3 赤い花咲いた Beautiful Gift
- 1 名前:赤い花咲いた 投稿日:2004/07/19(月) 00:34
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赤い花咲いた Beautiful Gift
- 2 名前:赤い花咲いた 投稿日:2004/07/19(月) 00:35
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「死が解るんだよ」
遅くまで新曲のレコーディングをした後のふたりきりの帰り道で、
市井ちゃんが唐突に言った。
「解るって?」
「もうすぐ死ぬ人のこの辺に」と市井ちゃんは自分のこめかみを
指差した。「赤い花が咲いて見えるんだ」
市井ちゃんを見つめた。市井ちゃんは前だけを見つめてた。
「昔から見えててさ、その意味に気づくまでは街中で花を咲かせた
おじさんとかおばあさんと擦れ違ってもさ、その頃は大の大人が
ばかっぽい、くらいにしか思ってなかった」
「うん」
「ある日あたしのばあちゃんがさ、髪に赤い花をつけてたんだ。
あたしがどうしたの? って訊いてもばあちゃんはきょとんとする
だけでさ。でもその日の夜に」
「死んじゃったの?」
市井ちゃんは頷いた。
- 3 名前:赤い花咲いた 投稿日:2004/07/19(月) 00:36
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月明かりが照らす市井ちゃんの横顔はきっと唇を結んでいた。
正直、信じられなかった。こんな話、言ったのが市井ちゃんじゃ
なかったら笑い飛ばすか無視するかだ。
「誰かに咲いてたの?」
訊いちゃまずいかな、と思った。けどわたしは訊いた。
「うん」市井ちゃんは小石を蹴飛ばした。「後藤じゃない誰かに」
うつむいて歩き出す市井ちゃんを、斜め後ろから見ながらついて
行く。もうわたし達に会話なんてなくて、足音だけが響いてる。
誰に咲いてたと言うんだろう?
わたしに言うくらいだからわたしも知ってる人かな?
もしかしてその人が死んで欲しいくらいに嫌いってこと?
まさかつんくさん? それともモーニング娘。のメンバーとか?
そんなことが頭の中をぐるぐると回ってしまう。嫌だな。
- 4 名前:赤い花咲いた 投稿日:2004/07/19(月) 00:36
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「じゃあ、後藤。また明日な」
駅の改札をくぐったところで市井ちゃんが言った。わたしは
「うん」と手を振って答えた。
降りたホームには誰も居なくて、わたしと、向かいのホームの
市井ちゃんだけだった。わたしたちは見つめあい、そして笑った。
右手から聞こえるごとごとって列車の騒音が大きくなり始めた頃。
「ごとぉ―――!」
市井ちゃんが両手でメガホンをつくって叫んだ。
「まけんじゃねぇ―――ぜぇ―――じぶんにぃ――――――!」
ここで気づいた。市井ちゃんは誰のこめかみに赤い花を見たのか。
いや、やっぱり赤い花なんか嘘で、自殺の言い訳なのかも知れない。
呆然とするわたしと笑顔の市井ちゃんの間を貨物列車が駆け抜けた。
過ぎ去った後、市井ちゃんはもう居なかった。
階段を駆け上がり反対側のホームへ向かうけど、もう市井ちゃんの
姿はなかった。上がった息と動悸が混ざって、すごく苦しかった。
- 5 名前:赤い花咲いた 投稿日:2004/07/19(月) 00:37
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そのときから行方不明になった市井ちゃんは三日後、湾岸の景色
見える場所から遺体で発見された。警察は自殺と他殺の両方の線で
捜査してるって聞いた。そのお腹の中に赤ちゃんが居たってこと
まで聞いた。
遺影にはちょこっとラヴのジャケットが使われた。市井ちゃんは
愛と言う字を思い出すとき、誰の顔が浮かんでたんだろう?
圭ちゃん、なっち、やぐっつぁん、裕ちゃん、圭織。みんな泣いて
いて、潮風が涙を乾かしていた。市井ちゃんが死ぬ気だったのを
知っていた、わたしだけが泣かなかった。
市井ちゃんとお別れして一週間が経った。世間の騒ぎや口悪い噂も
静まってきて、これでやっと市井ちゃんが静かに眠れると思った。
パート割ががらりと変わってしまった新曲の、居残り練習を
してると、突然「後藤」と声が聞こえた。
振り返ると、圭ちゃんが居た。
「お疲れ様。ちょっとだけ、良い?」
レッスンルームの壁に並んでもたれた。ひざを抱える。
「久し振りね。後藤とふたりでゆっくり話すの」
「そう言えばそんな気がする」
わたしは笑ってみせたけれど、圭ちゃんは笑わなかった。
「聞かせて。紗耶香の最後がどうだったか」
- 6 名前:赤い花咲いた 投稿日:2004/07/19(月) 00:38
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わたしは赤い花のことを誰にも言わなかった。警察にも。あんな
弱い市井ちゃんを見たことはわたしだけの秘密にしようと思った。
「普通だったよ。いつもの市井ちゃんだった」
「そっか。そう言えば後藤は泣いてなかったよね」
沈黙が降りた。圭ちゃんの横顔は爪を噛んでいて、何かをじっと
考えているように思えた。時間だけが過ぎて、わたしは息をつく。
「練習していい?」
「あんたが」
声がきれいに重なる。こぼれそうに潤んだ瞳と目が合った。
「紗耶香を殺したんじゃないの?」
わたしは目を伏せゆっくり首を横に振る。そんなことを口にして
しまえる圭ちゃんに哀しくなった。ひどいよ。
「ごめん後藤、今の忘れて。あたしってば何言ってんだろ。本当
ごめん。じゃましちゃったね。帰る」
いたたまれなくなったのか圭ちゃんは立ち上がりどたばたと出て
行こうとした。
「圭ちゃん待って」
声をかけると、圭ちゃんはそっと振り返った。わたしは息を飲んだ。
- 7 名前:赤い花咲いた 投稿日:2004/07/19(月) 00:39
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圭ちゃんの横顔、ちょうどこめかみの辺りに赤い点が見えた。
やがてそれはゆっくりと大きく育ち、柔らかく広がり、あざやかに
赤く美しい花になった。赤い花が、咲いた。
「圭ちゃん!」
苦しくなった。
わたしは動悸が始まった胸を抑えながら「市井ちゃんの後を追ったり
なんかしたら絶対、許さないからね!」と叫んだ。
圭ちゃんはやわらかな微笑みを浮かべ部屋を出てった。わたしも
あわてて部屋を飛び出すけれど、もう圭ちゃんの姿はなかった。
市井ちゃんは、なんてものをわたしに残してくれたんだろう。
「死が解るんだよ。赤い花が咲いて見えるんだ」
しん、とした廊下に市井ちゃんの声が響いた。そんな気がした。
- 8 名前:赤い花咲いた 投稿日:2004/07/19(月) 00:40
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おわり End
- 9 名前:赤い花咲いた 投稿日:2004/07/19(月) 00:40
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- 10 名前:赤い花咲いた 投稿日:2004/07/19(月) 00:41
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リテイクの許可快諾、ありがとうごさいました
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