「あんな本読んだら、アリもわんぱくになっちゃうかもね」

3人は足元に蠢く無数の蟻や、他の虫と森の緑と、薄紫の空とを代わる代わる見ていた。
嬉しそうに愛が提案する。

「な、叫んでみぃひん?」

二人は笑顔で肯いた。

 
 
おわり 
21 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 04:12
(*^▽^)
22 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 04:13
从*・ 。・从
23 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/25(日) 04:14
川*’ー’)−3
24 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/28(水) 01:43
>>18-19の間に入れ忘れ

「アリンコ達は新参やのに、地球に従順やろ?
 ほら、アリって、虫へんに正義の義って書くやん。真面目なんやね。
 だから地球の血になって、少し 地球の意思を具現して、人間を圧しやったん。でも」

「アリ達はきっと宇宙には飛び出せんよ。生真面目だから、ずっと地球に従順。
 宇宙にいけるんは、きっと人間だけなんよ」

愛の話に、あさ美が少し嬉しそうな顔をする。
亜弥は黙って愛の顔を見つめていた。

「地球の心におって、ちょっと地球の声が聴けた。
 『好きにしろ』って。寛容やからの。ちょっとわんぱくなんでも
 やっぱり地球は人間のことも好きなんよ」

亜弥とあさ美はまたくすくすと笑い出した。
「愛ちゃんって、ほんとヘンなやつだよね」


道はどんどん細くなって、光の密度も濃くなってきた。
3人が並んで歩けるくらいが、2人、やがて一人ずつがやっとになる。
「そろそろ出口みたい」

やがて3人の目の中に光が飛び込んできた。
外の光。久しぶりで見る、太陽の光だった。
25 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/28(水) 01:44
川*・-・)ノ恥
26 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/28(水) 01:45
从*‘ 。‘从ノ恥
27 名前:6 箱の心 投稿日:2004/07/28(水) 01:46
川*’ー’)−3

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