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47 火遊び

1 名前:47 火遊び 投稿日:2003年07月02日(水)02時11分49秒
 火遊び
2 名前:47 火遊び 投稿日:2003年07月02日(水)02時12分28秒
梅雨の蒸した空気がひんやりとし始めた時間だった。
コンビニで線香花火を買った。
いろんな花火が置いてあったけど、とりあえず線香花火を買った。
少しだけ、感覚だけ味わいたいような、そんな気分だった。

その帰り道、市井ちゃんに会った。
あたしは、カサカサ鳴るビニールの袋がなぜか恥ずかしかった。
目深にキャップをかぶった市井ちゃんはあたしを見止めるとすぐに目を伏せた。
緊張で喉がコクッと鳴ったがすんなりといちいちゃん、と呼ぶことが出来た。
「……ごとぉ?」
3 名前:47 火遊び 投稿日:2003年07月02日(水)02時14分18秒
市井ちゃんとは三年前からほとんど会っていない。
事務所とかであってもよさそうなものだけど、変に気を使う大人達がいるからそれもなかった。
連絡も取ろうと思えば、携帯の番号だって知ってるし出来たはずだけど、
共有する時間も、空間もなくなったせいか単に忙しかっただけか、その辺はまだまだ子供だったのか、
日常や、人とのつながりは自分で作るものではなく作られるものだったから、仕方ないと自分では思っている。
市井ちゃんがどう思っているかも知らないけど、市井ちゃんからの連絡もまたなかったことも事実。
辞めたってことに後ろ暗さを感じているのか、今の自分に納得していないからだろうとは思う。
短かったけど、その程度は想像出来る位の仲ではあった。

一度、私の卒業番組に出演してくれたことがあったけど、ずっとかかわりを持っていなかった
娘。のメンバからはうきまくってたし、その後すぐに帰っちゃったから特に話もしていない。
一緒にいたのは短かったけど、教育係、プッチモニと市井ちゃんとあたしの時間は濃かった。
その後、市井ちゃんといるよりずっと長くあたしはモーニング娘。だったけど、
今はもう、市井ちゃんもあたしもモーニング娘。じゃない。
4 名前:47 火遊び 投稿日:2003年07月02日(水)02時15分04秒
懐かしくなって「少し話さない?」と誘ったのはあたしだ。
市井ちゃんは、そだね、と応じてあたしが出たばっかりのコンビニに入って何かを買って出てきた。

すぐそばの土手を歩きながら、カチャカチャと市井ちゃんのコンビニ袋がなる。
あたしは少し前を歩きながら、ふりかえり、ふりかえり、行く。
市井ちゃんがついてくるのを確かめるように。なんかちょっと消えちゃいそうな雰囲気だったから。
話しかけようと言葉を探しては見たけれど空白の時間が長すぎて口から出る前に消えてしまう。
面倒くさくなって、全部すっ飛ばして、ごとうの新曲どう?って聞いてみた。
聞いてからちょっと後悔した。知らないかもしれなかったから。
あたしが知る限り、市井ちゃんはあんまり娘。に興味がないって態度を貫いている。
なぜか急に夏草の匂いが鼻をついた後、市井ちゃんは、ごとうっぽいね、いいじゃんっていってくれる。
あたしが恥ずかしくなって照れ笑いすると、市井ちゃんもつられて笑った。
暮れかけた陽の光が、市井ちゃんの首筋をやんわりと紅く染めてた。
5 名前:47 火遊び 投稿日:2003年07月02日(水)02時16分56秒
びっしりと汗をかいた瓶をぬぐうとそれはカクテルだった。ちょこっとだけね。と市井ちゃんは言い訳のように言う。
河川敷のグラウンドには誰もいない。電燈の白い明かりが暗さを中和して水彩画のような色彩。
ベンチに座っていると虫が鳴き始めた。

カクテルに口をつけるとホロホロと甘口の果実が口の中に広がって、なんとなくホンワカしてくる。
お酒なんだなぁと、ようやく思い出す。
「元気だった?」と市井ちゃんが今更ながら口を開いた。「んー、なにそれーいまさら聞くこと?」とあたしは返す。
話が続かない。バカみたいだけどあたしも市井ちゃんもなんとなく緊張している。
「ツアーはどうだった?」市井ちゃんがまた聞く。
「んー、盛り上がったよ、スタッフさんたちとも段々仲良くなって、どんどんライブがよくなっていくのが気持ちよかった」
「そうか、よかったね」尻切れトンボの返事。
そこで、あたしがツアーをやっていたことを知っているってことに気付いた。
6 名前:47 火遊び 投稿日:2003年07月02日(水)02時21分32秒
「市井ちゃんは?ソロで今度出すんでしょ?」
「うん」
「また、何回も作り直してるの?」
「なんでそんなことしってんのよ」
「聞いたから」
「誰に」
「いろんな人」
「ふーん、売れなかったけどね」
ちょっとあてこすった感じで市井ちゃんは返して来る。この自嘲的なところも変わっていない。
あたしは返答に困って、そうだね、と言った。
「なんで後藤が言うのよ、あたしが自分で言う分には良いけど後藤に言われるのはキツイよ、
 まあ、だいぶ後藤に引き離されちゃったから仕方ないけどね」

「なんかさー、あたし」市井ちゃんが口を開くアルコールのせいか滑らかに聞こえる。
こういう話し方、一度もしなかったな、とあたしは思う。
あたしはすぐにさえぎって言う。「いちいちゃん、それいっちゃだめなんじゃない」
「そっか、そうだよな」素直にかえす市井ちゃんを見て、やっぱり、違和感を覚える。
市井ちゃんは19歳で、あたしももう17歳で時間は確実にたっていて、
その分市井ちゃんの中の何かが変化していてあたしも変わっている。
胸の底にしまってあるあの頃の互いの姿とは違っている。
7 名前:47 火遊び 投稿日:2003年07月02日(水)02時22分11秒
あたしはそれでもうまくいっているけど、市井ちゃんは何か、立ち止まっているみたいにあたしは感じた。
どうしてもギクシャクしてしまう会話を滑らかに進めるためにあたしは、カクテルを一息に飲んだ。
オレンジ色の液体ははじめはすんなりと喉の奥に消えていったけど、途中で少し引っかかってあたしはむせた。
ケホケホと咳き込むと、果汁の酸味が鼻に抜ける。急に背中が温かくなり、市井ちゃんの手が置かれたのだと分かる。
市井ちゃんは背中をさすりながら、笑って、無理して飲むなよと言った。
あたしはちょっと悔しくなって、もう一度瓶に口をつけて喉を潤した。

なんとなく、それだけで市井ちゃんとの距離が縮まった気がした。
「そういえば、あたしと後藤がいっしょにいた時には夏はなかったね」
市井ちゃんはすこし、寂しそうに言って帽子を取った。
無造作にくしゃくしゃとかきあげて型のついた髪を散らす。
それを見て、市井ちゃんはやっぱり孤独なんだと思う。
あごのラインと、双眸が傷つきやすく出来ていると思う。
様々な卒業メンバのなかで、市井ちゃんの選んだ道が一番大変だろうと、あたしは思う。
でも、選んだのが市井ちゃんだから仕方ないとも思う。
8 名前:47 火遊び 投稿日:2003年07月02日(水)02時23分36秒
市井ちゃんとあたしの共有した時間の中には夏は含まれていない。
だから、実はこれが最初の出会いなのかもしれない。
夏の市井ちゃん。教育係だった市井ちゃん。
あたしはその後もどんどん成長して、いちいちゃんもどんどん成長してそうして、話すこともなくて。

ぼんやりと空を見上げる市井ちゃんを見ながら、あたしは、市井ちゃんと何を話したかったんだろうと考えた。
昔はいっしょにいたけど、今は一緒にいない人。
9 名前:47 火遊び 投稿日:2003年07月02日(水)02時24分33秒
−モーニング娘。ってこれからどうなっていくんだろうね。
思わず口をついて出た。
「さあ、どうなんだろうね。また増えたみたいだし。でもなっちや圭織がまだいるけどね」
「よっしぃーや梨華ちゃんもいるよ」
「あ、そういえば圭ちゃん卒業したね」
「そうだね、これで、市井ちゃんたちの二期メンバもやぐっちゃんしかいなくなったね」
「……どうなるんだろうな、これから」
その市井ちゃんのつぶやきはでも、娘。と言うより市井ちゃん自身のツブヤキみたいだった。
「わかんないよぉ、そんなこと」あたしはなるたけぶっきらぼうに言う。
「でもさ、もういちいちゃんと後藤はモーニング娘。の市井紗耶香と後藤真希じゃなくて、
 ただの、市井紗耶香と後藤真希なんだよ。だからさ……」
その言葉を聞いて市井ちゃんは、瓶を置いてベンチをまたいで座りなおした。
10 名前:47 火遊び 投稿日:2003年07月02日(水)02時25分48秒
市井ちゃんはブラの紐をなおしながら、あたしに怖いくらいの真剣なまなざしを向けた。
「あのな、後藤」
「なに?市井ちゃん」
「なんか、勘違いしてないか?」
「へ?」
街灯の蛍光灯が瞬いて、ジジジと音を出す。
「あたしは後藤になれないけど、後藤もあたしにはなれないよ」
市井ちゃんはピンッと指を立てて言う。
「そうだね」
市井ちゃんはその後なにか考え込んでしまっている。
「……なんかちょっと違ったかなぁ?後藤、感動しなかった?」
あたしは思わず吹き出した。やっぱり市井ちゃんは市井ちゃんだ。
「笑うなよ」「だってぇ」
蛍光灯の白い光に映し出された市井ちゃんの輪郭がその表情を伝える。
唇を尖らせるそのポーズは変わっていない、昔のまんまだった。
11 名前:47 火遊び 投稿日:2003年07月02日(水)02時28分52秒
市井ちゃんがもっと長くモーニング娘。にいたら、もっと楽しかったかもなぁ」
あたしは、素直にそう思って言った。
あたしと同世代のよっすいーや、梨華ちゃんがいたモーニング娘。に市井ちゃんがいたらどうなってただろう。
「考えないでもないよ」市井ちゃんは口を尖らせたままそういった。
「でもさ、それでよかったのかもしれないよ。あたしが、モーニングにいたら、今のモーニング娘もなかっただろうし、
いまのあたしもなかっただろうし、いまのキレーな後藤もなかったかもしれないからね。
それに、今のあたしになれたのはあの時、あの時点でやめたからだからね」
「そっかー、そうかもしれないね……なんかオトナな発言だね、市井ちゃん」
市井ちゃんはてれたように頭をかいて、うるせー、いちーはもうオトナだよ、と言い
喉を鳴らしてカクテルを飲み干した。ベンチに空の瓶を置くとカキンと小気味いい音がする。
急いで格好つけたような市井ちゃんのその仕草がおかしくて、あたしの緊張はちょっとまた、溶ける。
12 名前:47 火遊び 投稿日:2003年07月02日(水)02時29分24秒

「なんかね、後藤ね、ちょっとすっきりした気がする。なんでかな」あたしは言う。
「あたしもそんな気がするよ、なんでだろうね」市井ちゃんも言う。
多分それは、流れの中で消えてしまった遠い時間を少しでもうめることが出来たからだろう。
そのまま、すぐに他愛もない話になって、市井ちゃんと私はまったく普通の19歳と17歳になった。
13 名前:47 火遊び 投稿日:2003年07月02日(水)02時29分54秒
気がつくとあたしの瓶も空になっていた。
シュンシュンと草が水を吸い上げる音が当たりに響く。やわらかな夜風が頬をなでる。
「んじゃあ、そろそろ帰るか」そういって市井ちゃんが立ち上がった。
なんだか、打ち切るような言い方だった。
話に夢中になっていたあたしは、なぜかものすごく寂しい気分になった。
でも分かる気がした。
今はこの時間に浸っていられても、すぐにまた一人一人の時間の中に
戻らなければならないことを市井ちゃんは分かっているのだろう。

そこであたしは思いついて、コンビニ袋からさっき買った線香花火を取り出す。
「もうちょっと、もうちょっとだけ。花火しよ、線香花火」
「うーん、子供の火遊びはいけないよ、後藤」火遊びっていう時、市井ちゃんはちょっと笑った。
「えーー!もう、後藤は十七だよ?」あたしはわざと足をパタパタさせる。子供っぽい仕草をわざとする。
「まだ、子供だよあたしの記憶の中じゃあ」
「じゃあ、やっぱり市井ちゃんいなきゃだめじゃん、市井ちゃんオトナでしょ?」
「んーー、わかったよ。ちょっとだけな」
14 名前:47 火遊び 投稿日:2003年07月02日(水)02時30分28秒
あたしと市井ちゃんは、しゃがみこんで線香花火の封を開いた。
「火はあるの?」市井ちゃんが聞く。
あたしはすっかりそんなこと忘れていた。
首をふると市井ちゃんはジーンズのポケットから、マッチを出した。
「市井ちゃん、タバコ吸うの?」あたしは驚いていった。
「バカ、違うよ。さっき行った喫茶店が感じよかったからとっといたの」と市井ちゃんは言う。

市井ちゃんがマッチをするのをあたしは線香花火を手に持って見る。
市井ちゃんは三回くらい失敗した後、あたしに体がピッタリくっつくくらい近寄ってきた。
風が強いんだよ、市井ちゃんはそう言った。
「もっとくっつけ後藤」あたしは、ほとんど市井ちゃんにもたれるぐらいくっついた。
「市井ちゃん、暑い」と笑ってあたしが言うと、市井ちゃんも、後藤も暑い、って言う。
今度は、消えないように市井ちゃんが囲った手の中であたしがマッチをすった。
市井ちゃんはあわてて線香花火に火をつける。
火薬が爆ぜる音がして、ぼんやりと辺りが赤色に染まる。
15 名前:47 火遊び 投稿日:2003年07月02日(水)02時31分13秒
市井ちゃんの腕とあたしの腕がじかに触れ、あたしはすぐそばにある市井ちゃんの顔を見た。
あの頃はよくこの距離で、市井ちゃんの顔を見ていた。そんなことを思い出した。
じっと花火を見続けている横顔は、無意味に真剣なまなざしもあの頃と変わらない。
パチパチと線香花火がはぜる。あたしは、なんとなく市井ちゃんの肩にもたれた。
市井ちゃんも何も言わなかった。

「いちーちゃん、後藤は今がんばってるよ」 「そーか、えらいぞ、後藤」

あたしは、なんとなく胸の辺りがあったかくなるような気分になった。
それは時間と空間がかけた魔法のようなもので、
市井は後藤にとっていちーちゃんに、後藤は市井にとってごとーに、それぞれかえっていた。
16 名前:47 火遊び 投稿日:2003年07月02日(水)02時31分44秒
こうやって止まったままだった二人の時間は少し流れでも、また止まるんだろう。
線香花火が落ちる頃には。

でも、まだ今は線香花火の赤い玉が、
時折パチパチと爆ぜながらくすぶってる。
17 名前:47 火遊び 投稿日:2003年07月02日(水)02時32分35秒
 
18 名前:47 火遊び 投稿日:2003年07月02日(水)02時33分28秒
 
19 名前:47 火遊び 投稿日:2003年07月02日(水)02時34分04秒
fin

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