30 オレンジ色の冷蔵庫
- 1 名前:30 オレンジ色の冷蔵庫 投稿日:2004/03/17(水) 22:47
- 30 オレンジ色の冷蔵庫
- 2 名前:30 オレンジ色の冷蔵庫 投稿日:2004/03/17(水) 22:49
- 一人自宅で過ごす久しぶりのオフ。
溜まったビデオテープの整理とか、滅多にできない部屋の模様替えなんかをしているうちに、
いつのまにか窓から西日が差してきた。
オレンジ色に染まる冷蔵庫。
あまりに綺麗で目を奪われた。
「あ、そういえば何も食べてない」
思い出した空腹感を満たしにオレンジの所へ向かったとき、電話の音が鳴り響いた。
- 3 名前:オレンジ色の冷蔵庫 投稿日:2004/03/17(水) 22:50
- 「えっ…!?」
その電話はあまりにも驚く内容で。
「結婚…?」
「ん…」
「だ、だれと?」
「メンバーと」
しれっと答える彼女と反比例するように、あたしの頭ん中は大混乱。
「へっ…メンバー?……ごっつぁんと?」
「はあっ!?なに言ってんの、矢口。ははっ、大丈夫かぁ?」
電話口からけたけたと笑い声が響く。
それはどこか懐かしい、子どもっぽい笑い声。
変わらない市井紗耶香のそれだった。
- 4 名前:オレンジ色の冷蔵庫 投稿日:2004/03/17(水) 22:51
- 「だって今メンバーって……あっ…!」
…そっか。
あの人か…。
「わかった?」
「うん…」
歌ってる紗耶香の後ろでギターを持ってた顔の長い人。
あれ…名前なんだっけ。
- 5 名前:オレンジ色の冷蔵庫 投稿日:2004/03/17(水) 22:52
- 「後藤とかさ、ありえないこと言うなって。牛乳吹き出すとこだったじゃん」
…ありえなくないじゃん。
いや、ありえないけどあったじゃん。
あの頃たしかに、紗耶香とごっつぁん…。
「だって紗耶香、メンバーって言うんだもん。そっちのメンバーとは思わなかったよ」
あたしにとって紗耶香はこっちのメンバーだから。
どんなに状況や環境が変わってもそれは変わらない。
でも結婚相手にごっつぁんの名前を出すなんて…。
確かにあたし、どうかしてるかも。
- 6 名前:オレンジ色の冷蔵庫 投稿日:2004/03/17(水) 22:53
- 「みんなにはマスコミに出る前に知らせたくてさ」
「…ね、ホントなの?」
紗耶香が結婚だなんて、いまいち実感がわかない。
ついこの間まで一緒にバカやってた仲間。
男前でかっこつけてて、意地っ張りのくせに泣き虫だった。
「ホントだよ。こんなこと冗談でわざわざ電話しないって」
「……」
あの紗耶香が、結婚…。
「まだ信じてない?」
「え?あ、ちがうちがう。びっくりして…。だって突然結婚だなんて」
つき合ってることさえ知らなかった。
本当に彼女にはびっくりさせられてばかりだ。
- 7 名前:オレンジ色の冷蔵庫 投稿日:2004/03/17(水) 22:54
- 「ははっ、そうだよなぁ。びっくりするよなぁ。さっき圭ちゃんに電話したんだけど、
めっちゃ驚いて大興奮!」
その時の会話をおもしろおかしく再現しながら思い出し笑いをしてる紗耶香。
幸せそうな笑顔が目に浮かぶ。
あたしは彼女の声を聞きながら、だんだんと寂しくなってることに気づく。
祝福しなきゃならないのに、この複雑な感情はなんなのだろう。
かつて苦楽をともにしてがんばってきた同期の友が、今まったく別の道を選んで歩いている。
結婚という大きな幸せをつかんで―――。
紗耶香、あなたはそうやってどんどん先へ進むんだね。
いつもいつも置いていかれるのはあたし。
- 8 名前:オレンジ色の冷蔵庫 投稿日:2004/03/17(水) 22:55
- 「…矢口?どうかした?」
その声でふと我に返る。
そして、聞いてみた。
「ねぇ、紗耶香。今、幸せ…?」
「え…?も、もちろん。そう直接聞かれると照れるけど、うん、幸せだよ。まあ…、歌手
としての夢は叶えられなかったけど、こらからは別の夢をさ…ははっ、やっぱ照れるなぁ」
彼女はあたしと違って前向きで能動的な人だ。
こらからもきっと夢を追いつづけて行くのだろう。
そして夢を追う彼女は、きっと素敵に輝きつづけるに違いない。
あたしはまた置いていかれるんだ。
- 9 名前:オレンジ色の冷蔵庫 投稿日:2004/03/17(水) 22:56
- 「そっかぁ…幸せか…。そっかそっか、よかった…」
少し声が震えたのを彼女は聞き逃さなかった。
「どうした?矢口」
「ん…?」
「なんか無理してる?」
「…」
鋭いなぁ、相変わらず。
それにそのやさしい気遣いも変わらない。
年下のくせにいつも励ます役だったよね、落ち込みやすいあたしと圭ちゃんを。
- 10 名前:オレンジ色の冷蔵庫 投稿日:2004/03/17(水) 22:57
- 「あたし、幸せかな…?」
「へっ?なんだよそれ」
「実感できないんだ、幸せだって…」
「矢口…?」
「大好きな歌を歌えるだけで幸せなんだろうって思うけど…。けどね、あたし、紗耶香の
ようにはっきり幸せだって言えない…言えない…よぉ…っ」
ふいにぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
次から次へと…、どうしよう止まらない。
「ちょっ、だいじょうぶ?」
「…うっ…っ…ごめっ…っ」
紗耶香がそばにいたら、きっとやさしく拭ってくれるよね。
ちょっと困った顔しながら、「しょうがないなぁ」なんて言って。
- 11 名前:オレンジ色の冷蔵庫 投稿日:2004/03/17(水) 22:58
- 「いろいろあるのはわかるけど…。っていうか、世間的にはどう見ても矢口の方が幸せなのにね、
皮肉だな」
「あたしなんか…。いつまでも卒業できないで、そのうち娘。の解散とともに忘れられるだけ」
こんなにネガティブなこと口に出したのは初めてだった。
すべてを受け止めてくれる紗耶香だから、抑圧していた感情が溢れてしまう。
仕事への不安。
事務所への懐疑。
見えないこの先への焦燥。
「おいおい、しっかりしろよぉ。矢口あっての娘。だろ?なっちも卒業なんだし」
「娘。自体がもう…売り上げも視聴率も数字は落ちる一方で、正直テンションも上がらない。
ただやらせてるだけっていう仕事がどんどん増えてる…」
流される日々に慣れてさえきていた。
忙しさに身を任せて、現実から逃避して。
それが唯一の自己防衛だった。
- 12 名前:オレンジ色の冷蔵庫 投稿日:2004/03/17(水) 22:59
- 「知ってた?レコーディング、今はつんくさん立ち会ってくれないんだよ」
「え、そうなの?」
「すべてがおざなり…。肌で感じるの、事務所が娘。の終わり方を探してるって」
「矢口…」
娘。の絶頂で去っていった彼女に、この不安がわかるだろうか。
もうあの時のように眩しく輝いてたあたしたちじゃない、オレンジ色のモーニング娘。に
なってしまった。
「ああ、ごめんね…おめでたい時にあたしったら」
「いいよ。無理しないで全部言っちゃいなって」
やさしい声に吸い込まれそうになる。
全部言って、吐き出して、それで楽になるのだろうか。
あたしは…。
- 13 名前:オレンジ色の冷蔵庫 投稿日:2004/03/17(水) 23:00
- 「紗耶香、ありがとね。でもこれ以上は言わないでおく」
「そお?」
「うん。まだまだ娘。を好きでいたいから」
歌手になるという夢をつかんで、たくさんの物を手に入れてきた。
それを自ら手放す勇気はない、たぶんこれからも。
あたしは、オレンジ色のモーニング娘。にしがみつくしかないんだ。
- 14 名前:オレンジ色の冷蔵庫 投稿日:2004/03/17(水) 23:01
- じゃあまたと電話を切ろうとした時、あたしはまだ一度もおめでとうって言ってないことに気づいた。
「あ、もしもし紗耶香?あのね…」
オレンジ色の冷蔵庫は少しずつ彩りを失くしていた。
おわり
- 15 名前:30 オレンジ色の冷蔵庫 投稿日:2004/03/17(水) 23:02
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- 16 名前:30 オレンジ色の冷蔵庫 投稿日:2004/03/17(水) 23:03
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- 17 名前:30 オレンジ色の冷蔵庫 投稿日:2004/03/17(水) 23:03
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