4 朝やけの町
- 1 名前:4 朝やけの町 投稿日:2004/07/20(火) 01:25
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朝やけの町
- 2 名前:4 朝やけの町 投稿日:2004/07/20(火) 01:26
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南行きの電車に、あたしは乗ることが出来なかった。
もう一歩踏み出せば、あなたと一緒にどこまでも行けたはずなのに。
あたしの足は動かなかった。
赤色の電車は、あたしを置いてゆっくりと走り出した。
小さな駅で一人ぼっち。
夏休みの早朝は、驚くほど静かだった。
『矢口さん、二人でどこかに行きませんか?』
あなたが言う『どこか』がどこなのか、あたしはわかっていた。
あたしは頷いたはずだった。
でも、今のあたしは、目の前の加速していく電車を眺めているだけ。
風が舞って、髪が目にかかる。
それがよけた頃にはもう、目の前に何もなかった。
- 3 名前:4 朝やけの町 投稿日:2004/07/20(火) 01:27
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次の駅で乗るあなた。
あたしがいないことに気づくだろうか。
気づかないで乗ってしまうだろうか。
それとも、気づいていても乗ってしまうだろうか。
あたしは、嘘をついたのかなぁ…
本気だったよ。
あなたのことは本気で好きだった。
あたしは本気で頷いた。
でも、結果はこれだ。
弱虫。
本気で好きだよ。
あなたはどんなことだってしてくれた。
悪いところなんてないよ。
そろそろ、電車は次の駅に着く頃ね。
携帯電話の電源を切った。
- 4 名前:4 朝やけの町 投稿日:2004/07/20(火) 01:28
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買ったばかりの切符を自動改札に通す。
今度は、戻ってこない切符。
もう戻らない。
小さなビルが並ぶ駅前の通り。
誰もいなかった。
静かすぎた。
夏だっていうのに、セミさえ鳴いていなかった。
まだ空が薄暗い。
涼しいはずなのに、汗が出た。
この重いスポーツバッグのせいなのか、歩くだけで汗が出る。
白い自動販売機が見えた。
あたしは冷たい紅茶を買った。
自動販売機の動く音が、こんなに大きいとは知らなかった。
- 5 名前:4 朝やけの町 投稿日:2004/07/20(火) 01:29
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隣の銀行の石段に腰掛けた。
重い荷物とノースリーブの服のせいで、肩が痛い。
スポーツバッグを下ろすと、すっと体が楽になった。
昨日の夜、せっかく荷造りしたものだ。
大した準備なんていらないくせに、色々とつめこんだ。
あぁ、そうか。
あたしは往生際が悪い。
この世から去るためのデートのくせに、あたしは明日の準備をしてたのよ。
馬鹿だ、馬鹿だ。
あたしは最初から…
嫌な女ね。
人生最大のドタキャンだわ。
しかも、キャンセルするのは本当は昨日からわかってたはずなのにね。
もしかしたら、あなたに誘われた日からかもね。
- 6 名前:4 朝やけの町 投稿日:2004/07/20(火) 01:29
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甘い紅茶。
苦いコーヒーにすればよかった。
涙が出てきた。
あたしは負けたんだ。
何やってんだろ…
甘い記憶にするために、美しい二人になるために…
………
あたしは格好悪いなぁ…
後悔の涙、懺悔の涙、絶望の涙。
いっぱい流した。
地面に落ちて、黒ずんだ。
「よっすぃー」
つぶやいてみても、返事はない。
- 7 名前:4 朝やけの町 投稿日:2004/07/20(火) 01:31
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太陽が昇ってきた。
東の空から日光が射す。
視界が明るくなっていくのがわかった。
でも、あたしの真下だけは影だった。
細長い影だった。
人の形をしていた。
「よっすぃー」
呼んでみたけど、返事はない。
自動販売機の大きな音が、また町に響く。
影が近づく。
あたしの隣に座った人は、間違いなく吉澤ひとみ。
「矢口さんは、ミルクティーですか?」
「よっすぃーは、レモン?」
- 8 名前:4 朝やけの町 投稿日:2004/07/20(火) 01:32
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返事の代わりに、タブを開ける音がした。
ノドが鳴る音まで聞こえてくる。
そのまましばらく、二人で通りを眺めていた。
「なんで、こなかったんすか」
返す言葉がない。
「なんで、こんなとこにいるんすか」
あなたの声は問いかけるようでもなく、嘆いているようだった。
あたしが悪い。
謝っても意味がない。
あたしはあなたを裏切った。
言葉が続かない。
なんて言ったらいいの。
今から行こう……なんて言えないわ。
- 9 名前:4 朝やけの町 投稿日:2004/07/20(火) 01:32
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「……あたし帰る」
もう顔を見ることができない。
あなたがどんな顔をしてるのか見たくない。
あたしの顔も見せたくない。
止めないで、と願いながらあたしは立ち上がった。
「一緒に帰りましょう」
あなたも立ち上がった。
背の高いあなた。
いっつも、あたしの上に顔がある。
いっつも、あなたが何を言うのか予測できない。
「待ってたんですよ、矢口さんの部屋の前で」
止められた。
何を言ってるの…
- 10 名前:4 朝やけの町 投稿日:2004/07/20(火) 01:33
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「怖くなって、矢口さんの部屋に行ったんですよ。なのに、なかなか帰ってこなかった」
だって約束したじゃない。
一緒にどこかに行こうって言ったじゃない。
「死ぬなんて、考えただけで怖くなりました」
「……あたしだってそうだよ!」
「………」
「死にたくないよ!もっと、よっすぃーといたいんだよ!」
結局はそれ。
死にたくなかったんだ。
もっと二人で生きていたかったんだ。
「死ぬなんて、いつでもできるのよ…」
だったら、もっと後でもいいじゃない。
あたしには生きたい理由がある。
それがある限り、あたしは死にたくない。
- 11 名前:4 朝やけの町 投稿日:2004/07/20(火) 01:34
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あなたは笑っていた。
最初から、こうなるなんてわかっていたように。
「じゃあ、いきましょう」
あなたは腕を広げた。
あたしなんて、すっぽり覆ってしまう体。
あたしのいつもの居場所。
ここがある限り、あたしには帰る場所がある。
歓喜の涙、感謝の涙、希望の涙。
いっぱい流した。
太陽に照らされて、きらきら光った。
End
- 12 名前:4 朝やけの町 投稿日:2004/07/20(火) 01:35
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- 13 名前:4 朝やけの町 投稿日:2004/07/20(火) 01:35
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- 14 名前:4 朝やけの町 投稿日:2004/07/20(火) 01:35
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