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46 ひらひら
- 1 名前:46 ひらひら 投稿日:2003年07月02日(水)01時31分02秒
- 46 ひらひら
- 2 名前:46 ひらひら 投稿日:2003年07月02日(水)01時31分47秒
- 天気予報は雷雨。
強くなってきた風の向こう、薄く墨を刷いたように澱む雲。
ひとつ、またひとつとひらひらひらひら闇を裂いて地面に墜落する光。
- 3 名前:46.ひらひら 投稿日:2003年07月02日(水)01時35分48秒
- 「兄貴さあ、なにやってんの、こんなとこで」
遠雷に目を奪われて階段に座り込んでいた僕の背中は何かに、どん、と勢いよく
踏みつけられた。ひとつ下の妹の美貴だった。
「もう少し穏やかな挨拶はできないのか。足跡が付くだろう」
「大丈夫だって。おろしたてだからさ」
妹はヘラヘラと笑って下駄と浴衣を見せびらかすようにした。一枚板の沓底はま
だ真新しく、あじさい柄の浴衣によく似合っていたのだけれど、僕は身内も他人も
素直に誉めることができるほど器用ではない。言葉に詰まって、僕はそっぽを向い
た。
「花火見物」
僕が呟くと、妹は慌てたように腕時計を見た。いつものくたびれた赤い皮ベルト
の時計ではない。銀色の高価そうな女物だ。
「時計替えた?」
「ん。後輩のと交換して……まだ7時半じゃん。花火って8時からだったよね?」
「多分。ところでまだ知らないようだから教えておくが、同じ取り替えるでも無理
矢理なら交換ではなくて恐喝と言うんだが、知っているか?」
- 4 名前:46.ひらひら 投稿日:2003年07月02日(水)01時37分01秒
- 「違うよ! なんか新品のベルトが余ってるから頂戴って、あの、後輩のほうから
言ってきたんだから。で、代わりにこれくれたの。可愛いでしょ?」
「手錠みたいだ」
妹は微妙な表情になって時計を眺めた。僕は立ち上がって制服のズボンの尻をは
たいた。それから港に背を向けて階段を昇り始めた。家に帰るのだ。
「ちょっと待ってよ兄貴。花火見ないの?」
僕は黙って首を廻らせた。僕の視線の先を妹も追う。港からほど近い山の中を縫
うように設えられた階段はとても見晴らしがよく、ふもとのコンビナートや繁華街
を一望できる。はるか西では、音もなく静かに墜落する稲妻の群れ。隣で息を呑む
気配を感じた。
「やば。今日やるかなあ。雨天中止とか言わないよね?」
「どうかな。風の向き逆だから、花火はわからないけど雨は降らないかも」
「兄貴は行かないの? 6,000発だよ。仕掛け花火もあるんだよ?」
数歩階段を昇った僕の背中に追いすがるように妹は声をかける。僕は足を止めて
妹を振りかえった。
「ベランダから見るよ。椅子もあるし人もいない」
- 5 名前:46.ひらひら 投稿日:2003年07月02日(水)01時39分30秒
- 「んー……部活のコ……」
美貴の声に現実に引き戻される。去年の花火大会は、隣には黄色い浴衣を着たな
つみがいた。今は青い浴衣を着た妹がいる。美貴の答えは歯切れが悪く、気が進ま
なさそうな様子だった。だから僕は殊更明るくに「けっ。色気ねえのな」と冗談め
かして笑った。
「ねぇ、兄貴も一緒に行かない?」
「オマエんとこって女子高じゃん? やだよ。見世物になるみたいで」
「それは大丈夫。絶対にそれはないから」
「絶対てオマエ……」
「兄貴が平凡で取るに足らないから話題にもならないとかそういう意味じゃなくて」
「どういう意味だよ」
「彼女ね、ある意味ストーカーだから」
「……」
- 6 名前:46.ひらひら 投稿日:2003年07月02日(水)01時40分23秒
- 「あたしのことにしか興味がないっていうか」
「その時計のコ?」
「うん」
「それはそれは。むしろ顔を見せてくださいって感じだけど」
「冗談じゃなくて。ちょっともう真面目に聞いてよ〜」
「冗談にしか聞こえないって。有り得ない。おまえの気のせいだ」
「じゃあなに、美貴けっこう登校時間不規則なのに朝いくといっつも下駄箱のとこ
亜弥ちゃんが偶然いて挨拶してくるとか、帰りも部活ない日はやっぱ適当な時間に
適当に帰ってるのに必ず下駄箱から校門までのルートのところで偶然亜弥ちゃんに
つかまって一緒に帰っているのとか、そういうのも全部気のせい?」
「偶然いるんなら偶然なんだろ」
「でも毎日必ずいるんだよ?」
「すごい偶然だよな」
偶然。なつみと二人でどこかにいくと必ずいつも同じ後輩に出会う偶然。電話を
すると決まった時間にキャッチホンがはいる偶然。
- 7 名前:46.ひらひら 投稿日:2003年07月02日(水)01時41分56秒
- 始めてキスした日、目を開いて最初に視界に入ったのはパッとひらめいた花火に
浮かび上がった後輩の姿だった。顔を背けて立ち去る見覚えのあるジャケットを着
た背の高いショートカットの――
僕らが始めてキスを交わした日が、僕らの最後の日だった。なつみを家まで送っ
て、さよならを言ったあと、彼女はなぜかもう一度、黄色い浴衣を着て外出した。
そして――
「藤本せんぱぁい」
甘い声に呼ばれ、美貴が降りかえる。遠くのほうで黄色い浴衣がひらひらひら
ひら、笑うように揺れた。
「亜弥ちゃん、どしたの」
「ちょっと早いけど、もう待ちきれなくて。迎えに来ちゃいました」
妹よりもほんの少しだけ高い背。妹のような髪型。妹がしていた時計。妹とお揃
いの巾着―― そこにいたのは、妹を上手にアレンジしてコピーした(それとも妹
の方がコピーなのか? そして自分をオリジナルだと思いはじめたのだろうか?)
生物だった。二人はすぐに僕には聞こえない低い声で話し合い、よく通る声で笑っ
た。二人はとてもよく似ていた。眩暈がした。さっきの話は、『誰』の話だったん
だろう?
- 8 名前:46.ひらひら 投稿日:2003年07月02日(水)01時42分36秒
- 二人は仲良さそうに手をつないで歩き出した。僕は再び、階段を昇り始めた。
雨が地面を叩き始めた。雨は白いコンクリート製の階段を、鉄製の手すりを、
両側の木々を、地面を、アスファルトを濡らし始めた。雨はぬるく、涙みたいだ
った。泣いているのは僕かもしれないし、空かもしれない。
- 9 名前:46.ひらひら 投稿日:2003年07月02日(水)01時43分29秒
- 去年の夏、なつみは死んだ。雨で増水した川に二人で落ちて、二人とも溺れて
死んだ。二人とも黄色い浴衣を着ていた。心中だった。遺書はなかった。何度も
警察に呼ばれて事情を聞かれたが、僕はなつみの人となりについて満足に説明す
ることさえできなかった。なつみがバレンタインディにチョコレートをくれて始
まった僕たちの関係は、とても一方的なものだった。なにもかも僕が決めて、な
つみはただついてくるだけだった。なつみは僕の話をにこにこと嬉しそうに聞く
だけだった。僕はなつみのことは聞かなかった。興味がなかったのかもしれない。
僕は、本当に何もなつみのことを知らなかった。警察はいつのまにか僕に関心を
失い、僕はなつみの死の理由を知るきっかけを永遠に失った。それでも良かった。
恋人が僕以外の人間と心中する本当の理由なんて知りたなかった。
- 10 名前:46.ひらひら 投稿日:2003年07月02日(水)01時44分23秒
- 雷の音は、花火にとてもよく似ていた。
- 11 名前:46.ひらひら 投稿日:2003年07月02日(水)01時45分00秒
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- 12 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月02日(水)01時45分35秒
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- 13 名前:46.ひらひら 投稿日:2003年07月02日(水)01時46分05秒
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- 14 名前:46.ひらひら@投稿漏れ修正 投稿日:2003年07月02日(水)01時58分23秒
- >>1-4
「暗ッ」
「美貴は?」
「あたし?」
妹はきょとんとしたように僕を見返した。妹との会話はいつも、何も考えずに
反射的にお互い言い合っているから、時折こんなふうに会話の流れが滞ると、釣
られて僕も戸惑ってしまう。
「浴衣着て化粧して。約束があるんだろう? 友達? 彼氏?」
茶化すように、僕は言った。僕らの地域には変なジンクスが沢山あった。恋人
同士で時計を交換するとどちらかの時計が止まるまでは別れないとか、黄色い浴
衣を着ると好きな人とうまくいくとか、好きな人と一緒に花火を見ると恋が叶う
とか、他愛もないもの。
現役でないとは言え彼女持ちだった僕は、他のやつらよりはちょっとばかりジ
ンクスに詳しい。去年のバレンタインから花火大会までの半年、僕はずっとジン
クスに振り回されていた。最初のデートに誘った遊園地が恋人同士で行くと半年
以内で別れるというジンクスがあったなんて後で知って泣きたくなった。なつみ
は、僕がどこに誘っても、ただ表情を曇らせるだけで、断ったことなんか一度も
なかった。
>>5-10
- 15 名前:46.ひらひら 投稿日:2003年07月02日(水)01時58分57秒
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- 16 名前:46.ひらひら 投稿日:2003年07月02日(水)01時59分30秒
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- 17 名前:46.ひらひら 投稿日:2003年07月02日(水)02時00分07秒
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