36 ゼロ

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/19(金) 09:05

36 ゼロ
2 名前:36 ゼロ 投稿日:2004/03/19(金) 09:06
陽は燃える。
陽は燃やす。
陽は全てを消し去る。
まるで初めから何も無かったかのように。

近付きさえしなければ陽は美しく燃えて見える。
遠くから見ているだけなら神秘的な光と共に多くの感動を与えてくれる。

陽は美しい。
だが滅び行くものにもなる。
3 名前:36 ゼロ 投稿日:2004/03/19(金) 09:08
☆☆☆☆☆☆☆

地球に残った唯一未開の土地。
22世紀になった今、そこが未開の土地としてまだ残されている理由として、
いくつかのことがあげられている。
ひとつには、開拓をする魅力がその土地には何も無さそうだということ。
ひとつには、そこへ向かった者はみな帰って来なくなるということ。
その他にも、そこには悪魔が棲んでいるとか、そこは地獄への入り口と伝えられていたりする。
以上のように、様々な理由はあげられるが、結局のところ、
開拓をする資金があれば自身の財産を豊かにしたいという考えから、
未開の土地がそのまま残った状態になっているということだ。
4 名前:36 ゼロ 投稿日:2004/03/19(金) 09:10
☆☆☆☆☆☆☆

円状の筒になった空間の中で、突然声が聞こえた。
筒の中で多方向に反射するその声は何に、誰に向けられたものなのか。

―Nozomi okinasai
―Nozomi okinasai

何度も何度も繰り返される声。
ロボットなんかの無機質な音声ではなく、どこか温かみのある優しい声。

―Nozomi gohannukiyo
―Nozomi okashinukiyo

だけど時間を置くと、声質は変わらないものの内容は変わっていた。
声が聞こえだしてから30分が経ってもその空間に動く物体は見られない。
一体何に、誰に向けて言っているのだろうか。

―良く見ると、その空間の壁の色―白―と、全く同じ色で統一された家具やベッドなどが
確認することが出来た。そしてそのベッドの中からもぞもぞと黒い何かが少しだけ出てきた。
5 名前:36 ゼロ 投稿日:2004/03/19(金) 09:11
―Nozomi ―ブツッ
「かおりんうるさいぃ〜!!」
少しだけ見えた黒い物体は、白い布団を蹴っ飛ばすと、手に持ったリモコンを押した。
両手を上げ、うきゃー!!と奇声を発して大きく伸びをした。
そしてベッドからピョンッと飛び降りると、スタスタスタと歩き、その空間から出て行った。

―Nozomi ohayou

「おはようかおりん」

―Nozomi kyoumoiikonine

「わかってるよー。そとにでないでここにいたらいいんでしょ」

―Nozomi nanikaareba …ganbarunoyo

「わかってるよー。しゅっぱつしたらいいんでしょ」

円状の空間から出るとそこはまた同じような円状の筒のような空間。
その空間で、Nozomiと呼ばれた年齢の分かりにくい容姿をした、
恐らくは15,6歳であろう少女が、どこかからか聞こえてくる先ほどと同じ声に返事をしていた。

時々、声と返事が重なることから、そのやりとりがリアルタイムではないことが伺えた。
「かおりん」と呼ばれた声の持ち主が「Nozomi」と呼ばれた少女に話しかけ、返事をする。

日常のことのようだ。
6 名前:36 ゼロ 投稿日:2004/03/19(金) 09:13
少女は「かおりん」の声を聞き終えると、部屋の隅に置かれた四角い箱―冷蔵庫だろうか―
から何かを取り出して真ん中のテーブルへと運んだ。
どうやら食事をとるようだ。
どこの国にもどこの家庭にも今や必ずあるテレビなどはなく、真っ白な壁だけがそこにあった。

空間には、開けることの出来る窓や、外の光を通す小窓さえもなかった。

食事を終えたNozomiは、元居た部屋へと戻ると、
やはり分かりにくい壁と同じ色の白い本棚からたくさんの本を抱え出すと、
ベッドへと運び、それらを読み出した。

本の内容としてはほとんどが童話。
また、平仮名で書かれた「ちゅういじこう」
それにはチラッと目をやって横へ置き、読むことはしなかった。

そして時間は経ち、夜ご飯の時間を告げる「かおりん」の声が聞こえた。
隣の空間へと移動をし、冷蔵庫から食事を取り出して頬張る。

時間は過ぎ、就寝を告げる声が聞こえた。
Nozomiは、出入口の覗き穴をじぃっと覗き込むと、
うきゃー!!という奇声を発してベッドのある空間へと戻って行った。

―Nozomi oyasumi

「おやすみー」

毎日毎日Nozomiの生活は変わることがなかった。
「かおりん」に起こされ、「かおりん」におやすみを言って眠りにつく。
それがNozomiの毎日だった。変わる事の無い平凡なのほほんとした生活だ。
平凡すぎて物足りない毎日だった。
7 名前:36 ゼロ 投稿日:2004/03/19(金) 09:15
☆☆☆☆☆☆☆

ある日のこと。

眠る前にいつものように出入口の覗き穴をじぃっと覗き込んだ。
うきゃ…!きゃ?!いつもなら「うきゃー!!」と
奇声を発するところなのだが、今日は違っていた。
覗き穴から見える暗闇の中に、キラリと光る何かを見つけたのだった。

光った何かは、少しずつNozomiの方へと近付いてきたのだった。
歩くというよりは這うような動きをして。
じわりじわりと近付いてきたそれは、目の前までたどり着くと、
ドンッとドアを押しつけた。
ぶつかったそれがなんなのか分からなくて、怖くなったNozomiは走ってベッドへと飛び乗ると、
すごい勢いで布団をかぶった。

「やだやだやだやだやだやだやだやだっ。のーいいこだもん、かおりんのいうことまもってるもん」

ブツブツブツブツと呪文のように繰り返し何かを言っていた。

ドンッ

「うきゃー!!やだやだやだおかしあげるからあいすもあげるからやだやだやだっ」

ドンッ

数回続いたドアを押すような叩くような音も聞こえなくなった頃、
Nozomiは眠りについていた。

翌日、昨夜の事を思い出したNozomiは起きて真っ先にドアの傍へと向かった。
そして覗き穴を見た。

「あしっ?!」

見えたそこには、人間の足のようなものが見えており、訪問者だったことが分かった。
8 名前:36 ゼロ 投稿日:2004/03/19(金) 09:16
「どうしよ…」

「かおりん」に出るなと言いつけられているNozomiは少しの間迷い悩んだのだが、
その物体がピクリとも動かない事に安心をしたのか、あるいは、毎日同じ本を読み、
同じ生活を繰り返すことに嫌気が差したのかは分からないが、
ドアを開ける決心をした。

念の為にとお菓子を持ってドアを開ける。
お菓子でいざというとき見逃してもらおうと考えたのだろうか。

そろそろ〜っとドアを開け、物体を見ると…

「…おんなのこ?」

Nozomiはその物体が同じ人間であることを理解し、
また、弱っていることにも気付き、中へと招き入れることにしたのだ。
触れた体はとても冷たく、破けたジーンズから覗く太股に赤黒い汚れが見えていた。
その汚れに一瞬気をとられたNozomiだったが、
自分の体と比べて肌の温かさが全然違っていることにすぐに意識が行き、
自分のベッドまで抱えて運ぶと、温かい毛布をかけ、
そのボタンを押すと「あたたかくなる」と覚えているボタンを押し、
暖房を入れて少女が温まるのを待つことにした。
9 名前:36 ゼロ 投稿日:2004/03/19(金) 09:17
「のーんちのかべみたいにまっしろだぁ」

ベッドにうずくまる動かない少女を見てNozomiはポツリと声を漏らす。
「かわいいな…」

「かおりんとなんかにてる…」

しばらく見ていたNozomiだったが、しばらく起きる気配がないと悟り、
自らの食事をとるために隣の部屋へと移動をした。
そしてしばらく経ち、隣の部屋で何かが動く物音がして、Nozomiはすっ飛んで行った。
すると、さっきまで冷たくなっていた少女が体を起こし、Nozomiの方を見ていた。
Nozomiは初めてみる「かおりん」以外の人間に何を話せばいいのか分からずに、
じぃっと見つめることしか出来なかった。
―のだが、少女が咳き込んで苦しんだことでそうも言ってられず自然と会話をすることになった。
10 名前:36 ゼロ 投稿日:2004/03/19(金) 09:18
少女の名前は「安倍なつみ」
先に説明をした開拓の話を覚えているだろうか。
少女の実家は代々開拓を生業として生きてきた家系なのだそうだ。
今回もまたNozomiの暮らす未開の土地を開拓するためにやってきたというのだ。
家族でたどり着き、様々な出来事―自然災害に巻き込まれたり、
不可思議な出来事に巻き込まれたり―
そんなことを繰り返すうちに少女だけになってしまったというのだ。
少女もまた足に怪我を負っており、まともに歩く事が出来なくなっていた。
Nozomiの所へたどり着けただけで儲けものだったという。
途中で家族を次々と失ったことに関してはそういう仕事だから悲しみは少ないと言った。
これは少女がNozomiに聞かれたわけでもなく自分から話したことである。

Nozomiには何を言っているのか意味は分からなかった。
ただ、自分ひとりしか居なかった毎日から抜け出せるかもしれないということに喜びを感じていた。

「なっちん?」
「なっちだよ」
「なっちん」
「好きに呼んでいいからね」

「のぞみ?」
「のーだよ」
「のの?」
「のー」

家族を失ってひとりぼっちになったなつみと、
やっとひとりぼっちから解放されたNozomiが仲良くなるのにそんなに時間はかからなかった。
11 名前:36 ゼロ 投稿日:2004/03/19(金) 09:20
なつみは、Nozomiの知らないことをたくさん知っていた。
世の中にはテレビという機械があって、小さな箱の中に人がいるということや、
電話という、声を配達する機械があることなど。
そのひとつひとつ、全てがNozomiには新鮮で、ワクワクするものだった。
たくさんあった本では伝えられなかった難しい感情や、書かれていなかった言葉を教えた。

また、なつみはとても可愛らしく、笑顔の素敵な少女だったため、
Nozomiはなんと呼べばいいか分からない感情を抱くようになっていた。
朝、隣で眠るなつみを見ると胸がドキドキし、手を繋いで眠るときは緊張をして眠れない日があったり、
なつみの笑顔を見ることがNozomiの幸せとなっていた。

なつみが現れてから1週間程度のことではあったのだが、
他にすることも、他の誰かがいるわけでもなかったふたりには、
何週間にも、何ヶ月にも感じられる時間だった。

そして3週間ほど経った頃。
なつみが食事をしにくそうにする日があった。

苦しそうに呼吸をするようになり、また、少し経つと、
笑顔が引き攣っていることもあり、何かがおかしいことがNozomiにも分かった。

Nozomiは自分が原因でそうなっていると心配をしたが、なつみには分かっていた。
足の怪我を治療することなくほったらかしにしておいたことを。
それが原因で破傷風になっていることを。
なつみは、自分の命が短いことを悟り、あがき苦しむことはしなかった。
12 名前:36 ゼロ 投稿日:2004/03/19(金) 09:22
その日からポツリポツリとなつみは毎日同じ事をNozomiに言った。

「夕日が見たいなぁ…」

窓は無いので、見えるはずもないのだが、ドアの方を見て毎日そう言うのだった。
Nozomiに「夕日」という言葉は理解できなかった。
なつみに聞いても見せることが出来ないので説明出来ないといわれていた。
「太陽が沈むときなんだけど…」としか言わなかった。

「ゆうひがどおしてみたいの?」

Nozomiは聞いた。
夕日がなんなのか、どういうものなのかも分からないNozomiには、
なつみが何度も言う夕日が気になって仕方がなかった。

Nozomiがそう言うと、
「なっちの住んでたところはね、とても寒いところでね、空気がすっごくきれいだったの。
そこでみる夕日はすごく綺麗で、…すごく温かくて…すごく希望の光に見えたの。
何かが、新しい何かが起こりそうな色でさ、ドキドキしてさ、…わかんないよね」

なつみはどうして夕日が見たいかを説明するのだが途中で
「分からないよね」と言って最後まで話さないのだった。

Nozomiには、なつみが夕日を見たい理由が分からなかったが、
すごく夕日が見たいということだけは理解していた。

それから数日後、なつみは息を引き取った。
13 名前:36 ゼロ 投稿日:2004/03/19(金) 09:24
Nozomiが起きたとき、隣ではいつものように眠るなつみの姿があった。
いつもとなんら変わりは無いなつみ。
Nozomiが寝ているときに窒息死をしたようだった。

いつまでたっても起きないなつみに痺れを切らしたNozomiは、
耳元で声をかけてみたり、大きな声で歌ってみたり、
上に乗っかって揺さぶってみたりと、起こそうと色々なことをした。
だが、もちろんなつみが動くことはなかった。

なつみが死んだということが分からないNozomiは、
起きている時になつみの言っていた言葉を思い出す。

「夕日が見たい」ということを。

Nozomiは夕日をまた見せることが出来たらなつみが起きると考えたのだった。
「かおりん」の言いつけどおりそこから出ることも出る術も知らないNozomiは、
あることを思い出した。

ベッドのある部屋から一冊の本を取り出し、読み出した。
14 名前:36 ゼロ 投稿日:2004/03/19(金) 09:25
そこにはこう書かれてあった。

@いきさきをふきこんだらじどうてきにうごきます
Aもくてきちにつくまでとまることももどることもできません
Bつぎうごくまでにいちおくこうねんまたないといけません

書かれている内容を理解したのかどうでもよいと思ったのか、
Nozomiは行き先を吹き込む部屋へなつみを連れて移動をすると、
マイクに向かって吹き込んだ。

「ゆうひ」

吹き込むと同時にブーというエラー音が鳴った。
どうやら、夕日は情景であって場所ではないため指定出来ないということらしかった。
それならと次に吹き込んだのは、

「たいよう」

吹き込むと同時に、円状の筒はグラグラと揺れ、
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…と大きな音を立てて
地中から空へと飛び出すような重力をNozomiの体へ伝えた。
15 名前:36 ゼロ 投稿日:2004/03/19(金) 09:27
それもそのはず、Nozomiは宇宙へと一瞬にして飛び立っていたのだった。
Nozomiの居た筒は宇宙船だったのだろうか。
筒の抜け出した穴に青い海にわずかしかない緑を見る事もないままに飛び出していた。

「どうなってるんだろ…」

今自分の身に何が起きているのか全く把握出来ないNozomiは、
なつみの傍へ行くと、手を握り、

「ゆうひみせるから、おきてね」

と言った。

地球を飛び出していくつかの小さな星に大きな星を通り過ぎた頃、
Nozomiは体に違和感を感じた。
キョロキョロと辺りを見回して首を傾げる。

「ちょとまってて」

なつみの傍を離れ、押すと温かくなるボタンが作動しているかの確認をしにきた。
ボタンは押されてはおらず、自分の身に感じる違和感がなんなのか、謎がとけなかった。
謎はとけなかったがなつみの元へと戻り、前方に見えた赤い燃えたぎるような物体を見つけた。
見つけたというよりはごく自然に目に入って来た。
それはとても強大で、とても力強いものだとNozomiには分かった。

宛て先指定をした「たいよう」が見えていることを知らせる機械音が鳴り、Nozomiは首を傾げる。

「…あれが…?」
16 名前:36 ゼロ 投稿日:2004/03/19(金) 09:29
まだ遠くに見えているだけのその物体が、なつみの見たかったものなのだろうか?
船内も体も少しずつ少しずつ熱くなっていくのを感じ、
「すずしくなる」と記憶しているボタンをNozomiは押した。
だが、機能はほとんど役立たなかった。
それほど船内は熱く、蒸し焼きにされるような気分を感じていた。

「なっちん!」

目の前に見える物体がなつみの見たかったものではないのかもしれないけど、
なつみを起こそうとするNozomi。
ガクガクと揺さぶっても大きな声で叫んでも叩いても
なつみは目を開けることは当然ながらしなかった。

噴出す汗に呼吸がしにくい船内。
何も考えられなくなるような熱さにNozomiは意識を失った。

―なっちん…

―たいようがしずむってどういうこと?

―なっちん…

―のー、なっちんにゆうひみせてあげられなかったね…?

―なっちん…

―なっちん…ごめ―



そして全てが消えた。
17 名前:36 ゼロ 投稿日:2004/03/19(金) 09:29
陽は燃える。
陽は燃やす。
陽は全てを消し去る。
まるで初めから何も無かったかのように。

近付きさえしなければ陽は美しく燃えて見える。
遠くから見ているだけなら神秘的な光と共に多くの感動を与えてくれる。

陽は美しい。
だが滅び行くものにもなる。
18 名前:36 ゼロ 投稿日:2004/03/19(金) 09:30
―FIN―
19 名前:36 ゼロ 投稿日:2004/03/19(金) 09:30
*
20 名前:36 ゼロ 投稿日:2004/03/19(金) 09:30
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21 名前:36 ゼロ 投稿日:2004/03/19(金) 09:30
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