21 焼きつけるオレンジ

1 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:36

21 焼きつけるオレンジ

2 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:39
夕方になるといらいらする。徐々にオレンジ色に染まっていく空を仰ぎながらそんなこと
を思った。この時間は未だに好きになれない。何故ならこの時決まって思い出す事がある
からだ。
あの頃のあたしは、多分この世にあるものすべてを好きになれなかった。
古い自転車のブレーキの、耳をつく音。校章のデザイン。駅前の酔っぱらい。
おかあさんの声。兄貴の存在。わさびの匂い。同級生。上級生。下級生・・・・・・。


2年目の中学校生活をむかえた日。彼女はみんなから嫌われていた。
彼女の名を道重さゆみと言う。しかしちゃんとフルネームを知ったのは、新学期が始まっ
て3ヶ月も経った頃だった。
さゆはみんなから「宇宙人」とか「変人」とか「バケモノ」とか、そんなあだ名で呼ばれ
ていた。なのであたしは彼女の本名を知らなかった。
3 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:41
さゆの嫌われぶりはそれだけでは無い。
さゆが触る物には、「バクテリアがついてる」とか「感染する」とか言ってみんな触れな
かったし、万が一触ってしまった者はクラスからハブられるという過酷なペナルティが待
っていた。
そればかりか、さゆの背中には「キモ女」と書かれた張り紙が毎日のように張られていた。

あまり他人に興味の無かったあたしでさえ、さゆはとてもとても悲惨に写った。

でもすぐに、さゆがそんな目にあってしまう理由は分かった。

結局、さゆはみんなが言うように、本当に変人であり、宇宙人のような娘だったのだ。
授業中鏡ばかり見ていて、教科書は一切開かない。
先生ももうさゆの事は見放しているようで何も言わない。
みんなに何をされても何を言われてもにこにこ笑っている。
前にさゆイジメの主犯である生徒に、泥団子を食べさせられて「おいしい」と言って全部
自ら平らげたりしたらしい。
時々先生に変な質問をしたりする。
「お化けよりこわいのはなあんだ?」
まるで好奇心旺盛な幼児のように無邪気に訪ねる。
先生もさゆには呆れているようで、全く相手にされていなかったけど。
4 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:43

制服に身を包むと、簡単に髪を整え部屋を後にした。
廊下を通ると、兄貴の部屋からおかあさんのあやすような声が聞こえて来たので、あたし
は思わず早足になる。
その頃はまだ、兄貴が登校拒否を始めて丁度2年だった。
おかあさんは毎朝兄に朝食を届けては、着替えやその他の面倒をみていた。
もうすぐ社会人の歳になる兄貴に向かって、幼い子をあやすような声で接する母に、少な
からず嫌悪感を抱いていた。
そんなおかあさんや兄貴をおとうさんは忘れているフリをして、家ではあたしにしか声を
かけなかった。

あたしは冷蔵庫に入っていたヨーグルトを取り出し、リビングのソファに座ってそれを食
べた。
食べ終わると、玄関に向かい家を出た。
兄の無き叫ぶ声が外まで聞こえた。


さゆと初めて口をきいたのは、この日だった。
あたしは昼の弁当を買いに、途中のコンビニへ寄った。
5 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:44
朝とはいえ、あたしと同じような制服の子達やサラリーマン、OLなどで人はいっぱいい
た。あたしは素早く菓子コーナーへ向かう。

用心深く鞄を開く。あたしのすぐ横にサラリーマンがいるが、あたしに背を向けている。
監視カメラは丁度サラリーマンが隠してくれていて、あたしが写る心配は無い。
前にあったスナック菓子を手に取ると中に入れた。その後、ミニボトルのお茶も入れた。
おにぎりも。こんな事馴れている。
あたしは客でごった返すレジを通り抜けるとコンビニを後にした。
今日もうまくいった。
そう思った。ふいにあたしは誰かに引っ張られる感覚を憶え、振り向いた。
一瞬どきりとしたが、そこには見た顔があった。
さゆだった。あたしの制服の裾をつかんでいる。
「宇宙人?」
あたしの第一声だ。それしか呼びようが無かったから。
「田中。返しなさい」
6 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:44
彼女の第一声にむかついた。
なんでおまえに呼び捨てされなきゃならないんだ。宇宙人のくせに。

「はあ?おまえに関係ないじゃん。離せよバカ」
あたしはさゆの腕を振り払う。
さゆはあたしをじいっと見つめる。

こんな近くでさゆを見たのは初めてだった。色が白い。瞳がきれい。赤い唇。
普通の子だったら、彼女は間違えなくモテたに違いない。

さゆはしばらくあたしを見てから、今度はあたしの鞄を力一杯引ったくった。
「ちょっとっ!何すんのよっ!」
さゆはあたしの鞄を抱きかかえたまま走り、コンビニへ入って行った。
あたしはしばらく呆然とした。その後急ぎ足で学校へ向かった。
鞄をさゆに取られたまま。
あいつのせいで、おかあさんにすべてがバレるかもしれない。
7 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:46
HRは騒然となった。
朝、担任が「道重が万引きで店の人に捕まった」と。
教室中がわっと爆笑した。「あのバカ、とうとう犯罪やった」「やりそう、宇宙人なら」
と何処からともなく聞こえてきた。あたしはぼんやりと担任を見た。

担任は呆れたように溜息をつき。
「先生も道重には呆れる。・・・・・・道重は一応今日の所は自宅に戻るそうだ」
とだけ言って出席簿を開いた。
その時、担任が思い出したように。
「田中」と。

あたしは弾かれたように顔を上げた。やばい。
担任は足下に置いておいたらしい鞄を、片手で持ち上げて。
「道重に引ったくられたらしいな。今朝、道重の母さんが俺に渡してくれてな。お前も
災難だったなあ」
と、短く笑った。
8 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:46
あたしは全身の力が抜けたようになり、ふらふらと席を立つ。
鞄を受け取ったあたしを見て、クラスメイトが「れいな可哀想」「巻きぞえじゃん」
と同情の声を発した。
あたしは何だかよく分からなくなった。

一限目の授業。
あたしは気づいた。筆記用具を出そうと鞄を開くと、ビニール袋が入っていた。
恐る恐るその袋の中を確かめると、今朝パクった筈のスナック菓子とミニボトルのお茶、
おにぎり。さらに取った憶えの無いチョコレートとガムが入っていた。

その日の昼休み。あたしは何も食べなかった。
ビニール袋は、校舎裏の使われなくなった焼却炉に捨てた。
9 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:47

次の日。さゆは普通に学校へ来た。
いつもの座席に座るさゆを見つけて、あたしは一瞬ぎょっとしたけど、向こうはあたしを
気にしてはいなかった。
担任も、出席を取る時、ちらりとさゆを伺っただけで何も言わなかった。
代わりに、さゆイジメはもっと酷くなったようだった。

3限目が始まる前。あたしは授業の用意をしていた。
次は体育だった。すると、教室にさゆイジメの主犯グループが、高らかな笑い声をあげて
入って来た。
うるさいな、と思い、心の中で舌打ちした。
グループの一人が「宇宙人、素っ裸で今頃泣いてるな」と。
もう一人が「あのトイレもう使えないね。宇宙人がいるもん」
またもう一人が「開けたとたんアイツのヌードが」
「超キモイッ!」全員声をそろえた。
雑巾持ちにされた制服が、教室の隅のゴミ箱に放り投げられた。

体育はバレーだった。
そこにさゆの姿は無かった。あたしは。
試合を抜けた。
10 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:49
何となくあいつが気になってしかたなかった。同情とか恩返しとか、多分そんなんじゃなかったと思う。
単なる好奇心だったのかもしれない。

教室のゴミ箱から捨てられた制服を取り出すと、隣にある女子トイレに向かった。
すぐにさゆの閉じこめられていそうな場所が分かった。
右から3番目の個室だけ、扉が2重、3重にガムテープのような物で張られ、さらに「花
子さんに注意!」と言う張り紙が張ってあったからだ。
あたしは扉をノックすると「制服」と言って上にそれを投げてやった。

彼女は本当にいるのだろうか。と思うくらい静かで何も言わない。
ちょっと経って、制服を着ているような音が聞こえてきたので、本当にいるようだ。
あたしは扉に張られたガムテープをはぎ取る。
同時に、鍵が開くような音が聞こえた。
あたしはどきりとして何故か後ずさった。
扉は音も無く、ゆっくり開いた。
中からやはりさゆが出てきた。

あたしを見つめると「ありがとう」と小さく掠れた声で言った。
あたしは何も言えなかった。さゆのきれいな顔にはマジックでいろんな落書きがされていた。


さゆは、その場でうずくまって泣いた。
11 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:50
あたしはその後、技術室へ進入して、勝手にシンナーを借りた。
誰もいない教室で、あたしはさゆの顔を拭いてやった。
さゆがぼおっと窓の外を見ていた。空はうす水色で、静かに雲が流れていた。


帰宅すると、何故か居間に兄貴がいた。
久しぶりに兄貴を見た。無精ひげが生えていて、髪の毛はぼさぼさでかなり伸びていた。
「なんでいるの」
あたしは言った。
兄貴はソファにもたれ掛かってテレビを観ていた。
あたしに気づくと、ぎらぎらとした目でこちらを睨んだ。
「ここは俺の家だぞ。いて当たり前じゃないか」
そうやたら低い声で言った。
「おかあさんは」
「買い物」

「そう」

あたしは何となくこの場にいたくなかった。兄貴はあたしを上から下までなめ回すような
視線で見つめてきた。
鳥肌が立つ。あたしの脳が危険信号を出している。
12 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:51
「れいな」
兄貴がにやにやとした笑みを浮かべる。
「しばらく見ない内に、女らしくなったな」
そう言ったと思うと、兄貴は驚くくらいに素早くあたしの腕をつかんだ。
引き籠もりにこんなに力があるとは思わなかった。
「何すんのっ!?」
その叫びは空しく、兄貴はあたしの身体に覆いかぶさった。

倒れた拍子に、居間のテレビの上に飾ってあった写真立てが倒れて落ちた。
小学校の頃。家族みんなでキャンプに行った時の物だった。

「いやあっ!」
抵抗するあたしを、兄貴が何回も殴った。

「何してるのっ!」
その声に、兄貴の攻撃が止んだ。
あたしも急いで身体を起こした。居間の戸口で、買い物袋を落としたまま、立ちすくむ
おかあさんが目を見開いてこちらを見ていた。
兄貴はふらふらと立ち上がり声を張りあげて泣き出した。
そしてその場に腰を下ろして震えた。
13 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:52
おかあさんは兄貴の方へ歩み寄ると「よしよし」と言って、震える兄貴の背中をさすった。
あたしは乱れた服を直すのを忘れ、呆然とその光景をみていた。
おかあさんはそんなあたしに気づき、困ったように笑って。
「お兄ちゃんは病気だから。れいなは強いから大丈夫ね」
と言った。
窓に切り取られた夕陽が、そんなおかあさんの顔をオレンジ色に染めた。

気がついたら、あたしは家を飛び出していた。
夏間近の夕陽は、あたしの身体を焼きつけるように輝いている。

その公園はあたしの家から大分離れていた。
呆然としながらブランコをこいだ。
向こうの砂場で小さい子達が遊んでいる。
ブランコは古いのか、ぎしぎしと嫌な音がした。
「田中れーな」
ふいに、横の方から聞きいたような声が聞こえた。
さゆが立っていた。片手には買い物袋がぶらさがっていて、長ネギが飛び出していた。
白いワンピースには不釣り合いだった。
「道重・・・・・」
「さゆみ」
あたしの呟きに、さゆが答えた。
そう、この時名前を知ったんだ。
14 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:53
「なんでこんな所にいんの」
あたしの問いにさゆが指を差した。指の方をたどってみると、公園のすぐ隣に団地が見えた。
「さゆの家」
「そう」
「なんで泣いてるの」
さゆの問いにあたしは慌てて顔に手をやった。いつの間にか頬がぬれていた。
「なんでもない」
「そう」

さゆはいつの間にかあたしの隣にいた。でも何とも思わなかった。
しばらくさゆと世間話をした。何処か会話はかみ合わなかったけど、それがさゆなんだ
と思えばどうでも良かった。
むしろ、彼女とこんな所でふつうに会話する自分におどろいていた。
「ね、初体験いつ」
急にさゆの口からそんなセリフが出てきた。意外だったのであたしはびくついた。
ふいに兄貴を思いだし、むかむかと来た。
「無い」
とぶっきらぼうに返した。
「わたしある」
「へえ、彼氏いたんだ」
「いないよ」
「はあ?じゃ誰よ」
あたしはさゆを見る。さゆは砂場で遊ぶ子供達を一直線に見つめている。
15 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:54
「わたしのおにいちゃん」
風の音も、ブランコのきしむ音も、子供達の声もすべて聞こえなくなった気がした。
無音だった。
あたしは先程の出来事と、さゆを照らし合わせた。

「バカじゃないの」
胸に、ずんとした痛みのようなものを感じた。
さゆはやわらかく笑うと、あたしの頭を抱きしめた。
あたしはされるがままになる。さゆの胸はふかふかしていて、ゆっくりと刻む鼓動が聞こ
えた。それはやさしい音だった。
頭の上でかすかに聞こえた。「カケオチって憧れない?」
「女同時で?」あたしがふっと鼻で笑う。
「大丈夫、明日学校にきて」
「明日は土曜だよ」
「その方がいいの」
「なんだよもー」
やっぱりコイツは変人だ。そう思った。

「明日の今くらいの時間に、教室で」

さゆは別れ際にそう言うと、またやわらかく笑った。
あたしもつられた。

16 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:55
家に帰ると、兄貴は部屋にいるらしく、居間にはいなかった。
おかあさんは何事も無かったようにキッチンに立っている。
あたしは明日の事で頭がいっぱいだった。

その夜。夢も見ずに眠った。


昼頃目を覚ました。

あたしはのそのそと布団から這い出ると、GパンとTシャツに着替えた。
クローゼットに仕舞ってあった大きめのリュックを取り出すと、部屋にある、目についた
物をとにかく詰め込んだ。
こんな自分に苦笑する。別に「カケオチ」を本気にしているつもりは無かった。
でも、もしかしたら・・・・・なんて言うかすかな希望もあった。

そしてずっと部屋のベットの上にいて、机の上の時計を、ただじっと見ていた。

やがて陽が大分傾いてきて、時計の針も3時をとっくに過ぎた頃。
あたしはリュックをしょって部屋を出ようとした。
扉を開けると、部屋の前に兄貴が立っていた。
あたしは一回目を見開いたが、すぐに睨みつけてやった。
小走りに下へ降りると、あたしは家を後にした。

こんな家には、もう帰りたくない。


あたしは家を出た瞬間から思い切りかけだしていた。

17 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:55
火照る体と、涼しい風のせいで、汗が一気に噴き出してきた。

土曜日の学校のグラウンドでは、陸上部が走っていた。
あたしは足早に校舎へ入った。

教室にはすでにさゆがいた。
グレーのノースリーブのワンピースが風に揺れていた。
物音に気づいたのか、こちらを見た。
ふっとゆっくり笑った。
「ほんとに来たね」
「あんたこそ」
空はどんどん染まっていた。
あたしはゆっくりさゆの隣に歩みよる。
「本当に行くの」
あたしの問いに。
「れーなが良ければ」
「うん」
あたしはさゆとの生活をちょっと考えた。
夕陽はどんどん街の中へ溶けて行く。
藍色にオレンジ色の絵の具をたらしたような空色に、あたしは溜息をつく。
18 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:56
「きれいだね。でもさゆは夕陽がきらい」
「なんで」
「れーな。おばけよりこわいの何?」
「またソレ?てかお化けとか普通にいないでしょ」
「ふふ、さゆ、夕方がこわいの」


さゆはあたしの話をまるで聞くつもりは無いらしい。
あたしは仕方なく、さゆの話を聞いた。
「陽が落ちると、いつのまにかみんなわたしを置いて帰っていってしまうから」
「何ソレ。かくれんぼして置いてかれた経験とか?さゆならありそう」
「かくれんぼだけじゃないよ」
さゆがぼそっとそう言った。
「ん?」
あたしはよく分からなかった。
徐々に夕焼けは濃くなっていく。
さゆとあたしは目を細めながらその光景を見守った。

やがて夕陽は落ちていった。
19 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:57
風が嘘のように冷たくなっていく。
都会の空に星は一つもみえない。
ふいに視線を感じて、横を見ると、さゆがあたしを見つめていた。
「れーな、どうするの」
「あたしは・・・・・」
ふいに、あたしの中に隠れていたもやもやが少しずつ大きくしていった。


さゆとカケオチして、どうなるだろう。
「れーな・・・・・?」
さゆがあたしに近づく。
深い色の瞳があたしをじっと見据える。
先程の夕陽に染められた教室は、本性を現したように冷たく暗くなっていた。

変人。クラスメイトの声が聞こえた気がした。
心の中のもやもやが急に大きくなっていき、恐怖に変わっていった。
さゆが目を細める。

あたしは走っていた。
20 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:57
「れーな。逃げていいよ」
さゆがそう言った気がした。

いつの間にか校舎を飛び出して、家へ戻って来ていた。
あれだけ嫌いだった家の明かりを見つけると、何故かホッとしていた。



次の日、教室にはさゆの姿が無かった。
5限目の授業が終わり、帰りのHRで担任が「道重は急な転校をする事になった」と言っ
た。教室中が歓声をあげた。

あたしは言っている意味が分からずに、ぽかんとしていた。

日直が帰りの挨拶をすました瞬間に、みんな一斉に教室を飛び出して行った。
あたしは、その場から動けなくなっていた。
転校なんて聞いて無かった。
あたしはゆっくり立ち上がると、窓辺にもたれかかった。
21 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:58
そもそも、さゆは本当にあたしとカケオチするつもりだったのだろうか。
あたしはさゆの使っていた席に視線を移す。
背中に焼けつけるような夕陽があたり、身体にじわじわと染みこんでいくようだった。

さゆはあたしを試したのか。
そしてあたしは結局さゆを裏切ったのか。
あの日、あの夕陽が落ちたと同時に、あたしは大切な物を無くしたんだ。

その事にいまさら気づくと、絶望だとか不甲斐無さだとか後悔だとか、いろんな物が胸の
奥からずんと響いて、もやもやと頭上へ込み上げていき、あたしの鼻や目や耳をかっと熱くした。

さゆの寂しそうな笑みが過ぎる。

その場にうずくまると、あたしは久しぶりに泣いた。




後ろの方で、扉の開く音がする。
「あれ。れいな今日部活?」
振り返ると、教室の出口に絵里が立っていた。
22 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 19:59
「ううん」
「なんで残ってるの」
「めんどくさくて」
「え、ソレまずいよ。一緒に帰ろうか?」
「うん」


あたしはもうじき高校生の2年目を迎えるらしい。
相変わらず、好き嫌いの多い生活を送っている。

絵里が目をぱちくりとさせる。
「あれー?全然気がつかなかった」
そう歓声をあげてあたしの横へやって来た。
「何が」
「きれい」
絵里はあたしの問いに答えずに、窓辺に張り付く。
あたしもつられる。
「なんかいつもの夕陽よりずっときれい」
空はすっかりオレンジ色だ。向こうの灰色のマンションも今はオレンジ色に染まっている。


「夕陽なんてみんな同じじゃん」
あたしの言葉に絵里が頬を膨らませる。
「もお。君にはロマンが無いなあ」
23 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 20:00
そう言ってあたしの頭にげんこつするフリをした。
さゆとは正反対の絵里。
でも時々彼女がさゆと重なる。

あたしは夕陽が落ちるのが怖い。だから夕方が嫌い。まるでタイムリミットが迫っている
ような感覚を憶える。
「もう帰ろ」
あたしの言葉に絵里が猫のような目を細めて。
「うん」
と頷いた。


夕陽の美しい光景は夢みたいなもんなんだ。きっと。
夢から覚めてしまえば、空虚な現実が待っている。
さゆはそれを知っていた。
だから絵里には、このまやかしに騙されてほしくない。

あたしは鞄を肩にかけると、急ぎ足で教室を出る。
後ろから絵里の「待ってよ」と言う甘ったるい声が聞こえてきた。


あたしは夕陽が怖い。
24 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 20:00

25 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 20:01

26 名前:焼きつけるオレンジ 投稿日:2004/03/16(火) 20:01


Converted by dat2html.pl 0.1