29 U-19

1 名前:  投稿日:2004/03/17(水) 21:52
29 U-19
2 名前:  投稿日:2004/03/17(水) 21:54

窓際の後ろから二席は、私と彼女の指定席。
「よしこ、けぇーんべ」
「──う、うん? あ、もうそんな時間?」
前の席で放課後まで熟睡中の彼女を起こすのは私の役目。

夕方の空には真っ赤な太陽が自慢げにハバをきかせてる。
その下で、少年少女はイッショウケンメイ汗をかく。
「よくやるよなー」よしこが外を見つめている私に気づいて言った。
「ねぇ、考えられない」私も頬杖ついて応える。
私とよしこの部活は、伝統高き帰宅部。活動内容は『自由』。
「寒くないのかね。まだ冬でしょ」見たまんまの感想を口にした。
「気合じゃない? または努力」
「そして友情に勝利に愛」
「そうそう、愛! 愛!」
よしこは机を叩きながら笑った。だけどすぐに真顔になって外を見つめていた。
私も何も言わず外を見つめていた。
3 名前:  投稿日:2004/03/17(水) 21:54

「よしこ、あんた卒業したら何やんのか決まった?」
彼女の応えは大方予想できていた。だけど、空が眩しくて訊いた。
「あ? ……あー、うん。何やんだろうね」
4 名前:  投稿日:2004/03/17(水) 21:56

よしこには父親がいない。理由は知らない。興味もないし、聞きたくもない。
必然的に彼女の母親が働かなければならなくなる。何時、よしこのアパートにいっても母親の顔を見ることはなかった。
秋頃開かれた三者面談でも、その姿を見ることはなかった。
「やっぱ、無理か」
廊下で母親を待っていた彼女はそう言った。よって、よしこと担任、二人きりの面談になった。
私は廊下でそれを、お気に入りのMDを聴きながら待った。床に腰を落としたら、意外とヒンヤリして急に寂しくなった。
だけど10分もかからない内によしこは出てきた。
「早くない?」
「まぁ、ちょちょいとね」よしこはウインクした。
彼女は授業中いつだって眠っている。先生たちも別にそれを注意したりしなかった。
他の生徒が眠っていたら彼らも注意したのかもしれない。だけどよしこには、もう、することはなかった。
そんな彼女が大学への進学を考えるわけもなく、就職の道を選んだのだと思っていた。
「やっぱ就職すんの?」
「しないよ」あっさり彼女は答えた。
「へっ!? じゃあ進学?」
「それもないなー」
「……どうすんの」
「どうすんだろうね」
それ以上は何も話さずに私達は廊下を歩いた。初秋だというのに、やけに寒い日だったのを覚えている。
5 名前:  投稿日:2004/03/17(水) 21:57
「美貴ちゃんはどうすんだっけ?」
オレンジの光に照らされ彼女の横顔は、なぜか美しかった。
「美貴はね……どうすっかな」
私は第一志望の大学に落ちた。模試ではA判定だった三流大学も見事にスベった。
両親はそれを知って泣いた。
私は──泣いたっけな。
浪人生活。私の前に敷かれたレールはそれだけではなかった。
「実家の酒屋とかついじゃうの?」
「んー……」
私は一人っ子。別に両親も嫌いじゃない。だけど、だけどなんだか。

窓の外からは、落ちてゆく太陽と少年少女のイッショウケンメイな声が、無口な私達を囃したてる。
6 名前:  投稿日:2004/03/17(水) 21:58
「ウチらって自由だよね」先によしこが折れた。
「だね、かなり自由」
「もう、どこまでもだよね」
「宇宙まで届いちゃうんじゃない?」
「行っちゃう? 宇宙行っちゃう?」

よしこはブーンなんて言いながら手を広げて教室を周り出した。
私はそれが無性に面白くて、くだらなくて、痛くなって大笑いした。

そんな笑い声を無視して、急に開かれる教室のドア。
ニヤけた男の子と女の子。
手を広げたまま固まるよしこ。
彼らと目が合う私。
7 名前:  投稿日:2004/03/17(水) 21:59

「きゃっ!!」
「わぁ! ご、ごめん。まだいたんだ!」

生徒会長と副会長だった。
生徒会長の彼はスポーツ万能の王子様。副会長の彼女は毎年成績TOPのお姫様。
そんな彼らは組んでいた腕を咄嗟に放してこう言った。
「わ、悪い。もうみんな帰ったと思ったから──いや、俺らも今から帰ろうかなって…」
「よ、吉澤さんと藤本さんも、早く帰った方がいいわよ!」

じゃあ、と言って彼らは勢いよくドアを閉め出て行った。
8 名前:  投稿日:2004/03/17(水) 22:00
「………ぷっ…はははは!!」
ダメだ面白すぎる。腹痛い。
「ふぁはははははっ! 今の聞いた? 早く帰った方がいいってさ!」
よしこも同じく爆笑中。
「何しにきたんだっつーの!」
「てか、あれ? もしかしてウチらビビられてる?」
「ははは! 今更。つーか含まないでよ」
「おいおいおい、友達だろ?」
「冗談でしょ?」

また、私達は笑った。もう少年少女の声は聞こえなかった。
私達の笑い声だけで教室は満員だった。
だけど、太陽だけはさっきよりも赤味を増して私達を刺していた。
9 名前:  投稿日:2004/03/17(水) 22:01

「ははは…はぁ……ふぅー」もう笑うのは限界だった。
「はは…………ったっくよぉー、春だなぁー」よしこは伸びをして言った。
「春だねぇ」私は耳にヘッドフォンをかけながら言った。

窓の外を一瞥する。舌打ちする。夕陽が燃える。少年少女は滾る。私達は黙り込む。

「じゃあ私達も帰りますか?」今度は私が折れた。
「…んだな」
10 名前:  投稿日:2004/03/17(水) 22:02
スカスカのカバンを肩にかけて、教室を出ようとした。
「あ、ちょっと待ってくれる」
よしこが忘れ物でもしたのか、窓際の席に走り寄った。と、思ったらそのまま机に飛び乗った。
「何してんの?」ストレートに訊いた。
よしこは真っ赤な空を前にして一度息を大きく吸う。
そして、

「私は自由だぁぁぁあああーーー!!」

窓の外に向けて、ぶっ放した。

「私は自由だぁぁぁぁあああーーー!!」

2度もぶっ放した。

「おいおいよっちゃんさん、そこまでは付いていけないっすよ」
だけど私も駆け寄り、窓の外を眺めた。
少年少女は、みんな一斉に動きを止め間抜けなツラして、こちらを向いていた。
「くくくぅ…ははは! あははははは!!」今日の出来事の中で一番笑えた。
よしこは何度も吼えていた。夕日を前にして吼えていた。
11 名前:  投稿日:2004/03/17(水) 22:03
「私は、私は自由だぁぁああーー!」
「そうだ! 言ってやれ、よしこ!」笑いながらイッショウケンメイ応援した。
「私は自由なんだぁぁー!」
「そう! 私達は自由なんだ!」
「私は、自由だぁ」
「はははははは!! そうだよ、自由なんだよ!」
「……自由なんだ」
「はははは!!」


よしこの顔も見たくなかったし、何も考えたくなかったから、ただただ笑い続けた。
でも、目を瞑っても空は眩しかった。
12 名前: 投稿日:2004/03/17(水) 22:03
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13 名前: 投稿日:2004/03/17(水) 22:03
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14 名前: 投稿日:2004/03/17(水) 22:03
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