54 絵里が見た夕日と手を伸ばしたさゆみ
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:03
- 絵里が見た夕日と手を伸ばしたさゆみ
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:06
- くすんだ色の雲が千切れ千切れに浮かぶ朱色の空の遥か向こうで、金色の太陽が地面を急速に昇ってゆく。
斜めに延びた建築物と、それを支える地面は、目の前をあっという間に通り抜け、支えを失った両足が目の前に飛び込んでくる。
新調したばかりの真っ白だった運動靴のどこで擦ったのか覚えのない小さな汚れまではっきりと見えた。
『落ちる!』と思った瞬間、夢中で捻った体が小さく悲鳴を上げた。
目の前には灰色のコンクリートの壁が迫り、直ぐに壁の終わりがやってくる。
精一杯伸ばした右手の先には、紫よりも深い藍色の空が見えた。
藍色の空と灰色のコンクリートの境界線に、手を伸ばしたさゆみが立っていた。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:06
- ――道重さゆみ。
私の親友だった女の子。
少なくとも、私はそう思っていた。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:10
- 数日ほど前のことだ。
ほんの3日前だったような気もするし、一週間以上前かもしれない。
そんなことも分からないほど、私にとっては当たり前のことのようになっていた。
楽屋で過ごす、収録までの待ち時間の合間に、私はさゆみの膝枕で転寝をし、さゆみは私を膝枕して髪をなでる。
くすぐったい感触が、むしろ気持ちよかった。
ほわほわと暖かい空気に微睡んでいると、ちょん、ちょん、と頬を突付く感触がする。
そっと目を開けると、人差し指で私の頬を突付きながら、さゆみが見下ろしていた。
「はい、終わり」
「えー、もうちょっとだめ?」お願いのポーズをする。
「お願いしてもだめ」
ふぅ、とため息をつくと体を起こしてポケットを弄った。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:15
- 目的の物を指先の感触で見つけると、ポケットから取り出す。
少し前にコンビニで買ったミルク味のチロルチョコだ。
包みを破るとさゆみの口へと持っていく。
さゆみは、つられるように口を大きく開けた。
口の中に放り込むと、美味しそうにあむあむ口を動かす。
「もうちょっとだけいいよ」自分の膝上をパタパタと叩いた。
「わーい」
さゆみの太股に頭を乗せると、ゆっくりと目を閉じる。
ベストポジションを探すべく、何度か頭の位置を変えて、ようやくしっくりとくる場所を見つけた。
だけど、それから1分としない内に再び頬を突付いてくる。
「えぇ、もう終わり?」
私は不服そうに言うと、目を開けてさゆみを見上げた。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:19
- さゆみは、目を瞑り、口をぽかんと空けていた。
例えるなら餌を待つ雛鳥だろうか。キスを待っているようにはとても見ない。
その顔があまりに間抜けに見えて、思わず吹き出してしまう。
「変な顔」
さゆみは直ぐに口を閉じると目を開けた。
そして、怖い目で私を見下ろす。
「えいっ」
さゆみの掛け声と共に、私はさゆみの膝から転げ落ちた。
「うひゃぁ」
突然のことで対応しきれず、強かに鼻を地面にぶつけた。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:23
- 「いったーい」鼻を擦りながら立ち上がる。
「絵里が悪い」さゆみは悪びれた様子もなく言い放つ。
「突き落としたのはさゆでしょ」
「絵里が悪いって認めなよ」
はぁ、と小さく分らないぐらいのため息をついた。
「ごめんごめん。さゆは可愛いから」
「分ってる」さゆみは満面の笑みを浮かべる。
喧嘩する度に、私たちはこれで仲直りをしていた。
もちろん、私もさゆみも半分は冗談で言い合っている。
これは、仲直りの儀式のようなものだ。
さすがにこの後も膝枕は無理だろうと諦めて、お喋りで時間を潰した。
この時の私は、ずっとずっとこんな風に過ごしていくんだと疑ってもいなった。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:28
- モーニング娘。に入って分ったことは、テレビやコンサートだけが仕事ではないことだった。
いや、ダンスレッスンや歌のトレーニングもやるんだろうとは思っていたけど、これほど大変だとは思ってもいなかったのだ。
今日も、学校が終わってすぐにダンスレッスンのため私は急いタクシーに乗り込んだ。
タクシーから覗く空は今朝と違いよく晴れ渡り、水色に近い灰色の空に千切れ雲がふわふわ漂っていた。
ダンスレッスンに向かう道すがら、辛い練習に落ち込んでいた心も少しは晴れるというものだ。
タクシーを降りるとトレーニングに通ういつものビルへと駆け込んだ。
時計を見ると、4時前を指しており、若干の余裕がある。
平日は学生組みを配慮してか、大抵は4時30分からトレーニングが始まるのだ。
トレーニングルームにようやく着くと、ガラス越しに矢口さんや吉澤さんといった先輩達が談笑しながら軽くストレッチをしているのが見えた。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:29
- 私は、先輩方に挨拶をして、まだ、さゆみやれいながきていないことを確認すると、トレーニングルームを抜けてまっすぐ更衣室へと向かった。
更衣室では、れいなと藤本さんが胸のサイズについて議論していた。
お風呂上りにどんな風にマッサージをしているとか、こうすれば胸が大きく等といった話である。
まるで信憑性のない話なので、私は話しに加わらずに着替えに専念することにした。
「ねぇ、絵里はどげん思うね?」
「ふぇ?」突然話しかけられて、素っ頓狂な声を上げてしまう。
振り向くと、いつの間に寄ったのか、れいなが私の隣に立って顔を覗き込んでいた。
「えっと、ごめん。聞いてなかった」
嘘ではない。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:32
- れいなは、いかにも本当なの?と言いたげな顔をする。
「ほんとに聞いとらんかったと?」
言った。
「うん、ごめん。着替えてたから」
「まぁいいや。さっき、藤本さんと胸を大きくする秘訣について話しよったと」
「うん、そうなの。美貴が読んだ文献によるとね……」
それから、私は延々と藤本さんの話しを聞かされることになり、話から開放されたのは、レッスンが始まったからであった。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:37
- 「あれ、道重はどうした?」
夏先生に言われて、初めてさゆみがまだ来ていないことに気づいた。
周りを見回すと、さゆみの姿だけがなかった。
「誰かなんか聞いてない?」
誰も連絡は受けていないのだろう。互いに顔を見合わせる。
「すみません。道重には後で言っておきます」飯田さんが謝る。
「わかった。それじゃ、練習始めるよ」
そして、夏先生の号令でトレーニングが始まった。
さゆみが来たのは、それから30分以上たった5時を少し回った頃であった。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:40
- 「道重、遅れるなら遅れるで、ちゃんと連絡ぐらいしなさい」
夏先生に怒られ、さゆみは制服姿のままじっど黙り込む。
その、煮え切らない態度に腹を立てたのか、ますます夏先生の言葉は激しくなった。
「すみません」しばらくして、さゆみは、小声で謝った。
「タクシーの人に急いでって言ったんです。だけど、タクシーの人が急いでくれなくて」
夏先生の表情がとたんに怖くなる。鎮火しかけた炎が、さゆみの言葉で再び燃え上がったようだ。
「私はね、遅れたことを怒ってるんじゃないの。どうして連絡しなかったのって言ってるの」
さゆみはまっすぐ私を指差す。
「絵里にメールしました」
私は振られて驚いた。
みんなの視線が私に集中する。
だいたい、私はさゆみからのメールなんて知らない。
だから、首を左右に振っることで私は答えた。
あ、そういえば、藤本さんの話を聞いているときにカバンの中で携帯がブルった音が聞こえたような気がする。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:44
- 「亀井は知らないって言ってるよ」
あ、あの、知ってるかも。
「ちゃんとメールしました」
はい、メールもらったかもしれません。
声に出して言えなかった。とても私には言える空気ではない。
夏先生はため息をついて、更衣室を指差した。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:47
- さゆみは、その日は怒られてばかりだった。
練習に遅れたのもあるのだろう。
ダンスがうまくいかないのだ。
私は先ほどの引け目も合ったし、アドバイスをしようと、さゆみの傍に寄った。
「あのね。さゆ。そこはこうすればいいんだよ」そう言いながらステップを踏む。
「絵里に言われたくない!」
さゆみに大声で言われ、一瞬からだがビクついた。
たぶん、「しゃぼんだまー」と同じぐらいの大声だ。
「絵里のせいだからね」
「ごめん」
さゆみとは対象的な小さな声しかでなかった。
「絵里なんかだいっきらい」
「ごめんなさい」
謝りながら、涙がこぼれてきた。
泣きたくはなかったのに、体が震えて涙が止まらなかった。
さゆみは何も言わなくなった。
私は、そのことで余計に怖くてさゆみの顔が見れなかった。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:51
- 私は怖かったのだ。さゆみの声が。さゆみの言葉が。
さゆみに嫌われることが、怖かった。
だから、涙が止まらなかった。
だから、私はその場から逃げ出した。
トレーニングルームを飛び出したとき、誰かが止める声が聞こえた。
泣きながら廊下を走った。
誰にも泣いているところを見られたくなかった。
だから、一人になれるところをずっと探してたんだと思う。
気がついたら私は屋上へと出る鉄製の扉の前に立っていた。
いや、意識してここに向かった気がする。
ここしか、一人になれる場所が思いつかなかったから。
試しに、取っ手を回してみる。
偶然にも鍵はかかっていなかった。
絵里は、体重を乗せて扉を押し開けた。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:53
- 屋上の扉を開けると、痛いくらいに眩しい光が飛び込んできた。
目の前に丁度沈みかけた太陽があったのだ。
私は、屋上に出ると、夕日に誘われるように行ける所まで屋上を歩いた。
そして、しばらく夕日を見つめていた。
夕日を見すぎて目が痛くなったからか、余計に涙が出た。
夕日はビルの谷間を抜けて、少しずつ姿を隠していった。
風が吹くたびに、寒さで体を振るわせた。
いつの間にか、涙は止まっていた。
ちゃんと謝ろう。
ちゃんと謝って仲直りしよう。
そう思って、私は立ち上がった。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:54
- その時、突然の風に吹かれて体がよろめいた。
「あ、あれ?」
ダンスレッスンで疲れていたのも、泣き疲れてしまったのあるのだろう。
私はよろめきながら数歩風に吹かれてあるいた。
そして、突然地面がなくなった。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:56
- 全身に血の気が引いた。
とにかく何かにつかまろうと必死に右手を伸ばす。
しかし、私の右手は虚空を掻きむしるだけだった。
その時、さゆみの姿が見えた。
さゆみは今までのゆったりした動きが嘘のようなすばやい動きを見せた。
そして、間一髪のところで私の右手をつかませた。
「さゆ!さゆ!」
さゆみは必死に私を引き上げようとしている。
私はというと、助かりたくて必死にもがいていた。
「放さないで!絶対に放さないでね!」
少しずつ、さゆみの手が私から離れていく。
私は本当に焦っていた。
「さゆ!さゆ!さゆ!さゆ!さゆぅ!」
「うるさい!」さゆみが怒鳴った。
「すこし、静かに、して」
火事場のバカ力というやつだろうか。
私の体が少しずつ上へと引き上げられていく。
そして、ついに、私は助けられた。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:57
- 私は、放心状態で座り込んでいた。
目の前で、同じように放心状態のさゆみがいた。
「ありがとう。さゆみぃ」
たぶん、これまで一番さゆみに感謝がみなぎった。
だけど、お礼を言う私に帰ってきたのは辛らつな言葉だった。
「バカ!絵里のバカ!」
文句を言いながら、ぽろぽろと涙を流し始める。
「何考えてるの。死んじゃうところだったんだよ。絵里のバカ!」さらに言い続ける。
「絵里が死んじゃったらあたしのせいになるじゃない」
「ごめん」
「絵里のばかぁ」
それから私は何度目かのバカの後、何度かごめんと謝った。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:58
- さゆみが泣き止む頃には、すっかりと暗くなっていた。
さすがに私は、このままじゃ風邪を引くんじゃないかと気になりだしていた。
「さゆ、もどろっか」
「うん」
私達は立ち上がると、私はそっとさゆみの手を取った。
手、といっても、後ろめたさもあり、指を数本からませるのが限界だった。
さゆみは私の手に気づくと、不思議そうに私を見る。
そして、ちゃんと私の右手を握り返した。
さゆみの左手は、私と同じくらい冷たかった。
終わり
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 00:59
- 从*^ヮ^)ノ
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 01:00
- ヽ从・ 。・*从
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/22(月) 01:00
- 从*^ヮ^)人从 T ヮT)人从・ 。・*从
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