12 東京タワー

1 名前:12 東京タワー 投稿日:2004/03/14(日) 23:35
東京タワー
2 名前:12 東京タワー 投稿日:2004/03/14(日) 23:35
 誰もいない暗いスタジオに呼びだされた私は、
ついに来るべきときが来たのだと悟っていた。
産みの親であるつんく♂は、私から視線をそらし、
いかにもバツが悪そうに目を泳がせている。
この男が何を考えてるかくらい、私には分かっていた。

「中澤、ハロプロ卒業や」

覚悟していたこととはいえ、あらたまって告げられると悲しくなった。
ハロプロはアイドル集団。私のような年齢の女がいるところではない。
今や『キッズ』などという子供までが、アイドルにされている。
ハロプロの低年齢化は、事務所がスキャンダルを恐れてという理由があった。
いくらなんでも、小学生は男に走ったりしないからだ。
結果的に、ロリコン野郎が萌えるだけのファミリーになった。

「ふ―――ついに来たわ」

非常口を誇示する緑色のライトが、やけに明るく見えている。
電源が入っていないデジタル機器は、じつに無機質な存在だった。
つんく♂は私に『卒業』を告げると、足早にスタジオを出て行く。
その事務的な態度に、私はヤツの本性を感じていた。

「もう、ハロプロも終わりやな」

ヤツの才能は、もうとっくに枯渇していた。
以前はヤツに引っ張られてきたが、今ではアイドルにおんぶに抱っこだ。
つんく♂が終わるとき。それはハロプロの終焉を意味している。
ハロプロが飽きられているんじゃない。
つんく♂が飽きられているのだ。
3 名前:12 東京タワー 投稿日:2004/03/14(日) 23:36
「なんちゅう20代だったんやろ」

幼いころは、たえず淋しさを感じていた。
荒れていた10代、激動の20代、そして衰退の30代。
婚期を逃してしまい、もう子供は1人産むのがやっと。
有名にはなった。それなりの蓄えもできた。
しかし、それは女の幸せとの交換だった。

「―――ふふっ」

我武者羅に突っ走ってきた私は、ここで人生の区切りをつける。
今の私からハロプロを取ったら、もう何も残ってはいなかった。
そんなことを考えると、怒りや悲しみではなく、笑いがこみ上げてくる。
この歳になったら、どこの事務所も引き取ってはくれないだろう。

「どうしようかなあ―――」

私は毛皮のコートを着ると、スタジオを出て夜の街を歩き始めた。
誰かが私を見れば、やけに機嫌がいいと思うに違いない。
一般的には、こういったときには泣くものなのだろう。
しかし、私には笑いしか出てこなかった。
4 名前:12 東京タワー 投稿日:2004/03/14(日) 23:36
 真夜中の東京は、めっきりと車の数が減る。
ビルが林立する大都会では、星が見えることも少ない。
コンビニへ立ちより、ワンカップを買って一気に飲む。
胃に少しの痛みを感じながらも、少しだけ気分がよくなった。

「んー! 効く! 」

私がワンカップの容器を放り投げると、歩道のタイルに落ちて小気味いい音をたてた。
何となく可笑しくなって、人の目を気にしながら微笑んでみる。
こんな深夜に出歩く人など、住宅地でもなければ皆無と言っていい。
私が歩きだそうとすると、背後から聞きなれた声が聞こえてきた。

「投げ捨て禁止だっての! 」

飯田だった。何でこんなところに飯田がいるのだろう。
彼女は私と目が合うと、困ったような顔で微笑んだ。
いくら大人とはいえ、アイドルが1人で夜歩きはいけない。

「アイドルが夜遊びか? あかんで」

「えへへへ―――もうアイドルじゃないもん」

「何? あんたまさか! 」

「リストラされちゃった」

―――ちゃう。そんなことはありえない。
飯田はモーニング娘。に必要な人間だ。
私の『卒業』を知って、追いかけてきたんだ。
この子はいつもそうだった。
5 名前:12 東京タワー 投稿日:2004/03/14(日) 23:37
「裕ちゃん、どこへ行くの? 」

「べつに、行く先なんかあらへんわ」

酔った中年女と、とぼけたノッポ女。
この奇妙なコンビは、夜の高輪を闊歩していた。
第三者から見れば、それは面白く映るだろう。
そう思うと、自分でも笑ってしまう。

「裕ちゃんとカオリ、見つけたべさっ! 」

チャリンコに乗った丸っこいのが来た。
飯田が荷台に飛び乗ると、安倍はウイリーしながら走って行く。
鈍くさい安倍でも、こんなに馬力があったんだ。

「なら、こんどはうちが鬼け? 」

「かくれんぼじゃないべさっ」

安倍は飯田を荷台に乗せ、私のまわりをクルクルと走る。
こうして見ると、安倍も意外に器用で運動神経がいい。
やはり、若いんだな。と思った。

「なっち、裕ちゃんとカオリさー、リストラされちゃったよ」

「そんな! 」

驚いた安倍が急ブレーキをかけたせいで、
飯田の頭が後頭部に当って鈍い音をたてた。
悲鳴をあげながら笑う飯田の額をなでながら、
私も腹がよじれるほど笑った。
6 名前:12 東京タワー 投稿日:2004/03/14(日) 23:38
「なっち、どうしたらええんやろ。うち」

「そんなこと言われても、なっちわかんないよ」

後頭部を押さえながら、安倍は困った顔をしている。
モー娘をリストラされても、この子はハロプロの華だ。
人気はさておき、松浦や後藤とは別格あつかいされている。
これまで上部にいた私や貴子がリストラされれば、
ハロプロは保田と安倍が指揮することになるだろう。
ハロプロは、これでグッと若くなった。

「こうしてオリメンの3人が揃うのも、きっと何かの縁やろな」

もう、あれから8年近くが過ぎようとしている。
幼かった安倍も大人になり、後輩から慕われる存在になった。
私は彼女。いや、彼女たちの成長を見てきたのである。
そんな彼女たちに頼りにされた私は、少しだけ鼻が高くなっていた。

「そういえばさー、デビューしたころ、東京タワーを眺めたよね」

高さ333メートルの東京タワー。
完成したころは、世界一の自立鉄塔だった。
完成から46年。その鉄塔は日本の歴史を見てきた。
東京オリンピック・70年安保・オイルショック・国鉄の民営化
バブル・皇太子御成婚・平成大不況・そしてモーニング娘。
私たちは、この日本一の自立鉄塔の記憶に残るように、
歴史の1ページを刻めたらいいと思っていた。
7 名前:12 東京タワー 投稿日:2004/03/14(日) 23:38
「あのころ、屋上から東京タワーを眺めたビルはなくなっちゃって、
今は24時間営業の立体駐車場になってるべさ」

「あそこなら、外階段で屋上に行けるよ」

「ほんまか? なら、行ってみようやないの」

私は東京タワーが見たかった。
夢をつかんだ私たちが見あげた東京タワー。
あのころは大きな希望に胸をふくらませていた。
いつかは、巨大な鉄塔を呑んでしうまうくらいの勢いがあった。
だが、今、私は失意のどん底にいる。
今の私に、東京タワーは、どう映るのだろうか。

「すぐだから、歩いていくべさっ。なっちは自転車だけど」

「降りていっしょに歩かんかい! 」

あのころは、いつもこんな感じだった。
ボケ役の飯田と安倍に、ツッコミ役の私と石黒。
最年少の福田は、いつも笑っていたっけ。
あのころは夢があった。輝いていられた。

「裕ちゃん、憶えてるかなあ。寺合宿のとき」

そういえば、オーディションの最終審査は、寺で行われたんだった。
飯田にメンチ切ったら、かなりびびってたのが印象的だった。
でも、安倍には負けた。メンチ切っても、ニッコリ笑うだけ。
石黒は迫力あったな。あいつだけは怒らせない方がいいと思った。
8 名前:12 東京タワー 投稿日:2004/03/14(日) 23:39
「カオリ、裕ちゃんが怖かったんだよ」

「どこが怖いんだべさ? 」

安倍のこの純真無垢な性格には、ほんとうに振りまわされた。
激太り・プレステ事件。私は寝ることができないほどだった。
今思うと、アイドルに向いていたのは安倍だけだったのかもしれない。
何だかんだいっても、妹までがアイドルなんだから安倍家は本物だ。

「あんた、うちがメンチ切ったのわかってないやろ」

「メンチなんて食べた? 憶えてないべさっ」

安倍の鈍さはポケモンのヤドラン並だった。
おまけに天然ときてるから、何を言っても暖簾に腕押し。
少しは大人になってきたけど、まだまだ子供だった。

「なっち、すげーボケかましてんの気づいてないでしょ」

「えっ? なっち、ボケてなんかないよ」

最近じゃ飯田も慣れたのか、安倍にブチキレなくなった。
石黒にも怒鳴られて、安倍は福田に相談したりしてた。
福田の方がしっかりしてた。安倍よりも。私よりも。
9 名前:12 東京タワー 投稿日:2004/03/14(日) 23:40
 懐かしい話をしながら、私たちは例の場所へと歩いていた。
開花の時期を待つサクラが並ぶ道へ出ると、交差点が点滅信号になっている。
いかに、この時間帯の交通量が少ないかがわかるというものだ。
巨大な鉄塔は、夜の大都会に浮かびあがり、その存在を誇示している。
この鉄塔から観るイルミネーションの美しさは、ほかに例えようがない。
しかし、それは大都会で夢を失い、それでも必死に生きている人たちが、
その美しさを支えていると言っても過言ではなかった。

「あれ? 」

「あやっぺと福ちゃんだべさっ! 」

今は24時間営業の駐車場になった場所の前に、懐かしいふたつの顔があった。
少しだけ、ふっくらとした石黒。そして、少し背が伸びた福田。
何ということなのだろう。こんなところで2人に出会うとは。

「いたいた」

「ここだろうと思ったよ」

―――そうか。
この2人は、私がリストラされたのを知って、ここに来てくれたんだ。
こんな憎いことをするのは、飯田だろうと想像がつく。
その気持ちがうれしくて、私は涙目になっていた。

「久しぶりやなあ」

こんな私のために集まってくれた昔の仲間たち。
そうだ。私たちは、この5人からスタートしたんだった。
実力も知名度も何もない素人の集まりだった。
10 名前:12 東京タワー 投稿日:2004/03/14(日) 23:40
「屋上いこか」

屋上といっても、駐車場の3階。
ここも駐車スペースになっている。
あのころより、少しだけ遠くなった東京タワーは、
あいかわらず不況に喘ぐ日本を見つめていた。

「裕ちゃん、あのころに戻りたいね」

それが石黒の本心なのかどうかはわからない。
なぜなら、今、石黒は最高に幸せな生活を送っている。
そんな生活よりも、あのころの不安な状態がいいのか。

「ねえ、また5人でやろうよ」

モーニング娘。は、この5人がオリジナルだ。
途中で入ってきた子供がモーニング娘。だとは笑わせる。
べつに、名前にこだわるつもりはない。
モーニングおばさん。でも何でもいい。
とにかく私たちは、この5人から始まった。

「なっちは―――うん! 『モーニングコーヒー』の続き、やるべさっ! 」

『モーニングコーヒー』の続き。
あのころは、プロデューサーに作られたグループだった。
でも今は、廃人同様のプロデューサーから離れ、独自に歩くことができる。
みんながCDを買ってくれた。握手してくれたのだ。
また、手売りでも何でもすればいいじゃないか。
11 名前:12 東京タワー 投稿日:2004/03/14(日) 23:41
「裕ちゃん、今こそ羽ばたくときだよ」

そうだ。今こそ跳ぶとき。
わかってた。4人は私だけの妄想。
もう、私は羽ばたけるほど若くない。
ありがとう。石黒、飯田、安倍、福田。







――――――――ドサッ。




12 名前:12 東京タワー 投稿日:2004/03/14(日) 23:41
 
13 名前:12 東京タワー 投稿日:2004/03/14(日) 23:44
 
14 名前:12 東京タワー 投稿日:2004/03/14(日) 23:44
 

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