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34ヒロスエ

1 名前:34ヒロスエ 投稿日:2003年06月28日(土)19時25分07秒
「ヒロスエ」
2 名前:34ヒロスエ 投稿日:2003年06月28日(土)19時26分40秒
私の名前を呼びながら控え室のドアをノックしてきたのははせきょーさんだった。
「あ、おはようございます」
「おはよ。ほんじょさん来てる?」
口にクッキーをくわえながら私はふるふると首を横に振る。
「なんだよもう。明日から遅刻しないからってあれだけ言ってたのに」
あれか。
口唇を尖らせてきれいな顔を台なしにするはせきょーさんを見て、私も思い出した。
確かに昨日の帰り際、ほんじょさんは私達の前で手を合わせた『お願い』のような
ポーズで、明日から絶対遅刻しません、と誓ってたっけ。
私は口の中のクッキーをすべて飲み込んでから「無理に決まってるじゃん」と笑って
答えた。
3 名前:34ヒロスエ 投稿日:2003年06月28日(土)19時29分21秒
黒のノースリーブとベージュのパンツ、ヒールの低い白のパンプスにぱっと見た
だけじゃブランドのわからないバッグを持ったはせきょーさんは、その辺にいる
お姉さんのようなのに、やっぱり輝いて見えた。
「私にもクッキーちょうだい」
「さっきのでラスト」
とってもきれいな長谷川京子さん。
その正体を知らないままだったら、きっと私はあの頃のまま心の中で憧れのお姉さん
第一位に選んでいるんだろうな。今じゃ絶対ありえないけど。
「ひて」
はせきょーさんは私のほっぺをつねりあげると、微笑みながら「うそおっしゃい。
お姉さんを怒らせると怖いよ」とささやいた。
「ひてて。ひたひ。ほんろれふっれ。ほんろにらいってはぁ」
「意味わかんないし」
誰にも言えない、と思った。こんな人を目標にしていたなんてこと。
4 名前:34ヒロスエ 投稿日:2003年06月28日(土)19時29分59秒
「あはは。楽しそうですねぇ」
そんな気の抜けた声が響くとの同時に、もう一方のほっぺもつねられる。いつの間にか
もうひとり増えていた。
「おはよぉございまぁす。私も混ぜてくださいよぉ」
「おはよ、あい。楽しいよねぇ」
「はい」
あいちゃんが笑いながら答える。そして私のほっぺからは手を放そうとはしない。
淡いブルーのキャミソールに白いシャツをはおり、涼しそうな目つきをした
加藤あいちゃん。
初めて会ったときはこんなつかみどころのない子だとはまったく思えなかったのに。
「たのひふなひ。ふはふぃふぉもやめへっへは」
「やめなぁい。だってヒロちゃんのほっぺってば、やわらかいんだもぉん」
よく意味が通じたなぁ、と自分で言いながらも思う。
この天然ボケっぷりが今じゃ大事なムードメーカーなんだから。一番歳下のぼんやり
あいちゃん、略してあいぼん。
5 名前:34ヒロスエ 投稿日:2003年06月28日(土)19時31分38秒
「またやってんの、あんた達ぃ」
「ほんじょさん遅い!」
その声を聞くなり怒ったような声ではせきょーさんが近寄っていく。あいちゃんの
興味もそちらに移ったようで、やっと私のほっぺはひっぱり地獄から解放された。
「明日から遅刻しないんじゃなかったっけ?」
「してないじゃん、ほら」
そう言ってほんじょさんが見せた腕時計は、確かに控え室に集まってと言われてた
時間より五分早い時間をさしている。
しかしそれはおかしい。私がここに着いたのが約束の時間の五分前だったので今ごろ
着いたほんじょさんは五分くらいの遅刻のはずだ。
6 名前:34ヒロスエ 投稿日:2003年06月28日(土)19時32分25秒
「刑事ドラマじゃないんだから」
ぽつりとあいちゃんがつぶやいて、私は「確かに」と笑った。言われてみれば昔々の
刑事ドラマっぽい。
「時効寸前で捕まえた犯人に『もう時効になったから逃げろ』ってうそをつく感じ?」
「違うよ。捕まえる寸前で『俺はたった今定年退職になった』ってのだよ」
「あ、そんなパターンのもあるんだ」
「まだあるよ。娘の結婚式の日だけ『今日の俺は非番だから明日捕まえる』とか」
それは時計を遅らせる話とは関係ないような?
そんなことを思いながら私はクッキーをぱくっ、と口にくわえた。
「あ、私にもちょうだい」
「はいどうぞ」
「やっぱりあるんじゃんかぁ!」
はせきょーさんが叫んで私は肩をすくめる。って言うかはせきょーさんはなんで
そんなに怒ってるんだろ?
7 名前:34ヒロスエ 投稿日:2003年06月28日(土)19時33分16秒
「ほんじょさんも変な小細工しないで素直に謝ってください」
「だぁってさぁ」
年下のはせきょーさんに言われてほんじょさんは甘えた声を出す。白いシャツと
黒のカーディガン、そして黒のフレアスカートを着たほんじょさんはその癒し系な
顔もあって、私達の中で一番年上なのにそんな態度も割と許された。
「京子がすぐ怒るから」
「そんなことするから怒るんです」
「ごめん」
ほんじょさんがいさぎよく謝って、はせきょーさんはため息をついた。
よく見る風景。こうなったらもう罪のおとがめは終わりが近いことを意味する。
「一番お姉さんなのにまったく」
「あはは。京子、怒ってばっかだと老けるよ」
でも実際、ここっていうときに一番頼りになるのは本庄まなみさんだと私は思って
いる。エッセイも書けるし司会やトーク番組にも慣れてるし、アドリブにも強くて
とっても安心感がある。
私達の控え室はいつもこんな感じだった。年齢とか関係なしに、集まればまるで
女子校のように騒いでばっかり。楽しいったらありゃしない。
8 名前:34ヒロスエ 投稿日:2003年06月28日(土)19時37分10秒
「って言うかはせきょーさんはなんでそんなに怒るの?」
あいちゃんが私の気持ちを読んだかのように質問すると、はせきょーさんは
よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりに胸をはって答えた。
「みんなそろったところで私から提案があります」
みんな?
はせきょーさん、あいちゃん、ほんじょさん、私。四人しかいないじゃない。
「みんなじゃないよ。なっちゃんがいないもん」
「だからあんたはぼんやりあいぼんなのよ。そんなのわかってます」
あいちゃんがべっ、と舌を出して私とほんじょさんはくすくすと笑った。笑いつつも
私が言わなくてよかった、と心から思った。
「なっち以外のみんなに提案があるのよ」
そう言いながらはせきょーさんは自分のバッグの中をごそごそと探して一本の古びた
ビデオテープを出した。
「じゃじゃん!」
9 名前:34ヒロスエ 投稿日:2003年06月28日(土)19時38分02秒
「ラブマシーン?」
私とあいちゃんとほんじょさんのつぶやきに、微笑みながら「そうよ」とはせきょーさん。
「今日から私達はなっちより三十分だけ早く集合することにします」
「なんで?」
「そしてその三十分で、ラブマシーンの振りつけをおぼえます」
それで遅刻を怒ったってわけか。
はぁ、という顔をする私達の前にはせきょーさんは二本の指をびっ、と立てた。
「目標は二ヶ月後だからね。よろしく!」
10 名前:34ヒロスエ 投稿日:2003年06月28日(土)19時39分00秒
モーニング娘。は常に変わり続けていた。
数えきれないほどの卒業と入学、落第や編入や交換留学、転校に合併に廃校やらを
くり返して現在のところこの五人のメンバー構成となっている。
「こっちの手を振るんだよね?」
「逆、逆。ビデオは正面向いてるでしょ。右手を振るの」
メンバー構成だけじゃなく所属事務所やレコード会社、プロデューサーに理事長や
顧問弁護士なんかも次々を変えていき、そうしているうちにどんな新しいことをしても
モーニング娘。ならやりかねない、なんて言われるようになってしまった。
「ちょっとタイミング合わないよー」
「むりだよぉ。あたし、歌なんてまともに習ったことないんだからさぁ」
「え、音楽の時間に習ったりしませんでした?」
今やドラマをメインに活躍するモーニング娘。の中で変わらないのはふたつだけ。
モーニング娘。という名前と、なっち。安倍なつみが実体のない私達を存在させ続けている。
11 名前:34ヒロスエ 投稿日:2003年06月28日(土)19時39分53秒
「あれ、今日はほんじょさんこっちじゃないんだっけ?」
「今日はドラマ撮りだって昨日言ってたじゃないですかぁ」
「そうだっけ。やばいなぁ、タイムリミットまで二週間を切ったってのに」
二週間?
あいちゃんと私はカレンダーを振り返る。なるほど、と思った。はせきょーさんが言う
タイムリミットの意味、わかっちゃった。
「はせきょーさんは本当になっちゃんが好きだねぇ」
あいちゃんのくすくす笑いと冷やかしにも、はせきょーさんは「大好きよ」と余裕の
微笑み。うぅん、大人だ。
「モーニング娘。としてのつきあいも長くなったしさ」なんて身体のストレッチを
しながら答えるはせきょーさん。「なるほど」とクッキーをつまみながら私達。
「さぁ、三十分しか時間ないんだから。とっとと始めるよ」
私とあいちゃんは目を見合わせて「はいはい」と微笑んだ。
そんなこんなで。
12 名前:34ヒロスエ 投稿日:2003年06月28日(土)19時41分56秒
二週間後の八月十日。
「みなさぁーん、こんばんわぁー」
「モーニング娘。です!」
河川敷の花火大会のゲストに呼ばれた私達は、オファー側の希望通りに浴衣姿で
笑顔を振りまいて、目的が花火じゃない人まで会場に集めていた。
そんなことしてどうするんだか、なんて思いは顔に出さず微笑む、微笑む。
「みなさん、すっごくきれいですのでぜひ最後までおつきあいくださいね!」
リーダーのなっちが言葉をしめくくったのに合わせて、私達は目配せをする。
ついに来たこの瞬間。
13 名前:34ヒロスエ 投稿日:2003年06月28日(土)19時42分58秒
「ところでみなさん」
ほんじょさんがすっと前に出てなっちに並ぶ。この二ヶ月はこの五分のためにあった。
なっちが「えっ?」って顔で横を見る。予定にない状況にあわててるなっちが可愛くて
ついつい笑みがこぼれてしまう。
「私達モーニング娘。と言えば今はドラマグループですよねぇー?」
ほんじょさんの言葉に河川敷に集まった人達から歓声が上がる。
「でもずーっと前はアイドルだったんですよぉー」
今度ははせきょーさんが言った。なっちだけはまだなにがなんだかって顔をしてる。
「今日は特別に花火マジックでぇ」あいちゃんがそう言うと、次は私の番。
「私達は今だけ昔に戻ります。聞いてください。モーニング娘。最大のヒットナンバー」
「ラブマシーン!」
その声と同時に流れ出す聞き飽きるほど聞いたイントロに、なっちの顔がわぁ、と
明るく輝き出すのを私達は見逃さない。
会場から上がった歓声はさっきとは比べものにならないほど大きかった。
14 名前:34ヒロスエ 投稿日:2003年06月28日(土)19時44分01秒
「やったね」
「やったよぉ」
鳴り響く花火の中、控え室という名のテントへ私達は汗だくになり息を切らせながら
戻ってきた。手にしたうちわでぱたぱたと化粧の流れた顔や胸をあおいだりして。
「いけるね。まだまだ」
「うん。いけるよ、私達」
会場の広さと花火の音で途中の音楽が聞こえなくなったり、浴衣のすそや下駄の
足元を気にしながらの振りつけに何度かぶつかりそうになったりしたけど、私達四人は
満足そうな笑顔を浮かべていた。
「なっちゃん、驚いたでしょ?」
あいちゃんの声に私は振り返る。そこには遅れて戻って来たなっちがいた。
「なっちってばまた歌いたいってずっと前に言ってたからさ、ちょっと頑張ってみた」
「なっちへの誕生日プレゼント。喜んでくれた?」
「みんな踊りと歌、かなり頑張ったんだけどどうだった?」
ちょっとの沈黙のあとで「やるじゃん」とはにかみを浮かべた私達のリーダーは
その笑顔のままぽたぽたと涙をこぼした。
さっきのちょっと訂正。あの二ヶ月はたった今、この瞬間のためにあったんだ。
「泣くなよぉ。花火大会はまだ始まったばかりなんだからさ」
言ってるそばから私達を呼ぶように大きな音がする。「楽しまなきゃ、ね」
15 名前:34ヒロスエ 投稿日:2003年06月28日(土)19時44分56秒
そして私達はまた、あの心地良さにくり返し包まれる。
ほんじょさんの遅刻にはせきょーさんがお説教して、でもなっちの遅刻にはなにも
言わないことをあいちゃんがからかって、それを見て笑いながらクッキーをくわえてると
どっからともなく誰かが私のほっぺをつねって。楽しいったらありゃしない。
いつか。
たとえばこの五人の誰かが、今までのメンバーのようにまたモーニング娘。を卒業して
それぞれの道を歩き出すのかも知れないけれど。
何年かぶりにすれ違っても昨日まで会ってたように挨拶できるような、あの八月十日
みたいな素敵な時間があったことをたまにあって懐かしむような。
そんな関係であり続けられると私、広末涼子は思うのであります。まる。
16 名前:34ヒロスエ 投稿日:2003年06月28日(土)19時45分48秒
M
17 名前:34ヒロスエ 投稿日:2003年06月28日(土)19時46分42秒
K
18 名前:34ヒロスエ 投稿日:2003年06月28日(土)19時48分07秒
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