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51 邯鄲
- 1 名前:51 邯鄲 投稿日:2003年07月02日(水)23時32分09秒
- 51 邯鄲(かんたん)
- 2 名前:51 邯鄲 投稿日:2003年07月02日(水)23時34分54秒
- 「オマエナンカ・・・」
嫌や。打たんといてや。お母ちゃん。
亜依、ええ子になるから。お母ちゃんの気に入るええ子になるから。
うちは目をぎゅっと閉じたまま、頭を両手でかばって次に来る衝撃を待った。
「あいぼん。あいぼん。起きてよ。出番だって。」
ののの声に起こされた。変な夢見てしもうたな。もう、あの頃とは違うのに。
「ねえ、あいぼん。夢見ながら嫌や嫌やって言ってたよ。何が嫌なの?」
ののが無邪気にきいてくる。全く、この子の無防備な八重歯をむき出しにして笑う笑顔を見ていると、つい本当の事を言いたくなってしまうわ。
でも、言わへんけどな。口が裂けても。
「のののな。そういう子供っぽいとこが嫌や。」
「ひどーい。辻は最近大人っぽくなったって、みんなに言われるんだよ。」
ののがムキになって反論する。確かにののは最近、着ている物も黒や茶色を基調とした渋めのが多いし、髪を茶色に染めてピアスなんか開けて、もう立派なレディーやな。
まあ、外見と中身が一致しておらんけど。
「よろしくお願いします。」
あさ美ちゃんの声や。
- 3 名前:51 邯鄲 投稿日:2003年07月02日(水)23時37分32秒
- あさ美ちゃんは今日もおっとりと優等生やな。
ガニモニの衣装を着ておっても、そこはかとなく気品ちゅうか、よう分からんけど、ええ雰囲気を漂わせとるな。
「こちらこそよろしくお願いするわ。」
今日は『河童の花道』でガニモニの紺ちゃんとお豆ちゃんと一緒に絡む日やった。
「あさ美ちゃん。セリフ覚えてきた?」
「いや。努力はしているんですけど、なかなか。」
と謙遜をするが、あさ美ちゃんがなかなかと言う時はほぼ完璧にセリフが頭に入っている時や。自慢や無いけど、ウチとののは全くセリフを覚えとらんで。カンペだけが命の綱や。
撮影は順調やった。ミニモニ2も、ごっつええ感じになってきたわ。
矢口さんのいた頃は、矢口さんが先頭をきって仕切って喋って、うちらはそれについていくって感じやった。ぶちゃけ、矢口さんの掌の上で踊るだけや。
でも今はののと愛ちゃんとうちが、だいたい同じくらい喋る。矢口さん任せやった自分らにも責任感ちゅうか、自分らでやらなけりゃ誰がやるんねん、って気持ちが出てきたわ。
- 4 名前:51 邯鄲 投稿日:2003年07月02日(水)23時39分08秒
- 最初は少し抵抗感があった愛ちゃんとも仲良くやれとるし、ミカちゃんも出過ぎず引きすぎず、暴走しがちな他の3人のトークを上手くコントロールしとると思うで。矢口さんとは違ったタイプのええリーダや。
「はーい。OKです。セットチェンジのために30分待ちを入れます。」
ADさんの声で休憩となった。控え室に戻り横になる。ここの控え室は畳が敷いてあって気持ちええわ。いかん。いかん。最近なんだか眠くなることが多いわ。春眠暁を覚えずちゅう奴かのう。
「・・・・ウマレテコナケレバ・・・・」
嫌や。お母ちゃん。そんな事を言わんといてや。
お母ちゃんは、お父ちゃんと離婚して女手一つでうちを育ててくれとる事には感謝しとる。看護婦さんという忙しい職業で、夜勤やらもあるのも知っとるで。
お母ちゃんが夜にお勤めに行く日は、うちは寂しいけど我慢していい子にして家で待っとるやんか。
なあ、お母ちゃん。亜依の事を嫌わんといてや。
「加護さん。加護さん。・・・あいぼんっあん、起きて下さいよ。」
最後は耳元で叫ばれたわ。うっさいの。お豆ちゃんは声がでかすぎるんや。何を食ったら、そんなにいつもテンションが高くていられるのかいな。
- 5 名前:51 邯鄲 投稿日:2003年07月02日(水)23時40分48秒
- 「なによ。」
うちはちょっと不機嫌やで。
「この前、みんなでカラオケ行ったじゃないですか、あの時の写真が出来てますよ。見て下さいよ。あいぼんっあんも、いい感じに写ってますよ。」
お豆ちゃんは、最近はうちの事を『あいぼんっあん』って呼んでくれるようになったな。正直、嬉しいで。五期が入るまでうちの側にはののしか、おらへんかった。後はみんな『さん』付けで呼ぶような人ばっかりや。お豆ちゃんも、入った頃は『加護さん』やったけど、この頃は加護さんとあいぼんの中間みたいな『あいぼんっあん』って言ってくれるようになった。『あいぼんっあん』って『ごっつあん』みたいでカッコええし、そう呼ばれると気持ちが通じ合ってるみたいで、めちゃ嬉しいやん。
「見せて。見せて。」
目がぱっちり覚めたわ。
ああ、楽しかったなぁ。うちと、ののとお豆ちゃんと紺野ちゃんと愛ちゃんで行ったカラオケや。あの時5人でぎゅうぎゅうに顔をくっつけあって無理矢理撮ったプリクラは携帯に張っていつも持ち歩いているんやで。
- 6 名前:51 邯鄲 投稿日:2003年07月02日(水)23時42分40秒
- 「紺野ちゃんの変顔すごーく面白いね。」
紺ちゃんの持ち技の『たこチュー』顔をしている写真を指差す。
「そんなこと言わないで下さいよ〜。」
紺ちゃんがうちの肩をバンバン叩く。痛いちゅうねん。
「あいぼんだって、鼻綿棒写真が全国放映されたくせに。」
あかんよ。のの。それを言ってはあかん。あの写真は、うちの心の中で、それはそれは深〜いトラウマとなっているんや。
「マネージャさんがな、加護もインパクトのある写真を出して目立たんといかんって言うもんだから、思い切って作ってみたんや。あんたらも知ってるやろ。普段の加護は、あんな下品な事をする人間じゃ無いって事は。全く、だまされたわ。」
「あいぼん。そのままじゃん。」
ののが間髪入れずに突っ込み、周りに笑い声が満ちる。
楽しいな。こういう何気ない会話は。
あかん。また眠くなってきたわ。いくら抵抗しようとしても、まぶたとまぶたがくっつきそうや。
「・・・・ヨカッタノニ・・・・」
嫌や。もう、それ以上ひどい言葉をお母ちゃんの口から聞きたくないわ。
なあ、お母ちゃん。うちの右肩の火傷の痕を覚えてる?
- 7 名前:51 邯鄲 投稿日:2003年07月02日(水)23時45分59秒
- あの日、お母ちゃんはいつに無くイライラしとった。職場で嫌なことであったのか分からんけど、何本も何本もタバコに火をつけては、ほんのちょっとも吸わないうちに火を消しては、また付けるという事を繰り返しておったな。
うちは、お母ちゃんのイライラしているのが分かったからテレビを見る振りをして、晩のご飯を食べとった。味なんか全然分からへんし、テレビもただ動きを目で追ってるだけや。
きっかけは実に些細なことやったと思う。
うちがご飯をテーブルの上にこぼしたとか、そんな事や。
いきなり、頬をバーンと張られて横倒しにされた。着てるTシャツの襟を掴まれて往復ビンタや。頬が熱を持ってあつくなるのが分かったわ。
そして、最初は何が起きたか分からへんかった。
ああいう時は痛いとか熱いとかいうよりも、冷たく感じるものなのやな。
「この手が悪さをするんか?えっ、この手か。」
と言うお母ちゃんの声と一緒に、微かに肉が焦げるような匂いとタバコの灰の香りして、私の右肩に小さな火傷の痕が出来たという訳や。
お母ちゃんは、そのあと泣きよったな。うちを抱きしめて、いつまでも泣きよった。
「亜依。ごめんね。ごめんね。」
って言っとった。
- 8 名前:51 邯鄲 投稿日:2003年07月02日(水)23時48分10秒
- うちは、なんてお母ちゃんに言ってあげればよいか分からへんかった。呆然と窓の外の景色を見ているだけやった。
(あのな。亜依。大人になったら、一生懸命に働いて、お母ちゃんに楽させるから、もう泣かんといてよ。)
本当はそう言いたかったんや。
「あいぼん。時間だよ。」
ののに乱暴に揺り動かされて起こされた。
ちょっと泣いていたのかも知れん。目の端に少し涙が滲んどるわ。鏡を見て、素早くメイクを直した。
スタジオには五郎さんの格好をしたまこっちゃんがいた。
「あれ、まこっちゃんもこれからコント撮影?」
うちも声をかける。
「そうなんですよぉ。メイクをしたはいいけど、スタッフさんの準備の方が未だ出来てないみたいでぇ、加護さん達が『河童モニ』やってるって聞いたから、見学しに来たんですよぉ。」
まこっちゃんのへろへろした喋りを聞いてると、本当に癒されるわ。
まこっちゃんはニコニコしながら、言葉を続ける。
「それに、加護さんにちょっと用事もあったんですよ〜。ねえねえ、今度、みんなと一緒にディズニー行きませんか?加護さんのお母さん、いま東京にいるんですよね。お母さんに許可もらえるか聞いてみて下さいよ。」
- 9 名前:51 邯鄲 投稿日:2003年07月02日(水)23時51分40秒
- 「行こう。行こう。お母ちゃんに早速きいてみるわ。」間髪入れず答える。
そうや。いま、お母ちゃんは東京にいるんや。
自慢や無いけど(ほんまは自慢や)、うちが精一杯踊ったり歌ったりして稼いだお金で、お母ちゃんは東京にマンションも買えたし、車もBMW乗ってる。週刊誌とかには、お母ちゃんがうちの事を食い物にしているみたいな風に書かれたこともあるけど、うちが喜んでやっているんやから、つべこべ憶測で物を言わんといて欲しいわ。まったく腹が立つ。
うちが娘。に入ってから、お母ちゃんが笑顔でいることが多くて、ほんま嬉しい。亜依はまだまだ子供やけど、もっと働くわ。
それで、お母ちゃんにもっと楽させる。
「加護さん。スタッフさんが呼んでいるみたいですよ。」
少し物思いに耽っていて、呼んでるのに気付かへんかったわ。まっこっちゃんに声を掛けられて我に帰った。ほんま、おおきに。
最近、どうも変な夢を見ることが多いけど、まこっちゃんの顔を見ていると、そういう事も忘れられるで。ハロモニの撮影はどうしても時間の取れる週末に集中して朝から晩までまとめ撮りすることが多くて、お互い大変やけど、まあがんばろや。
- 10 名前:51 邯鄲 投稿日:2003年07月02日(水)23時54分02秒
- 「また、後でな。」
手を振って、まこっちゃんと別れた。まこっちゃんも「がんばって」と言うように口を動かして手を振り返してくれたわ。
あかん。また、あの頃の夢や。
今から思うと、あの頃のお母ちゃんは女手一つで故郷から離れた場所で、子供を育てねばあかんという重圧に押しつぶされて、精神状態が不安定やったと思う。
あの日もそうやった。お母ちゃんは、500円玉をテーブルの上に置いて、
「これで腹を膨らましとき。」って言ったきり、ぷいっとどこかに行って帰ってこなくなったな。たぶん、夏休みの真ん中位の、セミが煩く鳴いていた、昼下がりの出来事やったと思う。
ほんまは声を出して、泣きながら
「どこ行くの?うちも一緒に行きたい。」
と言いたかったんやけど、そないすると、お母ちゃんに、また打たれると思うて、言えんかった。
夕方、自分の前に伸びる自分の影だけを見つめて、2丁目のコンビニまで歩いて行った。お母ちゃんと一緒ならコンビニに行くのも、すごく楽しみやけど、今日は全然楽しくないわ。
パンとカップラーメンとジュースとポッキーを買うたら、残りは50円きりになってしまった。
スカートのポケットの中には50円玉が一つあるだけや。
- 11 名前:51 邯鄲 投稿日:2003年07月02日(水)23時55分52秒
- あのな。コンビニから100メートルくらい行ったとこに駄菓子屋あるやん。
うちが、その店の前を通ると、あそこの店番のお婆ちゃんが声をかけてきたんや。
そう。少し呆けとってお釣りをよく間違えるという、あのお婆ちゃんや。
「あいぼん。」ってな、声をかけられた。
「なに?」って訊くと
「あいぼん。なんか寂しそうな顔しとるな。」と言うんや。
呆けとるのに、鋭い婆さんや。うちが何も答えないのを見て
「いい物を上げよう。手を出しなさい。」
と、うちに手を出さして、何かを渡すんや。見ると、一束の線香花火やった。
「これ何?線香花火?」
とうちは訊いてみた。中国製と思われる、安っぽい赤や黄色の染料で塗られた花火や。その毒々しい色が妙に目に残ったわ。
「これはな。特別な花火で、火を付けてから燃え尽きるまで、あいぼんが本当に欲しい物が見えるんじゃ。特別価格50円。」
って。金を取るんかい。ばばぁ。
でも、うちはポケットの中に50円あったし、その花火が妙に欲しくなっていたので、婆ちゃんにお金を渡してうちに帰ったわ。
「あいぼん。起きろ。」
痛てぇ。矢口さん。蹴っ飛ばして起こさなくてもいいやんか。
- 12 名前:51 邯鄲 投稿日:2003年07月03日(木)00時00分59秒
- 「おら、出番だぞ。あいぼん、衣装を着たまま寝るなってあれほど言っただろ。うちらは、いま芝居中なんだ。しっかりしろ。」
そうそう。今は明治座でお芝居中やった。
うちとののと矢口さんの3人で花道を駆け抜ける。
「あいぼ〜ん。」
「加護ちゃん、大好き。」
耳を破るほどの拍手と、大きなお友達から小さなお友達まで、たくさん声援が飛んできた。ちらっと、幼稚園児くらいの女の子が、うちの写真入りの扇子を持って背伸びしているのが見えた。
今日も調子ええで。アドリブにも磨きがかかってきたわ。
今まで3回のミュージカルの中で一番、自分に合った配役の様な気がする。今までは病気の子やったり、親孝行娘やったり、うちとは少し違う感じだったものな。くのいち忍者隊はうちにピッタリや。
出番が終わって舞台袖に引っ込んだら、また眠くなってきたわ。
疲れているのかな。また、矢口さんに怒られるわ・・・
- 13 名前:51 邯鄲 投稿日:2003年07月03日(木)00時02分32秒
- お母ちゃんが出ていって、最初の夜はラーメンを食べてジュースを飲んだ。
次の朝は半分だけパンを食べて、水を飲んだ。午前中は『夏休みの友』をやって、朝顔の観察絵日記を書いたわ。赤と青の花が1つづつ咲いていた。
お昼は、パンを四分の一だけ食べた。ポッキーも少しだけ囓る。
午後から学校のプールに行った。
プールに行くと、凄くお腹が空くわ。うちは、もう倒れそうやった。
お母ちゃんが機嫌のええ時は、お好み焼きとか作ってくれるから、ひょっとして、もう家に帰ってきているかもと思うて、アパートの扉を、思いっきり開けて「お母ちゃん。」って叫んでみたけど、出たときと何も変わっておらへんかった。
その晩は、パンの残りとポッキーを食べた。冷蔵庫に入れておいたせいか、パンは水を吸ってグニャとしておった。ポッキーのチョコが溶けて手にベタベタついて気色悪い。
お母ちゃんが出ていって2日目。家に食べるものは何も無くなった。冷蔵庫の中にはマーガリンとマヨネーズだけやった。マヨネーズの出るところを直接口に付けてチュウチュウ吸ってみる。しばらくは生きてゆけそうや。
- 14 名前:51 邯鄲 投稿日:2003年07月03日(木)00時04分15秒
- 何もやる気が出なくて、絵日記だけ書いて一日中寝ておった。今日はプールもずる休みや。とは言うものの腹へったわ。育ち盛りで、マヨネーズだけでは身が持たん。早よ、お母ちゃん帰ってきいへんかな。
汗ばっかり出るわ。喉が渇く。
夕方、暗くなっても誰もうちを訪ねて来る人もおらへん。
ほんま、かなわんな。
コンビニの袋をもう一度見てみた。ひょっとしたら、お店のおばちゃんがおまけに何か入れてへんかと思ったからや。
袋の底から、線香花火が出てきた。
ちぇ。しけとるな。
でも、しゃあ無いわ。線香花火でもやるか。
ほんまは勝手に火を使うたら、ごっつ叱られるけど、お母ちゃん、帰ってきいへんしな。
部屋を暗くして、お母ちゃんの灰皿の上に線香花火をかざす。
100円ライターで火をつける。
- 15 名前:51 邯鄲 投稿日:2003年07月03日(木)00時05分27秒
- パチパチパチ。
かぼそい音と微かな硝煙の臭いがして、線香花火の先の火の玉から雷のような火花が散る。
パチパチパチ。
「あいぼんつぁん」お豆ちゃんの声
「そんなこと言わないで下さいよ〜。」あさ美ちゃんの声
パチパチパチ
だいぶ花火が短くなってきた。
「あいぼんだって、鼻綿棒写真が全国放映されたくせに。」ののの声。
「今度、みんなと一緒にディズニー行きませんか?」まこっちゃんの声。
パチパチパチ
どんどん花火が小さくなっていく
「衣装を着たまま寝るなってあれほど言っただろ。」矢口さんの声。
パチパチパチ
もう、火の玉が落ちそうや。
「あいぼ〜ん」ファンのみんなの声がする。
娘。に入ってほんま良かったな。
親孝行出来たな。
パチパチパチ
火の玉がしぼみ始めたわ。もう終わりそうや。
お母ちゃん遅いな。
それにしても、誰か早よ、この夢から起こしてくれへんかな。
- 16 名前:51 邯鄲 投稿日:2003年07月03日(木)00時05分59秒
- ポ
- 17 名前:51 邯鄲 投稿日:2003年07月03日(木)00時06分42秒
- ト
- 18 名前:51 邯鄲 投稿日:2003年07月03日(木)00時07分34秒
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