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25.踏切

1 名前:25.踏切 投稿日:2003年06月25日(水)17時53分37秒
25.踏切
2 名前:25.踏切 投稿日:2003年06月25日(水)17時54分59秒


「亜弥って今日誕生日だったっけ?」
昼休みの後半、食事の後のせいか、柔らかい陽気のせいか、窓際に立ったまま
ボーっとしていた私に美貴が声をかけてきた。
「そうだよ」
「なんだー、言っといてくれよー」
おどけたように美貴は肩をつつく。
「知っといてくれよー」
私も笑いながら返す。誕生日とはいっても、普段どおりのやりとりをしてるな、
なんてことを意味もなく思った。もう17歳になる。そろそろ将来のことについて
考えないといけない。気が滅入る。


3 名前:25.踏切 投稿日:2003年06月25日(水)17時56分07秒

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市を区切る境界線に線路が走っている。私はいつも線路沿いの道を歩いて、
学校まで通っている。
駅前まで一直線の道を歩いて、大通りへ入ればすぐにつく。そこでいつも
電車通学している同じ高校の学生たちと合流する。同じ濃淡色のブレザーが
群をなして歩いている光景は、いつみても気持ちが悪い。

駅までの道に一つだけ踏切を通り過ぎる。私はこの踏切が開いているのを見た
ことがない。
いつ通りかかっても黄色と黒の虫のような棒が横たわって、真っ赤な目を
光らせた番人が耳障りな警告音を鳴らしている。
人通りはほとんどない通りだった。車もほとんど走ってない。道路沿いには
商店が建ち並んでいたが、どこにも人の気配がなく、不気味に沈黙していた。

ここを通り過ぎるたびに、通学路じゃなくてよかった……、と思ってしまう。
行きも帰りも常に閉じっぱなしで、まるで壁みたいだ。


4 名前:25.踏切 投稿日:2003年06月25日(水)17時57分02秒

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風を切って電車が駆け抜けていく。六月の湿った空気が全身にまとわりついて
来て、髪を重くした。
普段は無愛想なつやのない銀色をしている電車が、今日は極彩色だった。
たまにこういうことがある。今回描かれていたのはカラフルな花火の光景だった。

赤、黄、緑、青、細かい炎が弾け、重なり合って夜空に華を咲かせる。でも、
ステンレスっぽい背景じゃあまり趣は出てないような気がする。

猛スピードで走り抜けていく花火は、夜空のそれ以上に儚い。


5 名前:25.踏切 投稿日:2003年06月25日(水)17時57分59秒

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「松浦さんってこの近くに住んでるの?」
二ヶ月ちょっと前。クラスが変わってちょうど前の席に座っていた美貴が、
くるっと振り返って話しかけてきた。
「そうだよ」
「いいなーわたしバスと電車乗り継いで一時間もかかるんだよ。まったく
やんなっちゃうよ」

そんな会話をして、すぐに仲良くなった。

「今日このあとヒマ?」
五月くらいになって、すこし暖かい気候になっていた。
「別になにもないよ」
部活もなにもやっていなかった。確か去年はなにかに熱中していたと思う
んだけど、忘れていた。
「じゃさ、カラオケでも行こうよ。知ってるでしょ、向こうの通りの」
「いや、知らない」
知らなかった。近所にそんな気の利いたものがあったのか。
「ええーっ……まいいや、美貴の友達も行くから、開かずの踏切で待ち合わせ
してるんだ」
「開かずの……ああ、あの踏切のことだよね」
美貴には、あまりわたしの無知を知られたくない、とそのとき思った。

6 名前:25.踏切 投稿日:2003年06月25日(水)17時58分48秒

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線路沿いの道を歩く。朝はあまり人も見ない。
一直線の線路は、果てしなく伸びているように見えるけど、そうじゃない。
始まりがあって終わりがある。決められたルートを通り過ぎていくだけ。
分岐点で迷うこともない。気まぐれに立ち止まったり後戻りしたりすることも
許されていない。

花火を描かれた電車が通り過ぎる。たまにこんな風に無駄なオシャレをしたって
いいじゃない、と言ってるような気がする。

でも無駄なものは無駄なんだ。


7 名前:25.踏切 投稿日:2003年06月25日(水)18時01分09秒

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「亜弥さ、誕生日に欲しいモノとかある?」
美貴が訊いてきた。私は笑うと、
「なに、美貴買ってくれるの?」
「うーん……、まあお望み通り、ってわけにはいかないけど」
少し困ったような表情で言うのが、いつもの美貴と違って楽しい。

「無理するなって」
私はそう言うと自分の席に戻った。美貴はすぐ前の自分の椅子をくるっと
裏返すと、私の机に肘をついた。
「欲しいものとかないのー?」
「うーん……別に、これっていうのはないかなあ」
「ふーん、無欲だね」
「でもあんまりなくない? 美貴はなにかある?」
「そりゃあるよ。好きなブランドもいっぱいあるし、高級焼肉を食べ放題とか
もサイコーじゃん。あとねえ……」
「お金があれば出来ることだね」
指折りしながらうきうきと話す美貴に、私はクールっぽく言ってみる。
「そりゃそうだ」
「そういうんじゃないんだよなー」
8 名前:25.踏切 投稿日:2003年06月25日(水)18時01分47秒
嘆息しながら私が言うのに、美貴は少しムッとした表情を浮かべると、
「じゃあ亜弥には美貴から特別なのをあげるよ」
「なにー?」

興味深げに美貴の目を見つめる。美貴は意味ありげに人差し指を立てると、
私の鼻をつついた。
「開かずの踏切を開けてあげる」
9 名前:25.踏切 投稿日:2003年06月25日(水)18時02分31秒

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花火なんて嫌いだ。
ほんの一瞬しか輝けないなんて、なんの意味があるんだろう。少し目を
逸らしてしまえば、ないも同然だ。そのくせやたら大袈裟な音と光で。

空を見上げる。一年の中で一番日が長い季節だ。まだ空は白っぽく、雲の
層を通して太陽の光が射し込んできている。
私は太陽の方が好きだ。でも、太陽になんてなれっこない。

線路沿いの道を歩く。遠くで踏切の音が鳴っている。猛スピードで電車が
通り過ぎていく。

みんな同じように揺れている。同じ方向に向かっている。


10 名前:25.踏切 投稿日:2003年06月25日(水)18時03分16秒

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踏切は相変わらず閉じていて、通りには相変わらず人影がなかった。
腕時計を見る。美貴が言っていた待ち合わせの時間は6時2分だった。なんで
そんな中途半端な、と私は突っ込んだが、美貴は含みのある笑みを漏らした
だけだった。

待ち合わせの時間になった。踏切の警告音に混じって、電車が近付いてくる
轟音が線路を通して響いてきた。

「亜弥ーっ!」
突然、踏切の向こうから声が聞こえた。美貴が、右手に見たこともないような
果実を握って、私に手を振っていた。
キミドリ色の表面がキラキラと輝いている、南国っぽい果実。

「美貴?」
私が振り向くと当時に、美貴は思いっきり振りかぶると果実を放った。
果実は電車にぶつかり、弾けた。

赤く瑞々しい果肉が、粉々に弾けた皮と一緒に拡がり、淡い光を反射して
キラキラと光った。

訳もわからず、私は駆けだしていた。このまま突っ立っていたら、私が
掴まっちゃいそうだ。

でも別にそれでもいいか。

走りながら、私は意味もなく笑い続けていた。あんな花火なら、私も好きに
なれるかもしれない。そう思った。


                終わり


11 名前:25.踏切 投稿日:2003年06月25日(水)18時03分48秒





12 名前:25.踏切 投稿日:2003年06月25日(水)18時04分19秒




13 名前:25.踏切 投稿日:2003年06月25日(水)18時04分55秒





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