インデックス / 過去ログ倉庫
22 音のない花火
- 1 名前:22 音のない花火 投稿日:2003年06月24日(火)23時46分19秒
- 22 音のない花火
- 2 名前:22 音のない花火 投稿日:2003年06月24日(火)23時47分04秒
のんびりと過ぎる夏の日は、7時半を回った辺りから、ようやく傾き始めた。
「やっぱりお日さま沈んでも蒸し暑いね」
「夏だもの。暑くなきゃ」
「・・・梨華ちゃんまた焼けた?」
「やだぁ、もうっ!真希ちゃんひどーい」
そう言って、彼女は笑顔を見せながらわたしの腕を軽く叩く。
けど、わたしには分かる。
ふ、と素に戻る瞬間の瞳の色がいつもと違うこと。
叩いた手を握ろうとしたけれどやっぱり出来なかった。
- 3 名前:22 音のない花火 投稿日:2003年06月24日(火)23時47分43秒
いくらか空元気気味の彼女の前に立ち、わたしは波打ち際を歩いて行く。
時々寄せて来る波が、しゃらしゃらとサンダルと足に纏わりつく。
じっとりと湿った空気に包まれた身体には、そんな波も心地よく感じた。
「ねぇ真希ちゃん、どこまで行くの?」
「んー、もう、ちょっと。かな」
「戻るの大変だよ?この辺にしない?」
「もうちょっとだけ」
歩きながら体ごと振り向いて、「ね」と小首を傾げる。
それには返事の代わりに、仕方ないなぁといった風の苦笑い。
梨華ちゃんは優しい。
そんな風にいつも笑って許していたんだろうか。
自分の気持ちを隠して、相手の為に笑顔でいたんだろうか。
優しさに触れるたびに、そんな事を考えてちょっと切なくなる。
- 4 名前:22 音のない花火 投稿日:2003年06月24日(火)23時48分20秒
ぼんやりと辺りが見えるか見えないかくらいまで日が沈んだ頃、ようやくわたしたちは歩みを止めた。
「はい、とうちゃく。お疲れさまでした」
「たくさん歩いたねー・・・」
梨華ちゃんの言葉に、今まで歩いて来た方を見遣る。
5メートルも離れると、もう景色は薄暗い闇に溶けてしまう。
引いては打ち寄せる波の気配だけが規則的に感じられた。
わたしは両手に持っていたバケツとビニール袋を砂浜に下ろし、バケツに海水を少し汲む。
潮の香りが一瞬だけ強くなったような気がした。
「火、つけよっか」
お店のマッチを袋から取り出した梨華ちゃんは、一緒に取り出したロウソクを砂浜に差し立てた。
シュッと軽い音がしたと同時に、梨華ちゃんの横顔がぽっと浮かび上がる。
息を飲むほどに綺麗なその顔から、目が離せなかった。
- 5 名前:22 音のない花火 投稿日:2003年06月24日(火)23時49分06秒
「真希ちゃん、はい」
「えー、わたしが火をつけるの?」
「だってわたし怖いんだもん」
「わたしだって怖いよ・・・」
嬉しそうに噴水花火をわたしに手渡す梨華ちゃん。
渋々それを受け取って地面に置いて着火すると、大股でそこから離れた。
1,2秒の静寂を破り、蒼白い火花がサァーっと空に伸びていく。
「きゃ!」
思っていた以上に勢いが強かったのか、梨華ちゃんはその場から飛び退り、わたしに抱きついた。
倒れそうになった反射のせいで、思わずその背中に片手を回してしまい、
そのことに一層わたしはドギマギしてしまう。
そんなわたしの目の前で、花火は次第に勢いを無くし、辺りにはまた静寂が戻る。
「・・・真希ちゃん、コーヒーの匂いするね」
「あ・・・バイト終わって、すぐ来たから」
胸元辺りから直接響いて来る声と、鼻をくすぐる甘い香りに、胸が乱される。
たまらず華奢なその身体を引き剥がそうとしたら、
梨華ちゃんの指が、きゅっとわたしのシャツを強く握った。
- 6 名前:22 音のない花火 投稿日:2003年06月24日(火)23時49分50秒
「梨華ちゃん?」
「・・・・今日ね、誕生日なの。あの人」
思わず身体が固くなる。
わたしの前で初めて見せる彼女の弱い部分。
「・・・・うん、知ってた」
「どうして?」
「この間、お店で柴田さんと話してたでしょ。それで」
「そっかぁ・・・」
「ごめん。あんまり聞くつもりはなかったんだけど」
「ううん、いいの」
身体を離しながらそう言うと、梨華ちゃんは小さく微笑んだ・・・ようだった。
今の会話を無かったことにするかのように、はしゃいだように切り出す。
「ほら、続き、どんどんやりましょ」
声だけ聞いてるとよく分かるんだ。
表情に誤魔化されない分、隠したつもりの気持ちがそのまま伝わって来るから。
かけるべき言葉を持たないわたしは、自分がとてももどかしい。
せめて涙が零れないようにと、打ち上げ花火を連発することくらいしか出来なかった。
赤や緑の火花に照らされる横顔を見つめながら、早く大人になりたいと強く願った。
- 7 名前:22 音のない花火 投稿日:2003年06月24日(火)23時50分26秒
空っぽだったバケツを咲き終わった花火たちが占領する頃、
わたしたちは最後のせんこう花火に火をともしていた。
「これでおしまいだよ」
「もう?なんだかあっという間だったね」
「うん」
ふたり、寄り添うようにしゃがみこんで、細かい線を放つ球体を見つめる。
「真希ちゃん、今日はありがとう」
「うん?」
「誘ってくれてありがとう」
「・・・うん」
「今日、乗り越えたら頑張れる気がしてたの。
今日だけはひとりでいたくなかっ」
- 8 名前:22 音のない花火 投稿日:2003年06月24日(火)23時51分28秒
声だけ聞いていた。
気持ちが伝染してきて、じわりと球体が歪み、鼻の奥がツンとする。
あなたが泣くのを見たくなかったから。
わたしは目を閉じて、あなたの唇を塞いだ。
閉じた瞼の裏で、わたしは音のない花火を見た。
- 9 名前:22 音のない花火 投稿日:2003年06月24日(火)23時52分55秒
- fin -
- 10 名前:22 音のない花火 投稿日:2003年06月24日(火)23時54分19秒
- e
- 11 名前:22 音のない花火 投稿日:2003年06月24日(火)23時54分59秒
- n
- 12 名前:22 音のない花火 投稿日:2003年06月24日(火)23時55分29秒
- d
Converted by dat2html.pl 1.0