38 脱化
- 1 名前:38 脱化 投稿日:2004/03/20(土) 01:36
- 38 脱化
- 2 名前:38 脱化 投稿日:2004/03/20(土) 01:42
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親になるのは終身刑みたいなもんやな。
私と圭織と矢口の三人、そしてつんくさんで御飯を食べた時だったと思う。
どういった経緯でそんな話になったのかは覚えてないが、つんくさんが酔ってそう漏らした。
どういうことですか、という矢口のつっこみに、つんくさんは笑っていた。
プロデュースと親心は似たもので、つんくさんと私達は一蓮托生なのだと。
私には、よく意味がわからなかった。
酔っていたと言っても、私と矢口はお酒をあまり飲まない。
圭織とつんくさんが、形だと数杯ずつ飲んでいただけだったから、さほど酔いは回っていなかったように思えた。
それでも、つんくさんのテンションは高かった。
私達との時間が妙に古めかしく、大人になった私達が改めて嬉しかったのだろう。
懐かしい思いに駆られて、気が緩んでいたのかもしれない。
- 3 名前:38 脱化 投稿日:2004/03/20(土) 01:42
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その時、私は思った。
子は親を選ぶことはできない。
デビュー前の私達5人には、つんくさんしかいなかった。
逆に言えば、つんくさんは私達を放り投げることだってできた。
そういう選択肢だってあったのだ。
- 4 名前:38 脱化 投稿日:2004/03/20(土) 01:43
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1月25日
一度目の公演が終わり、あと数時間で娘。としての安倍なつみが終わる、そんな時。
ふと一人になりたくて、どこか別れを振り払うように笑い合うみんなと、
私を執拗に追うカメラが注意を逸らす一瞬を見つけて、私はそっと輪から離れた。
とは言っても、一人になれる場所なんてそうはなく、トイレの個室で座っていた。
私は、この時の感情が未だによくわかっていない。
どんなに自分の中の思いを整理しよう、留めておこうと思っても、
次から次へと湧き上がる情懐に、ボロボロと剥がれていく娘。の殻に、
私はちょっとした放心状態でいたような気がする。
- 5 名前:38 脱化 投稿日:2004/03/20(土) 01:43
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ここで閉じ篭っていても埒が明かないと、みんなのいるところに戻ろうと思った。
念入りに手を洗い、トイレから出ると、ばったりつんくさんに会った。
つんくさんが来る予定はなかったので、私はその来訪を純粋に喜んだ。
「つんくさーん、来てくれたんですか」
「ちょっと時間ができてな。卒業おめでとう」
興奮する私とは対照的に、つんくさんは口元に笑みだけを浮かべて、サングラス越しに私を見ていた。
私がありがとうと返す間も作らせず、何かを振り返るように、つんくさんは続けた。
「安倍にはいい夢見さしてもらったなぁ」
「え?いや、まだまだこれからですよ」
「当たり前やがな。今日までの感想やっちゅーの」
つんくさんは悪戯っぽく、口元に浮かべたままの笑みをぐいと引き上げた。
正直、私はつんくさんのそういった仕草が好きじゃない。
人を食ったような、もったいぶった態度も嫌いだ。
- 6 名前:38 脱化 投稿日:2004/03/20(土) 01:44
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「なぁ〜んだ」
私は多少の苛立ちはあったが、とぼけた顔して笑って流した。
「まあ、安倍、ありがとな、ってことや」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「こっちこそ。本当にありがとう」
つんくさんは、満足そうに頷き、私の肩にそっと手を置いた。
- 7 名前:38 脱化 投稿日:2004/03/20(土) 01:45
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つんくさんは、他にも用事があるからと、ステージ裏へ足早に消えていった。
途中、事務所の人間と擦れ違ったが、目も合わせなかった。
私はそれを見て、大きく溜息を漏らした。
つんくさんとうちの会社は、現在は小康状態にあるものの、幾度となく衝突を繰り返している。
事務所としては、LOVEマシーンの頃と変わらない体制で臨んでいる。
それでも売れないのは楽曲のせいであるとして、つんくさんを責め、詰り、時には嘲るようにして、追い詰めている。
つんくさんもつんくさんで、ビジョンはあるものの、事務所の意向を突っ返すほどの楽曲は滅多に仕上がらず、注文されるがままに曲を書いている。
つんくさんの想像から落ちてくる現実は、少しも心に響かない。
- 8 名前:38 脱化 投稿日:2004/03/20(土) 01:46
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私は、どっちもどっちだと思っている。
無策に近い事務所には呆れ返っているし、
新しいものを生み出すことに固執するつんくさんは愚かだ。
そして、事務所の思惑と、つんくさんのヴィジョンの折衷は、
安っぽい些細な変化にしかならないのだから。
事務所の意向はどうとして、つんくさんの抵抗は、私達の枷になっている。
そういった意味では、私はつんくさんを憎んでいる。
圭織と矢口も、私と似たようなジレンマを抱えていると言っていた。
それは恐らく、年長メンバーのほとんどはそう感じているだろう。
- 9 名前:38 脱化 投稿日:2004/03/20(土) 01:48
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思えば、前に、もう何年も前だが、芸能界に復帰した紗耶香が言っていた。
偶然会ったんだけど、つんくさん、別人みたいだった、と。
その通りなのだと思う。
昔のつんくさんがあるから、私はまだつんくさんを好きでいられるのだ。
おかしな言い方だが、情が移ってしまっている。
モーニング娘。への愛と混同してしまいそうなくらいに。
そういった意味では、もはや今のつんくさんは、
憎悪の対象となっている、と言っても差し支えないかもしれない。
少なくとも、今考えることではない。
仲間の姿を見つけると、私は気持ちを切り替えた。
- 10 名前:38 脱化 投稿日:2004/03/20(土) 01:49
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Dancing Singing Exciting!!
最後の掛け声の後、私は隣にいた圭織と裕ちゃんに、つんくさんに会ったことを話した。
二人のところにもつんくさんは来てたみたいで、それぞれに二言三言、声を掛けていったらしい。
ちなみに、ごっちんは会わなかったと言っていた。
本番直前だったということで、それ以上は話題にならなかった。
- 11 名前:38 脱化 投稿日:2004/03/20(土) 01:52
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公演が終わり、感動の余韻もそこそこに出演した矢口のラジオが終わった。
私は矢口を支えるようにしてブースを出ると、マネージャーが待っていた。
「つんくさん、自殺したみたいです」
聞き取れなかったというよりは、頭に入ってこなかった。
耳に入った言葉を何度も反芻してみたけど、やっぱり意味は掴めなかった。
「今日の朝、正確には昨日か・・・」
マネージャーがそう言って、メモを確認した。
「1月25日、午前6時46分。青酸化合物による服毒自殺。遺書も発見されている」
いつの間にか自分で立っていた矢口は、顔面蒼白というよりは、生気が抜けて白かった。
「今日、つんくさんに会いましたよ?最終公演の前に。嘘ですよね?」
マネージャは困惑した顔を見せたが、すぐに首を静かに振った。
- 12 名前:38 脱化 投稿日:2004/03/20(土) 01:52
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親になるのは終身刑。
どんな人間だろうと、親は親。
つんくさんは、ここまで私達を導いてくれた。
恩ある人で、この世界でのお父さんのような人であることは間違いない。
つんくさん、ありがとう。
- 13 名前:38 脱化 投稿日:2004/03/20(土) 01:54
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- 14 名前:38 脱化 投稿日:2004/03/20(土) 01:54
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- 15 名前:38 脱化 投稿日:2004/03/20(土) 01:54
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