39 fairy-tale dreams
- 1 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 10:58
- 39 fairy-tale dreams
- 2 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 10:59
-
『モーニング娘。?ああ、一発屋のアイドルグループだろ。何年か前に一度だけ紅白に出て、消えちゃった奴ら。そう言えば、最近は名前を聞かないな。もうとっくに解散したんじゃねーの。』
- 3 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:01
- ■ □ ■ □
そのお姉さんは、いつも同じ場所で歌っていた。
狸小路の真ん中辺にある水色のシャッターのお店の前だ。
その頃、わたしは高校受験の追い込みで毎日のように九時十時近くまで塾に通っていた。夜遅くに塾から帰る時には狸小路のアーケード街を通って地下鉄の駅に行く事に決めていた。雪を避けられるし、何よりも人通りが多いので安心できたからだ。
一月も半ばで、新年会シーズンも過ぎたというのに狸小路は人の波が絶えなかった。観光客だろうか、どこかの方言丸出しで話す少々千鳥足のおじさん達や台湾から来たと思われる中国語を話す集団もいる。
そんな雑然とした雰囲気の中で、そのお姉さんの周囲だけは静けさが漂っていた。受験勉強でささくれた気持ちに、お姉さんの落ち着いた雰囲気はまるで砂漠で出会った一服の甘露のような恵みを、わたしの心の与えてくれたのだ。
疲れて帰宅する帰り道に見慣れたお姉さんがいる。
そんな何気ないことが、ひび割れた心の隙間を柔らかく埋めてくれるように感じていた。
- 4 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:05
- 何となく気になって、一度だけ友達と待ち合わせる振りをして少し離れた所からお姉さんを観察した事がある。
すごく大きな目。ぽてっとした感じのくちびる。
肩胛骨を覆う辺りまで伸ばした栗毛色に染めた長い髪の毛。天使の輪がネオンと街灯の光ににぶく光っている。きっと、きちんと毎日トリートメントしているんだろうな。
フェイクファーのコートに隠れて、体型は分からないけども黒い革のブーツから伸びた足はすらりとして細い。たぶん、この足に続く体もモデルさんみたいに均整の取れたボディーなんだろうと思わせる。
お姉さんの歌の観客は、たいてい一人か二人かだった。時には誰も見ていないことすらあった。
お姉さんは観客が居ようがいまいが、お構い無しと言わんばかりの態度で、いつも怒ったように口をへの字に曲げていた。それじゃあ、寄りつくお客さんも寄りつかないだろうと、わたしだって分かる理屈だ。
でも、お姉さんはそんなことは気にしていないみたいに、元々大きな目をもっと大きく見開いて真っ直ぐに前を向いたままで淡々と不思議な歌を歌っていた。
お姉さんの持ち歌は、例えば明らかに英語とは違う外国語の歌や(後で知ったのだがギリシャ語だそうだ)、自作の「みみずになりたい。みみずみたいに、未来の光が見えたら自信をもって生きてゆけるのに。」とか「心の中のオレンジジュースを飲み干したい」とかというオリジナル曲だった。
- 5 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:07
- 正直言って、これまでわたしは勉強ばかりしてきて音楽や男性アイドルに興味を持ってこなかったし、こういう奇妙な歌を聴いたことがなかったので、免疫が無いせいだろうか、お姉さんの歌は深くわたしの心に印象として残った。
しかし、こういう歌が今の時代には合ってはいないだろうなということも漠然と気付いてしまっていた。
とどのつまり、お姉さんは芸能界へのデビューとか、この
ストリートライブを切っ掛けにどうとか、そういう生臭いことは微塵も考えていないのだろうなと思った。つまり自分の歌いたい歌を、観客の有無に関わらず律儀に毎日歌っているらしい。
とは言っても、お姉さんを観察したのはそれ一回切りだし、お姉さんに話しかけたり近くに寄っていって歌をじっくり聴くなんて事は出来なかった。
街の風景。
塾に行き帰りに見かける風景の一齣。
お姉さんが歌っているのを見かけると
(ああ、今日もお姉さん頑張っているな。)
なんて心の中で思っている毎日だった。
- 6 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:09
- お姉さんの過去について偶然知ったのは、かなり雪が降った寒い日のことだ。
北国育ちの人間は暖房設備が至る所に完備されているせいで案外に寒さに弱い。わたしも寒さにはめっぽう弱い質で、ダッフルコートの下にセーターを着込み、厚手の靴下を履いてマフラーと手袋で重装備をしていた。
端から見たら、まるで着ぶくれた紺色のダルマさんが歩いているように見えたかも知れない。
その日は、たまたま同じ地下鉄の駅を利用する友達と一緒に塾からの帰り道が一緒になった。
わたしは盛んに白い息を吐いて、手袋を擦り合わせながら
「今日は寒いね。こんなに寒い日は生まれて初めてだよ。」
なんて愚痴って、友達に笑われたりした。
でも、今日の街を行き来する人達はどこかしらモノトーンがかっていて、氷の国の住人のような青い光に包まれているように気がする。
そんな寒い日の、風の吹きさらしのアーケード街の水色のシャッターの前では、やっぱりお姉さんが歌っていた。
お姉さんはまるで氷の女王のように孤独に、でも誇り高く自分の歌を歌っていた。その姿は理科の実験室にあるバーナーの青白い炎を思わせた。青白い炎は完全燃焼しているから、赤い炎より温度が高いと授業で教わった記憶が浮かび上がってきた。
静かに燃えている炎。
派手ではないけれども触れると火傷しそうな炎。
- 7 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:10
- お姉さんの側を通りかかるときに
「あの人、いつも歌っているね。」と
わたしは、何の気なしに友達にそう言った。
友達はちらっと視線をお姉さんに向ける。
「ああ。あの人、この辺じゃあ結構有名だからね。」
わたしはビックリした。
友達が、お姉さんの事を知っているとは思わなかった。
単なる素人のストリートミュージシャンだと思っていたのに、あのお姉さんは有名人なんだ。
「えっ。あの人、有名なの?」
思わず、声が少しうわずって早口になった。
「元アイドルのストリートミュージシャンだってさ。紅白にも出たことあるらしいよ。」
友達はあまり興味なさそうに前を向いたまま答えた。
「アイドル?なにそれ。」
友達はマフラーを首に巻き直す動作と一緒にわたしを見て
「あさ美も、勉強ばっかしてないで少しはテレビを見るとか、音楽とか聴いたら・・・」
と溜め息ともつかぬ声で言った。
おやおや、何だか風向きが怪しくなってきたな。
「モーニング娘。って知ってるでしょ。ASAYANのオーディション出身のアイドルグループ・・・飯田圭織って言ったかな。CDを5万枚、手売りしたらデビューできるとかという企画でデビューして紅白にも出たけど、結局一発屋で終わって、そのままフェードアウト。その後、札幌に戻ってなぜか街頭で歌っているんだってさ。」
友達はそれでも親切に、お姉さんのことを教えてくれた。
- 8 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:12
- 「へえ〜。」
もし手元にボタンがあれば20へえ位は連打していたと思う。
後ろを振り向き、さり気なくお姉さんを見た。言われてみれば、どこか芸能人のオーラみたいな物があるかも知れない。
「でもさ。」
友達は少し言葉を切って続けた。
「一度は芸能界で失敗してるんでしょ。ストリートでいくら歌ってもさ、もう駄目だと思うんだけど。チャンスは掴めないよ。しかも東京とかならまだしも、札幌だしさ。そんなに芸能界に未練があるのかな・・・」
その口調はわたしの思い過ごしでなければ、すこし軽侮の響きが籠もっているように思えた。
わたしには想像すらつかなかった。
お姉さんはどんな気持ちで、毎日あの水色のシャッターの前で歌っているんだろうか。芸能界でのつかの間のスポットライトの輝きを思い出しているんだろうか。
何となく気まずい空気になって、それから駅までほとんど無言で歩いた。
今にして思えば、友達は高校受験という人生の岐路に立っていて(それは自分も同じだが)、一度は夢に「失敗」してなおも夢にしがみついているように見えるお姉さんの姿を見て、自分の現在の境遇に重ね合わせてしまった部分があったのだろう。
願った夢が必ずしも全て叶うわけじゃない。
それは、悲しいことだが人生の現実だ。
- 9 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:14
- わたしが次にお姉さんの前に立ったのは滑り止めで受けた私立高校の合格発表の日のことだった。
学校の先生も塾の先生も
「紺野なら合格間違いなしだ。肩慣らしのつもりで気楽に受けてみろ。」
と太鼓判を押してくれていたし、自分でも入試の出来に自信がなかった訳じゃあない。
でも、校庭の片隅に急造で作られたと思しき粗末なベニヤ板の合格発表の掲示板に貼られた紙の手書きの数字の中には、わたしの受験番号の数字は無かった。
次々とわたしの側を通り過ぎる、合格の喜びの歓声を聞きながら、校門の脇の緑色の電話ボックスに入り、しばらく躊躇してからテレフォンカードを電話機のスロットに差し込んだ。半ば無意識で自宅の電話番号を押す。呼び出し音が一回鳴るか鳴らないかのうちに、母親の声がした。
わたしは電話ボックスのひんやりとしたガラスに背中を押しつけて
「駄目だった。」
とだけ言った。
泣くな。泣くな。と自制しても知らず知らずに涙が溢れてくる。
(こんな所で駄目だったら、本命の公立はどうなるんだろう。)
今まで心の底に封印していた疑問が噴き出してくるのを止められない。
数学のあの問題が。
英語のあの単語が。
いや、正直言って滑り止めだと思ってなめて掛かっていたのかも知れない。
失敗の原因をあれこれ考えてみるが、結果が変わる訳でもない。
- 10 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:16
- あまり気が進まないことだけれども、塾の先生にも結果を報告しなければならならなかったので、地下鉄の駅に向かった。地下鉄の真っ暗な窓の外に映る白黒フィルムの中の登場人物のような自分の顔が、まるで他人のような気がした。
虚ろな目をした女の子。
光と色彩を削げ落とした世界の住人。
台本でも読み上げるように、塾の事務室で教務主任の先生に結果を告げた。いつもは厳しい先生も、妙に気を遣ったように
「そうか。まあ、気を落とさずにな。公立で巻き返せばいいじゃないか。」
と慰めの言葉をいう。その取って付けたような不自然な態度が、何だかわたしをより深く傷つけた。
八つ当たりだという事は分かっている。
先生は何も悪くない。
塾の表通りに面したウィンドウには安っぽいピンク色の造花をつけた短冊に「××君 ○○高校合格」と墨書した物が、早くも目立つように貼られている。
その短冊の中にはわたしも知っている名前が含まれていた。
嫉妬とも悔しさとも分からない感情が湧いてくるのを押さえるために、早足で足下だけを見つめて歩いた。醜い感情に自分自身が囚われてしまうのは嫌だった。とは言っても、理性の力で感情を完璧には抑えらない。自分の心が二つに分裂してしまったような不安定な居心地の悪い気分を持て余していた。傷ついた小動物のように安らぎの場所を求めて彷徨い歩いた。なんだか家には帰りたくなかった。
- 11 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:20
- マックに入る。
ホットココアを注文して二階の窓際の座席に座った。スッティックシュガーの袋を二つ開けて、ザァーと全部ココアの中に放り込んだ。ココアの表面に浮いている渦巻きの中心に砂糖が吸い込まれていった。乱暴にココアをかき混ぜて、一口飲む。甘ったるいと言ってもよいほどの、くどい甘さが舌に残った。
何だか自虐的な気分になり、その甘いココアを半分ほどグイッと飲んだ。まだ熱いココアだ。舌が火傷したようにヒリヒリする。
(何やってんだろう。わたし。)
窓の外の人通りをココアのコップを両手に挟んだままで、ボーと見ていた。
わたしの今の心の雨模様なんて関係ないように、街行く人達は楽しそうで悩みがなさそうだった。
もちろん、みんなそれぞれ、悩みもあるだろうし楽しいことばかりでは無いことは十分に分かっている。自分一人が悲劇のヒロインでないことも。
でも今は、野生の傷ついた獣が巣の中で丸まって傷口を舐めてゆっくりと傷を癒すように、わたしにも何もしないでじっと傷を癒す時間が欲しかった。
心の底に潜っていく。
深い原生林の中の緑の沼だ。
ゆっくり静かに潜っていった。
- 12 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:21
- 気付くと、ココアは完全に冷え切って、窓の外の風景も夜のものにと変わっていた。何時間も放心していたらしい。体を動かすと、ずっと同じ姿勢を続けていたせいだろうか、ギシギシと軋んだ音がした。
残ったココアを飲み干し、空のコップをダストボックスに放り込んだ。
冷え切ったココアは甘さがよりあからさまで、嫌な感触がいつまでも舌の上に残った。
マックを出ると、いつもの習慣で無意識に足は狸小路のアーケード街に向かっていた。いつもの地下鉄の駅に向かう道。
その途中の水色のシャッターの前では、やっぱりお姉さんが歌っていた。
一人も観客がいないのに、そこだけスポットライトが当たっているようだった。
オーラ?
初めて見たけれども、あれはオーラというものだろうか。
お姉さんは昔にアイドルをやっていたと友達が教えてくれたが、芸能人になるような人は生まれた時から光を纏っているのかな。
誘蛾灯に誘われる夜の羽虫のように、わたしはひかりのある方へと惹きつけられていった。
- 13 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:22
- 初めてお姉さんの前に立った。
近寄ってみるとやっぱり背が高い。
そして目に力があって強く大きい。
お姉さんはわたしに軽くウインクして歌い続ける。
しばらく、わたしはバカみたいに突っ立って、お姉さんの歌を聴いていた。
ポカンと口を開けていたかも知れない。
(これじゃあ、まるでMAKOTOみたいだ。)
MAKOTOというのは札幌出身のアイドルバンドのZONEでドラムを叩いてる女の子だ。地元のタレントスクールに通っていたらしい。この子がいつも(ドラムを叩いている時も、トークの時も)口をポカーンと開けているので有名だった。ZONEのことは、芸能界に疎いわたしでも、札幌ローカルのテレビ番組も持っているし紅白や歌番組の常連なので流石に見聞きして知っていた。
確か、MAKOTOもわたしと同じ歳だったと思う。
「ふう。」
お姉さんは小さく吐息をついて、傍らのペットボトルのお茶のキャップを開けて飲んだ。小休止といったところだろうか。ギターも肩から外して、シャッターに凭れかけさせるようにして置いた。
お姉さんは軽く微笑んでわたしに視線を向けて、
「紺野どうした。元気が無いな。悩みでもあるのか?」
といきなり語りかけてきた。
- 14 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:24
- わたしは心臓が本当に止まってしまうかと思うくらいビックリしてしまった。
何でわたしの名前を知っているの?
どうして、今日のわたしが悩んでいることを知っているの?
頭の中が混乱して上手く考えがまとまらない。
(どうして、お姉さんはわたしの名前を知っているのだろう。)
グルグルと同じ事ばかりを考えた。
わたしが、鳩が豆鉄砲を食らったみたいに呆然とお姉さんの前に立ちすくんでいると
「はははは、びっくりした?名札。胸の名札だよ。」
お姉さんは今まで見たこともないような、おどけた笑顔を見せてわたしの胸の学校の名札をツンと指でつついた。
案外にひょうきんな性格な人なのかも知れないと、その時ふと思った。
そう言われれば、そうだ。
今日は学校の制服を着ていたんだ。胸の名札もいつもの習慣で付けっぱなしだった。分かってみれば何ということもないが、一瞬はお姉さんはひょっとして超能力者?なんて思ってしまった。悩みがあるかと指摘されたことも、今日のわたしの様子では、誰がどう見ても顔色も悪いし、悩みがあるだろうことは勘のいい人ならバレバレの丸分かりだろう。
「ああ。名札。」
わたしは間抜けな返事をする。後で思い返せば、もっと気の利いたことも言えたと思う。
- 15 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:26
- 「紺野ちゃんか。」
再びギターを持ち直して、ペットボトルを足下に置いた。
「紺ちゃんに応援歌を歌ってあげるよ。圭織が一番好きな曲なんだ。」
お姉さんはしばらく目を瞑って、精神統一していた。
「・・・久しぶりだから。うまく歌えるかな。」
独り言を呟く。
ギターの弦を爪弾いて、しばし音合わせをした後で、それは静かに始まった。
♪朝の日差しちょっと眩しいけれど、始まるわ。この場所で・・・・
夢。希望。未来。
明るく暖かい光に満ちていた。
今まで自分が生きていた中で一番幸せだった記憶を思い出させるような歌声。
寒くて吹きさらしの狸小路のアーケード街の、その一角だけが穏やかな春のタンポポ色の日差しに満ちていくように感じられた。
- 16 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:28
- ♪どこにだってある花だけど、風が吹いても負けないのよ。
どこにだって咲く花みたく、強い雨が降っても大丈夫。
ちょっぴり弱気もあるかも知れないけどタンポポのように光れ。
サビの歌詞を聞いた瞬間、自分の中にあった頑なな部分が、まるで春の陽光に溶けた氷のように、消え去っていくが分かった。そして、まるで雪解け水みたいに次から次へと押さえていた感情が沸き上がってきた。
いつのまにか泣いていた。
いや、号泣していた。
視界がぼやけるほど、豪雨の日みたいに涙が溢れてきた。
頑是無い子供みたいに、
迷子の子供みたいに、
しゃくりあげて泣いていた。
「歌」の持つ力。
言霊の力。
真っ直ぐに言葉が心の最も柔らかい部分に届いてくる。
- 17 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:31
- いつの間にか、歌が終わっていたらしい。
お姉さんは、わたしが意外な反応をしたので少し戸惑った表情をしていた。
でも、
「泣きな。思う存分泣けばいいよ。涙は心を掃除してくれるからさ。心がすっきり掃除されれば、きっと嫌な事も忘れられるよ。」
と、わたしの頭を撫でてくれた。すこしひんやりとした長い指の感覚が頭のてっぺんに伝わってきた。
お姉さんはたぶん自分の中に水準器を持っている人なんだと思う。
どんな状況になっても、自分を見失わずに平熱でいられる人なんだろう。
わたしが突然泣き出してしまっても、見守る者に徹してくれた。
必要以上に同情することもなく、かと言って変に意識することもなく、ただ側にいる者として在ってくれた。
しばらく泣いただろうか。
自然に涙が止まってみると、お姉さんが言ったように体も心も軽くなっているのが自分でも分かった。
泣き終わって我に返ってみると、人目もはばからず往来で泣いたことが、なんだか恥ずかしくなって
「ごめんなさい・・・」
と身を縮めて謝った。
- 18 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:33
- お姉さんは
「ん。別に気にしてないよ。泣きたいときは泣くのがいいんだ。わたしは飯田だけど。」
えっと、それはいわゆるオヤジギャグってやつですか?
なんで、そこでオヤジギャグを言うかな・・・。感動の場面だと思うけど。
わたしは、ぷっと吹き出した。雰囲気がいっぺんに柔らかい物に変わる。
ひょっとしたら、深刻な重い空気を和らげるためにわざとベタなギャグを言ったのかな。
深刻ぶって自分だけが悲劇のヒロインだと思い詰めたところでいいことは無いもんね。
「じゃあ、どうもありがとうございました。」
わたしはペコリと挨拶する。
お姉さんは口を歪めているのか、微笑んでいるのか少し微妙な笑顔で
「うん。よかったら、また聞きに来て。いつもここで歌っているから。」
と腰の辺りで、手をバイバイの形で振った。
しばらく行った所で振り向いてみると、お姉さんはまた一人で歌っていた。
その姿は、昔に一度だけ見たことのある函館のトラピスト修道院の聖母子像に似ている気がした。聖母マリア様がお姉さんで、その胸に抱かれている幼子がわたしだ。
いや、わたしだけでは無いのかも知れない。
お姉さんの歌を聴く全ての人が、お姉さんの胸に抱かれている。
子守歌の響き。
聖母の温もり。
- 19 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:35
- 思いついて、家の近くのブックオフでお姉さんのCDを買った。
100円コーナーに無造作に並べられたCDの山の中に『TANPOPO 1』という名前を見つけられたときは嬉しかった。いまより少し若いお姉さんは、濃い化粧をしていて、艶めかしいドレスを着てCDのジャケットに三人で収まっていた。
矢口さんという人と石黒さんという人の三人で活動していたんだということが分かった。この三人で紅白に出たのかな。
レジに鼻息も荒く税込み105円のCDを持っていく自分も後で思い返すと変だったろうなと思う。
家に帰って、自分の部屋のベットに寝転んでお姉さんのCDを聞いてみた。
ヘッドフォンをした耳に高い声、中くらいの声、低い声のアンサンブルが心地よい。秘やかな、極私的な、閉じた世界。
ゆったりとゆっくりとした世界。
わたしはお姉さんの歌声に救われた、と思う。
いつの間にかわたしはヘッドフォンをしたまま眠ってしまっていたらしい。
その夜、わたしは夢を見た。
おねえさんと一緒にどこか大きな場所で歌っている夢だ。会場には無数の赤や青や黄色や白のホタルの光のようなものが波みたいに動いていた。
そこでは、お姉さんの観客は数千人、いや一万人くらいはいたかも知れない。
もう、お姉さんは寒い吹きさらしの狸小路のシャッター前で歌わなくてもいいんだ。
見ているお客さんだって、ほらこんなに一杯いるよ。
- 20 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:37
-
□ ■ □ ■
『うちらデビューしてから一年位たって、一度ダメになりかけたんです。そして奇跡的にラブマシーンで復活したんで、ラブマは第二のデビューって呼んでるんです。』
- 21 名前:39 fairy tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:39
- □ ■ □ ■
「わたし達だいじょうぶですかね。」
石川さんが声を潜めて囁いた。
「だいじょうぶって、何が?」
海鞘の酢の物に伸ばしていた箸を止めて飯田さんが訊いた。
おとめコンの打ち上げの席だった。スタッフがせめて打ち上げの時くらいは自由にさせてあげようと気を利かしたか、娘。メンバーとスタッフ、マネージャーは別々の個室で打ち上げをしていた。だから、今は「身内」だけでオフレコな話ができる。
「なんか最近、モーニングって『斜陽』だと思うですよ。テレビのレギュラーもどんどん減ってるし、特番も無くなったし、歌番組に出ても昔に比べて持ち時間が減っているじゃないですか。」
石川さんは心に溜まっていた物を全部吐き出すように喋り続けた。
「コンサート会場もどんどん狭くなってますよね。おとめとさくらのコンサートを始めてから・・・・。横浜アリーナとかなら軽く一万人は越すのに、今日の会場なんて2000人いってるんですかね。このまま、わたしたちは落ちていくのかな、なんて。」
- 22 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:41
- 「石川っ。」
飯田さんの声が少し尖る。
田中ちゃんや道重ちゃんはふたりのやり取りを体を硬くして聞いていた。
こういう時の藤本さんは、積極的に話に加わるでもなく、さりとて無関心なわけでもなく、さり気なく相槌を打って悠然とビールを飲んでいるから大したものだと思う。
あたしとのんちゃんはひっそりと互いの顔を見合わせ、目配せで(困ったね。)と言い合っていた。
「真剣に話しているんですよ。」
今日の石川さんは何故かしつこく食い下がった。
「モーニングの未来について話しているんです。わたし達、四期が入った頃は初コンサートだって武道館だったし。テレビ番組だって週に何個もあったのに今はハロモニくらいじゃないですか。レギュラーと言えば。」
(でも、それを言えば六期のデビューは埼玉スーパーアリーナで武道館の数倍のキャパだよなぁ。それから今時、テレビで冠番組を持っているアイドルなんてモーニング以外にはSMAPさんくらいだし、別に落ちてるって程じゃあ、ないと思うけどなぁ。)と思ったが口には出さなかった。
「石川。それから、みんなにも言っておくよ。」
飯田さんは改まったように姿勢を正して、メンバーを見回した。
「説教臭いことを言うかもしれないけど、これもリーダーとしての勤めだからごめんね。」
飯田さんが表情を引き締めて、次の言葉を頭の中で探るように少し上目遣いになっているのを、あたしは息を詰めるようにして見ていた。
- 23 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:43
- 飯田さんが口を切る。
「裕ちゃん。なっち。あやっぺ。明日香。そして、わたしの五人はCDを手売りするところから始めたのは知っているよね。大阪、福岡、札幌、名古屋。頼み込んでポスターを貼らせて貰ったりもした。雪が降っていたり、風が強かったりした日もファンの人達ひとりひとりの目を見て握手してCDを売った・・・苦労を自慢しているわけじゃないよ。それをやってみろと言いたいわけでもない。モーニングは、そういう所から始まったんだ。5万枚。たった5万枚だよ。そんな苦労をして手売りした枚数は5万枚だったよ。最初は5万枚すら無理だ不可能だと言われた。ミリオンなんて夢の彼方の夢だった。」
飯田さんは少し涙ぐんだみたいだった。
なにかを思い出したのか声を詰まらせたけど、軽く横を向いて体勢を立て直した。
「確かに、ここのところ色々あった。なっちも卒業したし、ののやあいぼんも卒業する。でもね、これだけは忘れないで・・・」
飯田さんは真剣な目をしてみんなを一渡り見回した。
- 24 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:45
- 「例えて言うなら、今は午後三時の光だと思うよ。お昼の太陽が空のてっぺんにある光とは違う。夕暮れの、斜陽の気配が漂っている。しかし、まだ日差しは明るいしアフタヌーンティーの時間だよ。頂点の時間だけを見てきた石川には日差しが陰ったように見えるかも知れない・・・でも、この昼下がりの穏やかさこそが、一番に大切にしていかなければならない事だと思うよ。特に夜明け前の、いつになったら日が明けるかすら不安だったオリメンの圭織には、そう強く思うよ。何万人の人を集めたという記録を競うことよりも、お互いに顔が分かる距離でコンサート出来る環境がずっとずっと続いていくことが、わたしたちモーニング娘。にとっても、お客さんにとっても幸せなことじゃないかな? できるだけ、この午後三時の光を維持していくことが、娘。にもファンにとっても幸福な時間を共有できることじゃないかな?」
正直言って、あたしには飯田さんが言っていることが正しいのかどうかは分からなかった。未来を確実に知り得る人間はいないのだし、娘。が下降気味であることは事実だ。しかし、別の見方をすれば一時期の過熱状態から、ゆっくりと時間を掛けて色々な物に取り組める余裕ができたとも言える。
ファーストフードの早くてそこそこの味から、専門店のゆっくりだけど旨い味になれるかも知れないということだ。
- 25 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:47
- 「圭織は、たとえ一人でも聞いてくれる人がいるなら歌い続けていくよ。みんなもやれとか言わないし、ひとりでも歌うことに賛同してくれなくてもいい・・・ごめん、少し感情的になっているかな・・・お金とかCDの売り上げとかじゃなくて、わたしたちの声や歌が、明日もまたちょっぴり頑張ろうというエネルギーを聞いてくれる人に分けられたらと思うんだ。そういう祈りにも似た気持ちを、わたしは、オリメンの5人はデビューした時から持っているんだ。」
- 26 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:48
- 未来は常に未知だから未来なのだ。
このまま黄昏を迎えるのかも知れない。
白夜のように永遠の昼が続くのかも知れない。
MC・・・
My comedian.
My chance
My challenge
My communication with you
My coming true of the fairy-tale dreams.
Good-bye.
- 27 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:49
- 恥の多い
- 28 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:49
- 人生を
- 29 名前:39 fairy-tale dreams 投稿日:2004/03/20(土) 11:50
- 送ってきました。
- 30 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
- このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。
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