2 朗読者 Storyteller
- 1 名前:朗読者 投稿日:2004/07/19(月) 00:25
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朗読者 Storyteller
- 2 名前:朗読者 投稿日:2004/07/19(月) 00:25
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暖炉からのやわらかな明かりが、ベッドに眠る女の子とその側に
たたずむ母親を照らしています。
窓の外はしんしんと雪が積もり、まるで世界にふたりだけのよう。
女の子はふぅふぅと苦しそうに真っ赤なほっぺを上下させており、
母親は雪を溶かした冷水でタオルをしぼっては女の子のおでこに
乗せています。
「ねぇママ。今日の物語はなぁに?」
女の子は生まれたときから目が見せませんでした。そんな女の子
にとってたったひとつの楽しみは、夜毎に母親が朗読してくれる
物語。ヒロインの名前を女の子の名前「ノノ」に置き換えて読む
物語は、決まってハッピーエンドでその幕を閉じていました。
「今日はお熱があるから短いのにしましょうね」
「はぁい」
「ちょっと待っていなさい」
母親は立ち上がると、やがて本を抱えて戻ってきました。枕元で
響く紙をめくる音にノノの胸は弾みます。今までにないこの感じ。
このドキドキはなぜ気持ち良い?
- 3 名前:朗読者 投稿日:2004/07/19(月) 00:27
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この親子は貧乏でした。目の見えない子供を置いて働きに行けず、
母親は内職でお鐘を稼いでいました。医者や薬ですぐ直る病気も、
いつもこうして丁寧な世話と長い看病で治していました。
ノノがもっと小さかった頃、お菓子が食べたいとか、暖かい服が
着たいとか騒ぐたびに、母親は優しくさとしていました。
「物語をたくさん読んで、たくさん思って、たくさん考えること。
それは目で見る以上に世界を広げること。それはお菓子を食べる
とか暖かい服を着るとかより、もっともっと素敵なことなのよ」
昔は本よりお菓子を買って欲しいのにと思ってたノノも、今では
すっかり毎晩の朗読がお気に入りです。
「そうね。じゃあ病気になっちゃうお話を読みましょうか」
「早く早くぅ」
「昔々、ある所にノノという可愛い女の子がおりました―――」
- 4 名前:朗読者 投稿日:2004/07/19(月) 00:27
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◇
「何やねん、その顔?」
アイボンが怪訝な目つきを向ける先には、真っ赤なほっぺで鼻を
ずるずるすすってるノノ。
「風邪ひいちゃったみたい」
「そっか。ほんじゃ明日の遊園地は延期やな」
アイボンはあっさり言い捨て、読みかけの雑誌へ視線を戻そうと
しますが、ノノが必死でそうも行きません。
「何言ってんの! ごまっとうプリクラは明日までなんだよ!」
「顔寄せんなや。あーもー風邪がうつるやろ」
ハローランドに明日まで置いてある特設プリクラ。これで撮ると
あの「ごまっとう」と一緒に映るということで、ごまっとうが大
好きなノノは何が何でもプリクラを撮りたかったのです。
「せやったら置かれてすぐに撮りに行けばええもんを」
アイボンのもっともな一言にノノは口笛を吹き始めます。延ばし
延ばしにしてて気づけば今日、なんてアイボンには言えません。
「だいたいごまっとうと写真を撮りたいんなら」
アイボンが指差す先には楽しそうに話してるアヤヤとミキティ。
「直接頼めばええやん。一緒に写真撮ってください言うて」
けたけたと笑うアイボンに鼻ずるずるで怒るアイボン。
「ゴッチンとアヤヤが仲悪いって知ってるくせに。ノノが欲しい
のは、ごまっとうの三人と一緒に撮ったプリクラなの」
「モーニング娘。のくせしてモーニング娘。ファンて。アホか」
- 5 名前:朗読者 投稿日:2004/07/19(月) 00:28
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家に帰る頃にはノノの視界はぐらぐらに揺れていました。まるで
ノノにだけ地震が来たようにまっすぐ歩けていません。
「明日までに熱下げないと」
熱さえ下がれば何とでも出来るから。ノノはアイボンをそう説得
して、明日は遊園地に行くことにしました。
「やばい。立てないかも」
自分の部屋に戻るなり倒れるようにベッドに倒れた、つまり結局
倒れたノノは起き上がれず、総合感冒薬を飲むことにしました。
本当は医者に行こうと保険証を取りに戻っただけだったのですが。
「えぇっと、三歳以上は三日に一回食後に十五錠?」
テーブルに錠剤を出して数えるノノ。
「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ」
壁にかかった鳩時計が四回鳴きました。
「あ!仔犬のワルツの再放送をビデオに撮らないと!もう四時だ
なんて早いなぁ。いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、―――」
ベッドから体を半分だけ出したまま、てのひらに山盛の薬を水で
流し込んだノノは、かくん、と眠りに落ちるのでした。
- 6 名前:朗読者 投稿日:2004/07/19(月) 00:29
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気づけば視界には見知らぬ天井と、泣き顔のアイボン。
「うわぁ! 目ぇ覚ました! おまえ何で自殺なんかすんねん!」
ぽかぽかとやわらかく殴られながら、ノノは何のことかさっぱり
解りません。ジサツ? 自殺って誰が? まさかノノが?
「ノノはちゃんと三歳以上は三日に一回食後に十五錠って通りに
薬を飲んだだけですよ?」
「常識で考えてもそんなわけないやろ! 十五歳以上は一日三回
食後に三錠! お前は逆に読んだんじゃ! 誰のつもりや?」
「誰って?」
「モンローか? シドヴィシャスか? 太宰治か言うてんねん!」
騒ぐアイボンの頭にそっと置かれた手は、ゴッチンのものでした。
「アイボンもう良いから。ノノ、自殺するほど悩んでいたの?」
優しい声で、ゴッチン。
「言ってくれれば良かったのに」
こっちはゴッチンの言葉ではありません。ゴッチンの後ろに居た
ミキティの言葉です。そしてミキティの後ろから。
「四人で仲良く写真撮ろっか」アヤヤがそう言いました。
「みんな笑って。ハイ、チーズ」
アイボンがシャッターを切ります。ファインダーの中心にノノと
ミキティ。右端にゴッチン、左端にアヤヤ。みんなでピース。
病み上がりの真っ白な顔だったけど、ノノは最高の笑顔でした。
◇
- 7 名前:朗読者 投稿日:2004/07/19(月) 00:29
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「―――こうしてノノはごまっとうと写真を撮れましたとさ」
「おもしろかった。ママありがとう。おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
やがてノノはすぅすぅと寝息を立て始めます。しかし母親は薪の
燃える音がぱちぱちと響く中、そっとおでこのタオルを取り替え
続けます。冷たい水にひたされて指先はとっくに真っ赤です。
それから遥かな月日が過ぎ、あのとき熱を出していた幼いノノも
もう大人になりました。そして孤児院の子に点字の本を朗読する
仕事に就きました。母親はそれを自分のことのように喜びました。
そして次の日、自分の役割を終えたかのように亡くなりました。
天涯孤独の身になったノノは、勤め先の院長の誘われて孤児院に
住み込みで働くことになりました。居候の身で多くのものは持ち
込めません。ノノは少々の着替えと、母親が朗読してくれた本の
中から何冊かだけを持って行くことにしました。
引越しの手伝いに来てくれた院長にそうお願いしますが、やがて
ノノの元に戻ってきた院長は言いました。
「隅々まで探したんですけど、物語なんて一冊もありませんよ」
「えっ?」
- 8 名前:朗読者 投稿日:2004/07/19(月) 00:30
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「唯一見つけた本の中身は真っ白でしたし」
院長が何も書かれてない本をぱらぱらめくると、ノノの耳に聞き
慣れたあの音が飛び込んできて、ノノはすべてを理解しました。
ノノはその場にうずくまると、しゃくりあげ始めました。
「ノノさん? どうしました?」
「ごめんなさい。大丈夫です。ねぇ院長先生、目の見えない子を
抱えるって相当大変だったでしょうね。でも母は一度も私を責め
たりせず、さらに立派な教育まで施してくれたんです」
母親が内職で稼いだお金では、日々の食事や家賃の払いが精一杯
でお菓子や暖かい服はおろか物語を買うお金も出すことは出来ま
せんでした。しかし、目の見えないノノが、貧乏な家庭に育った
ノノが、その境遇をはね除けられるようにと、母親は大きな嘘を
つくことにしたのです。そしてその嘘は、ノノの中に障害を乗り
越える強さを作り上げました。
母親から夜毎に聞いたストーリーは何話になるでしょう。ノノは
中身の無い本を、そっと口づけてぎゅっと抱きしめました。
「ありがとう。ママは最高のストーリーテラーだったわ」
母親は子供のためなら何だって出来るのです。
- 9 名前:朗読者 投稿日:2004/07/19(月) 00:30
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おわり End
- 10 名前:朗読者 投稿日:2004/07/19(月) 00:31
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- 11 名前:朗読者 投稿日:2004/07/19(月) 00:32
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リテイクの許可快諾、ありがとうごさいました
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