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52 灰色の空

1 名前:52 灰色の空 投稿日:2003年07月02日(水)23時37分49秒
52 灰色の空
2 名前:52 灰色の空 投稿日:2003年07月02日(水)23時40分30秒

目覚めると空が灰色だった。
ちぇっ、と言いながら、私は身体を起こし、ほこりを払う。
身体を起こすと、身体の節々がギシギシと痛む。
もう歳かな。なんて呟いて、ハハハとこぼした笑い声は、
がらんとしたこの空間に乾いた響きをもたらして消えていった。
私は急に寂しくなって、胸のあたりがキュッと痛んだ。
すると、そんな感情を他所に、お腹がぐぅとなった。

そうだ。こんなことで気持ちをつぶしてしまっているわけには、いかない、
私は今日も、明日も、明後日も、生きなければならないのだ。
そして、生きるためにはまず、食べることが必要なのだ。

そうして私は食事のために、作業場、と私が勝手に呼んでいる所へ出向く。
そこでは、泥人形たちがせっせっと穴を掘り、それによって出た土を、
ふるいに掛ける、という単調な作業を延々と繰り返している。
私はそこでふるいにかけられたモノをチェックする。
そして、そこから数ミリ程度の黒い塊、私はそれをキャビアと呼んでいるが、
それをある程度見つけると、泥人形が食事を持ってきてくれる。
と、そういう手はずになっている。
3 名前:52 灰色の空 投稿日:2003年07月02日(水)23時41分01秒

よく分からない仕組みだが、そうしなければ、私は死ぬのだ。

そうして得た今日の食事は、みそ汁にご飯に漬物。
あと納豆でも付いてれば完璧。といったところだが、贅沢は言えない。

そして、私が食事を食べ終わろうとする頃。
単調な仕事をしていた泥人形たちの動きが、ふいにどよめいた。
私はおやっ、と思った。泥人形たちには意志が無い。
だから、どよめいたりすることなんて無いはずなのだ。

そう不思議に思いながら見れば、
泥人形と何かワーワーわめきちらす変な人間が、もつれ合っていた。
おそらくは喧嘩、―――なのだろうか。

「あーー!もう!なんだよここは!もう!飯!飯食わせろ!」

あまりはっきりとは聞き取れなかったが、その変な人間は、
とにかく飯を食わせろとわめきちらしているようだった。
私はふんふん、と思って、その泥人形ともつれている変な人間の肩を、
ちょんちょんとつついた。
4 名前:52 灰色の空 投稿日:2003年07月02日(水)23時42分27秒

「何!?今度は何!?泥の次は何!?」

何故だかその人間は私を見て、ひどく怯えているようだった。
私はなんだか悪いことをしてしまった気がして、
とりあえず、ニカッと笑ってこう言った。

「おはよう。どうしたの?こんなところで。」

「えっ?」

その人間はふいにキョトンとした顔をして、
ぼそりと「なんだ人間か。」と言った。
私がその言葉を聞いてムッとすると、その人間はまた、
ひどく怯えた顔をして「すいません。」と私に何度も謝った。
そして、私は横でもう元の単調な作業に戻っている泥人形を見やると、
ため息をついた。
5 名前:52 灰色の空 投稿日:2003年07月02日(水)23時43分05秒

「まあ、それはもういいわ。で、どうしてこんなところに居るの?」

そいつは「どうしてって。」ともぐもぐ言いながら、ご飯を食べていた。
どうやら私の食べかけの食事を勝手に食べているらしく、
それにまたムッとして言った。

「あんたねぇ、ちょっと。失礼なんじゃないの?名前ぐらい言ったら?」

そいつは「どうしてって。」と繰り返しもぐもぐ言ってた口と手を、
ピタッと止めると、にへらにへら笑って「吉澤ひとみ。」とだけ言った。
私も、ムッとしていた顔を少し戻して「そう。」とだけ言った。

泥人形は私たち二人の傍らで、せっせっと単調な作業を繰り返していた。
6 名前:52 灰色の空 投稿日:2003年07月02日(水)23時43分37秒

それからは、朝起きると、目の前には灰色の空。
そして、隣には吉澤ひとみ。
彼女は出会った時の印象とは大きく違って、
不思議に安心感を与えてくれる少女だった。
だけど、私には吉澤のことが全く分からなかった。

私は吉澤に尋ねたことがある。

「ねぇ、吉澤さぁ。あんた、一体どうしてここに来たわけ?」

そう尋ねると吉澤はニコニコしながらこう返した。

「よっすぃーですってば。」

私は苦笑しながら、少しおどけた調子で改めて尋ねた。
思えば、私は少し照れていたのかもしれない。

「はいはい、よっすぃー。あなたはどうしてここに来たのかしら?」

そうすると吉澤は見たこともないぐらい真面目な顔をしてこう言った。

「花火上げに来たんです。」
7 名前:52 灰色の空 投稿日:2003年07月02日(水)23時44分21秒

その時はふーん、と言って今日の食事はなんだろね。
なんて話に以降していったのだったが。
今になって、私は吉澤の表情と、その言葉が、
気にかかり始めた。

花火なんてものは、この世界にはまずもって存在しないだろう。
この泥と灰色にまみれたちぐはぐな色彩の中で、
花火の鮮やかな色彩、イルミネーションが生まれる。
なんてことはとても考えにくい事だった。

私は隣に座って、灰色の空をじっと見上げている吉澤を見る。
吉澤の目はこの灰色の空のどこを見ているのだろうか。
そんなことを思いながら、私もじっと吉澤を見ていると、
吉澤がふとこっちを向いた。
8 名前:52 灰色の空 投稿日:2003年07月02日(水)23時45分47秒

「ねぇ、保田さん。覚えてますか?」

吉澤はあの時のような真面目な顔で私に尋ねた。

「圭ちゃんって呼びなさいよ。」

私はあの時の吉澤の真似をして、ニコニコとそう答えた。

「はいはい、圭ちゃん。覚えてるかな〜?」

吉澤もあの時の私のように、苦笑しながらおどけて言った。

「私が花火上げるためにここに来たってこと。」

私は、ただニコニコして、うん、とうなづいて空を見上げた。
吉澤は、ハハッと笑って、空を見上げた。

「花火。出来ましたよ。」

吉澤は空を見ながらポツリと独り言のように呟いた。
9 名前:52 灰色の空 投稿日:2003年07月02日(水)23時46分42秒

私が、えっ、と言って吉澤の方を見ると、
吉澤の右手に黒い拳大の塊が握られていた。
吉澤は真面目な顔をして、それをさらにギュッギュッと固めると、
思いっきり空高く放り投げた。
その黒い塊は何故だか重力に反してぐんぐんと加速し、
灰色の空に溶け込んでしまって、見えなくなった。

「よく見ててくださいよ。」

吉澤がまた、あの時みたいな真面目な顔をして、空を見つめていた。
私も吉澤の視線を追って、灰色の空を見つめていた。

すると、一瞬、目がくらむほどの光と、空が割れるような音がした。

私はその衝撃に目を閉じたが、すぐに開いた。
そこには、花火の華やかな色彩がただただキレイに咲いていた。
花火は、この薄暗い世界と、灰色の空を背景にとても映えていて、
私は泣いてしまっているようだった。
10 名前:52 灰色の空 投稿日:2003年07月02日(水)23時47分23秒

ふと、横を見ると吉澤はいなかった。
ぐるりと周りを見渡してみても、吉澤はいなかった。

私の涙は、喜びの涙から、悲しみの涙に移ろい、
次に目を開けた瞬間。

今度はどっちともつかない涙が私の目から溢れ出した。


花火は空に咲きつづけ、私は空に咲きつづけていた。
11 名前:52 灰色の空 投稿日:2003年07月02日(水)23時47分50秒
12 名前:52 灰色の空 投稿日:2003年07月02日(水)23時48分55秒
13 名前:52 灰色の空 投稿日:2003年07月02日(水)23時51分23秒

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