28 夕陽に包まれて
- 1 名前:28 夕陽に包まれて 投稿日:2004/03/17(水) 21:26
- 28 夕陽に包まれて
- 2 名前:28 夕陽に包まれて 投稿日:2004/03/17(水) 21:27
- 「これから、どこに行くんですか? 後藤さん」
「んー、どこに行こうかねぇ」
夕暮れも近づいて、あたり一面を真っ赤に染め上げている川沿いの土手をゆっくり歩いていく。
身体を突き抜けていく風はもう冷たくて、ただ…繋いだ手だけが暖かかった。
「決めてなかったんですか?」
「うん」
あっけらかんと応える後藤さんだけど、その顔には優しい笑みが広がっている。
私が大好きな笑顔…。
でも、それも今は夕陽のせいで切なく見えてしまう。
「紺野は、どこに行きたい?」
「え…?」
逆に聞かれて、今度は私が困ってしまう。
だって…行く場所なんて考えてなかったから。
ただ…―――逃げ出してきたから。
- 3 名前:28 夕陽に包まれて 投稿日:2004/03/17(水) 21:27
- そう…。
本当は、今の時間はここでこうして後藤さんに逢いに来れる時間じゃないんだ。
モーニング娘。のメンバーとして、ライブのためのリハーサルをしなきゃならない時間なんだ。
もう…何が原因だったかなんて、忘れてしまった。
きっと些細な事だったと思う。
ただ、強く思ったのが『ここにいたくない』って事で…。
気がついたら、メンバーが止めるのも聞かず、スタジオを飛び出していた。
それから…オフだった後藤さんの家に後先考えず来て…言っちゃいけない一言を言っちゃったんだ。
『逃げたい』って。
後藤さんは最初は驚いてたけど、すぐにコートを羽織ってポケットにサイフだけを入れると黙って私の
手をとって、家を後にした。
それから…今、こうしてどことも判らない道を一緒に歩いてくれてる。
- 4 名前:28 夕陽に包まれて 投稿日:2004/03/17(水) 21:27
- 「…そういや、今日はメチャクチャ遊んだねぇ」
「え?」
何気に呟いた後藤さんに視線を向ける。
そしたら楽しそうに笑いながらも、その視線は前の…ずっとずっと前の夕陽に向けられていたんだ。
「朝からずっとゲーセンとかカラオケとか。紺野と二人で行ったのは初めてだったね」
「あ、はい。凄く楽しかったですっ。いつもは、まこっちゃんとかのんつぁんとか…と…」
言いかけて止まる。
だって…私は、逃げてきたんだもん…。なんか、メンバーの事を口に出したくなくて…。
そこで黙り込んでしまった私に、後藤さんは気にすることもなく「仲いいもんねぇ」と相槌をうった。
「お昼ごはんも、たくさん食べてたねー」
「そ、そうですねっ。あんなにたくさん食べたのは初めてです」
「紺野、食べてる時幸せそうだったしねー。奢ったかいがあるよ、うん」
「す、すいません、あんなに奢ってもらっちゃって」
「んーん、気にしない気にしない」
「前に、吉澤さんにも奢ってもらって、同じ事を言われ…ました…」
あ…また…。
どうしても、私の頭の中にはメンバーの事が浮かぶ。
家族以上に一緒にいる時間が長いから、仕方ないんだろうけど…。
- 5 名前:28 夕陽に包まれて 投稿日:2004/03/17(水) 21:27
- 「んー…ちょっと、あそこのベンチで休む?」
「え? あ…はい」
指差した先には、芝生の上にポツンと一つだけあったベンチ。
曖昧に頷いて、そこに私と後藤さんは座ったんだ。
「なーんか、夕陽のせいで色々思い出しちゃうねぇ」
「え?」
「物悲しいっていうの? なんかアタシも昔の頃のコトとか思い出しちゃうよ」
「昔の頃…ですか?」
「うん。むかーし、お姉ちゃんとケンカしたコトとか。友達と遊んだコトとか…サヨナラしたコトとか」
「え…?」
オレンジ色に反射している後藤さんの横顔からは、なんの感情も読み取れない。
本当に自分の思い出話をしているのか…それとも…?
「ずっと一緒にいられるって思ってた人でさ。いなくなるっていうの知らなくって」
「はぁ…」
「でさ、突然その人がいなくなって、なんかこう、自分の中の…なんか…大事なモノが
なくなってしまったみたいな? そんな悲しいキモチになってさ」
「…………」
「残されるほうって、辛いんだよね。……って、あ、これはアタシ限定の話だから」
「…はい」
「ごめんね、ヘンな昔話して」なんて言って、川の流れを見つめる後藤さんは凄く淋しそうだった。
その淋しそうな表情に…今の私を重ねてしまった。
- 6 名前:28 夕陽に包まれて 投稿日:2004/03/17(水) 21:28
- いきなりいなくなった私…。
メンバーはどう思ってる? 迷惑? 嫌われた? 困ってる?
判らない…判らないけど…、きっとこの答えは…後藤さんのその表情なのかもしれない。
色んな感情が合わさって…表に出た、表情。
私さえも辛くて、悲しくなってしまう…そんな表情。
今…メンバー達の誰か一人でもそんな表情をしていたら?
メンバーじゃなくても、私がいなくなることで悲しむ人が一人でもいるとしたら?
私は…何をやってるんだろう。こんなところで。
「よし、じゃーもう一度訊くね?」
はっと顔をあげると、今までで一番優しい目で笑っている後藤さん。
それから私の頭をくしゃっと撫でてくれて。
「紺野は、どこに行きたい?」
とっても難しい質問。
でも、実はとっても簡単な答え。
なんでこんな簡単な答えを見失ってしまっていたんだろう?
- 7 名前:28 夕陽に包まれて 投稿日:2004/03/17(水) 21:28
- 「…モーニング娘。に、帰ります」
言った瞬間、この後が大変だろうなぁ、とか、たくさん怒られるだろうなぁとか
色んな事が頭をよぎったけど、全部考えるのは後回しにした。
だって、今のこの帰りたいって気持ちを自分の中に刻みたいから。
「よっし。じゃー…、そーっと後ろ振り返ってみ?」
「え?」
「いーからいーから」
「はい…。 ……ぁ…っ」
びっくりした。
だって…、視線の先、土手の上に…
「紺野」飯田さん、目が逆三角形で怖いです…。
「こーんの」矢口さん…、たしなめるように飯田さんの腕を掴んでて…ごめんなさい。
「こんのっ」石川さん、上下ピンクのジャージでここまできたんですか?
「コンコン」吉澤さん、なんか夕陽を浴びて熱血先生みたいです。
「「あさ美ちゃん」」加護さん、のんつぁん、今日もハモリ完璧です。
「あさ美ちゃん」まこっちゃん…、凄く泣き出しそうな顔してる。
「「あさ美ちゃん」」愛ちゃんも里沙ちゃんも、しょうがないなぁって顔してるし。
「「「紺野さん」」」田中ちゃん、亀ちゃん、重さん…すっごく困った先輩でごめんね。
「紺ちゃん」藤本さん………素で怖いです。
- 8 名前:28 夕陽に包まれて 投稿日:2004/03/17(水) 21:28
- みんなの後ろでは、マネージャーさん達が周囲に誰も人が来ないように必死に
なってる姿が見えて…ちょっと笑ってしまいそうになったっけ。
「後藤さん…、これって」
「ごとーの携帯にね、これでもかってぐらい、ずっとメンバー達からメールが来てたんだ」
苦笑しながら、コートのポケットから携帯をだして受信メール欄を見せてくれる。
そこには「よっすぃー」とか「やぐっつぁん」とかメンバーの名前だらけ。
そっか…じゃあ、全部みんなにバレてたんだ。
「もう、大丈夫だよね?」
「…はいっ」
「よし、じゃー行きな?」
後藤さんの背を押すような声に、私は大きく頷いて…土手を駆け上がっていったんだ。
振り返ると、そこにはヒラヒラと手を振ってくれてる後藤さん。
どうしてだろう…? 何故か…その後藤さんは、私と別の場所にいるような…。
そんな境界線みたいなものがあるような気がした。
『こちら側』の私と、そして『あちら側』の後藤さん。
もしかしたら…その境界線の向こう側にいたから…私は帰ろうって思ったのかもしれない。
別の『視界』を体験したから…。
ペコリと頭を下げて、私は『こちら側』のみんなの元へと進む。
最後まで後藤さんは優しく笑ってくれていた。
- 9 名前:28 夕陽に包まれて 投稿日:2004/03/17(水) 21:29
- 「あの…」
オレンジ色に染まったみんなの顔。
こんな風に改めて見るのは初めてかもしれない。
いっぱいいっぱい謝らなきゃならないし、いっぱいいっぱい頑張らなきゃいけないと思う。
でも…、自分勝手だって判ってるけど、1つだけ言わせてください。
「ただいま…です」
モーニング娘。に…。私が帰るべき場所に。
ただ静かにそんな私の一日の終わりを、夕陽が包み込んでくれていた。
- 10 名前:28 夕陽に包まれて 投稿日:2004/03/17(水) 21:29
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- 11 名前:28 夕陽に包まれて 投稿日:2004/03/17(水) 21:29
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- 12 名前:28 夕陽に包まれて 投稿日:2004/03/17(水) 21:29
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